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追放されたスキルなしの荷物持ち、助けた魔獣が美少女になったんだが愛が激重で誰も離してくれない  作者: 他力本願寺


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12/22

第12話 「猫の不器用」

引っ越し初日。


 拠点の修繕は五日で終わった。予備日を使わずに済んだのは、ギンの草刈りとクロの屋根仕事が予想以上に早かったからだ。

 ギンの金槌のミスによる遅れを完全にリカバーした。

 段取りは大事だが、それ以上に仲間の能力を見誤らないことが大事だと改めて思う。


 荷物は少ない。

 宿暮らしの四人分の持ち物など、木箱二つに収まった。


 一階のリビングに木板を据え付けた。依頼管理ボード。依頼一覧、収支表、フォーメーション図。前世のオフィスに貼ってあったホワイトボードと同じ役割だ。


(ぬし)さまの板、また増えた」

「仕事道具だ」

「ギンの部屋にも板ほしい」

「何に使うんだ」

(ぬし)さまの絵を描く」

「却下」


 ギンは自室を与えたにもかかわらず、五分でハルの部屋に移動してきた。自室のベッドには一度も座っていない。


「ギンの部屋は(ぬし)さまの部屋」

「お前の部屋はお前の部屋だ」

「でも(ぬし)さまの部屋のほうが(ぬし)さまの匂いがする」

「当たり前だろう」


 押し問答をしている間に、ギンは俺のベッドに丸くなっていた。銀の尻尾が布団から出ている。もう動かない。諦めた。


 キッチンからはツルの鼻歌が聞こえる。

 竈に火を入れ、棚に調味料を並べ、まな板の位置を三度調整し、水場の高さに合わせて踏み台を置いた。


「ツル、キッチンは気に入ったか」

「はい。この竈は本当に素晴らしいです。火の回りが均一で、弱火の微調整ができます。今夜は煮込みを作りますね」


 目が輝いている。

 人型になってから一番生き生きしている顔だ。


 問題はクロだった。


 屋根裏から降りてこない。


 引っ越しの荷物を運び終えた後、そのまま屋根裏に上がって、以来四時間。音もしない。


「クロ。降りてこないか。ツルが茶を淹れたぞ」


 天井の扉の向こうから、くぐもった声が返ってきた。


「いらない」

「飯の時には降りてこいよ」

「……気が向いたらね」


 あの日から、クロの様子がおかしい。

 渓谷でギンが暴走しかけた日。ギンとの約束を交わした日。

 あの帰り道、クロだけが少し後ろを歩いていた。庭で呟いた言葉の続きを、俺は聞いていない。


 猫は追い詰めると逃げる。待つしかない。

 分かっている。

 だが待つのは得意じゃない。



    *



 翌日。


 Dランクの討伐依頼を受けた。東の森、牙蜥蜴型三体。いつもの内容だ。


 クロは屋根裏から降りてきた。依頼には参加する。だが口数が少ない。

 いつものツッコミがない。尻尾の動きも小さい。


「フォーメーションはいつも通り。ギン前衛、クロ遊撃、ツル後衛。行くぞ」


 森に入って十分。瘴気の匂いが漂い始めた。


「三体。正面と右と……左奥にもう一体。合計四体だ」


 ギンの鼻が捉えた。依頼書より一体多い。増殖している。


「ギン、正面二体を引きつけろ。クロ、右。ツルは回復待機」

「了解!」

「承知いたしました」


 ギンが飛び出し、正面の二体と組み合う。ツルの回復が飛ぶ。いつも通りの連携。


 問題は右だった。


 クロが右の蜥蜴に向かって走る。だが仕留めた直後、左奥の四体目が茂みから飛び出した。

 クロの目が光った。


「もう一体——」


 追った。


 普段のクロなら深追いしない。仕留めたら離脱して、次の指示を待つ。

 だが今日のクロは違った。四体目を追って茂みの奥に消えた。


「クロ! 深追いするな!」


 声が届かない。もう射程の外だ。


