9. 彼は、襲撃に合う
「盗賊にしては、小規模だね」と、彼は呑気に言った。
淡い色の長い髪を一つの三つ編みにした麗しい年齢不詳の男は、ふふふ…と含み笑う。
地上にある廃墟の遺跡の奥にある建物の内部を窺うのは、男と20歳前の金髪緑目の少年だった。
古い時代の遺跡を渡り歩く旅人である2人は、別々に行動しているのに、よくかち合う。
森に埋もれたかつての町らしき遺跡に来たのは、そこにある転移陣からでないと行けない遺跡に行くためだった。
だが、肝心の魔法陣のある建物に、10人ほどの人相の悪い男たちが陣取っていて、身動きが取れない状況だ。
「あれだ。最近流行りの“遺跡荒らし”だな。多分。
大方、あの魔法陣を動かせなくて、立ち往生してる感じだろう」
「なるほど。君は、世情に詳しいな。しかし、あれは“真記”で書かれているから、普通の魔術師には発動できないだろうな」
どこか面白そうに言う男に、金髪の少年は、溜め息を一つ吐き出した。
そして、その場から立ち去ろうと歩き出す。
「あれ、ここは諦めるのかい?クラリス=コード」
珍しいと言わんばかりに肩を竦める男を、クラリスと呼ばれた少年は、一瞥する。
「あのな。多勢に無勢という言葉を知っているか?エル・エリエラ」
「君の魔法ならば、たかが10人くらい軽く殲滅できるだろう?」
「買い被りだ」
心底不思議だと言わんばかりの男ーーエル・エリエラは、相変わらず、どこか夢を見ているかのような眼差しだ。
その紫色の目が、クラリスを見た。
「買い被りではないよ。君は、相変わらず自覚がないね。今時、“真音真記”を使える“魔法使い”が君以外にいるとは思えない。
君が、自分の力を過小評価し過ぎて、出し惜しみするのは悪い癖だ。君が望むのならば、世界は、いかようにも変化を見せるだろう。なぜなら、クラリス、君は“真の魔法使い”だ。彼らを消すのも、傷つけずに排除することもできるはずだよ?」
歌うように話す彼は、最近会う度に少年に囁く。まるで、少年が特別だと言わんばかりの甘い評価に、少年は知らず、眉を寄せる。
「買い被りだ」と、クラリスは言葉を切る。
そして、再度、溜め息を一つ。
なんというか、回りくどい言い方や行動が癪に触る。そして、その意図を読めてしまう自分が恨めしい。
「……だが、まぁ、退かすことは出来なくもない」
ここの魔法陣を使わなくても、他の遺跡にある魔法陣を使っても目的の遺跡には行けるのだ。
ただ、“出口”が違う。
ここの魔法陣の方が、目的地に近いのだ。
「つまり、お前は“ここ”じゃないと嫌なだけだろう?」
「そうだね。それもある」
素直に彼は頷いた。
その言葉に、少し引っ掛かるものを感じながら、少年は、去ろうとした足を戻す。
「まぁ、仕方がない。
今回は“貸し”にしておいてやる」
「君の魔法は綺麗だからね。見応えがあるんだよ」
少し弾んだ声で言う彼を横目に、クラリスは吐きそうになった溜め息を堪えて、男たちのいる建物へと足を踏み出した。
* * * * *
都市といえる大きな街に入って2日。
いわゆる、ホームセンターに立ち寄った梢は、小さなプランターにミニトマトやミニレタスを植えていた。
「車移動でも、生野菜が食べれる!」
本来は、武器になるものを探しにきたのだ。
1mほどの物干し竿や農作業や草刈り用の鎌を手に入れたついでに、見つけたミニ菜園に夢中になってしまったのだ。
キャンピングカーは、ホームセンターから離れた場所に置いてある。
すでに一度、荷物を置きに戻った後に、ついつい欲を出したようなものだ。
ミニプランターを手に、キャンピングカーに戻ろうとして、梢は、ふと人影を見つけた。
咄嗟に物陰に隠れる。
いたのは、まだ若い感じの少年たちだ。2、3人が固まって話している。
「…………で、………ってるのを見たし」
「他から………なら、移動手段を持ってる………」
「1人っぽい…………」
途切れ途切れの声に、梢は、はっとした。
両手で抱えたプランターを地面にソッと下ろす。その視線が少し恨めしいのは、せっかくのプランターを持っていけないからだ。
ああ、せっかくの生野菜………と、内心、嘆きつつも、梢は他の出口を探した。
「おい!早く見つけ出せ!」
男の声が響いた。
梢は、その声にビクっと肩を震わせる。
「一昨日、すっげえキャンピングカーを見たんだ!あれなら、余裕で町から出られるぜ!」
「マジに1人だったのかよ?」
「1人かどうかは分からんが、ここに入っていった奴がそのキャンピングカーのメンバーっぽい可能性は高いだろぉ!?」
「いいねぇ、奪っちゃう?」
ぎゃははっ!と下品な声が上がる。
別の方向からだ。さきほどの少年たちよるも年上の若者たちのようだ。
梢は、棚の影に隠れながらも、小さく舌打ちした。
どうやら止めたキャンピングカーの位置まではバレていないらしいから、あちらに襲撃はないが、梢自身はピンチだ。
(あっちもこっちも駄目か…………。ひょっとして、ここを根城にしているのか?)
