第16話(贈り物)
「【芙爽炎夕】」
渚は、狙って当てることを諦めた。
可能な限り大きい火球を作ることだけに集中し、自身の持てる全ての力を杖に込めていく。
渚の力に呼応した火球は、急速に体積を増加させ、最終的には魔物のそれの約3倍となった。
標的がいるであろう方向に巨大な火球を放つ。
時速数百kmを超える勢いで放たれた火球は、その凄まじい熱で動線に存在する植物を一瞬で燃やし尽くしながら更に加速していく。
そして、魔物に身動きを取る時間を寸分たりとも与えることなく、遂には命中したのであった。
全身の血肉が瞬時に焼け焦げた魔物は、その情報が脳に伝達するよりも前に絶命していた。
その後しばらくの間、魔物の肉体に残っていた火の粉の舞う音が空気を揺らしていた。
一方、火球を放ってからそれが魔物に当たるまでの間、渚は反動により宙を舞っていた。
身体が猛スピードで地表へと接近し、あと少しで地面に叩きつけられようとした時、渚の皮膚にクッションに包まれるような柔らかく肌触りのいい感覚が発生した。
「ナギサ様、やりましたね!」
渚は、ゆっくりと目を開ける。
「メティルトさん……? 来ていたのですか!」
渚の視界には、メティルトの顔と夜空に輝く綺麗な満月が映っていた。
「ふぉっふぉっふぉ。 やりすぎなところは、ルリーシヤに似たのかのお」
渚は起き上がり、火球を放った方向に顔を向ける。
そこには、炭化した死骸と、その背後で燃えている数十本の木々の姿があった。
「さあ、戻りましょう!」
そう言いながら、メティルトは渚に手を差し伸べた。
渚は、その手を取って立ち上がり、服に付いた砂埃を払い落す。
月明かりに照らされ、静かに燃える木々をメティルトの魔法で消火しながら、渚たちは魔物の退治依頼をした夫婦の家へと向かった。
夫婦は、窓の外に渚たちの姿を見つけると、家から駆け出てきた。
「無事だったのね! 本当によかったわ!!」
渚が魔物を退治したことを伝えると、夫婦はとても驚いていた。
「私…… 大事な果物の木を燃やしてしまいました。 すみません……」
渚は、地面に着きそうなくらい頭を下げて、夫婦に謝罪した。
「私たちのために頑張ってくれたんだ。 謝ることはないさ! なにより、これからは被害がなくなるんだから!」
「そうよ。 それより、魔物を倒してくれたお礼をさせて!」
そう言うと、夫婦は渚たちに少し待っていて欲しいと伝え、颯爽と家に入っていった。
数分後、今にもこぼれ落ちそうなくらい果物が詰まった袋と、封筒を持って、夫婦は渚たちの前に戻ってきた。
「うわーっ!! 美味しそうですね!!!!」
メティルトは、渚の袖を掴みながら目を輝かせて果物を見ている。
渚は、お礼を断ろうと思っていたが、メティルトの表情と仕草に負けた。
なにより、メティルトが果物を大好物としているのは、渚もよく知っている。
「こんなにたくさん…… いいんですか?」
「もちろんだ!」
男性は即答し、果物の入った袋を渚に渡した。
「あ、ありがとうございます」
「それと、少しだけどお礼の気持ちよ」
女性は、封筒を渚に渡そうとしている。
流石の渚も、その中身については理解することができた。
「もう十分よくしていただきましたし、これ以上は受け取れません」
「数回外食できるくらいの金額だから、遠慮しないで受け取って」
返答を考えている隙に、女性は渚が両手で抱えている袋の中に封筒を差し込んだ。
「黙ってお姉さんの言うことを聞いておきなさい」
女性は笑顔でそう言った。
渚は感謝の言葉を夫婦に精一杯伝えた。
宿に帰ると、渚はすぐさま眠りについた。
その一方で、持ち帰った果物を巡ってルリーシヤとメティルトの争いが始まる。
渚は心地よい夢の中で、カッペトの強烈な一撃が2人に炸裂する音を聞いた。
翌日、渚は絆創膏を額に貼っているルリーシヤをディナーに誘った。
この世界で初めて自身の働きによって手に入れたお金を、ルリーシヤを喜ばせるために使いたかったのだ。
渚は、ぎこちないエスコートでルリーシヤを店内へと案内する。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「2名で予約している渚です」
店員は、手に持っている予約者の一覧表を確認する。
視線が上から下へと流れていく。
「申し訳ございません。 予約が取れていないようです」
「そんなはずは……」
「もしかして、午前中にここへいらっしゃいましたか?」
「朝、予約をしに来ました」
「そうですか…… それは、大変申し訳ございませんでした」
店員によると、この店を引退した老婆が時折出向いてきては、店の者の目を盗んで働いていた時のように客の予約を受け、それに満足すると伝言等を一切せずに帰ってしまうとのことだった。
渚の予約を受け付けたのは、この老婆だった。
「ルリーシヤさん、ごめんなさい……」
「ナギサには悪いけど、ちょっと面白かったわ。 まあ、次回の楽しみにしておくわね!」
渚は、自身の不甲斐なさをこの上なく感じ、凹んでいる。
「そこまで気に病むことではないわよ! 今夜は、私のよく行くお店に行きましょう!」
ルリーシヤの提案により、行く当てを失っていた2人の目的地が決まった。
店に入り、席に着くと、店員は2人分のメニューをテーブルの上に置いた。
ルリーシヤは、渚の目の前に置かれた紙をすぐさま奪い取り、頑なに見せようとしない。
「なんで見せてくれないんですか?」
「こ、コースを注文するから必要ないのよ!」
ルリーシヤは、早口でそう言った。
「それなら安心ですね!」
「…………」
運ばれてきたコース料理は、とんでもないゲテモノのオンパレードだった。
渚は、腹の奥から湧き上がってくる拒否感に耐えながら、食事を口に運ぶ。
一方、ルリーシヤは満足そうに食べている。
壮絶なコース料理を食べ終え、飲み物が少し入ったグラスだけがテーブルの上に置かれている頃、渚は綺麗にラッピングされた小箱を、最近メティルトに貰った手作りのポシェットから取り出し、ルリーシヤに差し出す。
「これは……?」
「ルリーシヤさんにプレゼントです! 開けてみてください!」
リボンを解き、箱を開けると、そこにはどこか見覚えのある首飾りが入っていた。
「私が着けているこの首飾りを返せる時が来るまで、ルリーシヤさんを守ってくれるよう、メティルトさんに教えてもらいながら心を込めて作りました。 立派なものではないですが、気に入ってくれると嬉しいです!」
「あ、ありがとう…… 大切にするわ……」
ルリーシヤは、身に着けた首飾りに優しく触れながら、恥ずかしそうにそう言った。
その夜、ルリーシヤは大事そうに首飾りをつけながらベッドで寝ていた。
微笑ましいその姿を眺めていると、ルリーシヤの寝間着が少しはだけていることに気付く。
それを直した際、胸に手が当たった。
渚は、カッペトからもらったメモ用紙を持って、どこかへ静かに向かった。
魔物と戦った経験を生かすべく、翌朝から実戦的な修行が始まった。




