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いつも俺のベッドにいる、隣の暁月さん  作者: はみ
翔奏ともういないはずの少女
16/18

15.少女への贈り物

 ——ちょうどその一時間前。


 なぜか、翔奏は雀とショッピングモールにいた。


「……で、俺はなんも聞かされずにここまで来てしまったわけなんだが」


 そこは街屈指の複合商業施設。四階まであり、通路にはまさにウィンドウショッピングをしろと言わんばかりに店のショーケースがずらりと並んでいるところだった。

 その大きな入り口に、翔奏と雀は佇んでいた。

 隣にいる雀に訊く。


「なにをするんだ、今日は」

「ウィンドウショッピング」

「……は? お前正気か?」

「なぜそんな非難の目をするのだね? 親友くん」


 非難は言い過ぎだが、否定したいのは事実だった。

 ——ウィンドウショッピング。ずらりと並んでいるショーケースを眺めながら館内をほっつき歩くなんて、普段の雀からだったら考えられないような言動だった。


 こいつは行く場所は明確に示して、予めスケジュールを組んでおいた方が行動しやすい人だ。あてもなく歩き回るなんて、雀は絶対に嫌いなはず。

 翔奏もその方が行動に無駄が出なくていいと思っている人だ。まあウィンドウショッピングが嫌いと言うわけではないのだが、それにしてもその言葉が雀の口から出たことにまず驚いてしまった。


「……話聞こうか?」

「いやいやなんでだよ。別にオレなんも抱えてなんざいねえぞ?」

「だって、お前がウィンドウショッピングなんて、絶対に言わなそうな単語を言ったから」

「そうか? 休日にたまにするぞ、一人で」

「悲しいな」

「うるせえ」


 なかなか真意が読み取れない。先日元気がないとかの話をしたので、その気晴らしのために連れてきてくれたのだろうか。それならありがたいが……。

 雀は先ほど自販機で買った天然水を飲んで、言う。


「まあ、今日はオレとデートの(てい)ってことで! よしじゃあ行こうか翔奏ちゃん」

「それなら俺は帰らせてもらうわ。じゃあな」

「ちょちょちょちょいなんでだよ⁉ 彼氏を置いて帰る彼女がどこにいる⁉」

「いや、お前が気持ち悪かったから」

「お前は彼女に気持ち悪いとか言う酷いやつなのか! けしからん!」

「はぁ……。ねえ、本当に帰っていい?」

「ごめんって、行こう行こう」

「……ああ」


 結局翔奏は、さすがと言うべきか雀の話術に押され、ショッピングモールの中へと足を進めるのだった。


  *** ***


 中に入るとそこは外より少し暖かく、人はたくさんいるものの、意外と居心地のいい空間だった。

 さて、まずはどこから見に行くのか。そう思って雀の動向を窺っていると、


「じゃあまずは書店に行こうか」

「いや書店かよ、ウィンドウショッピングどこ行った」


 まさかのいつも通りの場所で、翔奏はたまらずそう言う。

 書店だったらいつも帰りに行っているし、なにもこんなでかい施設なんかに来なくてよかったのではないのだろうか。わざわざ最寄り駅と反対側に電車で行った意味がない。


 だが、雀はそんな翔奏の心境とは真逆のようで、存外楽しそうにエスカレーターに乗る。


「調べたらここにオレが欲しかった本があるんだってよ。なんだっけ、えっとー……」

「これか?」

「ああそれそれ! この間お前に見せたやつ」


 スマートフォンの画面でその書籍を表示すると、雀は指をさして納得する。ちょうど一昨日、雀からメッセージで送られてきた本だ。面白そうだったので、翔奏もお試し版で少し読んでいた。

 もう一度エスカレーターを乗り換えて三階に着くと、ちょうどそこに本屋があるらしく翔奏と雀は降りる。


「……店がたくさんあるな」

「そうだな。っていうか、ここに来たことなかったの?」

「小さい頃に一回ぐらいはあるような気がするけど……。その頃はだいぶ店の配置とか違った気がする」

「へぇ……」


 周りには、眼鏡屋、タオル専門店、大手の服屋など、たくさんの店がずらりと並んでいる。

 例えば楽器屋ではピアノを試奏している人がいたり、電気屋では最新のゲームソフトが店頭で販売されている。どれも翔奏には縁のないものだったが、電気屋で目に入った比較的新しいスマートフォンと自分の機種を見比べて、これもずいぶん使ってるな、と思った。


