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いつも俺のベッドにいる、隣の暁月さん  作者: はみ
翔奏ともういないはずの少女
14/18

13.少女と夕食

13.少女と夕食

 勉強をしていると、なんだかんだすぐに時間が過ぎていくものだ。


 翔奏が机に向かう前に見たときは時計の針は九時半を指していたのに、次に顔を上げると十二時半だった。

 さすがに驚きながらペンを置き、息を吐く。数学をやっていたのだが、()()()()の問題が結構難しく、この三時間で解けた問題量は十問と少し程度だった。少し足りないとは思うが……まあ、これくらいが通常量だろう。問題が悪かったと言い訳をする。


 ベッドにいる少女はというと、まだ小説の世界にいる途中らしく、時間など気にせずに読んでいるように見える。読む速度も常人の二倍ほど早く、三時間前はまだ序盤だったのに、今は八割ほどまで読み進めている。


 一度、気分転換に昼食でも食べようと思い、翔奏はキッチンに行き、手早くレンチンをして残っていたカルボナーラを食べる。


「……うん、まあ、美味いな」


 しかしどうしてか、翔奏は大好きなはずのカルボナーラに微妙な反応をする。

 美味しくない、というわけではない。自分が作った料理を褒めることはしないが、これは上手くできた方だと思っていた。


 だが果たしてどうしてなのか、朝食べた時よりも味が薄くなっているように感じたのだ。

 単に時間が経って旨味が逃げたから? それとも少女が夕食を作ってくれると言ったから?

 後者の方に思えたが、しかしそれだけでは根拠のこの字にすらならない。だからなんだと一蹴されるだけだ。


 カルボナーラを口に押し込みながら考えたが結局それ以上の理由は出てこず、翔奏は麦茶で流し込む。再度言うが、美味しくないというわけではないのだ。


 そして戻ると少女はおらず、きっと昼食を食べに行っていたのだろうか、またしばらくしてから少女は帰って来た。その間も考えていたが、やはりと言うべきか見つからなかった。


 それからは、好きなことをして過ごした。休日と言うことで外に出る人も多いと思うが、翔奏はそっちの人間ではない。なるべく家で過ごした派だ。だからまあ結局やることと言えばスマートフォンを見るくらいになってしまうのだが、ちょうど先に雀と書店で買った小説があったので、未読だったそれを読むことにした。


 少女と同じくライトノベルを読み続けて、数時間。いつの間にか空には夕の光が灯っていて、思わず「げっ」と声を上げてしまう。受験生がこれはさすがにまずいのではないのか。

 しかし、いや授業中に寝ちゃってるから今更か、と開き直り、翔奏はパタン、と本を閉じる。


 その音で気づいたのだろうか、少女も窓から差し込む夕焼けを見て、「うわぁ……」と若干悔しそうに呟く——ことはなく、まるでいつものことかのように手に持っているそれを閉じて、ふぅ、と息を吐く。


 そういえばデリカシーがないと思われるのは嫌だったので訊いていなかったが、少女は一体何歳なのだろうか。様子から見て受験期ではない中学生ということはほぼ確定しているのだが、詳しい年齢はさすがに訊けていない。まあ今後も訊くつもりはないのだが、少し気になることは気になる。


 と、そんなことを考えていると、少女は本を(かたわ)らに置いて、軽く伸びをしてから立ち上がる。


「すみません、こんな時間になってしまって」

「いや、大丈夫だよ。俺も今まで本読んでたし」


 少女が謝っている理由は、きっと夕食を作るのが遅れてしまったからだろう。

 しかし、作ってもらう身で催促するのはおこがましすぎるので、翔奏はそう言う。仮にこれで「やっぱり使えない」ということになっても、それは少女が悪いわけではないので翔奏はむろん許すつもりだ。しかも時間も六時あたりなので、少し早い気すらする。


