24.荒れ果てた参道
「……ね、ねえ、凛。本当に行くの?」
「そうだわよ。そのために今山を登っているのだから」
「……翔奏。オレは今、まった、また、ま、まっ、たく怖くないぞ」
「言いながら後ろに隠れて俺のバッグを掴むのはやめろ」
たまたま出会った四人一行は、先ほど凛の言った「零牡寺」に向かっていた。
零牡寺は先ほどの海の近くにある山の山頂にあるこじんまりとした寺で、そこへと辿り着くためには舗装されていない荒れ果てた道路を進まなければいけない。
この荒れ果てようがまたひどく、もともと道だっただろう場所に大木が倒れこんでいたり、車両も通れないほどに草が生い茂っていたりと、長い間誰も手をつけていないと暗に分からせてくるような光景だった。
しかも、だ。
「御神さん……。本当に、いいんですよね?」
「ええ、大丈夫です。もしもなにかあったら、あたしが盾になりますから」
そう——この零牡寺は、日本三大心霊極地の一角なのだ。
日本三大心霊極地とはその文字並びで分かる通り、日本にある心霊地の中でも最恐の三地点のことを言う、今や新聞にまでも使われるようになった用語だ。
その中の一角を飾る、零牡寺。推定築年数千年を超える木造建築の寺で、その恐さから警察の捜査すら打ち切りになったと言われている、心霊の極地だ。
では——一体、なにがあったのか。
「凛! あれ、人の死体じゃ……!」
「違うわよ。あれは……小屋ね」
「小屋と人まちがえるってどういうこと……?」
「う、うるさい! こ、怖いのよ……怖いのよとにかく!」
この零牡寺は、明治時代までは「日の出の見える素晴らしい寺」として日本中で有名な絶景名所だったらしい。
しかしある時を境に、参拝に行った客が次々と消失し始め、褒めが絶えなかった寺はいつしか「恐怖の寺」へと姿を変わらせていたのだ。
「……オレ聞いたことあるんだけど、ここ警察が捜査を打ち切ったところなんですよね? なんでわざわざこんなところに……」
「だって、寺に行きたかったんでしょ? ねえ、桜歌」
「他に寺があったでしょうがあ! もぉお……!」
「御神さん、あんまり桜歌をいじめるのは……」
そうして数十年前、とある有名人がテレビの心霊企画で寺を訪れたところ、カメラマンともどもの行方が不明になったことをきっかけに警察が捜査を開始した。カメラのデータだけが寺の祠に備えられるように置かれていて、しかし回収したカードからはなんの映像も取り出せなかったという。
そして——その捜査の最中。複数人の警察官が変死体となって寺の周りで発見されたことを境に、警察までもが捜査を打ち切りにした。死体の状況から他殺ではなく、他の外的要因——つまり、霊によって殺されたとされている。
そのことから、零牡寺はますます心霊の極地として有名になり、しかし今までにないリアルな事件の数々から、ついには日本三大心霊極地、通称「最恐地」になっているのだ。
……と、そんないつしか見た朧げな記憶を思い出しながら、翔奏は先の道を見る。
「……昼間なのに、真っ暗ですね」
「まあ、管理されていないようですしね。木も太陽を覆っているので、暗くなるわけです」
「り、凛! 黒いの! 黒いのが飛んでる!」
「あれはカラスよ。別に怖いものじゃないわよ?」
「か、カラスって不吉の象徴でしょ? 死ぬの? 私たち死ぬの⁉」
「落ち着いてって桜歌。大丈夫だから……多分」
「なんで翔奏はそんな冷静なのよ!」
桜歌は凛の腕にしがみつきながら、余裕のない声を上げる。
実際、翔奏だってもちろん怖い。だって公に心霊地とされている所に自ら足を運ぶなんて、自殺行為に走るようなものではないか。今だってなんとか膝の震えを押さえているが、しかし本当は叫びたくてたまらない。我慢強い、というより感情が表に出にくいと言った方が正しいだろう。
