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10. 彼は少女と邂逅する

 森に飲み込まれる街の建物の陰から、煌めく青い海が見える。

 廃墟と化した街は、異常な速度で木々に飲み込まれ、高層のビルも蔦が絡まり、緑に染まりゆく。

 水色の大型バスコンタイプのキャンピングカーが走る高架の道路が街を二分するかのようだった。

 道路の右手内陸側はかつての街の姿が消えようとしているのに対し、左側の海沿いは未だに街の姿が残っている。

 

 「ん?あー、ヤバいな」


 運転をしている青年ーー春日梢(かすが しょう)は、見晴らしの良い前方の道が寸断されているのに気付き、眉をひそめた。

 ハンドルを切り、滑るように目前に示された出口に進路を変える。

 たった半年で、数百年も経ったかのような異常な変化を遂げる光景には、すでに見慣れてしまった。

 おそらく“魔素”の濃度差による影響の違いだろう。まったく変化の無い場所もある。

 さらに言えば、地理というか地形自体がまったく違う場所もあり、そこは“異界化と梢は呼んでいる。


 すべては、“魔素”が影響している。

 魔素とは、魔力の大元だ。

 この世界にはほとんど無い要素だった魔素が、ある日、徐々に世界に満ち始めた。

 それが、ここ数年騒がれている奇病[灰塵病(はいじんびょう)]の原因である。[灰塵病]は、梢の“前世”では[魔素過剰症]と呼ばれていた。

 前世の世界では、魔素の少ない地域で掛かる奇病だ。魔素の少ない地域に行った魔術師やそういった地域に生まれる魔力持ちが掛かる病気である。

 この世界には、魔素が非常に少ない。科学が発展すると魔素は少なくなるらしい。

 そういう意味では科学の栄えるこの世界で、魔素が無いに等しいのは当たり前ともいえる。

 だが、あるときを境に急に魔素が増え始め、たった半年で世界は変容してしまった。


 現実は小説より奇なりとは、よく言ったものだ。

 小説ほどに万能だとかいうわけでもない辺りが、逆に現実味がある。

 梢が住んでいた街を脱出してから早1ヶ月。

 季節は10月に入ろうとしていた。

 昼間は暑い日が続くが、暗くなると少し肌寒い日がある。


 「冬に豪雪地域に入らないようにしないとな……」


 地理がごちゃごちゃの現状ではなんとも言えないが、雪で立ち往生は避けたい。

 この1ヶ月を過ごした感じでは、魔素は北に行くほど濃くなっているようだ。なので、避難した人々は南下している。梢もまた、家族と合流することを目標に南下しているが、今のところ、進んだ距離は僅かでしかなく、今までに機能している街に遭遇した記憶もない。

 人々が避難し、放棄された街ばかりだ。

 梢が意識の無かった半年で、一体どれほどの被害が出たのか………。

 梢自身、全体の現状など分からず、手探り状態で進んでいる感じだった。


 廃墟の街中を走り、キャンピングカーを目に付いたマンションの地下駐車場に入れる。

 水色のバスコンタイプのキャンピングカーは目立つのだ。ホテル並みとは言わないが、日本のコンパクトなキャンピングカーに比べ、居住性に優れたこの車は、今のご時世では格好の標的にされる。

 梢一人で使うには十分過ぎるファミリータイプで、積み荷容量もあり、ガソリンと電気で走行出来るのだ。

 水の汲み替えは必要だが、シャワーも使えるし、トイレもある。

 多少荒れた道でも走行が可能だ。

 そんな宝の山のような車だから、この1ヶ月、何度か襲撃の対象にされた。

 様々な理由で町に残った者たちに襲われたのだ。

 最初は、人に会えたことに喜んだのだが、それもすぐに覆された。それでも戸惑いはあったが、何回も狙われれば流石に防衛するし、警戒も強くなる。

 