 少女はドアから出て行く。どうやら料理をするために、看護師を呼びに行くらしい。

 しばらく待つと少女がドアを開け、黒髪を揺らしながらちらっと顔を覗かせる。


「そういえばなんですけど、翔奏さんってアレルギーとかありましたっけ」

「特にないし、好き嫌いもないよ」

「分かりました。まあ好き嫌いはあっても無理やり口に押し込んで食べさせていましたが」

「おい怖いな」


 背筋がぞっとするような言葉を残し、それでは、と言って少女はカチャリと扉を閉める。


 そういえば、知っている人が作った手料理を食べるのなんて、数か月前、正月に帰省したときに母親が作ってくれた正月料理以来だ。それ以降は自炊(カルボナーラ)か惣菜だったので、本当に久しぶりな気がする。

 楽しみにしていないと言えば噓になるが、学食を除いて母親以外が作った料理を食べたことがないので、少し緊張しているところもある。


「……なに、作ってくれるんだろ」


 そう静かに心を躍らせながら、翔奏は少女がベッドの上に残した小説を眺めた。


  *** ***


 ——それから約一時間後。翔奏は先に雀と書店で買ったライトノベルを読みながら、少女を待っていた。


 自分もなにかした方がいいのではないか、とも思ったが、そもそもいる空間が違うので室外にいる少女に干渉のしようがない。料理を手伝うことはおろか、少女の傍にいることもできない。


 しかし冷静に考えれば、なんでこの部屋だけ少女の病室と同期 (というのだろうか) しているのかがまず意味不明だ。なにかこの部屋に潜在する特殊な効果なのか——とも思ったが、いやしかしこの世界はファンタジーなどではない。少々小説の読みすぎかもしれないと、そう思った時は物理的に頭から水をぶっかけた。


 それなら一体なんだろいうのだろうか。いろいろと考えるが——しかし結果的に出てくるのは、考えるだけ無駄だということだ。解けない謎は解けない。世の中は、そういうようにできている。

 そんな自適哲学論を頭の端で考えながら読み進めていると、数回のノックオンが聞こえてドアノブがガチャリと回る。


 翔奏が急いで本を閉じて机に置くと、


「……いい匂い」


 鼻腔に飛び込んできた香りに、思わず翔奏はそう呟く。

 しばらくして、やや大きめのトレーを持った少女が扉をくぐった。


「よいしょ、っと……。うわっ、危ない」

「持つよ、貸して」

「あっ、ありがとうございます……」


 そのトレーは見た目に反して重量があるようで、翔奏は素早く駆け寄りトレーをもらう。

 持ってみると、なるほど、確かに重かった。学食のトレーの二倍ほどはあると思う。しかし持てる範囲だったのでそのまま運ぶ。

 そしてその重さの原因は、トレーに載せてある皿の量を見たら察しがついた。


「これ、どこに置けばいい?」

「ちょっと待ってください、今机出しますので」


 その言葉を信じて待っていると、どこから出したのだろうか、少女はちょうどトレーが四個分ほど入る背の低いテーブルを持ち出して、床に広げる。

 広げ終わると、翔奏はそろそろ痛くなってきた腕を休めようとゆっくりとトレーをテーブルに置き、ふう、と息を吐く。


「時間がかかってしまってすみません」

「いや、ちょうどいい時間だよ」


 ちらりと見ると、時計の針は七時過ぎを指していた。翔奏にとっては少し早い時間だが、これくらいが健康的な時間なのだろう。

 翔奏はテーブルの上を見て、さきほど、少女が持って来てくれた時に取れなかったリアクションを取る。


「っていうか……これ、すごいな」

「そうですか? ……いや、そうでした。あなたはずっとカルボナーラだったんですよね」


 少女は呆れと哀れみの感情が入った目で翔奏を見るが、対照に翔奏の目は、机上にあるものを映しながら少し輝いていた。


 トレーの上に載っているのは、手前から左側と右側にまさに湯気が立っている米と味噌汁、そして奥には左にポテトサラダ、右には主菜だと思われる鯵の塩焼きだった。その隣にはご自由にという意思からだろうか、ガラスのコップが置かれていた。当然一番手前には箸もついている。


