第16話 獣人領をセルジオスやゼファーらに任せ
獣人領をゼファーらに任せ、アンブローシアとクリューセース、メリッサ、そしてユークリッドは王都へと戻った。
向かった先は、協力者であるエヴァンジェリン第一王女の離宮。
エヴァンジェリン第一王女の信頼する部下たちの先導で、夕闇にまぎれてにこっそりと離宮にと入り込んだ。
「お久しぶりです、エヴァンジェリン第一王女」
アンブローシアが淑女の礼をする。
「ああ、アンブローシア。人の姿に戻れたのね!」
喜んでくれたエヴァンジェリン第一王女ではあるが、その顔には疲労の色が濃い。
そんなエヴァンジェリン第一王女にたいして、ユークリッドがすっと頭を下げた。
「お久しぶりです……と言うべきでしょうか? それとも……、初めまして……と言うべきでしょうか? 」
苦笑するユークリッド。
エヴァンジェリン第一王女は少しだけ息を吸ってから、ユークリッドの金の髪と緑の瞳をきちんと見て、そして、言った。
「獣人領領主と第一王女としてはお久しぶり。兄と妹としてきちんと向き合うのは……初めてね。 異母兄様」
異母兄……と呼ばれ、ユークリッドはほんの少しだけ、動揺した。
母親の違う兄と、妹。公式にはきょうだいではなく、ただの他人。
だが、二人とも、王という位にいる父親の血を引いている。
「ええ。ですが、兄と妹になる気はありません。あなたに対する敬意は持っていますが、きょうだいとしての情はお互いないでしょう」
「そう……ね。あなた対して申し訳ない気持ちはあるけれど……」
「それはあなたが感じるべき気持ではない。そもそもの元凶は現王です」
だから、さっさと王を倒しましょうとの言外に意味を含めたユークリッドの返答に、エヴァンジェリン第一王女は頷いた。
きょうだいとしての話はこれで終わり。
獣人領領主と第一王女としての関係もなくなる。
ここからは、共に、現体制を変えていく者同士となる。
「まずはゆっくり旅の疲れを取って……と言いたいところだけど。お父様……父王が国境を越えてこちらに向かったそうなの」
「じゃあ、急いだほうが良いか」
「だと思うわ。行きましょう」
エヴァンジェリン第一王女を先頭に、アンブローシア、それからその後ろにクリューセースとメリッサが付き従う。
護衛のフリをしたユークリッドは、クリューセースたちの後ろに続いた。
コツコツとした足音が、城の廊下に響く。
エヴァンジェリン第一王女が案内してくれた先は、フィランダー王太子の私室。
開けられている扉の向こうからは、嬌声が聞こえてきた。
「やーん、フィランダーってば、えっちー♡ まだ夕方よぉ。ご飯食べてぇ、お風呂に入ってから、してねー」
「あはははははは。待てんのだがなあ」
馬鹿々々しい会話に、エヴァンジェリン第一王女は思わず額に手を当てた。
「まったく。あの愚弟は……、執務も行わずに……」
イライラとした声は、演技ではなく、素であろう。
エヴァンジェリン第一王女は、元々開けられていたドアから、ずかずかと中に入っていった。
「いい加減にしなさいっ! フィランダーっ! あなたはそれでも責任ある王太子ですか!」
「うわっ! 姉上……」
「政務も放り出して! 女性と戯れてばかりとは! まずは執務室に山と積んである書類をなんとかなさいっ! あなたの仕事です!」
うるさいとばかりにフィランダー王太子は舌打ちをした。
「そんなもの、誰かにやらせればいいでしょう」
「誰かとは誰ですか!」
「文官だの婚約者だの、いくらでもやりたがる人間がいるんだから」
「文官にも婚約者にも、あなたの政務を処理する権限はありませんよ!」
「そんなの、処理しておけって、権限を与えればいいじゃないですか」
面倒そうにフィランダーが言えば、イリスは「きゃははははは」と笑った。
「婚約者様はぁ、フィランダーがゴリラにしてぇ、獣人領に送っちゃたじゃなーい! 文官もぉ、馬にしちゃったしぃ」
「ああ、そう言えばそうだったか。俺様の政務も手伝わないどころか、口うるさい。その上に無能ばかりだったからな!」
フィランダーの言葉に、エヴァンジェリン第一王女が何か言う前に、カツン! と、わざと足を取を立てて、アンブローシアが部屋の中に入っていった。
「政務も手伝わない無能とは、このわたくしのことかしら?」
