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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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第14話 「鶴の機織り」

ツルが拠点に来てから、生活の質が変わった。


 朝食は粥と焼き魚と漬物。昼は握り飯と干し肉のスープ。夕食は日替わりの煮込みか焼き物。

 全てツルが作っている。

 宿の食事が遠い記憶になるほど、うまい。


 料理だけではない。

 洗濯物は朝のうちに庭に干され、夕方には畳まれて各自の部屋に置いてある。

 風呂の湯は帰宅に合わせて沸いている。

 装備の手入れ、消耗品の補充、食材の買い出し。

 すべてが、いつの間にか整っている。


「ツルさん、すごいよね。ギンは何もしなくても生活が回る」

「いや、手伝ってやってくれ」

「ギンは戦う担当だから!」

「戦闘以外の時間の方が長いんだが」


 ギンの生活力のなさは今に始まったことではない。だがツルがいることで、その穴が完全に埋まっていた。


 クロも恩恵を受けている。

 屋根裏に差し入れの茶と菓子が毎日届く。クロは「別に頼んでない」と言いながら、皿は毎回空になって戻ってくる。


 パーティーの生活基盤は、ツルが支えている。

 それは間違いない。


 だから、気づいた時は動揺した。


 昼食の片付けを手伝っていた時だった。

 ツルが皿を棚に戻す動作で、白い髪が揺れた。

 その毛先に、透ける箇所があった。


 光の加減ではない。

 髪の一部が、薄くなっている。


「ツル」

「はい?」

「……いや、何でもない」


 聞けなかった。

 聞くべきタイミングではない気がした。

 だが頭の隅に引っかかりが残った。



    *



 夜中に目が覚めた。


 理由は分からない。物音がしたような気がする。

 何故か俺の部屋でギンが丸くなって眠っていて銀の尻尾が布団からはみ出ている。

 クロは屋根裏だ。最近はリビングで寝ることもあるが、今夜は上にいるらしい。


 一階に降りた。


 キッチンに灯りが漏れていた。


 ツルが竈の前に座っていた。

 だが火は点いていない。鍋も食材もない。


 その手元にあったのは、白い羽根だった。


 自分の髪の根元から——いや、人型の下に隠された翼の羽根から一枚抜いて、指先で撫でている。

 羽根が淡い光を帯びた。

 ツルの指が光を引き伸ばすように動くと、羽根が細い糸になり、糸が布のように編まれていく。


 見覚えのある質感だった。


 先日、自分の防具の内側に「やけに軽くて丈夫な裏地」が縫い込まれていることに気づいた。いつ縫い付けたのか分からなかった。ツルに聞いたら「以前からあったのではないですか」と微笑んだ。


 あれの正体がこれか。


「ツル」


 声をかけた。


 ツルの肩が跳ねた。

 振り返った顔に、初めて見る表情が浮かんでいた。

 見られたくないものを見られた顔。


「ハルさま。……なぜ起きて」

「物音がした。それは何だ」

「……」

「ツル」

「見ないでいただきたかったです」


 声が小さかった。

 いつもの穏やかな丁寧語だが、その奥に緊張がある。


「何も聞かないで、か」

「……はい」

「鶴の恩返しみたいだな」


 ツルの目が見開かれた。


「ご存じ、なのですか」

「似た話を知ってる。機を織る女の話だ。見るなと言われた部屋を覗いたら、鶴が自分の羽根を抜いて布を織っていた」


 前世の記憶。日本昔話。

 まさか異世界で実物を見ることになるとは思わなかった。


 ツルが視線を落とした。

 手の中の羽根が、まだ淡く光っている。


「わたくしの羽根には浄化と守護の力があります。布に織り込めば、瘴気を弾く魔除けの衣になります」

「それを、俺の防具に」

「はい。ハルさまは魔力がなく、瘴気への耐性がございません。Dランク以上の瘴獣と戦う機会が増えれば、瘴気に触れる危険も増します。せめてこれで、少しでも」

「ツル」

「はい」

「お前、また自分を削ってるのか」


 ツルの指が止まった。


「削っているのではありません。差し上げて——」

「やめてくれ」


 声が強くなった。自分でも分かった。

 ツルが口を閉じた。


「昼間、お前の髪を見た。毛先が薄くなってる。羽根を抜いた分だろう」

「……気づいて、おられましたか」

「気づく。お前のことは見てるからな」


 ツルの頬が一瞬赤くなったが、すぐに表情が曇った。


「ハルさま。わたくしには戦う力がありません。ギンさんのような爪も、クロさんのような速さもない。回復と家事しかできない。せめて、せめてこの羽根で——」

「お前の羽根はお前のものだ」

「ですが——」

「俺を守るために自分を壊すな。前にも言っただろう。お前が元気でいることが一番嬉しいって」


 ツルの目に涙が浮かんだ。


「……でも、わたくしにはこれしか」

「これしかじゃない」


 椅子を引いて、ツルの向かいに座った。


「お前の回復がなかったら、ギンは暴走した時の傷で三日は動けなかった。お前の料理がなかったら、俺たちは今でも干し肉を齧ってる。お前がパーティーの生活を支えてるから、俺は段取りに集中できる。ギンは全力で戦える。クロは安心して帰って来られる」