 そうして歩いていると、やがて目的地へと着く。


「うっわ、でっか……」

「これぞここが誇る本屋だよ、翔奏くん」


 胸を叩く雀は、自分の所有している店舗でもないのに誇らしげにそう言う。

 フロアの一番奥にあった本屋は、一目見ただけでその品ぞろえの良さが窺えた。いつも行っている所は建物を丸々一棟使っているためそんなには大きくないが、しかし最奥部を丸々使っているだけあって、奥行きがとにかく広い。これぞ本屋と呼ぶべきな佇まいを感じた。

 雀を見ると、早く入りたそうに翔奏を眺めていた。


「行くぞ」

「あ、ああ……」


 その声で我に返り、雀の後を追いかけていく。


 はっきり言うと、この書店はライトノベル小説やコミック系が多い書店だった。雑誌が少なく、参考書類もまああるものの前者のコーナーが書店の大半を占めていた。一般的に雑誌過多の書店が多いから、こういう書店は珍しい。しかし、こういう書店は翔奏や雀などの学生には嬉しいものだ。

 雀は通い慣れているらしく、素早くその小説を見つける。


「あった、これだ!」

「おお……。イラストがいいな。この人ネットで活動してなかったっけ?」

「そうそう、よく配信してるんだよなあ。この人の絵柄好みでさ」


 そういえば、少女が読んでいる小説もイラストがすごかった。まあイラストはその小説の先入観にもつながるから、大事だとは思う。雀も、大半の小説はまず絵柄で読むかどうかを決めているらしい。


 俺はどうしようか、と翔奏は考える。なにか買おうか。

 少女のためになにか適当な小説を買っていく……なんて勝手な真似はできないし。もし同じものを持っていたら、ただ空回りした恥ずかしい人になるだけだ。


 でもせっかくここまで来たのに、なにも買わないで帰るのは少し癪だ。お金も今は少し余裕があるし、ちょうどここは複合商業施設、なにも書店だけで買い物を済ませろという難題はない。


 それなら——。


「……なあ、雀」

「どうした?」


 こんなことを言うのは柄でもないが、翔奏は覚悟を決めて言う。


「このあと、買い物付き合ってもらってもいい?」


  *** ***


 結局、帰るのは少女に言っていた七時よりも遅くなってしまった。主に雀との話が長引いたせい……ではなく、翔奏があまりにも優柔不断すぎて、なかなか商品を決められなかったからだ。


 例の小説は最終的に翔奏も買った。どうやらアニメ化もしている作品らしく、どういうわけかアニメ化している原作が気になる性分の翔奏は欲望に耐え切れず、まだ読んでいない本も何冊かあるのにも関わらず買ってしまった。


「まあ、学校で読むからいいんだけど」


 玄関の電気を手探りでつけながら、そう呟く。

 時刻は七時五十分。もう少しで八時という、なんとも微妙な時間に帰ってきてしまった。

 きっと、少女は内心怒っているだろう。そう思い、すぐに靴を脱ぎ自室のドアを開ける。


 そこには、ベッドにいる見慣れた顔。


「翔奏さん、おかえりなさい」

「ただいま。ごめん遅くなっちゃって」

「大丈夫ですよ。今日は麻婆豆腐です、今持ってきますね」


 だが存外に怒っていないのか、それとも表情には出ない方なのか、少女は口角を上げて立ち上がる。怒っていないのなら、よかったのだが。

 と、少女は出て行く瞬間ちらりと()()()()()を見てからドアへと姿を消す。


(ん? 今なんで手元を……)


 左手を見ると、


「……しまった、隠し忘れてた」


 左手にぶら下げられているのは、きっと遠出をしてきたのだろうと思わせるような大きな紙袋、しかも店名のロゴ入り。帰ったらすぐにリビングにでも隠そうと思っていたのに、すっかり頭から抜けていた。

