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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第16話 「紅い災厄」

翌朝、ギルドに着くと空気が違っていた。


 普段は昼前まで閑散としているカウンター周辺に、冒険者が群がっている。声が大きい。緊張の匂いがする。


「何かあったのか」


 人垣を抜けてカウンターに向かうと、リノが分厚い書類の束を抱えていた。目の下に隈がある。徹夜したような顔だ。


「ハルさん。ちょうどよかった。緊急報告が入っています」


 リノが書類の一枚を差し出した。


『緊急報告。北東レーゲン森林にて大規模火災発生。原因不明。消火隊が二度撤退。周辺村落への延焼が懸念される。至急対応を要請する』


「レーゲン森林……拠点から北東に一日の距離だな」

「はい。火災が発生したのは三日前です。最初は自然発火だと思われていたんですが」


 リノが別の書類を出した。消火隊の撤退報告書。


「炎が意思を持つように動いているそうです。風向きに関係なく広がったり、消火隊を追い回したり。消火隊の隊長は『炎が生きているようだった』と報告しています」


「生きている、か」


 昨夜の赤い光を思い出す。

 ギンが言った。「あの光、生きてる」。

 怒りと痛みの匂いがすると。


「さらにBランクの討伐隊が鎮火を試みましたが返り討ちに遭いました。負傷者三名。撤退報告書によると、原因は——」


 リノが指で該当箇所を示した。


『紅い飛翔型魔物が上空から炎を吐き討伐隊を攻撃。推定Aランク以上。体長は大型犬程度だが炎の威力は大型瘴獣を超える。テイム術による制御を試みるも、炎に阻まれ接近不可』


「テイムも試したのか」

「はい。テイマーが二名参加していたそうですが、そもそも射程に入れなかったと」


 掲示板に赤い縁取りの依頼書が貼り出されていた。冒険者たちが群がっている。


『特別討伐令。レーゲン森林の紅い飛翔型魔物の討伐。推定Aランク。Cランク以上のパーティー推奨。報酬:金貨十枚。ギルド本部承認済み』


 金貨十枚。今までの依頼で最大の額だ。

 だが冒険者たちの顔は明るくない。


「Aランク推定とか正気かよ。この街にAランクのパーティーなんかいねえぞ」

「Bランクが返り討ちだろ? Cランクが行ったって同じことになる」

「報酬は魅力的だがな……命あっての金だ」


 俺は掲示板の前に立って、依頼書と撤退報告書を並べて読んだ。


 火災の発生地点。延焼の範囲。消火隊の撤退ルート。討伐隊の交戦記録。

 全部の情報を頭の中で地図に落とし込む。


「…………」


 違和感がある。


(ぬし)さま、何か気づいた?」


 ギンが隣で耳を立てている。


「炎の広がり方がおかしい。見ろ、この地図」


 撤退報告書に添付された火災範囲の地図を指した。


「火災が直線的に広がっていない。円を描いてる。しかも同じエリアを何度も周回してる。これが攻撃なら、もっと効率的に広がるはずだ。標的に向かって直進するか、風下に延焼させるか。でもこの動きは——」


「もがいてる」


 クロが横から地図を覗き込んで言った。


「追い詰められた獣が同じ場所をぐるぐる回る動きね。猫もやるわよ。パニックになった時」

「ああ。これは攻撃じゃない。暴走だ」


 ギンの言葉が蘇る。

 怒りと痛みの匂い。


「ギン。昨夜お前が嗅いだ匂い、瘴獣のものだったか」

「ううん。瘴獣じゃない。獣の匂い。生きてる匂い。でも痛みが混じってた。あと——」


 ギンが鼻を動かした。


「子供の匂い。大人じゃない。小さい獣」


 子供。幼体。

 暴走しているのは幼い魔獣だ。


「報告書にもう一つ重要な記述がある」


 撤退報告書の末尾を指した。


「『火災地域において瘴気汚染は確認されず』。瘴獣の炎なら、燃えた後に瘴気が残る。瘴獣の炎は物理的な火じゃなく瘴気の具現化だから、焼け跡に必ず汚染痕が出る。それがない」

「つまり」

「あの炎は生きた魔力の炎だ。瘴獣じゃなく魔獣が出している。しかも幼体。瘴気に侵されて痛みで暴走してる可能性が高い」


 討伐対象じゃない。

 保護対象だ。


「リノさん」


 カウンターに向き直った。


「この討伐令の撤回を求めたい。対象は瘴獣ではなく魔獣だ。保護すべき個体の可能性がある」


 ギルドが静まった。

 周囲の冒険者の視線が集まる。


 リノが困った顔をした。


「ハルさん……お気持ちは分かります。火災地域に瘴気汚染がないという指摘も的確です。ですが」

「ですが?」

「Aランク推定の暴走魔獣を保護すると。……正気ですか」

「正気だ」

「討伐令はギルド本部の承認済みです。支部の判断では撤回できません。それに、仮に魔獣だとしても暴走状態の個体を保護するなど前例がありません」

「前例がないのと、不可能なのは別だ」

「……それは、そうですが」


 リノの目が揺れた。

 理解はしている。だがギルドの受付嬢として認められる範囲には限界がある。


「討伐令の撤回が無理なのは分かった。なら別の形で行く。討伐依頼は受けない。独自の調査として現地に向かう。もし魔獣だと確認できたら、保護して連れ帰る。報告書はその後に出す」

