無事に
ジェイ組とセルレア組のかけらのある位置がそれぞれ少し離れた場所にあるとわかり、そこからまた二手に分かれる。だが、お互いの姿が見える程度の距離だ。薄暗い中でも人間の目にわかるくらいだから、端から見れば少しバラけた程度。
ラディ達はともかく、シェイレーンもこれなら少し安心できるだろう。何かあれば……と言っても、魔物が現れる以外にないが、とにかくすぐに助けに入れる。
「エムライドはリンティが好きなの?」
「ああ。あんな美馬、好きになるなと言う方が酷だ」
あまりにはっきり言われ、尋ねたレリーナの方が赤くなる。魔獣はこんなにはっきり好きなものは好きと言えるのかと、うらやましくもあった。
「興味本位でレリーナの声に応えたけど、大きな収穫だな。来てよかった」
目的は違うが、喜んでもらえるなら呼んだ方も嬉しい。シュマとミューネのようにうまくいってくれればなおさらだ。
「リンティの気持ちはどうなの?」
「さぁ、どうだろうな。その気がなくても構わないさ。出逢えただけでいいんだ。ああ、もちろん、その気があってくれれば大歓迎だけどな」
相手が自分のことを嫌いだったら、なんてことは考えないのだ。自然にまかせられる強さが自分達にも欲しい。
「お、近いぞ」
ジェイがとある木の根元へふわふわ近付く。ふっと息を吹きかけると、砂が舞い上がった。
「みっけ。あったぞ」
いつものように、小さな石のかけらのようなものをジェイが拾う。
「それなのか? 小さいとは聞いたけど、想像以上にちっさいな」
試練で何をするかについては、バオムの森へ来るまでに話している。だが、エムライドも捜し物がこんなに小さいとは思ってなかったようだ。
小さな身体のジェイが持っていると多少大きく見えたりもするが、それでも小さいことに変わりない。魔獣達や飛び入り魔法使い達が驚くのはいつものことである。
「ラディ、頼む」
ジェイがラディにかけらを渡し、ラディは制服の袖に同化させていた地図を浮かび上がらせた。
「レリーナ、やってみる?」
不意に思いついたラディはレリーナに勧めてみた。
「え? 復元魔法は何も練習してないから無理よ」
「でも、シェイレーンはレリーナと同じレベルだけど、やってるはずだろ。召喚もやったんだから、復元もやった方が協力者らしくなるよ」
「そ、それはそうだけど……。じゃあ、次の時にやる。それまでちゃんと練習しておくわ。それじゃ……ダメ?」
呪文を教えてもらったとしても、それを一回で成功させられる自信はない。もし中途半端にしか成功せず、かけらがちゃんと紙のようにぺらぺらな状態に戻らなかったら……ジェイの試練はどうなるのだろう。かけらが見付かっているのだから試練は終われるかも知れないが、地図が未完成で終了、なんて絶対にいやだ。
「ん、じゃあ次回に。今日は俺がやっておくよ」
ラディが呪文を唱えると、厚みのあるかけらはどんどん薄くなり、紙のようになる。元の地図に近付くと、すぐに同化した。当然ながら、前回よりもまともな地図の面積が増える。まだ線は少ないが、地図らしさが戻っている……気がした。
「穴があいてる部分がかなり減って来たな」
「うん。あと少しね」
いくつのかけらが残っているかは知らない。ジェイも知らないだろうし、知っていたとしてもきっと教えてくれないだろう。だが、終わりは確実に近付いている。
「シェイレーンの方はどうなったかな」
どうにかその姿が確認できるくらいの距離なので、何をやっているかまではさすがにラディ達には見えない。だが、一つの場所にとどまっているようだ。あちらでもかけらが見付かったのだろう。
「行ってみよう」
こちらのやるべきことは終わったのだ。かけら捜しの手伝いはシェイレーンの仕事だが、魔物が現れた時の手助けくらいはできる。
ラディ達がそちらへ行くと、ちょうどシェイレーンが地図を復元させたところだった。
「今回の分は無事終了ってところだな」
「ええ、おかげさまで。ジェイの方も終わったの?」
「おう、こっちはばっちりだ」
ジェイが嬉しそうに笑う。
「よかった。間に合ったなぁ」
ジェイの言葉に何が間に合ったのかとラディ達が思っていると、周囲にあった木々の姿が次第に薄れてゆく。薄暗かった場所がゆっくりと明るくなっていた。魔物の仕業かと思ったが、それらしい気配も姿もない。
「ジェイ、どうなってるの?」
「ちょうど『満月の夜』が終わったんだ。つまり朝が来たってこと」
木々はどんどん薄くなり、気が付けばラディ達は砂漠に立っていた。
