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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第15話 「拠点と五日目の食卓」

拠点の改装が全て終わった日、俺がやったのは木板の増設だった。


 リビングの壁に大きな木板を三枚並べる。

 一枚目は依頼管理ボード。受注中の依頼、完了済みの依頼、報酬の入金状況。

 二枚目は収支表。月間の収入と支出、貯蓄の推移、次月の予算。

 三枚目はフォーメーション図と買い出しリスト。三人の配置パターンと、食材や消耗品の在庫。


(ぬし)さまの板がまた増えた」

「仕事道具だ」


 クロが窓枠に座ったまま、三枚の木板を眺めた。


「あんたの頭の中ってこうなってるわけ」

「大体こうなってる」

「よくパンクしないわね」

「前世で——昔から慣れてるだけだ」


 木板にDランク昇格からの実績を書き出した。


 依頼完了数:三十八件。

 月間報酬:銀貨二百八十六枚。

 戦闘での事故:ゼロ。

 パーティー構成:前衛一ギン遊撃一クロ後衛回復一ツル指揮一ハル


「現状のバランスは悪くない。ギンの近接火力、クロの速攻と偵察、ツルの回復と支援。三人の連携精度は日に日に上がってる」

「褒めてるの?」

「事実を言ってる」

「ギンは嬉しい!」

「事実を言ってるだけなんだが」


 木板にもう一行書き加えた。


『課題:遠距離火力・広域制圧の不在』


「今のパーティーは近接に偏ってる。ギンとクロが前に出て叩いて、ツルが後ろで回復する。このフォーメーションはDランクまでなら最適だが、Cランク以上の大型瘴獣を相手にすると距離を取られた時に手が出ない」

「遠くから撃てる奴がいればいいってこと?」

「ああ。遠距離攻撃か広域制圧ができる四人目がいれば理想的だ。ギンが前で抑えて、クロが横から削って、四人目が遠距離で止めを刺す。ツルが全員を回復する。その形なら、Bランクの瘴獣でも安定して倒せる」

