8. 彼は、旅人と出会う
広い二車線の道路を、一台のキャンピングカーが走っていた。
日本で見かけるカプコンタイプではなく、大型のバスコンタイプのキャンピングカーだ。
海外からの輸入ものの珍しい、水色のキャンピングカーは、対向車もいない道を我が物顔で走っていた。
実際、走っている車は、キャンピングカー以外無い。
「まだ、道がきちんとしているだけマシだよなぁ………」
運転席でハンドルを握る青年ーー春日梢は、ぼやく。
多少、ひび割れは目立つが、走行には問題の無い道路はありがたい。
海外のオフロードに近い道でも走行できる仕様のタイヤだから、多少の無茶も可能性だが、あまり無理はしたくないのだ。
「それにしても、ここ、どこだよ」
道路の両側に広がる自然豊かな光景に、梢は、思わず呟く。
自宅のある街を出て数日。
見慣れた、日本中代わり映えのしない街の景色が森に埋もれていたり、いきなり開けた草原や湖になっていたりと、変化が激しい過ぎる。
今も、地図上では何度も通ったことのある国道を走っているのに、そこには見慣れた街の景色はない。
異界化。
その言葉がぴったりと当てはまる景色が広がっていた。
たった半年で、廃墟と化して半分森に埋もれた形の街もあれば、半年という時間のまま、多少荒れただけの無人の街のままを保っている場所もある。
見覚えのない山や川があったり、あるはずの道路自体が消失している場所もあった。
昼間でも見かけるモンスターは、以前街で見たペットがモンスター化したものではなく、ゲームの中のような異質な魔獣が多くなった。
走っているキャンピングカーを、獲物と勘違いして襲ってくることもあり、梢は、何度か“魔法”で対抗した。
その都度、運転に支障が出るが、まぁ、急ぐ旅ではない。
街を出て数日。
いまだにそう進んでいないのは、思った以上の異界化に、寸断された道を探し迂回したり、モンスターの来襲に対抗してバテたりと、予想外のことが多いからだ。
一度、高速に入ったら、途中の道路が途切れており、無かった大河が横たわっている光景に唖然としたことがある。
とりあえず手前の出口に戻って、高速を降り、同じ方向に走ったのだが、大河にはぶつからずに次の街に入れた不可解さに、頭を抱えたのは記憶に新しい。
それ以来、高速には入らずに一般道路を慎重に運転しているが、いまだに見慣れない景色に戸惑うばかりだ。
キャンピングカーには、梢と子猫のソラだけしかいない。
ソラは、運転席の後ろのダイネットで遊んでいるか、助手席で大人しくしている。
ラジオを入れても何も流れていないのは、早々に確認済みなので、梢は、CDの音楽を流したりしている。
食料や水はまだ十分余裕があるが、こうした異界化を見せつけられると、補充できる場所でこまめに補充した方がいいと、梢は思った。
「今、一番ヤバいのはガソリンか」
燃費がいいので、まだかなり余裕はあるが、いつ補充できるか分からない状況だ。
できれば、予備も欲しい所だ。
だが、街を出てから、なかなか良い補充場所に出会えないのが現状だ。
「確か、地図ではこの先、大きな街に入るはずだよな」
いわゆる都市部に当たる街に入るはずだ。
梢が走っている道も本来なら街中の道路なのだが、見える光景は、街も廃墟もない平原である。
「どうなってるんだよ、これ」
「にゃあ……」
助手席で丸くなっていたソラが、同意するように鳴いた。
* * * * *
大きな街にぶち当たったのは、それから3日後だった。半分、廃墟と化した街並みにホッとしてしまう自分もおかしいと、梢は、苦笑する。
無人の都市は、多少の寂れた感はあれど、ほとんど異界化の影響は無かった。
大通りにあるガソリンスタンドに、キャンピングカーを止めて、梢は外に出る。
無人の街に違和感はあるが、それでも奇天烈な光景の中を走ってきた身としては、安心する景色だ。
「しばらく、この街で補充するか」
都市といっても問題の無い大きさの街だ。
