表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつも俺のベッドにいる、隣の暁月さん  作者: はみ
翔奏ともういないはずの少女
13/18

12.生活能力の優劣

 少女の記憶を保つことに成功してから、数日が経った。


 当初は玄関を出るまで「瑞葉さん」と連呼していたが、段々としなくても大丈夫になってきて、最近ではなにも言わなくても外で少女の記憶を保つことができるようになった。気づいたときは相当うれしくて、雀に「お前なんか今日元気だなぁ」と言われた覚えがある。


 そして今日も今日とて、翔奏は床で寝ていた。少女には悪いが、翔奏としてももし床で寝て身体が悪くなったりしたらそっちの方が重大だと思うので、毎日なんとか少女をなだめてベッドで寝てもらっている。

 床で寝ること自体はいい。寒いし目覚めが悪いが、床の質感が最近なんとなく好きになってきたのだ。少女に「慣れかな」と言ったら、軽く叱られたが。

 とにかく、翔奏は自分が床で寝ることはいいのだ。まあ正直なところを言うとベッドで寝たいし、熟睡もしたいが別にいい。問題はない。


 ただ、たった一つだけ問題があるとすれば——、


 ドゴッ


「ごうふっ! ……またか」


 腹に突然降りかかってきた重みで翔奏は目を覚ます。

 なにかと思い下腹部を見ると——そこには、足が乗っかっていた。

 一瞬ホラーみたいでびっくりしたが、その足を乗っけている主の姿を捉えてようやく安心する。


「……まあ予想はついてたけどな」


 ——それは、少女がとんでもなく寝相が悪い、ということだ。


 初日の夜中もそうだったのだが、少女はとにかく寝相がひどい。落っこちてくるし、音はすごいし、足を乗っけてくるし。最近で一番ひどかったのは、雀と「お前元気なくね?」と話した日の朝。あの時はベッドから落下した少女が翔奏に抱き着いてきて……これ以上は思い出さないほうがいいだろう。

 そんな具合で、毎日下で寝るのはいいのだが、こればかりは本当に苦労していた。だって睡眠を妨害されるから。


 けれど、翔奏はそれで怒っていたりはしない。無意識下で起こっていることだし、寝ている本人にあーだこーだ言ったってどうしようもない。ただ、学校で寝る時間が増えるだけだ。


 最初の二日ぐらいは起こすのも申し訳ないので、そのまま放置して朝を迎えて少女が頬を真っ赤にして——ということの繰り返しだったが、少女が「もし私が落下したら、触っていいですので、気力があったらベッドに戻してくれるありがたいです」と言ったのでその後は翔奏が少女をお姫様抱っこ(これしか方法がないんだから仕方がない)して戻す、というのが毎日の所業になっている。おめでとう、今のところ全日コンプリートだぞ。


 そして今も、翔奏は落ちてきた少女を持ち上げようとしているところだった。


「……よいしょ、と」


 起こさないようにゆっくりと少女の足を翔奏の腹から降ろして、翔奏は立ち上がる。


 しゃがんで、少女の背中と膝裏にそれぞれ腕を通して——男子の()()()()腕力で、その小さな体躯を持ち上げる。


 やっぱり軽いな、というのが素直な感想だった。ここ数日何度か持ち上げているが、やっぱり軽い。少女の顔つき的に中学生くらいだとは思うのだが、それにしても軽いと思う。一回だけあいつ(傍点)をお姫様抱っこした時は、確かこの倍以上だと感じた気がする。


 そうして数歩歩き、少女をベッドの壁側に寝かせる。中央に降ろしたらまた落下してくる可能性があるからだ。


 腕を抜き、翔奏は、ふぅ、とため息を吐く。


 起こさないように、と精神は使っているが、そもそもベッドから落ちてもぐっすり寝ているという動きから分かるように、少女はだいぶ眠りが深い。前間違えてくしゃみをしてしまったこともあったが、結構大きなくしゃみだったのにも関わらず少女は起きなかった。

