第14話 コホン……と、ひとつ咳をして
コホン……と、ひとつ咳をして、ユークリッドは集まった全員を改めて見回した。
「……それでは、話を進めようか」
アンブローシアは頷いてから一人用の椅子に座る。その後ろにクリューセスとメリッサが立つ。
テーブルの前には屋敷の使用人が用意した茶器が置かれたが、三人とも茶には手をつけず、ユークリッドの次の言葉を待っていた。
セルジオスは座ったまま、プラプラと足を動かす。ただし、顔はきちんとユークリッドのほうへときちんと向けている。
ゼファーらも手にしていた茶器をテーブルの上に置いて姿勢を正す。
ジュロームは自分の出番はないだろうと、控えていた使用人に茶を入れなおさせた。
そうして、使用人がドアの前で一礼をして出て行った後、改めてユークリッドが口を開いた。
「さて、経緯や個人的な話はともかく。オレとアンブローシア嬢、クリューセス、メリッサの四人が獣人化の魔法を解き、人の姿に戻った」
この場にいる全員は、言葉は発せずただ頷いた。
「それから、王都にいるエヴァンジェリン第一王女からの情報だが。国王陛下はあと数か所の物見遊山を経て、二十日ほどで王都に帰って来るとのこと。また、フィランダー王太子とカサンドラ第二王女に関しては、以前通り、他者を顧みず、楽しみに耽っているとのことだ」
ため息を吐きそうになったのはアンブローシアだけではない。
ゼファーら文官たちもだ。城に残っている文官たちの苦労と苦悩が偲ばれる。
セルジオスは「うげー」と声を上げ、舌まで出した。
「……王太子殿下が政務を一切行っていない現状を知っていて、陛下は物見遊山をされているのかしら」
アンブローシアが嘆いた。
外遊中の陛下に対して、エヴァンジェリン第一王女が現状を連絡していないとは考えられない。城の文官たちも、陛下の帰城を促しているはずだ。
なのに、物見遊山。
王太子が阿呆なら、その親である王も阿呆なのか。
何とも言えない雰囲気が、室内に漂った。
「……そこで、だ。以前に話した計画を、本格的に進めようと思う」
端的に言えば、王族は国の顔としてだけ残す。政治や法は議会が主導する。
ただそれだけではあるが、それを実行するのは難しい。
「ゼファーら元城の文官たちには、ここ獣人領で法の整備案を整えてもらった。が、まだ未完成ではある。引き続き納得のいくレベルまで整えてほしい」
「はい」
「それに追加して、ゼファーには頼みがある」
「頼みとは?」
「うん。オレの代わりにこの獣人領の領主になってほしい」
「は?」
思いもよらない提案に、ゼファーが口をポカンと開けた。面長の顔が、ますます長く見える。
「オレの獣人化の魔法が解けたから、ここ獣人領にいる必要がなくなった……だけではなく。計画を実行するために、手っ取り早くオレが王都に行って、フィランダー王太子たちを排除してしまおうと思う」
排除。
その言葉にセルジオスが飛び上がった。
「ま、さ、か、ユークリッド様、排除って、殺す……とか」
アンブローシアも顔を青ざめさせた。
ゴリラなどという獣人にさせられた仕返しはしたい。だけど、殺すほどの恨みを有しているかといえば……、そうではない。
それに獣人化されたことはともかく、獣人領にやってきたこと、そこでユークリッドやセルジオスたちと知己になったことなどは、寧ろ獣人化したおかげだと感謝してもいいくらいだった。
だから、殺すなどという恐ろしいことはしたくない。
仕返しはささやかでいいのだ。
「そこまではしないよ」
すぐさま否定したユークリッド。アンブローシアはほっと胸を撫でおろした。
しかし、では、排除とは何をどうするのか。
アンブローシアたちは疑問に思った。
「それを答える前に、オレの外見を見て何か気が付くことはないかな?」
「外見……?」
獣人化が解かれたので、虎の耳などない普通の人間の姿だ。が……。
「あれ? 髪の色が……」
ユークリッドの髪は、今までは虎の毛のように金色の髪に茶褐色の縞が入っていた。だが、それが、縞のないプラチナブロンドに変わっている。
虎耳がなくなったことや、メリッサとのことに気を取られて、髪色という些細な変化にはこの場にいる誰もが気が付かなかった。
言われてみれば……という感じだ。
「気が付いたのは髪の色だけか?」
「あ……、瞳の色が……」
呟いたのはアンブローシアだった。
ユークリッドの瞳の色は緑だ。その緑が濃くなり、まるでエメラルドのようだ……と思い至った時に、アンブローシアは「あっ!」と声を上げた。
「ま、まさか、ユークリッド様……」
金の髪に緑の瞳。
それは……。
「王家の、色……」
ユークリッドは、ニヤッと笑うと「正解」と答えた。




