第5話(魔法の専門家)
町の賑わいが目前に迫る。
「ここまで、長かったですね」
渚は、横に並んで歩くルリーシヤの方を振り向きながらそう言った。
「って! いつの間に着替えたのですか?!」
ルリーシヤは、グレーの古い布切れを身にまとい、穴が開いた黒色の帽子を深くかぶって、顔の半分以上を隠す銀色のサングラスを着用している。
「完全に不審者じゃないですか」
「そう? ごくありふれた町の人って感じじゃないかしら?」
ルリーシヤは、堂々としている。
渚は、これがこの世界における一般人のファッションなのだと思った。
違った。
町の人々は、私がいた世界とあまり変わらない身なりで生活している。
ルリーシヤは、明らかに周囲から浮いていた。
渚は、このことをルリーシヤに伝えるか迷った末、様子を見ることを選んだ。
「宿に荷物を置いたら、魔法の専門家に会いに行くわよ!」
「はい、お願いします」
渚は、不安と胸の高鳴りを同時に感じた。
宿の受付で手続きを済ませ、部屋へと向う。
ルリーシヤは、部屋に入り、背負っていた荷物を下ろすと、空気が抜けた風船のように床に寝転んだ。
「ルリーシヤさん!? 大丈夫ですか?!」
「ちょっとだけ寝かせて……」
その言葉と同時にルリーシヤは眠りについた。
渚は、ルリーシヤに毛布をかけた。
身に着けている帽子とサングラスは、机の上に置いた。
その後、渚も電池が切れたようにルリーシヤの横に倒れ込み、目を閉じた。
ポユルは、2人の間に入り込んで気持ちよさそうに休んでいる。
25時頃、歩き続けたことによる筋肉痛と床で寝たことによる身体の痛みで、渚は目を覚ます。
目の前には、少しよだれを垂らしながら気持ちよさそうに眠っているルリーシヤがいる。
渚は、痛む身体をゆっくりと起こし、ポユルを探す。
机の下を覗き込み、引出しを開け、ベッドの下に潜り込んだ。
部屋中の隠れることができそうな場所を探したが見つからない。
「ルリーシヤさん! 起きてください!」
ルリーシヤは、ムニャムニャしながら、気だるげに身体を起こす。
「ふぁあ…… どうしたの?」
「ポユルが、ポユルが行方不明になりました!!」
「そう。 ポユルなら大丈夫よ。 強いもの。 朝になってお腹が空いたら戻ってくるわ。 明日こそは、魔法の専門家の所に行くわよ。 今日は……」
言葉の途中で、ルリーシヤは再び眠りについた。
渚は、心配であったが、身体の疲労には勝てなかった。
小鳥の鳴き声と、人々の活気溢れる声が窓の外から聞こえ始めた頃、渚は胸に湿っぽい温もりが広がるのを感じて目を開けた。
ポユルが寝ている渚に目掛け、小便をかけていたのだ。
「うわぁああーーー!」
その声で目覚めたルリーシヤは、目の前の光景におもわず声を上げて笑った。
「完全に目が覚めたわ!」
2人は朝食を食べた後、身支度を整えた。
ルリーシヤの服装は、相変わらずこの町の雰囲気から浮いている。
「さあ、向うわよ!」
「ポユル、お留守番よろしくね!」
ポユルに留守を託し、2人は宿を出発した。
昨日は、疲労により視界に入らなかったが、町の露店には、色とりどりの雑貨が並んでいる。
「ルリーシヤさん! この町は、可愛い物がたくさんありますね!!」
渚は、弾んだ声でそう言った。
「この町は、手工芸が盛んなのよ。 ほら、このイヤリングは、職人が一つ一つ手作りしたこの町の名産品よ。 これを渡した相手とは深い絆で結ばれると言い伝えられているわ。 まぁ、よくある迷信の類ね。 効果は期待できないわ」
「そんなぁ…… 素敵じゃないですか! ルリーシヤさんには、ロマンってものがないのですか?」
