第3話(出発)
「さぁ!! 行くわよ!」
ルリーシャのハツラツとした声が窓の外から聞こえる。
「今、行きます!」
渚は、ルリーシヤに借りた服に着替え、前髪を整え終えると、部屋を飛び出した。
長い廊下の先にある玄関の扉を開けると、2人分の寝袋とパンパンに膨らんだバックパックを背負ったルリーシヤが渚に気付き、手を振った。
もしかして…… 隣町って、遠い? そして、どこかで野宿?!
ルリーシヤの重装備を見て、都内で暮らすOLの渚は頭を抱えている。
渚は、隣町まで、電車で1駅くらいの距離だろうと想像していた。
「荷物、私も持ちます」
「大丈夫よ! ナギサは、付いてくるだけでいいわ!」
「そ、そうですか…… では、お言葉に甘えて」
「よし! それじゃあ、隣町に向けて出発ー!」
ルリーシヤは、勢いよく歩き始める。
「ちょっと待ってください。 まさか徒歩で行くのですか?!」
「そうよ!」
「飛んで行ったりしないのですか? せめて、車とか……」
渚は、幼少期から運動が嫌いである。
「汗水垂らして歩く、それが冒険ってものよ!」
「いや、冒険って……」
渚は、しぶしぶルリーシヤの後に付いて歩き始める。
家の裏手へと続く角を曲ると、そこには地平線の彼方まで砂地が広がっていた。
「ルリーシヤさん…… これは、今日中に隣町にたどり着けるのでしょうか……?」
呆然とした渚は、自らの心を落ち着けるため、ルリーシヤに問いかけた。
「順調にいけば、2日ってところかしら」
「そんなー…… 徒歩2日なんて耐えられないー……」
「弱音を吐く暇があったら、さっさと歩きなさい!」
ルリーシヤは、立ち止まっている渚の背中を両手でポンと叩き、前へ押し出した。
「そういえば、この町からは人の気配がしませんね」
「当然よ。 ナギサが来るまで、この町の住人は私ひとりだったもの」
ルリーシヤは、静かにそう言った。
適度に休憩を挟みながら、砂地を歩き続けること8時間が経過した。
「も……もう歩けません……」
渚は、たまたま道中に生えていた枯れ木の幹に手をついて、両足を痙攣させている。
「あっちに森が見えるでしょ? そこに、ちょっとした洞窟があるわ。 今日は、そこで一夜を明かしましょう」
2人は森の中の洞窟に向け、再び歩き始めた。
「ふぅ…… 疲れた…… もう動けない……」
洞窟の中で、渚は倒れるように地面に寝転んだ。
「頑張ったわね…… 私は、これから今夜の食糧を探してくるから、ナギサはここで休んでいるといいわ! 外に出たら絶対ダメよ!」
「心配ご無用です。 動きたくても動けないので」
渚は、森の中へと消えていくルリーシヤを眺めながら、ゆっくりと目を閉じた。
頬に一雫の水滴が垂れた時、渚は不快感を感じて目を開けた。
身体に疲労が蓄積しているからか、視界はぼやけている。
それでも、徐々に目の焦点が合ってくる。
「ぎゃああぁああああああ!!!」
視界には、牙の生えた獣の口が映っている。
渚は、その場から離れるために、全身に力を入れようとした。
しかし、腰が抜けて身体が思うように動かず、仕方なく目をギュッとつぶった。
「ナギサ!!」
渚の悲鳴を聞いたルリーシヤが息を切らして戻ってきた。
「助けて!! 食べられる!!!」
「………… 目を開けなさい」
渚は、少しずつ目を開けた。
そこには、紫色の瞳をした子犬のような生き物がにこやかに座っていた。
「はぁ…… 何に食べられるって?」
ルリーシヤは呆れている。
「グルウウェーーーー」
突如、洞窟の外から空を切り裂くような声がした。
「ナギサ! 洞窟の奥に隠れていなさい! さあ、早く!!」
「ルリーシヤさんは?! ルリーシヤさんはどうするのですか?!」
「私は、ここであいつの相手をするわ!」
「そんなのダメです!! 一緒に……」
渚が言い終える前に、巨大なムカデのような魔物が周りの木々をなぎ倒しながら洞窟の前に現れた。
ルリーシヤは、魔物と相対する。
「私はこんなやつに負けないわ」
ルリーシヤは、少し後ろを振り返り、自信に満ち溢れた表情でそう言った。
それを見た渚は歯を食いしばりながら、鉛のように重い身体を洞窟の奥に向け動かした。
「さて、どう遊んであげようかしら」
渚は、ルリーシヤが魔物の出方を伺っている間に洞窟の一番奥までたどり着いた。
行き止まりまで、意外と距離がなかったな。
両膝に手をつき、呼吸を整える。
ふと、視線を前に向ける。
そこには、"危険! 絶対押さないでネ!" と書かれた看板とともに赤いボタンが壁に設置されていた。
このOL、触ってはいけないと言われたボタンを、その直後に押し、会社の機械を全て故障させた経験を持つ。
な……なめないでください! 私はそんな簡単な罠に引っ掛かりません!!
しかし、気が付いた時には、右手の人差し指が勝手にボタンを押していた。
あ……
次の瞬間、縮んだバネが蓄えた力を一気に解放するように、洞窟の地面が入り口の方向へ跳ね上がった。
渚はその勢いで魔物の前に弾き飛ばされる。
「は? 何やっているの!? バカじゃないの!!」
魔物の牙から渚を遠ざけるため、ルリーシヤが咄嗟に力を発動させようとした時、その隣にいた子犬のような生き物が魔物に向け咆哮を上げた。
音が魔物に到達したと同刻、魔物はいくつかの脚を残し、跡形もなく消えていた。
渚は、声にならない声を発した。
ルリーシヤは、目を見開いて立っている。