ひょっとすると、誰か残っているかもしれないしという期待はある。
まぁ、それが味方とは限らないが、目覚めてからまともに他人と会っていないのだ。
電話で姉と話したが、正直、人寂しいのは変わらない。
とりあえず、キャンピングカーのガソリンを満タンにする。お金を入れないと給油できないシステムだが、お金もきちんと持っているので問題はない。
奥にある事務所を覗けば、鍵が掛かっていなかったので、中を物色する。
といっても、欲しいのはガソリンを入れるタンクだ。
商品なのか、空の灯油タンクを見つけたので、ポンプと一緒に確保する。
少し苦労しながらも、タンクにガソリンを入れ、他の荷物とは別にキャンピングカーに乗せる。
「これで、少しは安心だな」
最悪、電気で走ることが可能だが、少しでも不安は無くしたい。
この先、何があるか分からないのだ。
ガソリンスタンドから移動して、梢は、そこそこ大きなスーパーの駐車場にキャンピングカーを止めた。
直ぐに駐車場から出られ、かつ、表からは見られない絶妙な位置につける。
まだ、食料は十分余裕があるので、スーパーを覗くのは後だ。
梢は、ダイネットのソファに腰を下ろした。
ずっと運転していて疲れた。
「散策は明日だな……」
ズルズルとソファに横たわり、呟く。
独りきりだと、独り言が多くなるというか、本当らしい。元々、1人暮らしなので多少の自覚はあったが、ここ最近は特に酷くなった気がする。
仕方がない。
本当に話す相手がいないのだ。
「はぁ………、早く人のいる場所まででないとな………」
こうも、誰とも遭遇しないと、正直、不安になる。梢は、ダイネットの天井を見ながら呟いた。
なにやら、音がする。
暗い中、梢は、目を覚ました。どうやら、ダイネットのソファで寝てしまったようだ。
電気もない街は真っ暗だった。
自宅にいた時も思ったが、電気の偉大さを痛感する。
「にゃあ」
「あ~、悪い。ソラ」
100円ショップで買った電池式のワンプッシュライトをつける。ダイネットのテーブルや、あちこちに電灯代わりに置いてあるのだ。
突然、明るくなったので、びっくりしたらしいソラに謝り、梢は起き上がった。
灯りが漏れないように、窓のカーテンを閉めようとして、梢は、ふと外の明かりに気付く。
どうやら、スーパーの表側の駐車場の方だ。
梢はカーテンを閉めると、懐中電灯を手に、車の外に出た。
「に!」
ドアを閉めようとしたら、高さのある出入り口で降りられないソラが声を上げる。
どうやら、置いていかれるのが嫌らしい。
梢は、ソラを抱き上げると、ドアを閉めて鍵をかけた。
スーパーの建物の影から、明るい方を覗けば、スーパーの前に中型のバンが止まっていた。
「……………ラーメン屋?」
バンの後ろを前回にし、そこに簡易机のカウンターと椅子が3つほど並んでいる。
暖簾に赤提灯、そして、食欲をそそる匂い。
バンの周りだけが、強烈な光で昼間のように明るかった。
どう見ても、露天のラーメン屋か呑み屋にしか見えない。
梢は、おもわず、その露天屁と足を進めた。
「へいらっしゃい!」
カウンターのなかで椅子に座り、新聞を広げていたオヤジが声を上げる。
強面のオヤジだ。
紺色の作務衣に似た割烹着に、捻り鉢巻きを頭にした、ちょっと頑固そうなオヤジである。
「なんで、こんな所でラーメン屋?」
梢は、おもわず唖然と呟いた。
「んん?兄ちゃん、食べるんかい、食べないんかい?!!」
野太い声で、ジロリと一括される。
「あ、た、食べます!」
その迫力に流されて、梢は、席についた。
「普通のラーメンでいいか?というか、それしか無いんだよ。悪いな!」
「いえ、それでいいです」
水の入ったコップを置かれて、梢は、今更ながらに勢いに流された自分に気付く。
「そっちのニャンコには、ミルクだな?確か、まだ、賞味期限前のがあったはずだ」
ごそごそとバンの荷台を漁るオヤジ。
古いタイプのラジオがテーブル下に置かれており、そこから流れる懐かしい歌謡曲が、ややチープな白々しさを醸し出している。
