第17話 男遊び中のカサンドラ第二王女も (最終回)
男遊び中のカサンドラ第二王女も、外遊から帰ってきたばかりの現王も、さっくりとカエル化した。
「せっかくだから、区別のためにリボンの色でも変えようか」
苦笑しながらユークリッドが言う。
カサンドラは黄色、現王は青色のリボンが巻かれた。そして、王城の池に、その四匹は放たれた。
「……父王や弟妹たちが元の人間に戻る可能性はあるのかしら?」
エヴァンジェリン第一王女が心配げに聞いた。
「ないと思うね」
答えたのはユークリッド。
「本当の愛と月の光。その二つが揃わないと獣人化は解けないはず」
「フィランダーとイリスは……」
「本当の愛を有しているとは到底思えない。カエル化した後、お互い、近寄ってもいないんだろ?」
そう、赤いリボンを巻かれた二匹のカエルは、お互いにお互いが気持ちわるいとばかりに距離を取っている。近寄ることはない。視線を向けることすらしていなかった。
それは、元王やカサンドラも同様だ。同じ池にいることはいるが……、四者、お互いに離れている。
「ま、カエル化した相手を愛せというのは無理だろうね」
顔ごとゴリラになっても、犬になっても。
相手を愛しいと思えたアンブローシアたちとは違う。
フィランダーとイリスは所詮享楽の相手同士でしかないのだ。
「カエルの姿で長生きしろ。餌だけはくれてやる」
ユークリッドは四匹に向かって……というよりも、青いリボンの元王に向かって吐き捨てるように言った。
自身の出生を思えば……、恨みに思う気持ちも多々あったのだろう。
だが、ユークリッドは王たちをカエル化しただけで、復讐を終えた。
「アンブローシア嬢ではないけれど、復讐なんて、可憐に済ませて終わりでいいさ。そんなものよりも自分たちの今後の人生のほうが重要だしね」
今後の人生。未来。
そう、国の制度を変えるのだ。
王と王太子、それに第二王女がいなくなり、残りの王族はエヴァンジェリン第一王女だけとなった。
普通に考えるのならば、エヴァンジェリン第一王女が次の王となるのだが……。
「暫定的な処置として、また議会民主制への移行期間として、あたくしが最後の女王とはなりますが、それは名前だけ。ユークリッドやアンブローシア主導の元、国の制度を変えていってちょうだい」
「すまないね。後始末を押し付けるようにして」
謝罪をしたユークリッドに、エヴァンジェリン第一王女が首を横に振る。
「……身内の不始末を押し付けているのはあたくしのほうです」
言いながら、ちらと王太子の執務室に視線を流す。
室内から溢れんばかりに散乱している書類の山。
アンブローシアが獣人化され、獣人領に行かされてから、ほとんど減っていない。いや……、寧ろ、以前に増して、増えている。
「王政だの、議会民主制だの、政治の制度はともかくっ! これ、さっさと処理しませんと、暴動が起きますわよ!」
これまで起きなかったのが不思議なくらいだが。それは王族が持つ獣人化の魔法を、皆が恐れていたからだろう。
「……エヴァンジェリン。アンブローシアにこの書類の処理をする権限をいただけるかな?」
「ええ、もちろん。あ、でも……役職の名称などは決めているの?」
「んー、捻った名称をつけても仕方がないので。暫定的にオレが議会長、アンブローシア嬢が副議会長でいいかなと」
「それなりに格式ばった名称にしないと侮られるかもしれないわよ」
「それじゃ……、新制ランカステル国議会長と副議会長とでもしておこう。細かいことはエヴァンジェリンの女王在任中に決めていくとして」
「では、新女王として最初の命令ね。新制ランカステル国議会長ユークリッドには国の新体制を整えること、新制ランカステル国副議会長アンブローシアには……、申し訳ないけれど、元王太子であるフィランダーが残した政務の処理を行う権限を与えます」
「謹んでお受けいたします」
形式ばって、頭を下げたユークリッド。
アンブローシアは「仕方がありませんわね!」と言いつつも、精力的に積み重なった書類の処理にかかった。