 まあ、今からでも間に合うだろう。少女はきっと、()()()()()()()()()()()()()だとは思っていないだろうから。


 近くにはいないはずなのになぜが忍び足で、こっそりと翔奏はソファの奥に紙袋を隠す。

 部屋の中に入り着替えて待っていると、ちょうど今日買った小説を本棚に置き終わったころに少女はトレーを持ってドアを開けた。


 一瞬で、中華料理の香りが部屋に広がる。


「すみません、テーブル出してくれますか? そこのクローゼットの隣にあるんですけど」

「クローゼット……ああ、棚か」


 どうやら翔奏の部屋の本棚の位置には、少女の部屋で言うとクローゼットがあるらしい。なんとか視線で伝わってよかった。

 横を見ると、なるほど昨日もここから取り出していたなと思い出す。脚を広げて床に置くと、少女はトレーをゆっくりと置く。


 見ると、そこには香りの原因だった麻婆豆腐がちょうど二人分あった。

 確かに……ちゃんと、麻婆豆腐だ。実家で食べたことはあるが、なにより母の料理の得意不得意の差が激しかったため、まともな麻婆豆腐を味わったことがない。

 昨日と同じくトレーから机へと皿たちを移し、少女とテーブル越しに向かい合って座る。


「それでは、いただきます」

「……いただきます」


 言った瞬間にさくさくと食べ始める少女とは対照的に、翔奏は恐る恐ると言った手つきでスプーンを掴む。だってまだ二日目だ、こんな同棲みたいな生活に早々に慣れることができるとしたら、すごいと思う。まあ翔奏は前例があるのだが、しかし慣れない。

 きっと温めたのだろう、湯気立っている麻婆豆腐にスプーンを入れる。

 掬って、口に運ぶ。


「……美味しいな」


 思わず素直にそう言う。


 口に入った瞬間に広がる辛さと、噛むと滲み出てくる甘さ。ひき肉もいい塩梅に散らばっていて、本場の中華料理を感じさせてくれる。熱さもちょうどよく、豆腐の大きさ、豆板醬の量、すべてが完璧だ。


 こんな美味い麻婆豆腐あったんだ、と翔奏は実感する。これで店開けるのではないかというほど、それは辛くさっぱりと口の中に広がっていった。

 少女を見ると、水の入ったコップを両の手で持ったまま少し頬を赤らめていた。


「……やっぱり面と向かって言われると、恥ずかしいものですね」

「ごめん、嫌だったら言ってくれても、」

「いや、そういうわけではないんですけど。歯痒いというか、嬉しさから来る羞恥というか……」

「嬉しさから来る羞恥?」

「と、とにかく、ありがとうございます! う、うれしいです……」

「そ、そうか? ならよかったんだけど」


 正直言うと、翔奏は感情に鈍感だ。それまであまり人から褒められるとか、感情的な経験を小説の中だけでしかして来なかったせいで現実でのコミュニケーションが乏しくなる瞬間がある。これもやはり、翔奏が普通だからだろうか。


 とはいえ、翔奏も互いに羞恥することのないようにはしたい。しかし食事時ばかりは無言で食べるよりも素直な感想を伝えたほうが、互いにいいはずだ。無言の食卓など、きっと誰も望んでいない。


(……あいつが、教えてくれたんだ)


 翔奏は回想思考に入りそうになるも、ふと浮かんできた疑問を少女に投げかける。


「そう言えば、瑞葉さんは自分の料理を美味しいって思う?」

「え? ああ、そうですね……」


 少しばかり考える素振りを見せ、少女は麻婆豆腐を一口食べてから言う。


「……まあ、美味しいのではないのでしょうか。あまり人の作ったご飯を食べたことがないので」

「俺の作った料理でも……って、絶対嫌だよな」

「嫌ではありませんけど、作るならカルボナーラ以外でお願いします」

「カルボナーラ以外は皆無なのですが」

「では大人しく私のご飯を食べていてください」

「……返す言葉もありません」


 そうは答えたものの、人の作ったご飯を食べたことがないとは、だいぶ過酷だったのではないのだろうか。入院しているから外食はできなくとも、昔に親の料理を食べたりとか、そう言った身近にあるはずのものすら食べたことがないのだろうか。

 あ、でも、と少女は口を開く。


「病院食よりは遥かに自炊したほうがましです。味が薄くて、食べ応えがありませんので」

「聞いたことはあるけど、病院食って……そんなに不味いのか?」


 最後は少し小声で、翔奏は言う。少女側で誰かに聞かれでもしたら大変だろう。

 しかし少女はそんな遠慮はいらないと言うように頷く。


「お世辞でも美味しいとは言えませんね。献立を見たらバランスを考えてくれているのは分かるのですが、その分添加物や刺激が強い調味料を大きく制限しているので、本当に味がないです」

