第15話(願望)
ここは異世界だ。
魔法も使える。
そう考えれば、"性別ごと容姿が変わる" ということも、特段不思議なことではない。
ある日、首飾りを外せば元の姿に戻るのではないかと思い付き、それを試みたことがある。
しかし、耳を過ぎた辺りから、壁に押されているような強い力に阻まれ、それ以上、持ち上げることができなかった。
それから更に数週間が経過した。
首飾りを高速で回転させたり、調味料をかけてみたりと様々な方法を試行してみたが、依然として、首飾りは取り外せず、私の容姿も元に戻ってはいない。
首飾りと格闘している間も、私はメティルトとともに、カッペトの下で引き続き魔法の修行に励んだ。
魔法の修行といっても、その中身は、超過酷な運動部の部活のようなものであった。
運動が苦手な私にとっては、地獄そのものだった。
しかし、日数を重ねる度、1日の修行で身体に溜まる疲労が減少していくのを感じた。
性別が変わったせいか、以前とは比較にならないくらい、体力や筋力がつきやすくなっているのだろう。
これには、自分でも驚いた。
何かに取り組んだ結果が着実に反映される経験を、これまでの私は感じたことがなかった。
更に、今の私は、自分でも惚れ惚れする程の美男子だ。
町を歩く。
水を飲む。
咳をする。
頭を掻く。
うたた寝をする。
他愛もない私の所作全てに対し、あらゆる女性がその姿に釘付けになっている。
この上なく気分がいいものだ。
しかし、そんな私にも、喫緊に解決しなければならない大きな悩みが1つあった。
それは、容姿の変化とは別の悩みであり、以前の私の脳では、発生すらしなかった願望である。
今、私は、女性を触りたくてたまらない……!!
常に、そのことを考えてしまう。
修行の負荷に耐えかねて、嘔吐している時でさえも、ひたすら頭に浮かんでくる。
そんな私は時間を見つけると、疲労を感じているはずの身体を引き連れ、何度も町へと繰り出していた。
そして、目に入った女性に声をかける。
女性は頬を赤め、世間話など耳に入らない様子で、いつも私を誘ってくれる。
それを陰で聞いていた者が、次から次へと我先に私を求めてくるといったことも度々あった。
誘いに乗った私は、女性または女性達とともに近くの部屋へと向う。
これから起こる出来事を想像しただけで、味わったことのない高揚感が心身を奮い立たせる音が聞こえてくる。
けれども、ここぞというタイミングになると、そこにはいつもルリーシヤが待ち構えていた。
「何をしているのよ! さっさと帰るわよ」
ルリーシヤは、私の頬を割と強めに何度も叩き、腕を持って地面を引きずりながら宿へと連れて帰る。
私は、どこからか湧き続けるこの熱い情熱を、どう処理したらいいのか分からなかった。
そんな中、幾度となく顔を腫らしている私を見て、カッペトは事情を聴いてきた。
話が終わった後、カッペトは何も言わずに腕を組み、考え込んでいた。
「お嬢さん、ちょっとよいかの……」
カッペトは、ルリーシヤとメティルトがいない間に、様々な図とその説明が記載された1枚のメモ用紙を私にこっそりと渡した。
そのメモ用紙のおかげで、私の悩みの種は、確実にどこかへ消えていった。
この時のカッペトは、格別に協力的だった。
カッペトさんは、偉大だ!!