(ぬし)さま、クロが」

「分かってる。ギン、正面を片付けろ。ツル、ギンについてくれ」

(ぬし)さまは?」

「クロを追う」

「でも——」

「あとは頼んだぞ」


 走った。


 茂みを掻き分けて、足跡を追う。猫の足跡は浅いが、地面が湿っていたから辛うじて見える。


 前世の営業で鍛えた脚力が役に立つとは思わなかった。


 百歩ほど走った先で、クロの声が聞こえた。


 悲鳴ではない。舌打ちだ。


 茂みを抜けると、窪地があった。

 クロが中央に立っている。周囲を六体の蟲型瘴獣が囲んでいた。四体目を追った先が群れの巣だったのだ。


「クロ!」

「来ないで! あんたが来たら巻き添えに」

「巻き添え上等だ」


 腰のナタを抜いた。

 篝火用の油布を巻く。火打ち石で着火。即席の松明。

 あの夜と同じだ。

 あの時は仔狼を守るためだった。今は黒猫を守るために。


 松明を振り回して突入した。


 蟲型は火を嫌う。六体のうち三体が俺の松明に反応して散った。包囲が崩れる。


「今だ、抜けろ!」


 クロが動いた。

 残りの三体を蹴り抜けて、窪地の縁に飛び上がる。


 俺も走った。だが脚が遅い。蟲型の一体が腕に噛みついた。


 焼けるような痛み。Eランクの蟲型と変わらない。だが二体目が背中に飛びかかろうとした瞬間——


 黒い影が戻ってきた。


 クロの爪が蟲型を二体まとめて薙いだ。霧散。

 残りの一体は松明の火を恐れて散った。


 静寂。


「……あんた」


 クロの声が震えていた。


「なんで来たの。魔力もないし強くもないし、来たって何もできないじゃない」

「松明で三体散らした。十分な仕事だろ」

「腕、噛まれてる」

「かすり傷だ」

「かすり傷じゃないわよ! 血が出てるじゃない!」


 クロの目が潤んでいた。

 怒っている。だがその怒りの下に別の感情が見える。


「……なんであたしなんかのために」

「なんかじゃない」

「あたしは一人が好きで、勝手に飛び出して、チームの足を引っ張って——」

「足を引っ張ったのは今日が初めてだ。そして次からは引っ張らない。お前はそういう奴だ」

「なんで分かるのよ」

「見てれば分かる」


 クロが口を閉じた。

 オッドアイの瞳が揺れている。



    *



 拠点に戻った。


 ツルが俺の腕を治療した。

 蟲型の咬傷。毒はないが、裂傷が深い。白い光が傷を塞いでいく。


「ハルさま。もう少し、ご自分を大切にしてください」

「大丈夫だ。ツルの回復があるから」

「回復があるから怪我をしていいという理屈は成り立ちません」


 珍しくツルが厳しい顔をしていた。正論だった。


 ギンは俺の右側に張り付いて離れない。腕の包帯を心配そうに見つめている。


(ぬし)さま、痛い?」

「痛くない」

「嘘。ギンの鼻は誤魔化せないよ。痛い時、(ぬし)さまの汗の匂いが変わる」

「……犬の鼻が恨めしい」

「犬じゃなくて狼だよ!」


 クロだけがリビングの隅に座っていた。

 膝を抱えて、壁にもたれている。こちらを見ていない。


「ギン、ツル。先に上がっててくれ」

「でも——」

「大丈夫だ。少しクロと話す」


 ギンが不安そうな顔をしたが、ツルが「行きましょう」と促して二階に上がった。


 リビングに二人だけになった。


 暖炉の薪が爆ぜる音だけが響く。


 クロの隣に座った。距離は一歩。猫の間合いだ。近すぎず、遠すぎず。


「クロ」

「……」

「今日、深追いした理由を聞いてもいいか」


 長い沈黙。


「……分かんない」

「分かんない?」

「自分でも分かんないのよ。気がついたら追ってた。一人で片付けなきゃって思った。あたしの仕事なんだから、あたしがやらなきゃって」

「一人でやる必要はなかった」

「分かってる。分かってるけど……あたしはずっと一人だったから。群れからはぐれて、誰にも頼れなくて。一人で生きるしかなかった。だから体が勝手に」


