第12話(王女の過去【中編】)
私が20歳になってから数日が経過した日、兄が1人でダンジョンから帰ってきた。
街の人によると、兄は前人未到のダンジョンを踏破してきたらしい。
兄は、街中の人々から歓声を浴びせられている。
私は、兄のことを心の底から誇らしく思った。
兄がプサトアール王国に戻ってから数日後、私は兄の部屋に行き、冒険に誘った。
兄に強くなった自分を見せたかった。
しかし、兄は私の誘いを浮かない表情をしながら断った。
「今は、少し1人にしてくれ」
兄は、ベッドで仰向けになりながら、液体の入った透明な瓶を片手で持ち、顔の上で揺らしていた。
私が部屋から出るまで、兄は一度たりとも、私を視界に入れることはなかった。
瓶の中で揺れ動く液体だけを注視していた。
私からの冒険の誘いより、瓶の中のただの水に夢中になっている兄の姿に腹が立った。
その夜、兄が宴に出かけている隙に、部屋に忍び込み、瓶の蓋を開け、中の液体を一気に飲み干してやった。
兄に対する八つ当たりのつもりだった。
しばらくすると、心臓の拍動が強まるのを感じた。
やがて、全身が心臓の筋肉になったかのように、激しく脈打つようになった。
私は、立っていられなかった。
その数秒後、脳が内側から握り潰されるような強い痛みを感じた。
私は、痛みに耐えられず、気を失った。
兄が宴から帰るまで、私と割れた瓶は、乾いた床の上で横たわっていた。
そこから私は、数年間に渡り、眠り続けた。
兄は、そんな私の手を取り、涙を流していたらしい。
意識を取り戻した時、私は幼い頃から渇望していた力が使えるようになっていた。
私は、有頂天になり、部屋から飛び出した。
そして、その力を盛大に使いながら、街中を駆け巡った。
どれだけ建物が壊れようが、どれだけ街の人が迷惑しようが、どうでもよかった。
私を軽蔑していた人々が、今までとは違う視線を向けていた。
それだけで、心は満たされていった。
私の身体を構成するあらゆる物質が、歓喜の声を上げている気がした。
力に酔い痴れた私は、自らの力を試したくなり、街を囲っている広大な森林に向かった。
私は、持てる力を全て放った。
突風とともに、遥か彼方まで続く木々が、猛烈なスピードでなぎ倒される巨大な音が鳴り響いた。
森林に隠されていた地平線が、はっきりと見えるようになった。
人生で感じたことのない快感だった。
その余韻を感じていると、兄が血相を変えてやってきた。
「お兄ちゃん! すごいでしょ!! これ私がやったの! 私、魔法が使えるようになったのよ!」
兄は、私を褒めてくれると思っていた。
しかし、兄が放った言葉は、私の想像の中にないものだった。
「あの瓶の中に入っていた液体は、ダンジョン踏破時の戦利品だ! あれを飲んだ者は、神に匹敵する力と世界を破滅に導く力の両方を手にすることになるんだ!! 今、ルリーシヤの目の前で起きていることは、神に近しい力のみが働いた結果だ! 破滅をもたらす力は、遅れて発現する! しかも、神の力と、同程度の大きさで! これだけの力を使ったんだ、この地にどんな災いが待っているか、わからない!!」
私は、兄の口から出ている言葉の意味が理解できなかった。
「私、どうすればいいの……」
呆然とする私の様子を見て、兄は冷静さを取り戻していった。
「いいか、落ち着いて聞くんだ。 お兄ちゃんがルリーシヤをここから離れた場所に転移させる。 事が片付いたら、お兄ちゃんが迎えに行く。 それまで、そこで待っていてくれ」
「私だけ逃げるなんて嫌よ!」
「ルリーシヤだけじゃない。 街の皆も、カッペト達も、同じようにしてもらった。 頼む、お兄ちゃんの言うことを聞いてくれ」
兄が真っ直ぐな目で、私を見た。
この目をしている時の兄は、何があっても意見を曲げないことを私は知っていた。
「わかったわ…… その代わり、必ず迎えに来てよね?」
「ああ、もちろんだ。 約束の印として、ルリーシヤにこれを渡しておこう……」
兄は、身に付けている首飾りを取り外し、私の首にかけた。
「何があっても、ルリーシヤの傍にいるという決意の証だ。 失くすんじゃないぞ?」
兄は、私の頭に軽く触れながら、はにかんで見せた。
兄にしては、珍しくぎこちなかった。
「では、しばらくの別れだ!」
兄は、私が見たことのない杖を優しく構え、魔法を発動した。
次の瞬間、眩い光が私の全身を包み込んだ。
「ルリーシヤ、また冒険に行こうな」
気が付くと私は、小さな港町の家の中にいた。
私は、兄の帰りを待ち続けた。
しかし、数ヶ月経っても、兄が私の前に姿を現すことはなかった。
私は、兄のことが気になってたまらなかった。
兄の様子を見に行きたいという気持ちが抑えられなくなり、初めて兄との約束を破った。
私は、港町の小さな家を出発した。
直感を頼りに、しばらく歩くと、見覚えのある森へとたどり着いた。
兄との思い出が詰まった洞窟のあるあの森だ。
洞窟の中で一休みすることを考えたが、兄の所へ一刻も早く行きたかったので、立ち寄ることはしなかった。
その後も、私は休むことなく歩き続けた。
プサトアール王国までの距離が縮んでいくにつれ、魔物の死臭が漂い始めた。
その悪臭は、徐々に強まっていった。
うっすらと街が見えてきた時、その周囲には、数千万体の魔物の死体が転がっていた。
兄が言っていた災いとは、このことだったのだと瞬時に理解した。
私は、数多の死体を搔き分けながら、街に向け走った。
街の建物が、はっきりと見えてきた。
そこには、私がかつて付けた傷以外の損傷はなかった。
私は、少し安堵した。
兄がこの国を守ったのだと思った。
街の入り口付近に着いた。
その傍で、魔物の死体を片付けている街人に、兄の居場所を尋ねた。
街人は、「ノクフィー様なら、広場にいるよ」と言った。
兄は、生きているのだ。
今までの疲れが、一気に吹き飛ぶのを感じた。
私は、高まる鼓動を感じながら、広場へと全速力で走った。
広場には、人だかりができていた。
私は、その中から兄の姿を懸命に探した。
その時、私の後ろから甲高い声がした。