改めてそう思った。
その後、私は、魔法の修行に集中して取り組むことができるようになった。
それから半年間の修行を継続した渚には、十分な体力と筋力がつくとともに、魔法の扱いも上達した。
「そろそろ、お嬢さんにも魔物と戦う経験が必要な頃じゃな。 ちょうど昨日、ワシに魔物の退治依頼があってのお。 この依頼をやってもらおうかと思っているのじゃ」
「え! 私、まだ相手を攻撃するような魔法を使ったことがないのですが……」
カッペトは、渚が持っている入門用の杖を回収して机の上に置き、多くの杖が入った袋の中を弄っている。
「ふぉっふぉっふぉ。 今のお嬢さんなら大丈夫じゃよ」
そう言いながら、カッペトは渚に重厚感のある新しい杖を手渡した。
その日の午後、渚は、カッペトからもらった地図を頼りに、魔物の退治依頼をした町の人が住む家に着いた。
カッペトとメティルトは、渚に気付かれないように、色違いのレインコートを着て、離れた場所から見守っている。
渚は、扉をノックした。
しばらくすると、家の中から若い夫婦が出てきた。
女性は、身重であった。
「魔物を退治しに来ました」
「あら、カッペト様じゃないのね……」
夫婦は、不安そうな表情を浮かべている。
「カッペトさんの弟子です」
渚は、その言葉を聞いた夫婦から安堵に満ちた雰囲気が漂い始めるのを感じた。
相変わらず、カッペトさんの人望は厚いな。
渚がそう思っていた頃、カッペトとメティルトは静かに揉めていた。
「ちょっと、お師匠様! ご夫婦に伝えていなかったんですか?!」
「いかんいかん、すっかり忘れとったわい」
家の中へと招かれ、イスに座るよう勧められた渚は、依頼内容に関する話を聴くことにした。
夫婦によると、畑で大切に育てている果物が、夜な夜な魔物に喰い荒らされ、困っているとのことだ。
それゆえ、その魔物が畑に来ないようにして欲しいという依頼だった。
これから産まれてくるお腹の子どものためにも、これ以上収入源を減らされる訳にはいかないのだろう。
渚は、夫婦の家で夜まで待つことになった。
「これ、うちで採れた果物だ! よかったら食べてな!」
男性は、丁度いい大きさに切られた柿のような果物が美しく盛り付られた皿を、渚の目の前に置いた。
渚は、申し訳なさそうに一切れの果物を口に運ぶ。
ひとたび咀嚼すると、芳醇な香りとともに、甘酸っぱい蜜が広がった。
感動した渚は、次から次へと食していく。
それから数分後、次の一切れを探すも、フォークの先から伝わってくるのは皿の感触だけとなった。
その様子を見た夫婦はクスリと笑い合い、渚の皿に果物を追加する。
「お腹が空いているなら、腹ごしらえが必要よね」
渚は、夫婦の好意に甘えることにした。
あまりの美味しさに、気付いた時には満腹になって動けないほど食べてしまっていた。
夜になった。
渚は、まだ多くの実がなっている木の近くで、果物の着ぐるみを被り、息を潜めている。
夫婦は、それを家の中から見守っている。
30分後、熊のような見た目をした巨大な魔物が、地面に明瞭な足跡を残しながら畑に現れた。
魔物は、渚が身を隠している付近までゆっくりと歩いて来て、勢いよく果物を毟り取ろうとする。
その瞬間、渚の胃の中に貯留していた果物由来のガスが食道を通り、盛大な音を鳴らして口から抜けていった。
ゲップの音が畑の隅々まで響き渡った頃、その余韻を消し去るように魔物が雄叫びを上げる。
「ば、ばれたら仕方がないですね!」
渚は、慌てて魔法を使った。
魔物の大きさの半分程度の火球が現れる。
「私…… すごい…………!!」
渚は、その火球を魔物に向け、放った。
しかし、放たれた火球は、魔物の身をかすめることなく上空へと逸れ、消えていった。
渚の身体は、火球を放った反動で数メートル後方へと吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。
「痛いですが…… ルリーシヤさんのビンタに比べたら、大したことないですね」
渚は杖を支えにして立ち上がり、今度こそ魔物に当たるよう慎重に狙いを定め、火球を放った。
反動により、素早く数歩後退した後、尻餅をつく。
それと同時に上半身が大地に押し付けられていく。
その間、火球が命中する音が聞こえた。
身体を起こすと、魔物のすぐ近くに生えている果物の木が燃焼していた。
「またやらかしてしまった……」
家の窓越しに一部始終を見ていた夫婦は、顔を青ざめさせている。
「こ、こうなったら…… 全力を出します!」
渚は、ペシペシと複数回に渡って杖で魔物を叩き、全力で煽りながら走り去っていく。
当然、魔物は怒り狂い、渚を追う。
森の中をしばらく駆け巡り、人の気配がなさそうな草原に辿り着いた。
普段の修行の時には、もう少し長い距離を走っているが、如何せんお腹に食べ物が詰まっていたため、横腹が痛くなり、これ以上走ることはできなかった。
「この辺りには、注意が必要なものがなさそうです。 覚悟してください!」
渚は、追いかけてくる魔物に対し、息を整えながら言い放った。




