第14話 愛しのお兄様
――パカパカパカ
2人は馬上で身を寄せ合い夜道をかけていく。
振り落とされないように、ピッタリと引っ付いているからか、子ども特有の高い体温が寒空の下ではありがたかった。
「ねぇ、お兄様」
「なん……って、まて。変な呼び方しなかったか?」
虫の音楽、木々のざわめき、星のきらめきだけが人を導く。
人の声などないのだから、聞き間違いなどありえない。それでもいいまちがいがあるのではとクロードは疑った。
「だって、お兄様はお兄様じゃん。実際に血がつながってるんだしね」
「それはそうだけど、それはそうだけど!」
「なら問題ないじゃん」
「ない……のかなぁ?」
疑問は、いつの間にか哲学的な難題に変化していた。
転生者。
肉体とは異なる魂を持った人物同士を血のつながりのみで、肉親と定義してもいいのか。
もちろん、世の中には義妹や義兄といった血のつながらない親族など腐るほどいる。
(家族と呼んでも問題なさそうなんだよな)
「でもなぁ……」
すぐにクロードも、問題ないという結論に至ったが、いきなり訳の分からない呼び方をされて、困惑が勝ってしまった。
「そう呼ばせてくれるなら、あんたが私を囮にしたことを許してあげるわよ」
甘えた声から一転、どすの利いた脅しにクロードは固まってしまった。
「それ、おかしいよな。あの時はあれが一番賞賛が高い作戦だったんだよ」
「だとしても、公爵家のお嬢、そうじゃなくても、人質そのものに動いてもらうことを前提とする作戦を立案するバカがどこにいるのよ」
――グゥッ……。
圧倒的に正論に、クロードは歯を噛みしめることしかできない。
「もう好きにしてくれ」
「ええ、好きにするわよ」
手で顔を覆い、クロードは投げり告げ。シャル邸はその可愛らしい顔を後光がさしそうなほどに輝かせた。
「昼間貰った人形が、危機を知らせてくれたんだよ」
「知能が高かったのは知ってるけど、そんなことまでできるなんてね」
いかにして自分が救われたのか。
シャルティは愛しのお兄様の武勇伝を知りたいからと話をねだった。
今回の一件を自分の功績ではなく、失態と考えていたクロードは最初、話をすることを渋ったのだが、最終的に今回の反省をするという目的を見つけた。
クロードは淡々と。
シャルティはその不器用な語り口の中でも驚愕し歓喜する。
話が盛り上がっていく中、それに水を差すかのようにパカパカという馬の足音が近寄ってくる。
まだ盗賊の仲間が残っているのかもしれないと2人は茂みの中に身を隠した。
時刻は夜。
場所は星の輝きも月の光も通らない深い深い森の中。
故にここには人の営みによるぬくもりも騒がしさもない。
全てが闇という化物に包み込まれている。
ただ、遠くに灯った松明がゆっくりと森という化物を侵略するようにこちらに近づいてくる。
「……ヴィルヘルムか」
ただでさえ暗い森。
茂みの中に隠れたせいで視界も悪い。
知った顔を見つけるのも一苦労だった。
「坊ちゃん、それにお嬢様も、良かった」
返事を聞き、もしも敵ならば切りかかってやろうとがっちりつかんでいた剣から、クロードは手を離した。
「このような失態、いったい、なんとお詫びしたらよいか!」
声をかけ、クロードが妹ともども無事を知らせると、使用人たちはあわてて下馬し、代表してヴィルヘルムが頭を下げた。
「構わないよ、それよりも、この道の先にある教会に誘拐犯どもがいる、拘束して来てくれないか」
感情的な謝罪に、クロードはただ機械的にやるべきことを返した、
「その、我々への処罰は……?」
「謝罪はいい。むしろよくやってくれた」
緊張に耐えかねたのだろう。シャルティの捜索を最初に渋った衛兵がこれからについて尋ねた。
「その、本当によろしいので」
「ああ、お前らの尽力がなければ、妹をこんなにも早く見つけることはできなかったからな」
事務的な報告が終わると、ようやくクロードは人間的な温かさを見せた。
これまでの、我がままなお坊ちゃまとしての姿しか見ていない面々は、いつになく塩らしく、そして素直にお礼を言う姿に困惑してしまう。
「これ、本当に坊ちゃんか」
「あの、ドラ息子が」
「まさか、悪いものでも食べたんじゃないのか」
守衛たちは信じられないと目の前の光景を疑った。
「よさぬか、おまえたち。
坊ちゃんが我らの働きを正当に評価しているのですよ」
(あの、坊っちゃんが下々に対してねぎらいの言葉を! 本当に、そう、本当に成長なされた)
ヴィルヘルムだけが、主人が見せた気高さに感極まっていた。
幼いころから見守り、王道を示してきたが、まったく理解せず、持て余した力を悪戯に振るだけだった嫌なガキが、いっぱしの漢になった。
「そうだな、この年で盗賊どもを打ち倒すなんて」
「妹の誘拐をただ一人見つけるなんて、恐ろしい観察力だ!」
「歴代公爵家でも、この年で打ち立てた武功なら1,2を争ううんじゃないのか」
とはいえだ、流石に身内がさらわれたのだ。
異常な反応にも納得があった。
(これまでは、お互いに顔を見るたびに罵り合っていたというのに。
それでもやはりクロード様も一人の兄で、血の通った人間なのですな)
妹を優しく抱きかかえるクロードを見て、ヴィルヘルムは公爵家の未来にかかった暗雲が晴れたのを自覚した。
「本当に、今回は助かった」
「構いませんとも。我々はそのためにここにいるのですから」
そういって、ヴィルヘルムは今回の事件の一番の功労者の頭を優しくなでた。
本人としては不評だったらしく、すぐに振り払われたが。
(本当にうれしいのに、どうしてか寂しさもある。
本当に優秀な弟子の成長というのは複雑な気分にさせられる)
本来、ヴィルヘルムがクロードに挫折を味合わせ、改心させようとしたのだ。
しかし、クロードは妹が誘拐されたことによって、勝手に挫折し、人に感謝することを覚えた。
幼い子供に対して、ここまで激しい訓練を貸すのはどうなのかという疑問に、彼は放っておいても勝手に自身の行動を反省し、成長したのだから。
(きっと、これでクロード様は大丈夫だ。良かった、本当に立派になられた)
これにて、この作品は完結とします。
長らくの応援ありがとうございます。