オヤジは、小皿にミルクを出すと、梢の足元に座るソラの前に小皿を出した。
ソラは、大人しくミルクを舐める。
オヤジは、丼を取り出して、手際良くラーメンを作っていく。流れるような作業は、長年培ってきた職人を思わせる。
「はいよ!ラーメン一丁上がり!」
どん!と置かれたのは、シンプルな醤油ラーメンだ。
大きめのチャーシューが2枚に、ネギにメンマにモヤシ、彩りの半分のゆで卵も美味しそうだ。
「頂きます」
梢は、割り箸を割って、ラーメンを啜った。
「美味いっ!!」
濃厚な醤油の味わい。だが、後味はさっぱりしている。中華そばを思わせる縮み麺にスープが絡みつき、ついつい手が止まらない。
まだ、残暑の強い蒸し暑い夜なのに、一気に食べるラーメンの旨さ。
梢は、夢中でラーメンを食べた。
目が覚めてから、食べるものは適当だったので、久しぶりにまともな食事をした気分だ。
普段は飲まないスープまで全部平らげて、梢は、丼をテーブルに置くと、満足のため息を吐いた。
「いい食べっぷりだな、兄ちゃん!」
オヤジが嬉しそうに笑った。
「いや、久しぶりだったので………」
自分の醜態に気付き、梢は、顔を真っ赤にした。あまりにも夢中で食べてしまった。
「いや、いいってことよ!こんなご時世だ。俺も久々の客がこんなに美味そうに食べてくれりゃ、ありがたいってもんよ!」
「は、はぁ………」
聞けば、オヤジもまた、各地でこうやって店を開きつつ、人のいる南部へと移動の旅の途中らしい。
店を手放せなくて、住んでいた街から人が居なくなっても残っていたらしいが、異界化が進み、変容した街を目前にして、店を離れることを決意したそうだ。
「店があっても、人がいなけりゃなんにもならねぇって、誰も居なくなってから気付くなんで、馬鹿だよな」
自嘲するようにオヤジは言った。
こうして、時々、街で食料などを補充しながら、移動するスタイルは梢と同じようだ。
「まぁ、意外だが、こうやって残ってる街には、残ってる連中がいるもんなんだよ。かなり少数だがな。電気も切れちまっているから、こうして明かりを付けとけば、誰かがふらふら寄ってくる。
あんたみたいに、な」
「あー、何となく分かります」
ニヤリと笑われて、梢は頷いた。
「俺は、ラーメンを途絶えさせたく無いからな。食べてくれる相手がいりゃ、どんな奴だって食べさせるぜ!」
熱いラーメン魂を持つらしいオヤジは、店を持つ前は露天のラーメン屋として全国を回った過去があるらしい。
いつかは、また、人の住んでいる所に店を構えるつもりだが、それまでは露天でラーメンを作り続けるのだと語った。
オヤジは、この街に来て数日経つらしく、店などの場所を教えてくれた。
「そうそう、なるべく一カ所に留まらない方がいいぞ。少数とはいえ、集団で俺たちみたいに移動している奴を襲う連中もいるらしい」
「分かりました。気をつけます」
しばらく情報交換や雑談をしていたが、オヤジが片付けだしたので、去ることにした。
オヤジは、ここから別の場所に移動して休み、朝には、次の街へと移動すると言う。
ラーメンのお代を払い、ソラを抱き上げる。
「南下するなら、また、会えるかもな!」
「そうですね。また、オヤジさんのラーメンを食べたいので、ぜひ再会しましょう」
がっしりと握手をして別れる。
少し遠回りして、スーパー裏手のキャンピングカーに戻った梢は、久しぶりに他人と会い、話した事実に気付いた。
「あっけない……」
あっけないが、悪い気分ではない。
今まで自分以外に人がいないのではないかという、漠然とした不安が綺麗さっぱり消えている。
オヤジのように、最後まで自主的に街に残った人もいたのだ。
こうして移動するのが、自分だけじゃない事実に、梢の不安は軽くなった。
だが、久々の他人との遭遇に浮かれていた梢は、オヤジの“忠告”をすっかり忘れていた。
それを思い知るのは、街に滞在して2日後の事であった。