城の文官たち全員に通達を出し、アンブローシアも動き出した。
ただ、動く前に、一つだけ、悩んだ。
「サイン……、名前を書けばいいだけのものだけど……」
今はまだ、フィッツクラレンス侯爵令嬢であるはずのアンブローシア。
だが……。
「わたくしが元王太子殿下に獣人化されて、獣人領に送られたとき。きっとお父様は……わたくしの除籍を望んだわよね……」
「アンブローシアお嬢様……」
少しだけ、悩んだ。
だけど、多分、除籍されたかもしれない……というあやふやな状態では、書類にサインを書けないような気がした。
「ごめんなさい、クリューセース、メリッサ、文官のみんな。フィッツクラレンス侯爵がわたくしを除籍処分にするための申請書類が、この積み重なった山のどこかにあると思うのよ。それを探したいのだけど……」
「アンブローシアお嬢様……」
探しに探して、やはり見つかった。
「やっぱりあったわね……」
除籍申請書。フィランダー元王太子が処理しないままだったからこそ、まだアンブローシアは正式に除籍はされていない。
「クリューセース」
「はい、お嬢様」
「ペンを頂戴。わたくしの、新制ランカステル国副議会長としての仕事は、この申請処理から始めるわ」
「お嬢様……」
血の繋がった父親が、娘であるアンブローシアを「もう家族ではない」と示した除籍申請。
その書類の一番下に、アンブローシアは「新制ランカステル国副議会長アンブローシア」とサインを行った。
そして「申請は許可された。承認書類をフィッツクラレンス侯爵家に届けてちょうだい」と、文官の一人に渡した。
「これでわたくしはフィッツクラレンス侯爵家の令嬢ではなく、ただのアンブローシアになったわ」
ふう……と、息を吐く。
もっと悲しいとかつらいとか。そんな気持ちになると思った。
けれど、侯爵家の令嬢という身分から解き放たれて、自由に新体制の副議長として生きていくことができる。
そして、後ろを見る。
いつも、そこにはクリューセースとメリッサがいる。
そしてきっとこれからは、ユークリッドやエヴァンジェリンと共に新しい国を、体制を整えていくことになるのだろう。
「……クリューセースもメリッサも、ずっとわたくしの側に居てくれるわね?」
「もちろんです、お嬢様。心よりの愛をあなたに捧げます」
「ありがとう……。大好きよ、クリューセース」
立ち上がって、アンブローシアはクリューセースの胸に飛び込んだ。
この暖かさがあれば、きっと。たとえまた獣人と化したとしても、乗り越えられる。
何故なら、愛があるから。
腕を、クリューセースの背に回し、寄り掛かる。
「ずっと側に居てね、クリューセース」
「もちろんです」
抱き合ったままの二人に、メリッサが「コホン」とわざとらしく咳をした。
「このメリッサのことも忘れないでくださいませね。嫌だと言われましてもずっとお嬢様のお傍にお仕えいたしますから」
「メリッサ……」
「ありがとう。これからもよろしくね。でも、えっと、ユークリッド様は……」
獣人化から人の姿に戻れたほどの愛が……ある、はず、なのだが……。
メリッサはふっと笑った。
「可能であれば、お嬢様と同じ時期に妊娠、出産をしまして。お嬢様のお子様の乳母になりたいと願っていますわ」
「メ、メリッサ……」
それはどういう意味なのだろう……と悩みつつも、少なくともメリッサはユークリッドの子を産みたいと思う程度には好いているのだと勝手に思うことにした。
「そう……ね。そこまでの道のりは長いとしても……、それはきっとしあわせな未来ね」
「はい」
「ええ」
クリューセースが頷く。
メリッサも頬を緩めた。
そうしてアンブローシアも満面の笑みになった。
その笑顔は、貴族の令嬢としての取り澄ました顔ではなく。
どこにでもいるような一人の少女の、実に可愛らしい顔だった。
終わり
お読みいただきましてありがとうございます!
後程、恒例の後書きと登場人物設定を投稿いたします。