 黒い子猫とリュックを手に、キャンピングカーを下りた梢は、鍵を掛けてから、入り口前に石を置いた。

 途中の街で見つけたパワーストーンショップにあった“魔石”だ。

 まさか、“魔石”があるとは思ってもみなかったが、前世の記憶と感覚を取り戻しつつある梢には、無造作に置かれた水晶柱などの石が魔石にしか見えなかったのだ。


 確かに、この世界にも“パワースポット”がある。

 前世の世界に比べれば微々たるものだが、魔素が発生しており、他よりも魔力のある土地は存在するのだ。

 “魔石”といっても、前世のそれとは比べものにならない粗末さで、ほぼ使い捨て同然である。

 だが、今の状況ではそれもありがたい。

 一般人が、銃などの武器など持てないし扱えない。一応、武器になりそうなモノは携帯しているが、喧嘩もしたことのない人間が、まともに戦うなど、無理だ。

 最終的に、隙をついて襲撃相手からひたすら逃げるか、“魔法”を使うか。

 魔法といっても、簡単なものしか使えない。

 結局、相手が驚き怯んだ隙に逃げるしか、手段はないのだが、この1ヶ月でその“魔法”にもずいぶん慣れた。

 最初は、一回使うだけでバテていたのが、三回ほど使っても平気になった。もちろん、魔法の種類にもよるし、“魔術”ならもっと使える。いわゆる属性魔術は、精霊との相性や契約などがある為、現状で使えるのは、魔法の下位版ともいうべき無属性魔術だけだ。

 それでも、威力や効果は魔法に劣るものの、細かな調整が出来、種類も豊富な点で便利だったりする。

 さらに“魔石”を手に入れたことで、前世の梢が得意としていた付与術を使う事ができるようになった。

 付与術は、物などに文字紋章(ダートゥルーン)を刻むことにより、魔術を発現させる魔術だ。

 その術式によっては、電灯の入切のような、様々な条件付けを可能とする。前世の世界では、そこからカラクリ技術との融合ーー魔法科学という分野が発展した。

 (クラリス)の場合は、一般の紋章(ダートゥルーン)ではなく、古代の神秘たる“真記(ルーン)”を使った術式で、その複雑さと効果の高さ、紋様の美しさで、一線を画くしていたらしい。


 だが、今の梢にそんな複雑な紋章やら術式が出来るわけではない。なにせ、元は“魔術”だから、魔力がなければ使えないし、付与術は普通の魔術よりも魔力を使うものだ。

 術式構成は時間がかかるし、物に刻むときに必要な材料もない。それに、梢とてそこまで詳しく思い出していないのだ。


 「毎回、指を切るのも痛いんだよな……」


 石に血で刻んだ術式はかなり雑で、それでも一応発動するから有り難い。

 術式を紋章として刻むインクは特殊だ。

 インクがないときに代用するのは、魔力の宿った魔術師本人の血である。

 キャンピングカーを認識しないようにする簡易結界の術式を魔石に刻んで、梢は溜め息を吐いた。


 とりあえず、マンション内を見て回り、人がいないかを確認する。

 大半は鍵が掛かっているが、慌てて出たのか部屋にいるときに[灰塵病]で消失したのか、鍵の掛かっていない部屋もある。

 そういう部屋に入るのも、最初は忌避していたのだが、今では何も感じなくなった。

 部屋に残された保存食や便利そうな物を物色し、水が出れば、車の水の入れ替えや廃棄物や廃棄水を捨てて、タンクを洗う。本当は外でしたいのだが、洗っているときに見つかり、襲撃されたら、ひとたまりもないのだ。

 電気は通じないが、水が出る所は多いのが有り難い。


 幸い、入ったマンションには誰もいないようで、梢は、しばらくこのマンションを拠点にすることにした。

 鍵の空いていた一室は、どうやら独身男性の部屋だったらしい。

 女性の部屋や家族の部屋は、正直落ち着かないので助かった。やはり、居住性のあるキャンピングカーとはいえ、1人だとついつい周囲を警戒し、ダイネットのソファーなどで寝てしまい、まともに布団に入ることが少ないので疲れがとれないのだ。

 久々のベッドにぐっすりと眠る一夜を過ごし、翌日から、子猫のソラを連れて周辺の散策に出た。


 「食料の補充とガソリン………か」

 「にゃあ」

 「分かった。キャットフードな」


 器用に梢の肩に乗った子猫(ソラ)の主張に、苦笑する。

 先がどうなるのか分からないので、立ち寄った街でこまめに補充するようにしているのだ。

 住宅街で似たような高さのマンションが幾つかある。途中で出た大通り沿いを歩くと、海が見えた。

 

