第13話(王女の過去【後編】)
声のした方向へと振り向くと、先刻、私が兄の行方を尋ねた婦人が立っていた。
「ルリーシヤよ!! 魔物の手先のルリーシヤが戻ってきたわ!」
私を指差しながら叫んだ。
周囲にいた街人は、一斉に私へと注目した。
次の瞬間から、私はかつての言葉が生ぬるく感じるほどの罵声を浴びせられた。
「お前!! 生きてたのか!」
「何しにきやがった!!」
私は、兄を探しに来た。
「やっと落ち着いてきたんだぞ!! 俺たちの平穏をまた脅かす気か!」
違う!
「こいつに恨みがあるやつ出てこい! 全員で痛めつけてやろうぜ!」
「そうだ!! そうしましょう!」
「お前が死んだとしても、ノクフィー様の横には埋めてやらねえからな! 俺たちの英雄が汚れちまう!」
は……?
「どういうことよ!」
私は、徐々に声を大きくしながら、何度も街の人々に尋ねた。
しかし、誰からも返答はなかった。
そんな中、一人の少女が私に近寄り、広場中央にある立派な墓を指差した。
その墓には、昔から兄が使っていた見覚えのある杖が飾られていた。
「いやああぁあああああ!!!!」
私は、その場で泣き崩れた。
抑えきれない感情とともに、力が暴発しようとした時、私の肩に温かい大きな手が触れた。
「ルリーシヤ!!!! しっかりするのだ!!」
耳に馴染みのある声に、私は我に返った。
左後ろを振り返ると、そこにはカッペトが立っていた。
私は、首飾りの宝石を優しく握り、グッと歯を食いしばった。
その力に歯肉が耐えられず、音を立てて裂け、飛び出した血液が顎をつたっていた。
「皆の衆、ルリーシヤは、このカッペトに任せてくれぬか。 頼む、このとおりだ」
カッペトは、両膝を折りたたんで地面に付け、両手を膝の上に乗せた。
街の人々は、「カッペト様がそこまでするなら」と高く掲げた拳を少し下げた。
「感謝申し上げる」
カッペトは、私を右肩に担ぎあげ、左手で墓に飾られている杖を持って、以前の私の部屋に連れて行った。
「ルリーシヤよ、なぜ戻ってきた」
「探しに来たのよ……」
もぬけの殻となった私は、ぼんやりと床を見ながら、そう言った。
「そうか。 ならば、話さねばならぬことがある。 辛いかもしれぬが、お前さんは聞かねばならぬ」
カッペトは、あの日の出来事について、自身が知る限りのことを語り始めた。
兄がダンジョンの戦利品の杖を用いて魔力を込めた腕輪と、兄に教えられた魔法陣を使って、カッペト達が街の人々をここから離れた町へ避難させたこと。
兄は、私が呼び寄せたであろう数千万体の魔物に1人立ち向かったこと。
カッペト達が街に戻った時には、魔物は1体残らず倒されていたこと。
兄が魔物の王と刺し違えたこと。
兄の遺体は、骨と皮しか残っていないような状態であったこと。
最後に、兄の遺体の近辺からは、ダンジョンの戦利品の杖が見つからなかったこと。
私には、カッペトの話を聞く余裕はなかった。
「兄を殺したのは私だ」という言葉だけが頭の中を巡っていた。
カッペトは、そんな私を見ても、責め立てることはしなかった。
「ノクフィー様から、お前さんに魔法陣の描き方を教えてやって欲しいと頼まれておるのだ。 お前さんのために考えたと言っておった。 どうだ、聞くか?」
私は、ゆっくりと頷いた。
カッペトは、魔法陣の描き方を教えた後、私に兄の使っていた杖を差し出した。
「これは、お前さんが持っておれ」
私は何も考えず、差し出された杖を受け取った。
「これからどうするのだ?」
この街に、私の居場所はもうない。
「兄に送ってもらった小さな港町に戻るわ」
「そうか。 何かあったらワシを頼るがよい。 ワシもたまには文でも出そう」
「ありがとう……」
そして、私は港町への帰路についた。
話を終えたルリーシヤは、店での自身の行動を詫びた。
「カッペトにも後で謝らないと」
渚の目から、涙が静かに流れ始めた。
「話してくれてありがとうございます。 辛かったですね」
そういって渚は、ルリーシヤを強く抱きしめた。
ルリーシヤの目に溜まっていた涙が一斉に溢れ落ちる。
ルリーシヤが、渚の前で初めて見せた涙だった。
もし私が、ルリーシヤと同じ人生を歩んでいたら、どんな言葉をかけて欲しいだろうか。
きっと "辛かったね" などという言葉では足りないだろう。
私も世間一般的な人よりは、不自由な人生を歩んできたつもりだ。
それでも、今のルリーシヤが必要としている言葉を探し当てることはできなかった。
勇気を出して過去を打ち明けてくれた目の前の女性に、私ができることは、ただ強く抱きしめることだけであった。
それからしばらく、ルリーシヤの小さな泣き声だけが部屋にこだましていた。
「ナギサ、ありがとう。 大分落ち着いたわ。 カッコ悪いところを見せちゃったわね」
ルリーシヤは、無理に笑顔を作ろうとしていた。
「頑張らなくていいのです」
今度は、優しくルリーシヤを抱きしめた。
ルリーシヤは、渚の胸の中で、首飾りをそっと握っていた。
2人はそのままベッドに倒れ込み、眠りに落ちた。
首飾りの宝石は、ルリーシヤと渚の涙で濡れ、暗闇の中でも輝きを失っていなかった。
次の日の朝、カッペトに謝るため、ルリーシヤは部屋を出ていった。
謝罪の言葉が隣の部屋から微かに聞こえてくる。
それから数時間後、部屋のドアが開く音がした。
渚が入り口へと視線を向けると、晴れやかな顔をしたルリーシヤがカッペトを連れ、戻ってきていた。
「お嬢さん、いよいよ修行を始めるとするかの!」
カッペトは、上機嫌だった。