だとしたら、梢は敵地でのんびりしていたことになる。
おもわず、自分の馬鹿さ加減に後悔する。
ラーメン屋のオヤジが教えてくれていたはずだ。少人数だが、人を襲う連中がいるのだと言っていたのを忘れていた自分が恨めしい。
(こっちが3人。あちらは、4人……か?)
多勢に無勢。しかも、土地勘もある。
(今日見た“夢”よりもヤバいよな、これ)
前世の夢を時々見る。
大抵は、遺跡の夢ばかりだ。
(ああ、こんなときに“魔法”がもっと使えればなって思うわ)
前世の梢であるクラリスは、魔法戦が出来るくらいに魔力があった。
世界の違いがあるから仕方がない。
この世界には、今まで魔力の素である魔素がなかったのだ。魔法が使えるようになっただけでも奇跡だろう。
(ん?…………魔法、魔術………?)
無属性の魔術に確か、“隠れんぼ”のできるものがあったと、梢は思い出す。
本来の使い方は違うのだが、いろいろ便利で、クラリスはよく使っていた。
ちなみに、魔術は魔法の下位に当たるので、魔力消費は魔法よりも少ない。ただ、長い呪文が恥ずかしいのと手間なので、クラリスは省略呪文を使ったりしていた。
“魔法”に慣れてからは、もっぱら“魔法”を使っていたようだが、威力や効果は高くても、“魔法”は魔術ほどの細かい操作が出来ないので、なんだかんだと重宝する無属性魔術を使っていたようだ。
「…………………」
梢は、ブツブツと小さく呪文を呟いた。記憶が曖昧な部分もあるが、なんというか厨二的な恥ずかしい台詞の羅列に、絶対に誰かに聞かれたくないという感想を抱く。
ふっと軽い倦怠感に襲われる。
両手を見れば、ぼんやりしている気がするので、上手く魔術がかかったのだろうと推測する。
梢が使ったのは、光の反射で周囲に溶け込み、相手から自身を見えなくする魔術だ。
本来は、自分に使わずに物に掛ける魔術だが、クラリスはこれを応用し、姿を隠すのに使っていた。
おそるおそると隠れていた棚蔭から出て、3人の少年たちがいる出口に向かう。
まだ、出口に3人はいたが、近づく梢には気付かずに話し込んでいる。
(よし、成功だ!)
