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第13話 誘拐事件(2)

「ここは、一体……」



 シャルティはゆっくりとその瞳を見開いた。




(確か私、あの生意気な執事見習に後ろから殴りかかられて……)



 ずきずきと痛む頭と共に、最後に見た景色を思いだした。




「げっへっへっ!

 こいつを脅しに使ってセンベルン公爵家からたんまり、身代金をせしめてやるぜ!」


「さすが兄貴」


 目の前では、彼女に殴りかかった憎むべき裏切り者が、人相が悪い男にかしずいていた。




「あんたら、どういうつもりなのよ!

 こんなことしてもすぐに捕まるの決まってるじゃん。

 どうせ捕まるんだから、さっさと私を解放しなさい」


「がっはっはっ!

 そんな訳ねぇだろ。俺は知ってるぜお嬢様。お勉強が嫌だからと言って、何日間も家を空けたことがよくあったそうじゃねぇか。

 そんなくだらない理由で家出するおまえさんなんかわざわざ探しに来るわけねぇだろ」



 忠告を盗賊は笑い飛ばした。




「何……それ」



 シャルティにはそんな事実、一切合切身に覚えがなかった。



(いや……、ゲームではそんな設定があったはずだけど)


 ただし、ゲームでは別だった。




(でも、天下の公爵令嬢が誘拐されたのに、助けに来ないなんてことがあるはずがない!)



 その慰めがあるからこそ、シャルティの心に一切のほころびはなかった。




「そもそもの話、俺は知ってるぜ。

 センベルン家の悪逆兄妹の噂話を。

 使用人に過剰な折檻をしては追い出す。

 癇癪しては周囲に当たり散らす。

 お前のような奴ら、案外公爵家から消えてくれれば清々すると考えるヤツの方が多いんじゃないのか」




「そ、そんなはずない」


 自分の弱さを覆い隠すためについた強がりを、盗賊は意図せず一つ一つ折っていく。




「おまえだってさぁ、もう内心で気が付いてるんだろ。

 お前みたいなきらわれ者を助けに来るやつなんていないことを」




 盗賊の、不衛生で臭い息がシャルティの端正な顔に拭きかけられた。



 ついに、シャルティの心の防壁が決壊した。


 瞳からは宝石のような涙が零れ落ち、




「誰か、誰か助けてよ」



 ただの童女のように、シャルティは叫んだ。




「ところが残念、そんな都合がいいことは起こりません!