「独自調査ですか。……それなら、ギルドの規約上は止められません。ただし、何があっても自己責任です」

「承知の上だ」


 リノが小さく息を吐いた。


「分かりました。レーゲン森林の地図と、消火隊の詳細報告書を用意します。……本当に行くんですね」

「行く」


 リノが書類を手早くまとめてくれた。

 受け取って踵を返す。


 ギルドを出る時、背後で冒険者たちの声が聞こえた。


「あいつ、Aランク推定の相手に独自調査だと?」

「Dランクのくせに」

「いや、あいつ実質Cランクの戦績だぞ。テイムなしの魔獣三体連れてる奴だろ」

「四体だろうがAランクは無理だ。死ぬぞ」


 余計なお世話だ。

 死ぬ気で行くわけじゃない。段取りを組んで行くんだ。



    *



 拠点に戻って、リビングの木板に情報を書き出した。


 レーゲン森林の地図。火災の範囲。延焼パターン。暴走個体の推定位置。消火隊と討伐隊の撤退ルート。風向き。水場の位置。


「対象は幼体の竜型魔獣。瘴気に侵されて暴走中。炎は魔力由来で瘴気汚染はない。つまり魔獣の意識はまだ残ってる。瘴気を取り除ければ暴走は止まる」

「取り除くって、どうやって?」

「ツルの浄化だ。ツルの羽風は瘴気を洗える。ただし接近する必要がある。今の暴走状態で近づくのは——」

「危ない。相当危ない」


 クロが腕を組んだ。


「火力がAランク推定よ。ギンの爪でも、炎を浴びたらただじゃ済まない」

「ギンは大丈夫。……たぶん」

「たぶんじゃ困る」


 ハルが地図を指した。


「正面から行く必要はない。暴走のパターンを分析すれば、炎が弱まるタイミングがある。幼体だから体力に限界がある。暴走と小康を繰り返してるはずだ。小康期に接近して、ツルの浄化を当てる」

「小康期を見極められるの?」

「現地で観察すれば分かる。消火隊の報告書に、炎が弱まる周期が書いてあった。約二刻おき。つまり二時間に一度、暴走が収まる時間帯がある」

「二時間に一度……それを待って一気に接近するわけね」

「ああ。ギンとクロは炎の壁を突破する護衛。ツルは浄化の準備。俺は全体の指揮とタイミングの判断」


 全員の目が俺を見ていた。


「危険な任務だ。報酬もない。断ってもいい」


 ギンが最初に口を開いた。


(ぬし)さま、行くの?」

「行く」

「なら、ギンも行く。(ぬし)さまが行くところにギンがいないのは、だめ」


 クロが窓枠から降りた。


「あたしたちも行くわよ。当然でしょ」

「クロ」

「何よ。あんたが一人で行ったらまた松明一本で突っ込むんでしょ。松明じゃ竜の炎は防げないわよ」

「……否定できない」


 ツルが立ち上がった。


「耐火の準備をいたします。わたくしの浄化の風には冷却効果もあります。完全ではありませんが、炎の威力を軽減できます」

「ツル、無理はするなよ。羽根は——」

「使いません。約束しましたから。風だけです」


 ツルが微笑んだ。

 約束を守っている。それが嬉しかった。


 アカ——まだいない四人目のことを考える。

 あの赤い光の正体。暴走する幼体の竜型魔獣。

 ギンの時は仔狼だった。クロの時は黒猫。ツルの時は白鶴。

 毎回、傷ついた獣がいて、助けて、そして——


(ぬし)さま、何笑ってるの」

「笑ってない」

「笑ってた。ギンは見た」

「気のせいだ」


 笑っていたかもしれない。

 また助けに行くのか、と思ったら少し可笑しくなっただけだ。

 


「出発は明日の夜明けだ。今日中に準備を済ませる。持ち物は軽装。水と食料は二日分。応急薬を多めに。あと——」


 木板に書き加えた。


「ツル、冷却用の水を入れる革袋を三つ。クロ、偵察用の高所ルートを地図に書き出してくれ。ギン、明日の朝まで体力を温存しろ。全力で走ることになる」


「了解!」

「はいはい」

「承知いたしました」


 三人が動き始める。

 それぞれの得意分野で、それぞれの準備を進める。


 俺は木板の前に残って、明日の段取りを詰めた。

 移動ルート。到着後の偵察手順。暴走の周期に合わせた接近計画。撤退ルートの三パターン。


 全部を紙に書き出して、頭の中で何度もシミュレーションした。


 前世の営業で大型案件を取りに行く時と同じだ。

 準備が九割。本番は一割。

 準備で勝てない勝負は、本番でも勝てない。


 夜が更けて、全員が寝静まった後も、俺は木板の前にいた。


 赤い光。暴走する幼体の魔獣。痛みと怒り。

 あの子は今もレーゲンの森で、一人で燃えている。


 ——待ってろ。段取りは済んだ。


 明日、迎えに行く。



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