凛として、歩み寄るアンブローシア。コツコツコツ。足音がフィランダー王太子の部屋に響く。
フィランダー王太子とイリスが「え?」という顔で、アンブローシアを見た。
「あれぇ? アンブローシア様、ゴリラじゃないわぁ?」
きょとんと、首をかしげたイリス。
「……どういうことだ? 何故人の顔に戻っている?」
フィランダー王太子も目を見開く。
「どういうことだといえば、こういうことだよ」
アンブローシアの背後から声を発したのはユークリッド。
「誰だ⁉」
その声に、フィランダー王太子はアンブローシアの背後のユークリッドを睨もうとしたが……。
時すでに遅し。
ユークリッドの人差し指から放たれた金色の光が、フィランダー王太子とイリスの体を包む。
「な、何だ⁉」
「きゃあああああ! 何よこれぇっ!」
光が収束したときには、フィランダー王太子とイリスは、カエルの獣人と化していた。
「誰かと問われれば、不本意ながら、お前の異母兄だと答えよう」
「は?」
蛙の顔になったフィランダー王太子が、聞いた。
「オレは、正妃の息子でも、側妃の息子でもない。単に酒に酔った現王が、城のメイドをしていたオレの母に手を付けた。父王はオレのことを庶子としても認めていなかったからな。まあ、それはどうでもいい」
再度、ユークリッドの人差し指から放たれた金色の光が、フィランダー王太子とイリスの体を包んだ。
そして、二人は顔だけではなく、体もカエルそのものになり……、そして、大きさも、掌に乗るほどの小さなカエルとなった。
「知らないだろうが、獣人化した後、もう一度同じように獣人化の魔法をかけると本物の動物そっくりになるのだよ」
フィランダー王太子とイリスが何かを主張したが、既にそれはカエルの「ゲコゲコ」という鳴き声にしか聞こえなかった。
「獣人領には本物のカエルと見分けがつかない者が複数いるが。おまえたちも彼ら同様、二度と人の言葉を発することもできず、カエルとして生きるがいい」
ゲコゲコゲコ……と、抗議の鳴き声が続くが、やはり、人の声には聞こえない。
床でぴょんぴょんと跳ねる二人……、いや、二匹は、どこからどう見ても、カエルそのもの。獣人ですらない。
「カエルの姿で生きるのが嫌だというのなら、今すぐに踏みつぶしてやるが?」
わざとらしく片足を上げたユークリッド。
蛙のフィランダー王太子とイリスは「ゲコー!」と叫んで、寝室のほうへと逃げて行った。
その様子に、アンブローシアはくすりと小さく笑う。そして、思いついたように、言った。
「ねえ、クリューセース、悪いけどあの二匹、捕まえてくれる?」
「かしこまりました、アンブローシアお嬢様」
ぴょんぴょん飛びながら逃げる二匹。
追いかけるクリューセース。
しばらくの追いかけっこの後、疲れてしまったのか、二匹のカエルは床にへばってしまった。
アンブローシアはメリッサに「リボン、持っているかしら?」と聞いた。
「もちろんでございます。御髪を整えますか?」
メリッサはいつもアンブローシアの髪を結んでいる赤いリボンと櫛をポケットから取り出した。
「ううん。普通のカエルと元王太子殿下たちの区別がつかないと大変だから、リボンでも結んであげようと思って」
「ああ、なるほど。では、僭越ながらわたしが行います」
床にへばっている二匹の、その腹に、メリッサはぐるりと赤いリボンを結んだ。
「あら、意外にかわいいですわね……」
メリッサが呟けば、アンブローシアも「まあ、ホント! 可憐ね!」と、手をポンっと叩いた。
獣人領でカエルたちも見慣れたせいか、カエルを気持ち悪いとは思えなくなっていたアンブローシア。
更にそこに可愛らしくリボンなど任せたのだから、嫌みでもなんでもなく正直な感想として「可憐」と言ってしまったのだ。
その「可憐」発言に、ユークリッドが「ぶはっ!」と笑い、エヴァンジェリン第一王女すらも、苦笑いを浮かべた。
「あっはっは。それじゃあフィランダー王太子たちと同様、カサンドラ第二王女もカエルにした後、可憐なリボンでも巻いてやるとするか!」
あはは、ほほほ……と、王太子の私室に笑い声が響く。
アンブローシアも「ふふふ」と笑った。
「可憐なる仕返しの完了後は、国を立て直しましょう!」
アンブローシアの声に「ゲコぉ……」と力ない抗議の声が上がったが、既にアンブローシアはカエルなど見てはいなかった。
次回最終回です




