7. 彼と子猫は、そうして旅立つ
お久しぶりです。
久々すぎて、書く本人が戸惑ってます(o・д・)
ちまちま更新を再開できればなーと思います。
ジリジリと残暑の厳しい灼熱の日差しが容赦なく照りつける。
広い二車線の駅前通りの両側に続くアーケードの商店街には、人気が全く無かった。眩しいほどの日差しの中、廃墟と化した商店街は、どこか物悲しさすら感じさせた。
この時期ならば、アーケードの飾りも涼やかで、店先には風鈴が揺れ、暑い昼間でも買い物客でそこそこ賑わうのだが、堅くシャッターが下ろされた無機質な軒に、割れたガラスが無残な姿を晒した店。
アーケードを彩る崩れた紫陽花の飾りが、時間の停滞を知らしめるかのようだ。
綺麗に舗装されていた道もひび割れて、その隙間から雑草らしき草花が覗いている。
劇的な変化は無いが、確実に廃墟と化した商店街を、一台の軽自動車がゆっくりと走っていた。
車は、やがて、道の脇に寄って止まる。
「暑い…………」
むわっとした空気に、車から出た春日梢は、顔をしかめた。
見た目は、黒髪黒目で痩せた細身の、20歳前後の青年である。怜悧な印象の青年だが、話せば親しみやすい穏やかな青年だ。
実際は、39歳の中年だ。
世間を騒がす[灰塵病]に倒れ、気が付けは半年近くが経っていた。肌寒い春先から残暑の熱気に満ちた晩夏にタイムスリップしたような身には、容赦ない暑さがけっこう堪える。
「にゃあ……」
梢の腕の中に抱かれた黒い子猫も、声を上げた。
梢は、アーケードのあるやや幅の広い歩道を横切り、目的の店に向かう。
シャッターを下ろしていないガラス張りの店先。
商店街では、そこそこに大きなペットショップだ。
歩道に散らばるのは、入り口に陳列されていたペットグッズの小物のようだ。ガラス張りの入り口は、無残に割られて細かなガラスの破片が散らばっていた。
こじ開けられたのか、全開に開かれた自動ドアから店に入れば、むっとした空気に混じる様々な匂いが鼻につく。
ねっとりと重い熱気と匂いに、梢は、思わず顔をしかめた。
そこそこ広い店内は、入り口に比べるとあまり荒らされた形跡はない。
ただ、こじ開けられた様子の金属製のゲージや店の奥にあるガラス張りのゲージの内側の扉が乱雑に開け放たれているのを見て、梢は、嫌な感じを覚えた。
脳裏には、昨日見た光景が思い出される。
魔素で、モンスター化した動物たちだ。
「………必要な物だけ取って去るか……」
たかがペットとはいえない。
可愛らしい小型犬でも大型犬並みに巨大化し、獰猛なモンスターになっていたのだ。
どうやら、この辺りは魔素の影響が低いようだが、街にモンスターと化したペットが彷徨いているのだと思うと、正直、笑えない。
なにせ、身を護る物など持ってないのだ。
「うーん、何か身を護るものを調達しないとなぁ……」
呟きながらも、棚から落ちて散らばったであろう通路の荷物を避けながら、店内を物色する。
いろいろな匂いが混じっているが、入り口が開いていたせいか、慣れればそれほど苦痛ではない。むしろ、暑さの方が辛い。
梢は、店内にあった籠にキャットフードや缶詰め、猫用のペット用品を入れていく。
ソラが興味を示した遊び道具や寝床用クッション、消臭グッズや猫用の薬、トイレ用品など、意外にもグッズがあることに、梢は驚く。
「猫用雨具……?………いるのか?」
犬猫に服を着せる趣味はないが、雨に濡れるのは可哀想だ。
一応、首輪とリードも籠に入れる。
2回ほど、店と車を行き来すれば、十分だ。
梢は、店内を見回して、ふと、奥のドアに気づいた。ちょっとした好奇心が湧く。
ヒョイヒョイと奥に進み、スタッフルームらしいドアを開いて、覗いてみた。
「…………っ?!」
壁のガラス張りゲージのある部屋に続く通路がどす黒い赤に染まっていた。鼻につく異臭の強さと同時に、さらに奥へと引きずられたような跡と影になって見えないが、何かがあった。
直感でしかない。
梢は、冷や水を掛けられたように固まった。
それは、明らかな“跡”だ。
直接は見ていない。だが、分かってしまった。
梢は、慌ててドアを閉めた。
足早に店内を外へと向かう。想像した恐ろしい危機感に、心臓がバクバクしていた。
「にゃあ?」
不意に足元に、不思議そうな顔をしたソラが纏わりつく。梢は、ソラを抱き上げた。
柔らかな身体と温かな温もり、梢を見上げる澄んだ空色の無邪気な目が、梢を落ち着かせる。
梢は、大きく息を吐いた。
好奇心なぞ、軽々しく出すものではなかったと後悔する。
だが、同時に、本当に“今まで”とは違うのだと、実感させられた。
安全で平和な日常を失ってしまったのだ。
(やっぱりどこかで、何か武器になるようなものを手に入れないとな……)
昨日は、咄嗟に出た“魔法”に救われたが、思い出せるかも怪しいものに頼り切りになるわけにもいかない。
改めて、梢はそう決意する。
ペットショップ以外にも商店街を見て回ろうかと思っていた気力もない。
気分的には、早々にこの場を去りたかった。
「にゃ………っ!!」
意気消沈気味に車に向かう梢の腕の中で、ソラが鋭い鳴き声を上げた。
梢は、咄嗟にしゃがみ込む。
「……………は?」
「にぃ……」
自分の行動に戸惑う梢は、腕の中の子猫と視線が合った。
ふと、顔を上げる。
しゃがみ込んだ場所は、道路脇に止められたまま放置された自動車の陰だった。
梢の車は、その少し先だ。
梢は、立ち上がろうとして、車の窓越しの車道の中央を歩く巨大化した猫を見た。
大型犬をさらに一回り大きくしたくらいだろうか。見た目は、アメリカンショートのようだが、可愛らしさは欠片もない。むしろ、無邪気な獰猛さが恐ろしい。
猫は、車道をうろうろとしていた。
梢は、ソラを抱いたまま、息を潜めて様子をみる。立ち去ってくれるなら問題無いが、現時点で、梢に対抗する術はない。
「どうしたものかな……」
梢は、呟いた。
車まで戻るのは、多分、問題はない。
ただ、問題はその後だ。エンジン音で気付かれてしまうだろう。あの猫だけなら振り切る事もできるだろうが、他にもいる可能性がある。
あんな“跡“を見た直後だけに、梢は慎重にならざるえなかった。
しかし、戦うにしても、対抗する武器がない。
『出し惜しみするのは、君の悪い癖だよ』
不意に、誰かの声が脳裏に響いた。
梢ははっとする。
『ピンチなら尚更だ。持っている力を使わないでどうするんだい?