 どれも出来立てで、毎日一皿だけの()()()()()()()()()()()を食べていた翔奏は、天国の食事のように神々しく光る目の前の食事に目を奪われていた。


 どれくらい見ていただろうか。涎が出そうになっていると気づいて慌てて口元を拭い、我に返って少女をまじまじと見る。


「これ、全部きみが作ったの……?」

「はい、そうですよ。まあ材料調達とかはもちろん看護師さんですしお皿を作ってくれたのは職人さんですが、料理はすべて私が作りました」

「えっぐぅ……」


 もはや語彙力が消失したときのような言葉しか発することができず、少女はトレーをもう一つ持ってきて皿をテーブルの上に移す。

 そのテキパキとした動きを見て翔奏は、


(……お嫁さん?)


「なんですか? 変なこと考えてませんよね?」

「っ、違う、ただ感慨にふけっていただけだ」


 浮かんできた想像を気づかれないうちに消して、翔奏もそれを手伝う。片方を翔奏側、片方を少女側に皿を並べて、翔奏はなぜだか正座で床に座る。


「別にそんなに(かしこ)まらなくても、体勢崩してもいいですよ?」

「いや、このままでいさせてください。そうしないと気が済まないので」

「……はぁ、そうですか」


 トレーを翔奏の机の上に置き、早速足がしびれてきたころに少女は手を合わせる。


「では、いただきます」

「……あっ、いただきます」


 少し遅れて、食材にはある程度、少女には絶大な礼を言い、翔奏はその箸を取る。

 まだ少し熱い味噌汁を慎重に口に持って行き、中身をかき混ぜながら一口すすると——、


「…………美味いな」


 お世辞でもなんでもない、ただの本心が口から零れた。

 同じく目の前で味噌汁を啜っていた少女は、その言葉に目を細めて安心したような顔をし、茶碗をテーブルに置く。


「お口に合いましたか?」

「すごく合ってる、本当に美味しい」


 事実だった。汁はしっかりと小魚の出汁から摂ったんだと言う説得力があり、具も入れすぎず、シンプルなものを使っていて中身が混沌していなく、それでいてさっぱりとしていて後味がいい。まさに、理想の味噌汁と言った感じだった。


 続いて、主菜の鯵の塩焼きに箸を持って行く。見た目はふっくらとしていて、こちらも美味しそうだ。

 箸を入れると、中から忽ち湯気が飛び出して焼き魚の匂いが漂う。

 まずは単体で味わおうと思い、箸で一切れ掴み口へと運ぶ。


「……うわっ、すご」


 その「すご」というのは、もちろん美味しいと言う意味を含んだつもりで放った言葉だった。

 なんていうか……しっかりと鰺だ。そんな、もはや人語を話せなくなったのかと思われても仕方がないほど、言葉では表せないような感情が溢れていた。


 言葉を選んで言うなれば、「ただ単に美味しい」ではない。しっかりと鯵の旨味が最前線に来るように引き立てられていて、焼いただけではないと口に入れた瞬間に分かるような感覚が広がっていた。それでいてしっかりと美味しいので、これは控えめに言ってもすごく美味いと言えるほどである。米も一緒に食べるとさらに美味しく、炊き立てだと分かるふっくらとした米の甘みが口の中に広がった。


 最後、ポテトサラダ。こちらはまあ今までの反応から分かると思うが、言わずもがなですごく美味しかった。翔奏が麺類ばかりを摂っていたからだろうか、きっとこのポテトサラダに入っている人参などの野菜で食物繊維などを摂取しろ、ということなのだろう。