「なかなか嫌だな……」

「それにこの病院の食事は水か牛乳しか出ませんし」


 そこが一番きつくないか、と声にこしは出さないものの、翔奏は若干顔をしかめる。

 毎日カルボナーラを食べていた身としては味なんて関係ないと思いがちだが、この二日間でいかにも食事の中で「味」が大切なのかを思い知った。きっとこれからもずっと思い知っていくだろうし、その度に朝昼晩カルボナーラだったあの生活はなんだったのだろうかと疑問に思うだろうが。


 そんな感じで数十分、食事が終わり、翔奏は食器洗いに移る。

 そう言えば食器洗いは、食事作りの負担を考えて翔奏が自分の部屋のキッチンですることになった。一度外に出たものは持ち込めないという制限はなかったため、昨日食器議論になった時に少女にそれで折れてもらった。


 忘れてはいけないがこれらの食器は少女の……引いては病院のものなので、割らないようにと慎重に洗っていく。

 ふと、視界の端に先程隠した大きな紙袋が見える。


「覚悟を決めろ、俺」


 自分を鼓舞し、食器洗いを済ませて少女が戻しに行ったあと、小説を読み始めたタイミングを見計らって翔奏はリビングへと行く。

 中身を確認して、軽く拳を握る。


 どう渡せばいいだろうか。ただ置いておくだけではきっと開けない。なにか言って渡すのが道理なのだろうが、


「なるようになれ……!」


 生半可だった覚悟をようやく決めて、翔奏はドアを開ける。

 中に入るとベッドで小説を読んでいた少女はこちらを振り向き、またその紙袋を見たからだろうか、今度は声を掛けてきた。


「翔奏さん、それなんですか? さっきも持ってましたけど」

「これは、っとー……」


 ……しかし、言葉が出てこない。

 なんて言えばいいのだろうか。これ君のために買ったからあげる? プレゼント? 言葉は浮かぶが、なに一つとしてしっくりと来ない。


 無言の時間が過ぎて、少女の顔が段々と怪訝な表情になる。

 ええい、と熟考の末差し出した右手とともに出た言葉は、


「これ、あげる」


 そんな主語も文脈もない、とんでもなくぶっきらぼうな台詞だった。

 訳が分からないだろう。急に紙袋を差し出されて、そんな無責任なことを言われても。

 当然、少女も困惑するわけで、


「えっ、これ、私に?」

「そうだけど」

「今日、なんかの日とかでしたっけ?」

「……きみの、誕生日」


 そう言葉が漏れた瞬間、少女のその紅い瞳が大きく見開かれる。

 ()()()()()()()()()——この世界に生まれた日。それを知っていたから、翔奏はこの大きな袋を持って帰って来た。

 さすがの少女も驚いたが——しかし次には、訝しむようにこちらを見上げる。


「私、あなたに誕生日言いましたっけ」

「……言ってないけど」

「じゃあなんで、私の誕生日を知っているんですか?」


 まるで真実を見抜かすかのように、少女は鼻と鼻がくっつきそうな距離まで翔奏に詰め寄る。

 怪しまれるのも当然だろう。招待の分からない奴から紙袋を差し出されて、「誕生日だから」と言われても気持ちの悪いだけだ。翔奏だったら躊躇うだろうし、相手が男となれば尚更だ。

 だが、これは少女にも落ち度はある。


「机の上のカレンダーに書いてあったから」

「え?」


 素っ頓狂な声を出して、少女は机の上に立ててある卓上カレンダーを見る。

 それは少女のものらしく、見ると今日の日付に二重丸がされていて「誕生日」と書かれていた。

 翔奏は卓上カレンダーなんか使わないので、あの二重丸は翔奏のものではない。ということは、もう少女の誕生日でほぼ確定なのだ。


 少女は「あ」と短く息のような言葉を漏らし、ススス、とベッドに引き下がればゆっくりと座り、頭を下げる。


「す、すみません、勘違いでした。……てっきり、どこかから情報集めたのかと」

「そんなストーカー地味たことしないよ、きみのいる場所さえ分からないんだから」

「それもそうですね……」


 少女が病院にいるということは分かっても、それがどの病院かまで特定できるほど器用ではないし、そもそもしようとも思わない。それに仮に特定できたとしても、病院が内部の個人情報を漏らすわけがないのだ。

 少女は更に深く頭を下げる。


「と、とにかく、すみませんでした。疑ってしまって」

「そんな……大丈夫だから、顔上げて。怒ってないから」


 恐る恐るというように、少女は顔を上げる。

 どうやら少女は翔奏と違い、人の感情に敏感らしい。怒っていないのに何度も謝ってしまうところとか、他にも様々。今なんて、まるで殴られるのを怖がっているかのような震えた声だった。