 声が小さくなっていく。


「……ギンは約束した。ツルさんは自分からそばにいると決めた。あの二人はちゃんと——あんたとの距離を掴んでる」

「クロ」

「あたしはまだ掴めてない。どうすればいいか分かんない。一人の方が楽だって思う自分と、一人は嫌だって思う自分がいて。どっちが本当か分かんないの」


 俺は何も言わず、隣に座っていた。


 猫は追い詰めると逃げる。だが、隣にいるだけなら逃げない。


「クロ。一つだけ言っていいか」

「……何よ」

「お前が窮地に落ちたら、俺は走る。今日みたいに。それは、お前が止められることじゃない」

「……死にたがりなの?」

「一人で抱えるな。頼れとは言わない。ただ、一人で突っ込むのはやめてくれ。俺が走る羽目になる」

「あんたが走るのはあんたの勝手でしょ」

「そうだ。走るのもお願いするのも、全部俺の勝手だ」


 クロが黙った。


 長い沈黙。


 暖炉の薪が崩れる音。


 クロの右手が動いた。


 俺の袖を、指先で掴んだ。


 初めてだった。

 クロが自分から俺に触れたのは。


 路地裏で保護した時も、宿で目覚めた時も、依頼の時も。いつもこっちから距離を詰めていた。クロの方から触れることは一度もなかった。


 細い指が、袖の布地をきゅっと握った。


「……あんたって、ほんと馬鹿」


 声が震えていた。


「松明一本で突っ込んできて。腕噛まれて。それでかすり傷だとか言って」

「かすり傷だ」

「かすり傷じゃないって言ってるでしょ……」


 手は離さない。


「あたしは、まだ上手くできない。一緒にいるのも、頼るのも。でも」


 オッドアイが、初めてまっすぐ俺を見た。


「離さないで。……あたしが一人で走っても、追いかけてきて」

「言われなくてもそうする」

「……知ってる。知ってるから、余計に腹が立つのよ」


 袖を掴む力が少しだけ強くなった。

 猫の不器用な、精一杯の距離の詰め方だった。


 それで十分だ。


「今日はもう寝ろ。疲れただろう」

「……うん」


 クロが立ち上がった。

 袖を離して、階段に向かう。


 三段上がったところで、振り返った。


「あんた」

「ん?」

「……おやすみ」


 それだけ言って、上がっていった。


 クロが「おやすみ」を言ったのも初めてだった。



    *



 翌朝。


 リビングに降りると、ソファの上で黒い髪が広がっていた。


 クロが丸くなって眠っている。

 屋根裏ではなく、リビングで。


 その頭の下に、俺の上着があった。


 昨夜、暖炉の前の椅子に掛けておいたやつだ。


 クロの寝顔は穏やかだった。

 猫耳がぴくぴくと動いている。寝言は言わない。だが尻尾が緩く揺れていた。


 上着を引き抜くのはやめた。

 毛布を一枚、音を立てずにかけた。


 キッチンに向かうと、ツルがもう朝食の支度を始めていた。


「おはようございます、ハルさま。……クロさん、リビングにいらっしゃいましたね」

「ああ」

「よかった」


 ツルは微笑んだだけで、それ以上は何も言わなかった。


 二階からギンが転がり落ちてきた。


(ぬし)さまおはよう! ……あれ、なんでクロがリビングに」

「静かにしろ。寝てる」

「あ、ごめん」


 ギンが慌てて口を押さえた。


 四人分の朝食をツルが並べる。

 匂いに釣られて、クロがソファからのそりと起き上がった。


 俺の上着を——さりげなくソファの端に置いて、何事もなかったように席についた。


「……おはよう」

「おはよう」

「朝ごはん、何」

「粥と焼き魚です」

「ふーん」


 何事もなかったように食べ始めた。

 だがその席は、昨日までクロが座っていた窓際の端ではなく。


 俺の隣だった。





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