梢は、心の中でガッツポーズをする。
この魔術は姿を隠すだけなので、音を出したり、ぶつかるのを気をつけないといけない。一度気づかれたら、効力はなくなってしまうのだ。
慎重に足を進めて、話し込んでいる少年たちの横を通り抜ける。そのまま、足早にホームセンターを出ようとした梢の前に、突然、別の少年が突っ込んできた。
梢は、慌てて少年を避けた。
「大変だ!!ペットもどきが襲ってきた!!」
半ば転げるように少年を避けた梢の前で、他の少年たちに叫ぶ。
すると、少年たちがさっと顔を青ざめた。
「マジかよっ!」
「何匹だ?」
「分からないけど、多いよ!前より大きいのいるし、タヅサさちが応戦してるけど、ヤバいかも………」
梢は、叫んだ少年の元に駆け寄ってきた少年たちを見ながら、後退する。
(ペットもどき………モンスター化した犬猫のことか)
魔素の影響で巨大化したり、凶暴化したりし、モンスター化した動物たちが、ここではどうやら脅威になっているらしい。
こんな都市部で、と思うが、案外、都市部だからこそ、ペットが多いのだろう。
彼らから十分離れた梢は、立ち上がった。
「あ………」
少年たちの1人がこちらを見て、声を上げる。
視線があった気がして、梢は、ギクリとした。
だが、次の瞬間、ふと背後から迫る気配を感じて、梢はしゃがみ込んだ。その頭上を何かが飛び越えていく。
「グルァッッ……!!」
大型犬をさらに大きくしたような灰色っぽい毛並みの獣が、少年たちに飛びかかった。
「ヒィッ……!!」
「うわぁっ!」
少年たちは、それぞれに悲鳴を上げながら犬らしき獣を避ける。
梢は、座り込んだまま、それをやや呆然と見つめた。咄嗟に避けなければ、襲われていたのは梢だったかもしれない。
そう思うと、どっと冷や汗がでた。
少年たちの1人が持っていた棒で、獣の胴体を叩く。その慣れた手付きに、梢は我に返った。
慌てて立ち上がる。そして、ホームセンターから離れようと走り出した。
「あ!あいつ………!」
「いつの間に?!」
梢が動揺したせいか、術の効力が切れたようで、背後から少年たちの声が上がる。
ちらっと振り返ると、こちらを追いかけようとする少年たちの姿があった。だが、その途中で別のモンスター化した犬が少年たちに襲いかかって、彼らはその対処に追われたようだ。
梢は、そのままホームセンター前の道路を反対側に渡り、道を曲がる。後から追いつかれないように、民家の庭を抜けて、何度も道を曲がって小さな公園に入った。
遊具の陰に隠れて、追ってきている者がいないかを確認する。
人でも、モンスター化したペットでも厄介だ。
「………ハァ。参ったな……」
大きな街だから移動すれば問題はないだろう。
だが、長居をするわけにもいかないようだ。
ある程度の補充が済んだら、早々に街を出た方が良さそうだと、梢は思った。
「人に会えても、警戒が必要なんて………」
梢は、がっくりと肩を落とした。
誰でも彼でも仲良くしたいわけではないが、旅の連れが欲しいと思ってしまうのは、仕方がない。
ソラという可愛い子猫はいるが、やはり人寂しいのだ。
「まぁ、キャンピングカーを盗られるわけにはいかないしな」
小さく狭い日本のキャンピングカーと違い居住性抜群の海外モデルである。
しかも、無駄なファミリータイプだ。
収納性もあり、食料や荷物もかなり余裕で乗せているから、今の世情からみれば“宝の山”が移動しているようなものかもしれない。
「魔力…………魔石があれば、付与魔術と結界の応用とか使えるんだけどな………」
梢は呟いた。
ついつい前世の知識に頼ってしまう。
それが良いか悪いかよりも、魔素、魔力のある現状で、身を守れる武器や道具を探すよりも、魔術や魔法の方が便利なのだ。
ただ、魔力があるといっても、前世に比べれば少なすぎるし、梢自身の魔力も微々たるものだ。
便利といっても、正直多様出来ない。
「ホラー映画とかみたいに、簡単に銃とかの武器が手に入れば楽なんだが………」
現にアンデットではない“モンスター”なら増えつつある。これから、魔素が世界に満ちるなら異界化は進み、変容も加速するだろう。
梢は、悶々と考えながら、公園で一時間近く過ごした。追っ手が来ていないのを確認してから、止めてあるキャンピングカーに戻る。
キャンピングカーは、ホームセンターから少し離れた住宅街の中の駐車場に止めていた。
バス並みの車体は。やはり目立つ。
時間は夕方になっていたが、梢は、暗くなる前に移動することにした。街を分ける川を越え、街の南側へと移動する。途中、バス会社の駐車場らしく、、幾つかのバスが止まっている場所を見つける。木を隠すなら森の中とばかりに、そこに止めて、一夜を明かすことにした。
「………ここなら、1日2日は大丈夫そうだよな?」
「にゃん!」
ようやく落ち着けたと、溜め息混じりに呟いた梢に、留守番だった子猫が元気に返事を返した。