「四人目、って。そんな都合よく見つかるわけないでしょ」

「分かってる。今は三人でやれることをやる。Cランク昇格の実績を積むのが先だ」


 書きながら、頭の隅で別の計算も走っていた。

 拠点の維持費。修繕の残り。食費。装備の更新。

 前世なら月次の部署予算管理と同じだ。数字を見れば先が読める。数字は嘘をつかない。


「ハルさま」

「ん?」

「夕食の買い出しに行ってまいります。何かご要望はありますか」

「ツルに任せる」

「では、少し奮発してよろしいでしょうか。今日は拠点の完成祝いですから」

「……予算は銀貨五枚まで」

「十分です」


 ツルが買い物籠を持って出ていった。

 鼻歌が聞こえる。最近のツルは鼻歌が多い。



    *



 夕方。


 リビングのテーブルに、四つの椅子が並んでいる。

 拠点に引っ越してからずっと木箱を椅子代わりにしていたが、昨日ギンが市場で安い椅子を四脚見つけてきた。一脚の足が少し短いのはご愛嬌だ。下に板を挟んで水平にした。


 テーブルの上に料理が並ぶ。

 鶏肉の香草焼き。根菜と豆の煮込み。焼きたてのパン。季節の果物を使った甘煮。


「ツル、これ全部銀貨五枚以内か」

「はい。鶏肉は市場の閉店間際に値引きされたものを。果物は庭の隅に自生していたものです」

「庭に果物なんてあったか」

「茂みの奥に木がありました。少し手入れすれば来年はもっと実ります」


 この鶴、家事能力の守備範囲が広すぎる。


「いただきます」


 四つの声が重なった。


 ギンが真っ先に鶏肉に手を伸ばした。

 一口噛んで、尻尾が爆発した。


「おいしい! ツルさん天才!」

「ありがとうございます、ギンさん」

「ギンもこれ作りたい!」

「では今度一緒に作りましょう」

「やった!」

「ギンに刃物は持たせないでね」

「クロ、ギンだって包丁くらい使える!」

「前にニンジンと一緒に板を切ったでしょ」

「あれは板が薄かったの!」


 クロは黙々と煮込みを食べている。

 スプーンが止まらない。二杯目をよそっている。

 感想は言わない。だが食べる速度が全てを物語っていた。


「クロさん、煮込みのおかわりはまだありますよ」

「……別に、おかわりなんて」

「鍋ごとお持ちしましょうか」

「そこまではいらないわよ」


 三杯目をよそっていた。


 俺はパンを千切って、煮込みに浸して食べた。

 うまい。ツルの料理はいつもうまいが、今日は一段上だ。竈の火加減を完全に掌握したのだろう。


「うまいよ、ツル」

「ありがとうございます、ハルさま」


 ツルが微笑んだ。

 穏やかな、いつもの微笑み。

 だが耳の先がほんの少し赤い。


 食卓を見渡した。

 ギンが尻尾を振りながら鶏肉を頬張っている。クロが三杯目の煮込みをすすっている。ツルが皆の皿に目を配りながら、自分も静かに食べている。


 四人分の椅子。四人分の皿。四人分の声。


 追放された夜のことを思い出す。

 深夜の森を一人で歩いた。誰の声もしない静寂の中で、自分の足音だけが響いていた。


 あの夜からまだ二ヶ月も経っていない。


 たった二ヶ月で、食卓に四つの椅子が並んでいる。

 干し肉を齧って岩陰で眠る日々が、温かい煮込みと焼きたてのパンに変わった。


 一人だった夜が、三つの声で埋まった。


(ぬし)さま、どうしたの? 手が止まってる」

「……いや。うまいなと思って」

「さっきも言ったよ?」

「二回言いたいくらいうまいんだ」

「じゃあギンは三回言う! おいしい! おいしい! おいしい!」

「うるさいわね……おいしいけど」

「クロも言った!」

「言ってないわよ。おいしいけどって言っただけ」

「それ言ってるのと同じよ」

「違うわよ!」


 ツルが笑った。声を出して笑った。

 珍しいことだ。いつもは微笑みだけで、声を出して笑うことはほとんどない。


「ツルさんが笑った!」

「……あら。つい」

「いいじゃないですか。もっと笑ってください」


 ギンの言葉に、ツルが少し照れたように目を伏せた。


「……はい。そうですね。もっと笑っても、いいのかもしれません」


 四人分の食卓。

 前世では得られなかったものが、ここにはある。


 感傷で手を止めない。

 パンの最後の一切れを煮込みに浸して、口に放り込んだ。



    *



 食後。


 ツルが茶を淹れて、四人でリビングで寛いでいた。

 ギンは暖炉の前で丸くなっている。クロは窓枠の定位置。ツルはソファで繕い物をしている。


 俺は木板の前で明日の依頼の計画を立てていた。

 Dランクの討伐依頼を二件と採取依頼を一件。動線を最適化すれば午前中に終わる。午後はCランク昇格に向けた書類の整理を——


(ぬし)さま」


 ギンの声が変わった。


 甘えの声ではない。警戒の声だ。


 暖炉の前で丸くなっていたギンが起き上がり、窓の方を見ていた。銀の耳がぴんと立っている。


「どうした」

「窓の外。……光」


 窓際のクロも外を見ていた。猫の目が暗闇を捉えている。


「あたしにも見える。遠くに——赤い光」


 窓に近づいた。


 エルデの街並みの向こう、北東の空。

 赤い筋が走った。

 流星ではない。軌跡が曲がっている。意思のある動き。


 一瞬で消えた。


「何だ、今の」

「分かんない。でも瘴気の匂いはしなかった」


 クロの鼻が空を向いている。


「ギンも匂いを嗅いだ。瘴獣じゃない。あれは——」


 ギンの金色の目が、じっと空を見つめていた。


(ぬし)さま。あの光、生きてる」


「生きてる?」

「うん。ギンの鼻に届いた匂いは薄かったけど、獣の匂いがした。怒ってる匂いと、痛い匂いが混ざってた」


 怒りと痛み。

 赤い光。生きた軌跡。


 ツルが繕い物を膝に置いたまま、静かに言った。


「魔獣、でしょうか」

「可能性はある」


 あの光が試験の日にも遠くで一瞬光ったのを思い出す。あの時は誰も気づかなかった。今回はギンが捉えた。


「明日、ギルドで情報を確認する。北東方面で何か報告が出てるかもしれない」

「依頼が出てたら受けるの?」

「内容による。ただ——」


 窓の外を見た。

 赤い光はもう消えている。夜空は静かだ。


「生きてるなら、放っておけないだろうな」


 ギンの耳が動いた。

 クロのため息が聞こえた。

 ツルが微かに笑った。


 三人とも分かっている。この男が何を言い出すか。

 分かっていて、隣にいる。


(ぬし)さま、また増えるの?」

「さぁな」

「でもギンの鼻は分かってる。あの光、(ぬし)さまに助けを求めてた」

「求めてないだろ。光っただけだ」

「光り方が、求めてた」

「光り方に種類があるのか」

「ある。ギンには分かる」


 根拠が謎だが、ギンの鼻と勘は今まで外れたことがない。


 赤い光。生きた炎。怒りと痛み。


 明日の依頼計画を書き直す必要がありそうだった。



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