 一体、どんな夢を見ているのだろうか。そんな客観的に見ても分からないようなことを考えてから、翔奏は再び床に就く。


 なんとなしに、机上にある時計を見てみる。


 時刻は午前二時、日曜日になっていた。


  *** ***


「ふあ……あぁ、おはようございます、翔奏さん……」

「おはよう」


 日曜日の朝九時、起きてきた少女に向かって、机と睨み合っていた翔奏は軽く返事をする。

 少女は目を擦りながら所々跳ねた髪の毛を揺らして、また欠伸をする。


「……あれ、翔奏さん、学校は」

「今日日曜日だよ、昨日は土曜日だったでしょ」

「あ、そうですか。じゃあもう少し寝ます……」

「……まあ、好きにしてくれたらいいけど」

「そこは起こしてくださいよ!」

「いや別に休日だし、俺もさっき起きたばっかりだから」

「休日だからこそ早起きをしなきゃいけないんじゃないですか」

「じゃあ自主的に起きればいい話では?」

「……確かに、そうですね」


 寝起きらしい矛盾した会話をし合って、少女は起き上がりどうやら部屋を出て行ったようだ。翔奏はその間もずっと机に向かっていた。


 程なくして少女が帰ってくると、いつものように小説をどこからか取り出してベッドに座る。

 と、その前に気づいたことがあったのだろうか、少女は翔奏に尋ねる。


「そういえば翔奏さん、ずっと机に向かっているみたいですけど、朝食摂りましたか?」

「……う~ん」


 相手が相手だったら相当ムカつかれるだろう曖昧な返事を翔奏はする。その相手というのは少女ではないが。

 少女は少し圧を強めて言う。


「摂ったんですか?」

「……まあ、うん?」


 またもやそう言うと、痺れを切らしたように少女はため息を吐く。


「……あのですね、それは食べていない人の反応なんですよ。食べていないんだったら早く食べに行ってください」

「一食抜いたくらいで人間は死にはしないと思うけど」

「はぁ……。だから翔奏さんはそんなに細身なんですよ。私としてはうらやましい限りですが……」


 少女も十分細いし、実際軽いと思うが。昨日の深夜、翔奏に直撃落下してきたときも——と、しかし声に出して言うのは躊躇われ、翔奏は口を噤む。


「ほら、食べていないんだったらさっさと食べてきてください」

「……はぁ、仕方がない、食べてくるか」

「なんで翔奏さんがやれやれできるんですか? するとしたら私が適当でしたよね、今」


 翔奏はそんな少女の声を聴きながら、数学の問題を残して席を立つ。背後では「行ってくれてよかった……」と少女が安堵の息を漏らしている。


 そして翔奏は「ごめん、じゃあ食べてくる」と言って部屋を出て、——約一分後に戻ってきた。


 部屋に入った時に見えたベッドの上に戻っていた少女の表情は、驚愕の感情だった。


「…………、え、なに食べてきたんですか、こんな短時間で」

「え、さっき言ってた朝食だけど」


 なにがおかしいんだろうと思い、翔奏は首を傾げる。いつもの朝ご飯を食べただけのはずなのだが。

 しかし少女は疑うような目で翔奏を見る。


「今なにを食べたんですか?」

「目玉焼きとウインナー」

「本当は?」

「……作り置きのカルボナーラを少し」


 聞いて、少女は大きなため息を吐く。


「昨日もそれでしたよね。一昨日も、その前も」

「き、気のせいじゃないかな……?」

「私、記憶力はいい方なんですよ。一度見聞きしたものは大体忘れません」

「えっと、あーっと……」


 ……少女の言っていることは、すべて当たっていた。というより近日のことだから覚えていないほうがおかしいとは思うのだが。


 今翔奏は、翔奏の好きなカルボナーラの前に作り置きをしてレンジで温めたものを食べてきた。昨日の夜に作ったもので、昨日の夜もカルボナーラを食べた。

そして、昨日も朝昼晩カルボナーラ、一昨日は学食を除けばすべてカルボナーラ、その前もすべてカルボナーラだ。


 つまりは、ここ最近翔奏は前日に作り置きしたカルボナーラしか食べていない。少女の記憶は正しかった。


 ……いや、そんなに食べたら飽きないのかという話だ。三日前から、合わせて八回カルボナーラを食べている。例え好きでも連続で食べ続けるのはきついだろう。


 だが、翔奏は大のカルボナーラ好きだ。嘘抜きで真面目に、毎日カルボナーラを食べ続けられれば幸せだと思っているし、最後の晩餐はこれにしようと決めている。それほどカルボナーラのことが好きで、カルボナーラを作る腕は職人に負けていないと自負している。


 他の料理も作ってみたらどうだって? 肉じゃがとか、生姜焼きとか?

