第11話(王女の過去【前編】)
私が、12歳だった頃の話だ。
「あの子、魔法が使えないんだって?」
「お兄様は、あんなに優秀な魔法使いなのにね」
「全く、あんなのがプサトアール王国の王女だと他国に知られたら、この国の恥じよ」
私は、魔法が使えなかった。
私の生きる世界では、程度の差はあれ、誰しもが必ず魔法を使える。
魔法は、一般教養のようなものだ。
私は、プサトアール王国の王女でありながら、魔法が使えないのだ。
当然、物心がつく前から、そのことについて、事あるごとに周囲から陰口を叩かれていた。
私が王女だからか、直接的な嫌がらせをしてくる者はいなかったが、幼心にはとても辛かった。
そんな私を気にかけて、兄は冒険に度々連れ出してくれた。
冒険といっても、兄がレベルの低い魔物を一方的に倒す様子を背中越しに見る程度のことだ。
「わーっ!! お兄ちゃん、カッコいいー!」
「どんなもんよ!」
私は、そんな兄の姿を見ることができる冒険が大好きだ。
魔法を使っている気分になれる。
「そうだ! ルリーシヤ、この魔物の肉を美味しく食べる方法…… 知っているか?」
兄が唐突に質問してきた。
「知らないー。 なに?」
「この森にある植物と一緒に焼くんだ! とてもうまいぞ! これから探しに行こう!」
「えー、もっと魔物を倒そうよー」
私は、植物の採取が嫌いだ。
それには魔法が必要ない。
「ルリーシヤ、頼むよ~」
「もう! 仕方がないなー。 ちょっとだけだからね! すぐ終わらせてよ!」
「お!! ありがとうな!」
兄は微笑みながら、そう言った。
しかし、兄の目当ての物は、中々見つからなかった。
歩き疲れた私は、機嫌が悪くなる。
そんな私をよそに、兄は必死に茂みの中を探している。
「お兄ちゃん、もう帰ろうよ」
私がぐずり始めてから数分後、兄が声を上げた。
「ルリーシヤ! あったぞ!! 早くこっちに来て、見てみろ!」
私は、兄の声がする方へ、渋々向かった。
青々とした葉を持つ、私の背丈より少し低い植物が、直径2cmくらいの実をつけていた。
私には、道端に生えている雑草のように見えていた。
「これ?」
「そうだ! この植物の実と葉を採るぞ! ルリーシヤも手伝ってくれ!」
兄はまるで宝物でも見つけたかのように、嬉しそうだった。
私も兄の言葉に従って、いくつか採取した。
「もう十分採ったな! ここから少し行った所に、小さな洞窟があるんだ! そこに行って調理をしよう!」
兄はそう言って、私を左腕に抱えながら、洞窟に連れて行った。
洞窟に着くと、兄は、植物を探している間に拾い集めた木の枝に火をつけた。
その焚き火で、植物の葉、すり潰した実とともに、魔物の肉を焼き始めた。
しばらくすると、食欲をそそる香りが漂い始めた。
「できたぞ! ほら、食べてみるんだ!」
私は、料理を口に運んだ。
「どうだ? うまいだろ!」
「うん! 美味しい!」
疲れた身体に、温かい料理が染み渡った。
「まあ、当然だ! なんたって、お兄ちゃんが考えた、絶賛売り込み中の調理法だからな! ルリーシヤも広めてくれよ!」
兄は得意気にそう語った。
食事を終えると、2人でしばらく焚き火を眺めた。
「なあ、ルリーシヤ…… お兄ちゃん、1週間後、ダンジョンに向けてこの街を出発しようと思っているんだ。 しばらく会えなくなるけど、元気でやるんだぞ」
「え…… いやよ!! 私も連れて行ってよ!」
あの兄が、わざわざ私にそんなことを言うのだ。
当分帰らないのだろう。
「ごめんな。 それはできないんだ」
「なんで?! 私が魔法を使えないから? 弱いから?」
「いや…… そうじゃない……」
兄は気まずそうに言った。
私は、黙り込んだ。
兄に対する言葉が、頭の中になかった訳ではない。
ただ、それを投げかけても、兄を困らせるだけだと思った。
「じゃあ、その首飾りを私にちょうだい!」
「これか……」
兄は、自分が身に着けている首飾りへと視線を落とし、軽く持ち上げた。
「これは、プサトアール王国の王子の証だ。 何があっても民を守るという決意の象徴なんだ。 だから、ルリーシヤにはあげられない。 首飾りが欲しいんだったら、今度買ってやろう! それでいいか?」
「じゃあ、いらない!」
私は、首飾りが欲しかった訳ではなかった。
どこかへ行ってしまう兄を感じられるものが欲しかった。
朝、兄は2人の仲間を連れて旅立った。
それから私は、泣き崩れる日々が続いた。
食事も満足に喉を通らなかった。
ある日、部屋の窓から外を眺めていると、中庭で屈強な男達が気合の入った稽古をしているのが見えた。
私は、その様子を近くで見たいと、なんとなく思った。
部屋を出て、階段を降り、中庭へと向かった。
兄がダンジョンに旅立った日以降、初めて太陽の光を浴びた。
胸を張った一際屈強そうに見える男に向かって、数多くの男達が大声を出しながら、次々と拳を繰り出していく。
男は、それら全てを全身で受け止めた後、目で追えない速度で反撃をした。
離れていても身体が振るえるほどの衝撃音が辺りに響いた。
衝撃音が消えると、男達は地面に背を付けて、一斉に倒れていた。
こうなれたら、私が冒険に付いていくことをきっと許してくれると思った。
「俺たちじゃ、相手にもなりませんね……」
「カッペト師匠、流石です!」
地面に倒れた男達は、上半身を起こしながら、目の前に1人立っている人物に向け、称賛の声を上げていた。
「わ、私も、強くなりたい!!!」
突然の叫び声に、中庭の男達は全員、私に対して注目した。
つかの間の沈黙が生じた。
その後、男達は大きな笑い声を上げた。
その場で唯一、真剣な面持ちをしている男は、少し手を挙げ、周りの笑い声を制止した。
そして、私にゆっくりと近付き、跪いた。
「これはこれは、王女様、どうして強くなりたいのですかな? 強くならなくても、我々が命に代えてお守りいたしますぞ」
「私は…… 行かないといけない所があるの!! 強くなって認めてもらわないといけないの!!」
私は、必死だった。
「だから、私は強くなりたい!!」
男達は、再び盛大に笑い始めた。
「我らの下で、修行をするということが、どういうことかお分かりかな? 血反吐を吐いても、途中で投げ出すなんてことは、させませぬぞ?」
「そのつもりよ!」
この時の私の目は、王女には相応しくないものだったらしい。
「ハッハッハ! 皆の衆、只今からこの勇敢な少女を笑ったものは、このカッペトが決して許さぬ!! 肝に銘じておけ! ルリーシヤよ、期待しておるぞ」
こうして私は、カッペトの下で鍛錬を積むことになった。
カッペト達との修行は、過酷だった。
何回も身体中の至る所が内出血を起こした。
何回も鼻血を出した。
何回も嘔吐した。
何回も吐血した。
何回も気絶した。
何回も皮膚がえぐれた。
何回も骨折した。
何回も死にかけた。
それでも私は、逃げ出したくはなかった。
私の修行は、兄がダンジョンから帰ってくるまで続いた。