「そういうの、信じていないだけよ」
ルリーシヤは、そう言って再び歩き始めた。
渚は、少し不満げであった。
そこから更に数分歩くと、今にも倒壊しそうな怪しい雰囲気の茅葺き屋根の建物が現れた。
「ここよ!」
「ここですか?! 魔法の専門家と聞いていたので、なんというか、もっとスタイリッシュなものを想像していました」
「そうかしら? この方が魔法使いって感じじゃない?」
2人は建物の入り口の前に立つ。
「カッペト。 入るわよー」
ルリーシヤは、躊躇うことなく扉を押し開けて、建物の中に入っていく。
渚は、「お邪魔します」と小声で言いながら、ルリーシヤの後に続いた。
中に入ると、様々な色や形をした杖が、所狭しと展示台に並べられていた。
各杖には、値札らしきものが付いていた。
建物の中は、静まり返っている。
「誰もいないようだから、奥でお茶でも飲んで待ちましょう」
ルリーシヤは、店の奥の座敷へと続く1段の段差をのぼる。
「勝手に上がっていいんですか?!」
「まぁ、大丈夫よ。 ほら、ナギサも来なさい」
渚が座敷に腰を下ろした頃、ルリーシヤは、台所でお茶を沸かし、戸棚をあさって茶菓子を見繕っていた。
2つの湯呑にお茶を注いだ後、お盆に湯呑と茶菓子を乗せ、座敷に戻る。
座敷にある丸テーブルの上にお盆を置いた。
お茶と茶菓子の組を渚と自分の前にそれぞれ配り、敷いてあった座布団の上に座る。
「ぷはぁ〜。 やっぱり、ティータイムはいいものだわ」
ルリーシヤは、豪快にお茶を飲み干し、くつろいでいる。
渚は、そんなルリーシヤを見て、少し羨ましく思った。
座敷で一息ついていると、店の方から話し声が聞こえてきた。
「見ろよ! この店、金になりそうな杖が大量にあるぜ」
「これだけあれば、一生豪遊できますね! 誰もいないようですし、今回はちょろいっすね!」
2人の男の声とともに、複数の杖がぶつかり合う音がした。
「ルリーシヤさん! 泥棒です!!」
「ん……? あぁ、問題ないわ」
ルリーシヤは、いつもの調子でそう言った。
「お知り合いのお店なのですよね? 追い返さなくていいのですか?」
「必要ないわ」
ルリーシヤがあてにならないと思った渚は、1人で2人組の男の元へ向う。
「ナギサ!! 待ちなさい!」
渚の歩みは止まらない。
「あなた達、何をしているのですか!?」
渚は、勇気を出して、彼らを非難する言葉を口に出した。
その言葉は、わずかに震えていた。
「あ? 兄貴、こいつどうします?」
「逃げられないように捕まえておけ。 後で処分する」
口火を切ったは良いが、その後のことを何も考えていなかった渚は、あっという間に男に距離を詰められた。
動揺して動くことのできない渚の腹部に、男の拳が食い込んだ。
その場にうずくまるように倒れ込んだ渚を、男は肩に担いだ。
そして、建物の入り口付近の壁に向かって投げ捨てた。
渚は、痛みと恐怖で全身の筋肉に力が入らなくなった。
「こちとら伊達に盗っ人やってるわけじゃねえんだ! なめんじゃねぇ!」
「止めたほうがいいわよ。 私は忠告したわよ」
ルリーシヤは、男2人の死角となっている座敷の奥からそう言った。
「奥にいるやつも捕まえてこい」
ルリーシヤは、もう1つの湯呑に入っているお茶を一気に飲み干し、それをテーブルに叩き付けながら立ち上がる。
男がルリーシヤの元へと向かおうとした時、建物の外から声が聞こえた。
「ふぉっ。 ふぉ。 ふぉ。 ごぉおおーーーー。 かぁあああっぺ」
「遅かったじゃない」
渚は意識がもうろうとする中、顔を上げた。
80歳くらいの老人が、扉を開きながら建物の中に入ってくるのが見えた。