 言っただろう、翔奏は料理のことに関しては皆無だ。なにも知らないし、なにも作れない。


 ——ただ唯一、カルボナーラを除いては。


 と、そんな具合に翔奏が格好をつけてカルボナーラのすごさを改めて思い出していると(?)、その考えを真っ二つに引き裂くように少女の正論が飛んでくる。


「毎日同じものばかり食べていると、栄養が偏りますよ。カルボナーラは特に油分が多いですから、脂質過多になって肥満や至る所の痛みなど、他にも色々な症状が出てきます」

「……で、でも」

「それに、食物繊維や無機質類が入っていません。五大栄養素はしっかりとバランスよくとらなきゃだめなんですよ。常識です」

「……はい」


 さすがの怒涛の正論に成す術もなくそう返事をする。


 確かに正論だ。正論なのだが、翔奏はカルボナーラを作れないわけで、そしたら惣菜生活になってしまう。

「今日の昼食からしっかりとしたものを食べてください」と言う少女に、どうすればいいか悩みながら椅子に座ると、ふと頭の中に一つの疑問が下りてきた。


「……そういえば、きみは? きみこそ、朝食は食べたの?」


 翔奏のことばかり言っているけれど、実際少女自身はどうなのだろうか。もし食べていなかったら少しいじってやろう……と思っていたのだが。


「食べましたよ、もう」

「…………え」


 予想外の回答に、翔奏は驚く。

 だって少女は今さっき起きたはずだ。一分間で食べたならそれこそ翔奏と同じだし、翔奏が少女より前に起きた後も少女は起きるまで寝息を立てて静かに寝ていた。


 しかしそんな翔奏の思考が読めたように、少女は「ああ、なるほど」と納得したように言う。


「私、翔奏さんが寝ているときに一回起きたんですよ。朝食を摂るために」

「起きた……?」

「はい。そのあと顔を洗って歯を磨いてってしているうちにまた眠くなってきたんで、またベッドで寝たんです。翔奏さんからしたら確かに私が食べていないように見えますけど、そこは心配しなくて大丈夫です」

「……そう、なんだ」


 なんだか、自分が人間として情けなくなってきた。少女は認めていないが、翔奏の方が絶対に年上だ。この前微分積分が分かっていなかったのがその証拠であり、たまにだが幼い言動も見せる。


 だがしかし、生活能力に関しては少女の方が年上らしい。まあ翔奏自身がずっと自堕落な生活を送ってきたということもあるが、それにしても負けるというのは人間として悔しい。


 それなら生活習慣を改善しろと言う話なのだが、長らくこの生活をしてきたせいでこれが普通になってしまっている。


 ——()()()()()()()()()()


 だったらこのままでいいやと投げやりになったわけだ。もともと特別にしようとしていたものが、いつの間にか普通になってしまっていたのだから。


 しかしそうは言っても、少女の言う通り食生活ぐらいは見直したほうがいいのだろうか。


 お前が言うなと言うことかもしれないが、食は生活の中でもだいぶ重要な部類のものだ。それが偏ってしまっては、様々なことに支障が出てしまう。それが分かっているからこそ、どうにかしたいとは思っているのだが、いい方法がなかなか見つからない。


 最悪インターネット注文か……、と思っていた時。


「そんなに悩んでいるのでしたら、私が作ってあげましょうか?」

「うん、そうしてもらいたい……え、今なんて?」

「……だ、だから、私があなたのご飯を作ってあげましょうか、と提案しているのですが」


 さすがに予想外過ぎた言葉に、翔奏は声を失う。


「……え、できるの?」

「当然です。私は、少なくともあなたよりは生活能力はありますから」

「それもそうなんだけど……言っていい?」

「はい、どうぞ」

「……病院内で料理が作れるのかなって、思っちゃって」


 内にあった質問を翔奏はしてみる。院内にいるコック以外の人が料理できるなんて、そんなことを聞いたのは初めてだ。本当にしていいのか、それが分からなくて翔奏は訊いた。

 しかし少女は何食わぬ顔で答える。


「できますよ、看護師さんに頼めば」

「そんな病院聞いたことないけど……」

「まあ在院歴が長いと気軽に話せる看護師さんの一人や二人はできるので、そこの伝手(つて)でどうにかやれば料理もさせてくれます」

「すごい病院だ……」


 てっきり病院のことを訊いたら嫌な気持ちになるのかと思っていたが、そんなことはなく、少女はそんな特殊な事情を教えてくれた。


 それに聞いた感じ、少女にとって病院は家のような感覚なんだな、と思った。在院歴が相当長いのだろうか、看護師も家族のような感覚でしゃべっているし、病室も見えはしないが自分の部屋のように扱っているように思える。