「……」

「お前がいるだけで全員が助かってるんだ。俺達にとってかけがえのない存在だ。だから、自分をすり減らすようなことはするな」


 ツルの瞳から涙がこぼれた。袖で顔を覆う。


「……そんなことを言われたのは」

「二度目だな。前にも泣いたろ」

「覚えて、おられるのですね」

「全部覚えてる」


 ツルの肩が震えた。

 声を殺して泣いている。

 前回は一筋だった涙が、今回は止まらない。


 待った。

 猫は追い詰めると逃げるが、鶴は——鶴は泣き止むまで待てばいい。


 しばらくして、ツルが袖を下ろした。

 目が赤い。鼻の頭も赤い。

 完璧な大和撫子の面影はどこにもない。

 だが、さっきより呼吸が楽そうだった。


「ツル。約束してくれ。羽根を抜くのはやめると」

「……努力、します」

「努力じゃなくて約束だ」


 ツルが俺の目を見た。

 長い沈黙。


「……約束、いたします」

「それでいい」

「ハルさま」

「ん?」

「防具の裏地は……もう剥がしてしまわれますか」

「いや。もう織ったものは使う。お前の気持ちを無駄にはしない。ただし追加はなしだ」

「……ずるいです、ハルさま」

「何がだ」

「そうやって、受け取ってくださる。全部駄目と言ってくだされば、諦められたのに」

「全部駄目なわけないだろ。お前が作ったものには全部意味がある。ただ、対価が高すぎるんだ」


 ツルが泣き笑いの顔で頷いた。


「……はい。もう、自分をすり減らしません。約束しましたから」

「ああ。破ったらギンに言って噛んでもらうぞ」

「それは困ります」


 少しだけ笑った。

 泣いた後の笑顔は、いつもの完璧な微笑みより不格好で、ずっといい顔だった。



    *



 翌朝。


 四人で朝食を囲んだ。

 粥、焼き魚、漬物。いつもの献立。いつもの味。


 だがツルの表情が少しだけ違っていた。

 肩の力が抜けている。動きが柔らかい。


「ツルさん、今日なんか嬉しそう」


 ギンが粥を頬張りながら言った。


「そうですか?」

「うん。いつもは『きちんとしてる』って感じだけど、今日は『ふわふわ』って感じ」

「ふわふわ……」


 ツルが小首を傾げて、それから小さく笑った。


「嬉しい、の使い方を教わった気がするのです」

「何それ」


 クロが粥を啜りながら首を傾げた。


「嬉しいの使い方って何よ。嬉しい時に嬉しいって思うだけでしょ」

「ええ。でもわたくしは長いこと、嬉しいの正体が分からなかったのです。恩返しの達成感とは違う、もっと柔らかいもの。……ここにいて、皆さまと食卓を囲んで、それだけで胸が温かくなる。これが『嬉しい』なのだと」

「大げさね」

「大げさかもしれません。でも、大げさでいいのだと思います」


 ギンが満面の笑みで頷いた。


「ギンも嬉しい! ツルさんのご飯おいしいし、(ぬし)さまいるし、嬉しい!」

「あんたはいつも嬉しいでしょ」

「いつも嬉しい!」

「はいはい……」


 クロがため息をついたが、口元が緩んでいる。


 俺は黙って粥をすすった。

 ツルの視線を感じたが、振り返らなかった。

 振り返ったら、たぶん目が合う。

 目が合ったら何か言わなきゃいけない気がする。

 何を言えばいいか分からないから、粥に集中した。


 粥はいつも通りうまかった。



    *



 その日の夜。


 ツルは自室のベッドに横になっていた。

 窓から月明かりが差し込んでいる。


 右手を胸の上に置いた。

 羽根を抜く癖が出そうになって、手を握って止めた。

 約束した。もう減らさない。


 代わりに、昨夜の記憶を辿った。


 怒られた。

 でも、受け取ってくれた。

 泣いた。

 でも、待ってくれた。


 全部覚えてる、と言った。


 胸の奥が温かい。

 恩返しの義務感とは違う熱だ。

 もっと身勝手で、もっと切実で、もっと——


「好きだから、そばにいたい」


 声に出してしまった。

 自分の声に驚いて、布団を頭まで引き上げた。


 心臓が速い。


「……そうか。これが、そういうことなのですね」


 月明かりの中で、白い髪が揺れた。

 涙は出なかった。

 代わりに笑っていた。


 明日の朝食の献立を考えながら、ツルは目を閉じた。

 ハルさまは粥が好きだ。明日も粥にしよう。

 少しだけ味付けを変えて。

 気づいてくれるだろうか。

 気づいてくれたら、嬉しい。


 その「嬉しい」の正体を、もうツルは知っていた。



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