 現実に、ヒーローなんていないんだよ




「残念だな、おまえたちが夢想だと断言したヒーローはここにいるぞ!」



 シャルティが全てを諦めかけたその瞬間。

 教会の門が何者かによって、勢いよく吹き飛ばされた。




「だ、だれだ!」


 あまりにも異常な事態に、盗賊たちは緊張しやがてそれは困惑に変化した。



 周囲が土煙に覆われ、月明かりが侵入者を照らすと、そこに現れたシルエットがあまりにも小さくか弱いものだったからだ。




「何だ、ただのガキじゃねぇか」



 一瞬感じた焦りを、ごまかすように下品かつ豪快に笑いだした。




「クロード、あんたどうしてここに!」



 だが、シャルティの一言によってその態度が急変する。



「どうして公爵家のドラ息子がここに」


「まさか、センベルン家にここのありかがばれたのか!」



 見つからないという前提が崩れたのだ。

 動揺が走る。




「案じるな。周辺に他の守衛の姿はない。

 何なら、こいつも捕まえちまえばさらに身代金を増額できる」



 頭領らしき男の激励によって、「分け前は俺の物だぜ」

 と、下っ端が欲望に目をたぎらせた。




「「はっ……?」」



 真っ先に飛び出した、シャルティに付きまとっていた裏切り者が勢いよく吹き飛ばされた。



 ただの子供だと、クロードをなめ切っていた盗賊たちの目の色が変わった。




「どういうことだ、相手はまだ十を少し超えただけのガキだぞ」


「何、ただあいつがドジを踏んだだけの話だ」


「だが念のためだ、決して一人で行くんじゃねぇぞ!」



 盗賊たちの顔から侮りの色が消えていく。




「だが、足りないなぁ、外道ども。おまえたちの刃では俺には決して届くことはない」



 それでも、クロードはまるで足りないと相手をあざ笑う。




「ガキが、粋がってんじゃねぇ」


「さっさと、俺たちに倒されやがれ」


「しばりつけた後、目の前で大切な妹を痛めつけてやるよ」



 盗賊たちは、口々に騒がしい挑発の声をあげた。



 それに対して、クロードはただ、指先をクイクイと動かして、速く向かってこいと、意思を示す。




「上等だ!」



 雪崩を打ったかのように、盗賊たちは一直線に敵へ向かう。

 クロードもまた、真っすぐに妹を救うために動き出した。




 当然、両者はぶつかり合う。




「……なっ! 消え!」


「いてぇ、いてぇよ!」


「こいつ、ちょこまかと!」


 所詮相手は子供、直ぐに片が付くと考えていた盗賊たちだったが、自分たちの見通しが甘かったことを身をもって知る。




(なんだ! 一体何が起きてやがる!)



 盗賊団のリーダーは今、自分が見ている光景は夢か何かではないかと疑っていた。



 なにせ、自分たちの腰ほどしかない子供が屈強な体格を持った自分たちをなぎ倒しているのだ。




「おいおい、奥で黙っているお前だよ。

 まさかとは思うけど、そこでガタガタ震えて終わりってわけじゃないよな」



 その怯えを、クロードは察知したのだろう。

 嘲笑した。



「な、なめるんじゃねぇ!」



 挑発に堪忍袋の緒が切れた盗賊の頭領は脅え脱却。狂気的な笑みを浮かべ、シャルティの首にナイフを突きつけた。




「さあ、武器を捨てろ。

 このままだと、わざわざ助けに来た大切な妹がどうなっても知らんぞ!」


「まったく、美しさのかけらもないやからだ」




 妹を盾にされ、さすがのクロードも己の武器を捨てた。




「まったく、どんなに強かろうともしょせんはガキだな!

 どうだ、大人の強さと恐ろしさを思い知ったか!」



 盗賊の頭領は己の勝利を確信した。




「本当に恐ろしいよ」


「さあ、そのまま地面に這いつくばって、ごめんなさいとでも言ってもらおうかな。

 それをしないと、このまま妹の首を掻っ切るぞ!」



 クロードはその欲求のままに、地面に膝をつく。

 首領は決定的な瞬間を、貴族の恵まれた生まれの存在が自分に膝まづく瞬間を今か今かと待ちわびる。




「最後に一つだけいいか」


「何だ、ごめんなさいって自分が口にする見っともない姿をみんなに見せたいとでも……」


「いいや、忠告だ。おまえは自分の手の中の女をなめすぎだ」



 はっ、と頭領が間抜け面をさらすと同時に、シャルティが触れていた机がまるで人形のように変形し、殴りつけた。




「いやぁ、助かったよ。正直シャルティがいなかったら、もう打つ手がなかったしね」



 クロードはシャルティを背負いながら、センベルン家の守衛と合流するべく、ゆっくりと歩いていく。



「あれだけ、私に動けって言ってきたのに、助かったって。

 そうじゃなくて、言われた通りに動いてくれたありがとうじゃないの」



 あの時、シャルティを人質とした盗賊団の頭領への挑発の言葉。

 それは一見すると盗賊へ向けた発言に見えるが、その実際はすでにつかまり、ただ盤面に流されるだけだったシャルティへの指示だった。




「戦闘になんてかかわったことがない幼女にさ、あんな無茶な要求するなんて。悪い人」




 口をとがらせて、私不機嫌ですという態度を隠さない。



「それはさ、俺がお前を信じていたからできたんだよ。

 少なくとも、おまえが強いって俺は知ってるんだから。

 実際、不意を突かれたから負けただけで、正面から勝負すればお前が100回やっても100回かつ。

 もう俺たちは守られるだけの雑魚じゃないんだからな」



 何かが琴線に触れたのだろう。シャルティの瞳孔が限界まで開かれた。




「そうね、そうだったわね。もう、私たちは昔とは違う。

 そんな簡単なことも忘れていたなんて」



 くすくすと、塞ぎこんでいたシャルティが明るく笑ってくれているので、良かったとは思うものの、クロードにはどうして笑っているのか分からない。


 少し、不気味だと思ったのは秘密だ。


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