対照的に、雀はずっと翔奏のリュックを掴んで後ろに隠れながら進んでいる。雀はこういう時、自分の感情を素直に表現するほうだ。表面の性格がそうだからというのもあるのだろうが、しかしこのように素直な側面もあるから、雀は周りから好かれるのだ。
凛は休みもせず、どんどんと前に進んでいく。
「あと数分くらいで着きますね」
「そう……ですか」
ただそう返すしかなく、翔奏はなるべく凛の隣を歩くように山頂へと近づいていく。
普段は桜歌と雀が隣同士で歩くことなんて絶対と言っていいほどないのだが、この時ばかりは二人ともそんなことを考える余裕もないのだろう、若干身を寄せ合いながら足を必死に踏み出していた。
それは、こんな状況にあるのにもかかわらず少し嬉しく思ってしまう眺めであり、翔奏は場にそぐわず口角を若干上げる。
だが、そんな時間も長くは続かず。
——ついに。
「着いたわね」
「……………………」
「規制線、張られてるじゃねえか…………」
「…………これが」
山の頂上にある、荒れに荒れ果てた一つの土地。
まるで瘴気を放っているかのように黒い霧が立ち込め、十五時にもかかわらず紫色の光が天から降り注ぐそこには。
「……零牡寺」
誰もいない、誰も来ない、崩壊しかけた寺が、佇んでいた。
人の手がまったく入っていないと言わんばかりの草の生い茂り方。虹梁は崩れ落ち、屋根も所々、雨のせいなのか数か月前の台風のせいなのかは分からないが、崩れた木材が寺の内部までもを侵食していた。
しかし、妙なことに柱だけは倒れないでしっかりとその場に立っていた。翔奏は少しの違和感を覚えたが、言うほどでもないと思ったので黙ることに決めた。
だが——心霊極地とは、ここまでも邪悪な雰囲気が流れている場所なのだろうか。心霊スポットの大半はエンターテインメントと思って冗談半分に聞いていた翔奏だったが、さすがは極地、まだ入ってもいないのに、心臓の鼓動が一向に鳴りやむ気配はない。
翔奏までもがその場所になにもできず突っ立っていると。
「っしょ、と」
「…………っ! 御神さん⁉」
凛が、後ろで硬直する二人——言うまでもない、桜歌と雀だ——を置き去りにして、先にくたびれた規制線をくぐろうとしていた。
「っ、待って凛! そっちには行っちゃ、」
「心霊の醍醐味はここからでしょう? そっちで固まってたって、なにも面白くないわよ」
「御神さん、あんた今心霊って……」
「……あら、ごめんなさい。心霊が目的ではなかった、でしたね。寺がもともとの願望でしたね」
だがそう言いながらも、凛は足を止めずに規制線の中へと足を踏み入れる。
その姿に思わず、翔奏は声を上げた。
「っ御神さん! 二人を置き去りにするのは……!」
「それなら桐宮さん、そこで桜歌と木蔦さんを見ていてください。あたしは、先に行きますので」
「ええ……?」
さすがの無責任な返答に、翔奏は困惑のうなりを吐く。ぶっきらぼうとか、そういうレベルではない。自分が連れてきたのに自分が先に行くなんて、そんな他人任せなことがあっていいのだろうか。
長年凛と一緒にいる桜歌でもこんなに前のめりな凛を見たことはないらしく、目を丸くしながら今度は翔奏の袖を小さく掴んでいる。
「…………翔奏、どうするんだ」
「そんなこと……言われても」
「……はあ、じゃあ桜歌。どうすんだ、御神さん先に行っちゃったぞ」
「知らないわよ私だって……。凛があんなにも周りを見なくて向こう見ずだなんて、初めて知ったんだもの」
雀は眉間に皺をよせ、しかしすぐにそれは桜歌に向けるべきものではない気づいたのか、先程よりも大きなため息を吐く。
あの時——いつしかの学校の昇降口で、触ろうとしてきた女子生徒の目を貫かんばかりの視線と同じものを、雀は先の景色へと向ける。
桜歌も、凛の背中を栗色の瞳の目線で追っていた。
「……行こうか」
「ああ」
「……ええ、そうね」
翔奏が先頭に立ち、後に二人が続く。
いつもならきっと逆だったはずの構図も、反転している。
きっとここは——そういう場所なのだろう。
24.荒れ果てた参道