君の“魔法”なら、ブガンシードッグの群れなんてイチコロだろうに。……そういうのを“宝の持ち腐れ”っていうんだよ。クラリス・コード』
少し辛辣なのは、心配させたせいだ。
古い懐かしい“記憶”の彼は笑みを浮かべながらも、確実に怒っていた。
「…………ああ、そうだな、エル」
不意に蘇った古い友人の言葉に、梢は苦笑する。
梢は、ソラを抱いたまま、車の影から出た。
巨大化した猫は、梢とソラにまだ気付いていないようだ。見る限り、周囲に他の動物や生き物はいないようだ。
「……[眠りの玉]」
梢は、深呼吸をしてから、猫に向かって“言葉”を投げた。古い記憶の底から浮かんだ“力”を持つ言葉ーー“魔法”だ。
前世でも、属性を持つ“魔術”と異なる神秘の技とされていた“真音魔法”。
言葉を放った瞬間に、何かが身体から抜け出したように一気に倦怠感が増し、身体がずんと重くなる。
梢は、よろめいた。
だが、座り込むほどではない。
言葉によって生まれたのは、もやもやした灰色の玉だった。それは、ふよふよと猫の方に移動していく。
猫の前にいくと、それに気付いた猫が、それを前足でベシッと払うように叩いた。その瞬間、それは弾けるように壊れて猫を包み込むように広がる。
次の瞬間、猫はふらりと道に倒れた。
死んだのではない。単純な眠りの魔法だから、眠っただけだ。
ただ、普通の魔術と違い、その効力は強い。
梢は、ホッと息を吐いた。
使えるのは分かっていたが、本当に上手く効果があるかは、半信半疑だったのだ。
「にゃあ……」
大丈夫?と言いたげに、梢を見上げたソラが鳴いた。梢は、ソラの頭を優しく撫でてやる。
「………帰るか……」
梢は、自分の車へと向かった。
危険があると分かった以上、早々にこの場から立ち去りたかったのだ。
結局、その日に出発することは無理だった。
魔法を使った後の倦怠感から、梢は、爆睡してしまったのだ。
荷物は、なんとかキャンピングカーに移して、整理し直したのだが、その後、少し休んでからと横になったら、目が覚めたのは夜だった。
魔力が少ないせいか、今の梢には“魔法”はかなり身体に負担が掛かるらしい。
やはり、早急に、他に武器になるようなものを手に入れないといけないと、梢は、改めて思った。
次の日の早朝、梢は、きちんと片付けられた自宅を見回した。
綺麗に掃除した部屋。
ソファなどに埃除けの布を被せ、日の当たる所も日焼け防止をして、長期に家を空ける準備を整えた部屋は、どこか物寂しさがあった。
おそらく、多分、ここには二度と戻って来れないだろう。
だが、けじめは必要だ。
「にゃあ?」
梢の足元にすり寄るソラが不思議そうに声を上げる。
「………行こうか」
梢は、鞄を手にすると、玄関に向かった。
部屋の外に出て鍵を掛けると、ソラを抱き上げて、自宅を後にする。
早朝の空は、高く澄んでいた。
見上げれば、季節の移ろいを確実に感じる。
キャンピングカーに乗り込むと、ソラを下ろして、梢は運転席に腰を下ろした。
旅行の予定では、北を回った後、一度戻ってから南下する予定だった為、地図や資料はしっかり揃っている。
その地図を広げながら、梢は、南下するコースを決める。
なにせ、バスコンタイプの大きなキャンピングカーだから、あまり細い道は通れないのだ。
それに、こんな状況では、地理的にどうなっているねか、予想も出来ない。
「とりあえず、次の街まで行くか」
梢は、地図を助手席に放り投げると、エンジンを掛けた。
半年近く空いたが、キャンピングカーは役目を忘れることなく、軽快にエンジン音を鳴らした。