 どれも美味しく、早く食べたい気持ちを抑えつつゆっくりと堪能しながら食べ進めていると、ふと少女の視線を感じて翔奏は視線を上げる。


 少女は、茶碗を持ったまま翔奏の方をじいっと見つめていた。


「……どうした?」

「いや、大層美味しそうに食べるな、と思って。基本的に食べてもリアクションしないのものだと私は思っていましたが……」

「美味しいから美味しいリアクションを取ってるだけ……っていうとお世辞みたいになっちゃうけど、自然とそうなってるだけだけど」


 そう言うと、少女は少し不安な顔をする。


「……そんなに、私の料理美味しいですか?」

「そりゃ、ていうかこれ食べて美味いと思わないやつはアレルギーを持ってる人かバカ舌な人くらいだと思うけど」

「そ、そんなに言いますか? 私の料理なんて、所詮誰かの真似事でしか、」

「仮に美味しくなかったとして、そんなこと言わないよ」

「……そう、ですか」


 翔奏がそう言うと少女は半分納得したように頷いて、しかし褒められたことへの羞恥心からだろうか、少し頬を赤らめて顔を隠すように味噌汁を飲む。


「所詮誰かの真似事」と少女は言ったが、真似事でも少女が目の前にある料理たちを作ったのだ。そもそも「真似事」の意味があまり分からないが、料理は基本レシピを見て作るもの——つまりは真似て生み出すものであり、新しいレシピ、なんていうのは料理研究家とかしかがやらない所業だと思う。


 そもそも、翔奏が美味しいと感じたから美味しいと言っているのだ。不味かったとしてそんなこと言わないし、第一美味しそうにも食べられないだろう。


 それに——、


「それに、なにもリアクションしないより、少しでもした方が互いにいいでしょ」

「……なぜ、ですか?」


 少女は小首を少し傾げて訊いてくる。


「だって、相手がリアクションをしないってことは自分の料理が美味しいかどうか分からないってことでしょ? そんな不安を持たせるんだったら素直に美味しいって言った方がいいし、表情にも出したほうが心配させなくて済むし」

「確かに、そうですけど……」


 だいぶ説得力のあることを言ったと思ったのだが、どうやらまだ引っかかることがあるように少女は口をもごもごとさせる。


「……なんていうか、褒められた経験があんまりなくて。だから、急に褒められると思わず疑ってしまうんです。これって本当に自分を褒めてるのかとか、この人は本心からそう思っているのかとか。本当に失礼だとは思うんですけど……でも、まずそう疑ってしまうんです」


 疑うことは大事だ。先入観ばかりに囚われて深くを見ないよりも、疑心暗鬼になってみることはなによりも大切だと翔奏は思う。

 しかし時にはそれは邪魔になるのだということを少女は知っていた。そしてそれを今、やってしまった。

 だから、と少女は言う。


「すみません、翔奏さん。疑ってしまって」

「……全然いいよ。そのくらいのことで怒ったりなんかしないし」


 当然の返事だったし、少女の気持ちも分かる。というか、自分こそがその最たる例だと思う。だから、だからこそ翔奏は言う。


「きみは、もう少し人の言葉を素直に受け取っていいと思うよ。少なくとも……俺の言葉は」


 お世辞なんて言うつもりはない。だって、いつか腐るから。そんな分かりきっている未来を、結局はそうなってしまうとはしても、特別になりたいはずの翔奏が望むわけない。

 だから翔奏は自分だけは信じろ、と言った。それだけの自信があるから。

 少女は一瞬その(あか)い瞳を見開き、しかしすぐに微笑む。


「翔奏さんがそこまで言うなら、信じます。あなたの言葉だけは——信じます」


 きっと、昔の翔奏ならこんな自信のあることは言わなかっただろう。高校生になってからは特にそうで、きっと今でも背伸びなんかしない方がいいと思っている。


 しかし、なぜだろうか。少女の前だと、少しだけだが自信が湧いてくる。自分は自分でいいんだと語り聞かせてくれるような声が、そう思わせてくれる。


 それは昔とは真逆の感情で、きっと翔奏自身でも気づいていないことだろう。だからこそ、自分をしっかり見ろと、あの日()()()に言われた。気づかない感情に気づくために、自分を見てあげろと、そう言われた。


 ——()()に、気づくために。


「……食べましょうか」

「……そう、だな」


 少ししゃべりにくい雰囲気なってしまった翔奏と少女は、冷めないうちにと夕食を食べ進める。

 そのどれもが、とても美味しく、深く翔奏に沁みた。


 食べている途中に数回、本当に少女をお嫁さんだと勘違いしそうになったということは、生涯決して口に出すことはないだろう。

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