第十四話
「それで配備状況はどうかね?」
「ポーランド戦後、直ぐにフランス国境線に配備させていますが、フランスに悟られてはいけませんからな」
俺の問いにフリッチュはそう答えた。今は総統官邸の総統室で閣僚、陸軍のフリッチュやその関係者達を集めていた。
「うむ、それはやむを得ないな。なるべくフランスやイギリスに気付かれないように頼む」
俺はフリッチュに頼んだ。
「総統、やはりやるのですか?」
ヒャルマル・シャハトがそう聞いてきた。
「やるしかないだろう。フランスとイギリスは既に我が第三帝国に宣戦布告をしている」
「ですが、二国も準備不足等でまだ大規模な攻勢には出ていません。此処は更に軍需工場を増設し、インフラに力を注ぐべきかと……」
……確かにシャハトの言うことにも一理はあるな。だが……。
「シャハト、それは俺も考えたが無理だ。二国の……特にイギリスの後ろにはアメリカがいる」
「アメリカが参戦する……と言うのですか?」
「アメリカのルーズベルトとチャーチルは仲が良い。もし、チャーチルがルーズベルトを頼ればアメリカは武器をイギリスに輸出するだろう」
「参戦ではなく輸出……ですか?」
シャハトが疑問に思っているだろうな。
「アメリカの国内はモンロー主義……孤立主義を通しているからな。ルーズベルトが戦争をしたくても戦争は出来ん」
「成る程。流石総統閣下です」
「だが油断は出来んぞ? ルーズベルトの事だ、あらゆる手を使って第三帝国及びイタリア、日本を挑発するだろうな。一番危ないのは日本だ。日本が統治している台湾の真下はフィリピンだ」
「では日本に警告を……」
「日本に警告をしなくてもあいつらは分かっている。元々仮想敵国のロシア帝国が消えた今、日本の仮想敵国はアメリカだ」
まぁそれは海軍なんだけどな……陸軍はソ連だと思うしね。
「カナリス、例の男は保護したかね?」
俺は国防軍情報部の部長であるヴィルヘルム・カナリスに尋ねた。
「ヤー。メキシコにいましたが、既にUボートで此方に向かっています」
「うむ、宜しい」
「……総統」
「何だねヘス?」
今まで出番が無かったルドルフ・ヘス副総統が俺に尋ねた。
「その男は……我が第三帝国の国益になるでしょうか?」
「……ふむ、ヘスの言うことにも一理はある。結論から言えば国益になるだろう」
「その根拠は何でしょうか?」
「簡単な事だ。あのグルジアの髭親父はこの男を恐れているのだよ。この男がソ連に帰れば自分の立場は危うくなるからな」
「……成る程」
「そしてこの男には第三帝国の防波堤になってもらうのだよ。ソ連という津波に備える防波堤だ」
もう大体の読者は気付いていると思うが、メキシコで保護した男とはレフ・トロツキーの事だ。
文字通りソ連の津波の防波堤になってもらう予定だ。内戦に持ち込めればいいんだがそれは希望的だな。
「ゲーリング、空軍はどうかね?」
『………』
……ん?
「ゲーリング……ゲーリングはどうした?」
会議が始まるまではいたはずのゲーリングがいなかった。
「総統、ゲーリングはモルヒネを……」
「……あぁ、モルヒネ中毒め……」
俺は思わず溜め息を吐いた。そろそろゲーリングはモルヒネを絶たないとあかんよなぁ……。
そして数分後、ゲーリングは漸く姿を見せた。
「申し訳ありません総統」
「うむ、では空軍の状況を……と言いたいところだがゲーリング。お前は今日からモルヒネは禁止だ」
「えッ!?」
俺の言葉にゲーリングは驚愕した表情をしている。
「な、何故ですか総統ッ!!」
「命令だ。国家の要人がモルヒネをしているなど俺は容認出来ん。もう一度言うがこれは命令だゲーリング。証人はこの場にいる全員だ」
俺の言葉にフリッチュ達全員が頷いた。
「お前の副官や夫人にもそう伝えておこう」
「……分かりました。それが総統閣下の命令であるならば」
「グートだゲーリング。それではゲーリング、空軍の状況はどうかね?」
「は、はい。対フランス戦には第二、第三航空艦隊を投入する予定です」
「うむ」
「ところで総統。オランダに対して枢軸同盟を呼び掛けいるようですが……」
ゲッベルスがそう質問をした。
「うむ、オランダはドイツ寄りに近いところがある。それにオランダには先の大戦で亡命した者も多数いるし、国王陛下もいる」
国王陛下の言葉に国防軍の軍人達は少し反応した。やはり未だに国王の権威が国防軍の中で残っているんだろうな。
「リッベントロップ」
「ヤー」
俺の言葉にリッベントロップが畏まる。
「君は直ちにオランダに向かってウィルヘルミナ女王にコンタクトを取るのだ」
「分かりました。直ぐにオランダへ向かいましょう」
リッベントロップはそう了承した。そしてオランダとの接触が開始された。
――イギリス、バッキンガム宮殿――
「……おのれヒトラーめ。北欧には侵攻しなかったか……」
「は、残念ですがR4計画は発動出来ないかと……」
「ふむ……」
イギリス首相であるネヴィル・チェンバレンの報告にイギリス国王のジョージ六世は腕組みをした。
「……工作するしかないだろう」
「は、ですがドイツをあまり刺激しては……」
「既に宣戦布告をしているのに何故躊躇う必要があるのだ」
「は……」
チェンバレンはそう言って部屋を退室した。
「……やはりあの男では無理だな。ヒトラーに対して何時までも宥和政策をしているようではな……」
ジョージ六世はそう呟いた。
「ノルウェーの工作をする前にチェンバレンの退陣工作をする必要があるかもしれんな」
ジョージ六世はそう言って何かを思案するのであった。
しかし、チェンバレンが退陣する前にドイツ第三帝国はフランスへ侵攻を開始したのである。
四月二五日、オランダと枢軸同盟入りの交渉していたが、これは見事に成功してウィルヘルミナ女王も認めた。
国民感情を考えれば英仏よりドイツの方を取ったのである。
そして五月一日、ドイツ第三帝国はフランスへ侵攻を開始した。
一日の払暁にドイツ空軍の第二、第三航空艦隊が出撃をして国境地帯にあるフランス軍の守備陣地や飛行場を攻撃した。
「行くぞォッ!!」
シュトゥーカ隊が急降下爆撃を敢行してフランス軍の守備陣地を破壊した。
「ハッハッハッ!! どうだフランス野郎ッ!!」
上昇していくシュトゥーカのパイロットがそう笑う。
「お膳立ては此処までだ。後は頼むぞ陸さん」
パイロットはそう呟いた。一方、地上では進撃準備が整われていた。
「中隊長、全車行けますッ!!」
「よし、パンツァー・フォーッ!! 蹂躙するぞッ!!」
三号戦車群はエンジン音の唸りを上げて発進したのである。
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