巣の中
進む間に似たような鳥の魔物が現れ、似たような攻防があった。多少姿に違いはあるが、飛行系の魔物ばかりだ。空に浮かぶ島という環境である以上、そうなってしまうのだろう。
ここの先住民とも言える小動物達は逃げ惑うばかり。目の前で喰われることはなかったが、ラディ達がいない時はエサにされているのだろう。
「だいぶ近付いて来たぞ」
嬉しそうにジェイが報告した。根っこの上を歩くのはずいぶん慣れて来たが、根っこが作る編み目の隙間部分が大きい所に来ると、やはりひやっとなる。
急いで歩こうとすれば、息が少し苦しくなるので無理できない。なので、ジェイの報告がいつも以上にありがたかった。
「島の中央に近いのだろうな。ツルの絡み方が、入って来た場所より激しい」
島の外側のツルが数本で一本の木のような形態になっているとすれば、この辺りでは数十本で一本の木を形成している。もう本当の木にしか見えないが、それがかなり太いのだ。
当然、根も数が増えて絡み合っているので太くなり、島の下を漂う雲もあまり見えなくて済む。その点についてはありがたかった。
「この辺りはトトンや他の小動物の巣が多いはずだ。これまで見た鳥系の魔物が飛び回るには、この辺りを少し狭いだろうからな」
翼を広げて移動する鳥には、この周辺は木(に見えるツル)が邪魔だ。そう言うファイルドも、ここでは翼を広げるのは少々困難だろう。今はしっかりたたまれている。知らなければ天駆だと言っても通りそうだ。
「あ、もしかして、ああいうのがそうなの?」
本物の木のように、見上げれば枝を作るようにツルが分かれている。その丁度分かれ目部分に不自然な葉っぱの重なりが見えた。ツルの絡み具合でできたくぼみに、葉っぱが敷き詰められているらしい。
「木じゃないから、うろみたいな物がないんだろうな。うまく落ち着ける場所を見付けて、そこを巣にしてるのか。元々はここに棲んでた獣じゃなくても、環境に順応しようとしているんだな」
ラディが見回すと、所々で似たような葉っぱの固まりみたいなものが見受けられた。葉のある所に巣あり、といったところか。
「あっちだな。んー、誰かの巣の中みたいだ。留守だといいけどなー」
ジェイがとあるツルの木に近付く。他と同じように、葉でできた巣が枝に作られていた。だが、在宅だったらしく、きーきーと小さいながらも威嚇の声がする。わずかに見えた顔から判断するに、どうやらトトンの巣らしい。
「あ、かけら発見。……なんだけど、取らせてもらえそうにないなぁ」
ジェイがその気になれば、魔物ではないトトンを吹き飛ばすなりしてかけらを取ることはできる。
巣にいるのは、四匹。ラディ達がいる下からでは巣の中が見えないが、親と子どもらしい。相手は魔力を持たない小動物の一家族である。かけら一つのために飛ばしてしまうのはかわいそうだ。でも、ここで睨み合っていても解決はしない。
いっそ、今まで見たトトンのように逃げてくれればいいのだが。身体の大きな魔獣と、その存在を知っているかはわからないが、人間二人は巣がある所より下にいる。襲って来る気配はない。目の前にいるのは、自分達よりちょっとばかり大きいだけの竜。
トトンが竜の存在を認識しているかはともかくとして、威嚇すれば何とかなりそうな大きさだと思っているのだろう。逃げる様子はない。
「魔法で引き寄せられればいいんだけどな。このかけらに関してはそれができないし……。んー、どうしたもんかな」
「ちょっとかわいそうだけどさ、重力強化で少し動きを止めてる間に取る? ジェイが巣に入ろうとしたら、その様子だときっと襲いかかって来るぞ」
これまでは逃げるだけだった。だが、自分の巣を守るためなら力の弱い動物だって何とかしようと必死になる。トトンにとっては今がその時だ。
噛まれたとしても、ジェイなら問題はないだろうが、わざわざ事を荒立てる必要はない。
「そうした方がいいかな。今回はちょっと落ちてる場所が悪かった」
あと一歩なのだし、傷付ける魔法ではない。ほんの数秒のことだ。
そう判断した時。
きゅーっ、と聞き覚えのある鳴き声がして、四角い毛玉のような物がラディの方へ落ちて来た。
「わっ」
顔目掛けて近付いて来たので、何かわからないままラディは両手を差し出してその物体をかろうじて止める。これが毒だったりトゲだらけだったりしたら大変なことになるところだったが、幸い落ちて来たものはふわふわしていた。
「あれ?」
「もしかして……さっきの子?」
ラディの顔面にダイブしてきたのは、さっき助けたトトンの子どもだった。断定はできないが、前脚が血で汚れているのでそうだろうと思われる。
治癒魔法は傷を治すが血の汚れまではきれいにできないし、この島に身体を洗う池の類があるとも思えない。同じ所をケガしたトトンがこの島に何匹もいるとは思えないし、さっきの……とつなげても問題はなさそうだ。
「もしかして、お前もこの近くに棲んでるのか?」
言葉は通じないだろうが、ラディはそんなことを聞いてみる。トトンの子どもは、大きな目でラディを見るばかりだ。