 加えて最近で一番驚いたこと、というか気づいたことは、少女が一見元気そうに見える、ということだった。


 入院をしているのだったら、例えば膝を吊るしていたり、ベッドから動かなかったりと安静にするのが一般に思える。

 だが少女はそんなことはなく、初日の時だって首を絞められたし、ベッドから落ちるわなんだわでまったく静かにしているようには思えない。


 しかもどこも悪そうに見えないのだ。痛そうなそぶりも、少なくとも翔奏がいるときはまったくしないし、少女が病院にいることを忘れてしまうときさえある。


 しかしそうは言っても、身体のどこかが蝕まれてしまっているから病院にいるには違いない。それを当の本人に訊くなんていうのは以ての外だし、仮に探りを入れようにも見ている空間が違うので、どうしようもできない。入れたいなんて思ってはいないのだが。


 考えているうちにいつの間にか少女のことを見つめていると、少女は小説を半開きにして訝しげに目を細め、


「なんですか、私に霊でも憑いていましたか?」

「……っ! ……ごめん、なんでもない」

「いや、憑いていたんだったら言ってください。お祓い行ってくるんで」

「いや憑いてないって。幽霊なんて信じてないし」

「それは同感です。霊感ある人とかたまにいますけど、あれって結局その人の感性じゃないですか。周りの人には見えていないわけですし、それを信じろと言われても無理なところが……って、翔奏さん、食事の話から話題を逸らそうとしてません?」


 言われて、翔奏は今度は目を逸らす。


「いやなんていうか、申し訳ないっていうか……人になにかをやらせるのは、ちょっと」

「翔奏さんに拒否権はありません。作ります」

「え、なんでそんな無理やり」

「……見ている私がいたたまれないだけです。私が好きでやろうとしていることなので、なにも言わずに受けてください」

「……さようですか」


 強くそう言う少女に翔奏はなにも言い返せず、小さく呟く。


「それでは、今日の昼から作りますけど、いいですか?」

「……すみません、余ってるカルボナーラ腐っちゃうから夜からでもよろしいでしょうか」

「それは……、…………はぁ、仕方がありません。分かりました、夕食から、私が作りますからね」


 おかしい人ですね、と小説を膝の上に置いた少女は眉をひそめて翔奏を見る。しょうがないだろ、食品を無駄にはできない。


 しかし客観的に見ると、なんともおこがましいことを言っているのだろうか。作ってくれとお願い(?)した上に、予定をずらさせるなんて。

 思えば、こんな注文を未だかつて翔奏がしたことがあっただろうか。いつも草舟のように流されて……あるいは、()()()()()()()、周りに合わせるような癖がついていたはずの翔奏が、相手に迷惑をかけると自覚しているのに言ってしまうはずがない。


 だというのに。なんで、こんなお願いを——、


「…………なんだか、妻みたい」

「え、ごめん、なんて?」


 しかしそんな思考は、少女の微かに聞こえる程度の声量で発せられた言葉で一瞬にして消え去る。

 聞こえないふりをしたが、今「妻みたい」って言わなかったか? 結構な爆弾発言ですけど? 雀に聞かれてたら冗談抜きで爆ぜてましたけど?


「な、なんでもないです! 聞き耳を立てないでください!」

「いや立ててないって、なんでだよ」


 だが当然、少女はその話を広げるつもりはないらしく、羞恥心からだろうか、頬が赤く染まっている。

 そして少女はその頬を小説で隠し、その世界へと没頭する。

 残された翔奏はなにを言えばいいのか分からず、なぜだか分からないがこちらも少し頬を赤らめてゆっくりと口を開く。


「……じゃあ、今日の夜から、よろしくお願いします」

「は、はい……」


 そう言ってすぐ、翔奏は机に向かい問題集に取り組む。


 その姿を口元を隠しながら見ていた少女の気持ちは、きっと複雑な感情が入り混じっていたことだろう。




12.睡眠問題と食事問題

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