 しかし翔奏の表情を見て怒っていないと理解したようで、少女は例の紙袋を見る。


「……それ、本当に私がもらっていいんですか?」

「いいっていうか、もらってくれなきゃ買った意味がないっていうか……」

「…………、」


 しかし少女はそのまま固まってしまう。


「……どうした? 体調悪いのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないんですけど……。プレゼントってもらったことがなくて、どうしたらいいのか」

「嫌なら、もらわなくてもいいけど」

「も、もらいます。嫌じゃないです」


 翔奏がそう言うと、少女は即座に否定の意を返す。なんか言わせてしまったみたいだが、決してそういう意図はなかった。

 再び右手の紙袋を差し出すと、少女は慎重にそれを受け取る。


「開けてみていいですか?」という視線が来たので、翔奏は頷く。

 これまた丁寧に取り出して、リボンの結ばれた包装を剝がしていくと、


「……ポーチ、ですか?」

「うん、そうだよ」


 小さな箱から出てきたのは、そこそこの大きさの半透明のポーチだった。

 例の施設で、書店の後に雀と一緒に探してもらった店で見つけたもので、大雑把に事情を伝えた雀が、


『まあとりあえず小物入れとか買っておけば無難だとは思うけどな』


 と言っていたので、一番人気だと聞いたポーチのなるべくいいものを買った。その分包装も丁寧にしてくれて、その時の店員に「彼女さんは大切にしてくださいね」と言われたのが妙に恥ずかしかった。


(彼女じゃ、ないんだけどね……)


「ありがとうございます、小物入れって、私あんまり持ってなかったので」

「それならよかった」


 初めてのプレゼントだからか、存外うれしそうにポーチを眺める少女を見て翔奏も安堵する。


 ……できれば、()()()()()()()()には一人になった時に開けてほしいのだが。


「……ん? あともう一つありますけど」

「あーそれは……なんていうか、その、気に入ってくれたらうれしいんだけど……」


 しかしポーチ一つではこんなに大きな紙袋は必要ないと気づいたのか、少女は再び紙袋の中に手を入れる。

 その袋から現れたものは、


「…………かわうそ?」


 カワウソを模した、両手で抱えられるくらいの大きさのぬいぐるみだった。


 これは雀に買えと言われたものではなく、自分で選んだものだった。そのおかげでで店員にも「あらあら」という感じで微笑まれたし、雀にも「お前に彼女ができるとは……泣いていいか?」とこれまた不気味なこと言われた。雀、あいつ散々いじってきやがって。明日覚えてろよ。


 恥ずかしくて、翔奏は目を逸らす。


「これも……私に?」

「……そう、だけど」


 視線を少女に向けると、両手に持ったカワウソと見つめ合っている。その様子がなんともかわいくて、思わず言葉に出てしまいそうなので堅く口を結ぶ。


 少女はというとまだこの状況を飲み込めていないらしく、「えっと……」と困惑の声を出す。


「これも、これも、私がもらっていいんですか……?」

「そのために買ってきたんだし、もらってくれたらうれしいけど」

「私、なんにもお返しできないですよ?」

「ご飯作ってくれるだけで十分だよ。見返りとかも求めてないし」

「…………では、ありがとうございます」


 ただただ、困惑しているようだ。翔奏が少女の誕生日を知っていたことも、初めて他人からプレゼントというものを受け取ったということも。

 しかしその表情からは困惑とは違う感情も滲み出ていた。


「……私、自分の誕生日が嫌いなんです」

「…………」


 少女は、ぽつりとそう呟く。

 誰に聞かせるでもなく、ただ独り言を言うように。


「正直、ここ数年は思い出す機会すらなかったんです」


 でも、と少女は続ける。


「今日は……今日は、本当にうれしいです」

「っ!」


 なんとも幸せそうな、初めての喜びを感じ入るかのような表情に、不覚にも心臓が鳴る。

 それはきっと、今の瞬間どんな表情よりも幸せそうで、誰の感情よりも深く刺さるようで。


『ありがとう、翔奏くん……っ!』


 ()()()のような、なにかが——。


「……どういたしまして」


 しかし、それを思い出さずとも。

 今はそのうれしそうな笑顔が見れただけで、十分だった。




15.少女へのプレゼント

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