「お前さ、あの巣の中にある石みたいなかけら、こっちに放り出してくれないか? お前達には何の用もないだろ。頼むよ」
かけらさえ放り出してもらえれば、ジェイがそれをキャッチすればいい。
ラディの言うことがわかったのか、トトンはラディの手を抜け出すと仲間がいる巣の方へとするする上って行く。ラディ達は、それに仲間のトトン達はどうするつもりかと目で追った。
トトンはかけらがある巣の中へ入り込んで姿を消したが、かさかさと音がし始める。何かと思ってさらに見ていると、敷き詰められていたのであろう葉が巣の中からばさばさと飛び出してきた。
「わっ……おいおい、お前、何やってんだよ」
小さな顔に葉っぱをぶつけられたジェイが、慌てて葉を取り払う。どうやら後ろ脚で蹴ってかけらを放り出そうとしているようなのだが、どこにあるかちゃんと見ていないから葉っぱばかりが蹴り出されるのだ。
しかし、そのうちかけらがその後ろ脚に当たったらしく、弧を描いて巣から飛び出した。
「うわったっ……」
かけらと一緒にまた葉っぱも飛び出し、それがジェイの視界を遮ってしまう。かけらを受け取ろうとしたものの、その手に当たって跳ね返った。
それを見て、ラディとレリーナがそちらへ向かって手を伸ばそうとするが、いつものように駆け出せない。
かけらは小さい。だが、根っこが絡んで作り出している編み目は、かけらより大きいのだ。このまま落ちれば、かけらは根っこの間をすり抜けて地上へ落ちてしまう。
島の下にある雲が受け止めてくれればいいが、綿のように見えても綿ではないから受け止めることはまず無理。この高さからかけらが地上に落ちれば、さすがに粉々に砕けてしまうのでは。
ラディやレリーナの手など全く届かず、落下していくかけらを見て二人は蒼白になる。が、次の瞬間に風が吹いた。下から舞い上げるように吹く風だ。
そんなタイミングよく? と思ったが、風はファイルドが起こしたものだった。そのサイズと軽さのおかげでかけらは上へと舞い上がり、葉っぱの目隠しを何とか取ったジェイがキャッチする。
それを見て、ラディとレリーナはほっと息をついた。
「トトン、ありがとなー。確かに受け取ったから」
ジェイがトトンに軽く手を振り、ラディ達の所まで降りて来た。
「よかったぁ。どうなるかと思ったぞ、ジェイ。ファイルド、最高の仕事だよ」
「あれくらい、楽なものだ」
ファイルドはすましている。だが、あの風がなければ本当に危ないところだった。
「ありがとう」
見上げると、トトンが仲間と一緒に巣から顔を覗かせている。ラディは、そしてレリーナも手を振って礼を言う。
「まさか、あの時の行為がここで生きてくるとはな。何が転ぶか、わからないものだ」
手を振るラディ達を見て、ファイルドがつぶやく。
自然の中を弱肉強食で生きる魔獣にとっては無駄とさえ思えるラディの行動だったが、こんな展開を呼ぶとは予想していなかった。
「そうだよな。あの時、ラディがトトンを放ったままだったら、無理矢理巣に突入するくらいのことはしなきゃならないところだった。へへ、人間って面白いな。どうしてカロックにいないんだろ。残念だよなー」
言いながら、ジェイはラディの方へ行く。
「んじゃ、ラディ。復元、頼むな」
「あ、うん。……レリーナ、やってみる?」
前回も復元の魔法をやってみるかと尋ね、レリーナは練習しておくから次に、と言っていたのだ。
「う、うん。でも、その……」
「どうかした?」
「一応、練習はしたんだけどね。もうちょっと落ち着ける場所でやりたいなって」
レリーナがちゅうちょする素振りを見せたのでやりたくないのかと思ったが、そういう理由ではなかった。
もし復元魔法を行っている最中に、さっきのようにかけらが落ちたりしたら、とレリーナは不安なのだ。すぐにかけらが地図の一部として復元されるかどうかわからないから、もたもたしているうちに……という訳である。
「そうか。……なぁ、ジェイ。今回はムーツの丘から帰っていいかな」
「ん? いいけど」
いつもなら、かけらを見付けたらさっさと復元して、元の世界へ帰る。帰りはどこからでも帰れるのだから、わざわざムーツの丘へ戻る必要はない。
ジェイに許可をもらうと、ラディはファイルドの方に向き直る。
「ファイルド、ちょっと遠いけど、出発地点まで戻ってくれないか?」
自力ではムーツの丘まで帰れない。当然、魔獣の力が必要になる。
そして、ラディ達に協力してくれる魔獣がすぐそばにいるのだ。
「構わないが……確か帰りは場所にこだわらないのではなかったか?」
彼にすればずいぶん昔のことだろうに、ちゃんとそのことを覚えていた。
「そうなんだけどさ。俺、もう少しファイルドと話がしたいんだ」
「そっか。なるほどねー」
ジェイもなぜラディがそんなことを言い出したのかわからなかったが、その言葉で合点がいったようだ。
「あたし、ムーツの丘でなら、復元魔法ができると思うわ」
ラディの真意がわかり、レリーナも賛成するように笑う。
「わかった。では戻るとするか」
ファイルドがわずかに笑みを浮かべる。
ラディとレリーナはもう一度トトンに手を振り、彼らはティサの浮島を後にしたのだった。