 「にゃ?」

 「海は初めてか?ソラ」


 不思議そうな顔の子猫を見て、梢は海岸へと行き先を変更する。

 海岸沿いの道に出るのはそうかからず、砂浜に下りた梢は波打ち際にソラを下ろした。

 恐る恐ると、行き交う波に近寄る子猫。

 ちょいと前足で波をつつこうとして、引く波を追いかけ数歩進むも、向かってくる波に驚き、背中の毛を逆立てながら脱兎のごとく逃げてくる。

 梢の足元に隠れて、「フー!」と唸る。


 そんな長閑な光景に梢は和む。

 ここだけは、なにも変わっていないようだった。


 再び並みに挑んでいたソラが不意に顔を上げた。耳がピクピクと動く。

 梢は、甲高い犬の鳴き声を聞いた。

 海岸沿いにある白いレストハウスが見える。その方向からだ。

 戻ってきたソラを抱き上げて、砂浜を後にした。


 離れるのではなく、レストハウスの方向へと走る。なんとなく嫌な予感がした。

 白い洒落たレストハウスは、歩道橋を挟んで反対側に行けるようになっていた。道の駅だろうか。

 見れば、遠目に道路を駆けていく野犬の群れ。

 モンスター化し、巨大化したり変化のある犬猫もあれば、野犬と化した動物もけっこういる。

 魔素の影響か、攻撃的で凶暴化しているので、十分に脅威だ。 


 「ウォン!!」


 歩道橋から降りてくる一匹のゴールデンレトリバーが、まるでこっちだと言わんばりに鳴いた。

 凶暴には見えない利発そうな犬だ。


 「ウォン、ウォン!!」


 道の駅の方に走る野犬たちの気を引くように鳴く。それに、野犬の半分が惹かれたようだ。


 「マリー!ダメっ!!」


 道の駅の方から悲痛な叫び声が聞こえた。

 少女の声のようだった。


 「………っ!」


 梢は、ソラとリュックをその場に下ろすと走り出した。

 氷の魔法で、ゴールデンレトリバーに向かう野犬たちを蹴散らし、足を凍らせる。

 ゴールデンレトリバーと視線があった。

 人懐こい黒目のゴールデンレトリバーは、梢にブンブンと長い尾を振った。


 「どこだ?」

 「………ウォン!」


 無意識に問えば、ゴールデンレトリバーは一声吠えて、野犬たちを追うように道の駅の方に走り出す。梢もそれについて走った。

 道路を渡り、道の駅の駐車場を抜けて、商店に向かう。彷徨く野犬たちには、魔術で対応し、小さな火の玉を爆発させれば、「キャイン!」と鳴いて、逃げ出していった。

 元々、この辺りは魔素が低いらしく、それほどの影響が無かったのだろう。

 梢は、内心、ほっとした。

 

 しばらく何かを探すように彷徨いていたゴールデンレトリバーが、バッと走り出す。

 梢は、慌ててそれを追った。

 店の一つに飛び込んだゴールデンレトリバー。

そこから、「いやぁぁぁっ!!」と少女の悲鳴が響いた。同時に、犬の激しい吠え声が響く。


 「いやっ!マリーッ!!!」


 梢が店に飛び込めば、広い土産物屋だった。

 その隅に追い詰められたように佇む少女と、その前で互いに向き合い唸り合う野犬とゴールデンレトリバーの姿があった。

 野犬は、他の犬より大きく凶暴そうだった。

 おそらくモンスター化した、群のリーダーなのだろう。


 『火の矢よ(ファイ・ド・アロー)!』


 ゴールデンレトリバーが唸りながら後退する。その空いた距離を縮めるように、飛びかかった野犬に向けて、梢は“真音(ことば)”を唱えた。


 「ぎゃんっっ!?」


 生まれた火の矢は、真っ直ぐに飛び、野犬の顔に当たって小さな爆発を生む。

 そのまま床に叩きつけられ、悲鳴を上げる野犬。

 ゴールデンレトリバーは、少女を護るかのように少女の前へと駆け寄った。


 「マリー!」


 少女が後ろからゴールデンレトリバーを抱きしめる。

 よろよろ起き上がった野犬に注意していた梢だったが、野犬は梢と視線が合うと、身を翻して逃げていった。梢は、大きく息を吐いた。

 実は、もう限界だったのだ。

 あと一回、なんとか使えたとしても、反動に立てなくなっただろう。

 梢は、怠くなった身体で少女とゴールデンレトリバーに近づいた。


 「大丈夫か?」

 「うん」


 聞けば、少女はやや警戒しながらも頷いた。

 年は、10代前半くらいだろうか。まだ、小学生くらいだと思う。

 肩で切りそろえた漆黒の艶やかな髪に黒目がちの大きな目、色白の肌。

 純和風な美少女である。

 黄色のチェニックに青いカーディガン、黒の七分パンツにスニーカーという格好だ。


 警戒する少女とは違い、ゴールデンレトリバーは尻尾を振りながら、梢にすり寄ってきた。

 梢は、「よく頑張ったな」とゴールデンレトリバーの頭を撫でる。


 梢は、外の様子を確認する為、少女とゴールデンレトリバーを残して、店の外に出る。

 ざっと見回せば、野犬の姿は無かった。

 道を渡り、レストハウス前に残したソラとリュックを回収して、店に戻る。

 少女に、外が問題無いことを伝えて、2人で店を出た。



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