「え……これがバオムの砂漠ってことか」
人間界と同じであれば東であろう方角から、ゆっくりと太陽が昇りつつあった。朝日に照らされ、砂漠の砂がきらきらと光っている。満月の夜にしか現れない森は、朝になったことで消えたのだ。次に現れるのは、次の満月の夜。
「本当に満月の夜にしか現れない森なのね。すっごく不思議」
森がなくなれば、木々に入って悪さをする魔物もいなくなる。もっとも、砂漠には別の魔物が存在するのだが。
「ラディ、レリーナ、ありがと。次も頼むよ」
ジェイが言ってる間に、いつものように帰る扉が現れる。二人なので、二枚だ。一方、シェイレーンの方でもセルレアが扉を出していた。
「エムライド、今日はありがとう。本当に助かったわ」
レリーナがエムライドの赤いたてがみをなでながら、礼を言った。
「あれくらい、大したことないさ」
「なぁ、エムライド。この後、リンティとはどうするんだ?」
ラディがこそっと尋ねる。
「もう少し話ができないか、声をかけてみるさ。作業が終わったからさよなら、なんてのじゃ、つまらないからな」
単なるナンパかと思っていたが、結構本気モードらしい。
「うまくいくといいな」
「ああ、俺もそう思う」
シェイレーンの方でも、セルレアから次回もよろしくと頼まれ、リンティに今日の礼を言っていた。
「お隣の国だし、どこかで会うかも知れないわね。その時はよろしく、シェイレーン」
「こちらこそ。あの……今日はありがとう。あなた達のおかげで、カロックのこと、少し考え直せそうだわ」
「うん。ジェイも言ってたけど、気負う必要はないよ。またいつか」
ラディが手を差し出し、シェイレーンもその手を取って二人は固い握手を交わす。その後でシェイレーンはレリーナとも握手をし、それぞれ自分が帰る扉を開けた。
「リンティ、急ぐ必要がないならもう少し話さないか?」
見習い魔法使い達が扉の向こうへ消えたのを見届けると、エムライドはリンティのそばへ行った。
「いやよ」
リンティはその誘いをぱんっと跳ね返す。
「ずっとこんな砂漠にいたくはないわ。場所を変えると言うのなら別だけど」
リンティの言葉に、エムライドの表情が明るくなる。
「もちろん。最近、噴火を起こしていい火が出る山を知ってるんだ」
協力者の作業から解放された魔獣達は、もう竜達のことは目に入ってない様子だ。
「ジェイはもう間もなく、というところかしら」
「うん。協力者が二人だから、聞いてたより長くなったな。けどさ、まだしばらく終わってほしくない気分なんだよなぁ」
「楽しんでいるのね」
「うん」
そう答えて笑うジェイの身体は、さっきまでよりさらに白さを増した。
☆☆☆
ラディは自分の部屋へ戻ってくると、ポケットから連絡用にと買った水晶を取り出して呪文を唱える。すぐにレリーナの声が聞こえた。
「枝に巻き付かれた時にケガをしてないかなって。カロックでは木を倒すための雷のことしか頭になかったけど、それよりそっちの方を気にするべきだって気が付いてさ」
魔物がどれだけの力でレリーナの身体を締め付けていたのか。その強さは見ただけではわからない。
助け方が一歩間違えば危険極まりない方法だったので、ラディはそちらの方ばかりに意識が向いていた。しかし、レリーナにとっての危険は雷だけではなかったのだ、と遅ればせながら気付いたのだ。
「大丈夫よ。どこも痛くないから。宙に放り出された時は怖かったけど」
以前にも、魔物のツルに巻き付かれ、放り出されたことがある。だが、その時は低い位置だったからケガもなかった。むしろ、ラディの方が高い位置で放り投げられ、さらに木に叩き付けられて大変だったのだ。
放り出された時にそのことを思い出し、血の気が引いた。怖かったが、レリーナの場合はラディの時より飛ばされる力もやや弱く、どこかに当たる前にエムライドに助けられた。その後、ラディの優しさに包まれたから、もう何でもない。
「今回はいつもと違うパターンで、興味深かったわね。シェイレーン、すごく美人だったし」
「美人? そう……か。そうだよな」
「なぁに? ラディってば、何も思わなかったの?」
あんなに仲よく……と言おうか、熱心に話していたくせに。もちろん、話の中身がカロックでの体験談や注意点だということは知っているが。
「ダイルの時は、こっちが初心者だっただろ。今回はシェイレーンの方が初心者で、しかも女の子一人だから教えてあげられることは話しておかないとって。そのことばっかり考えてた。……あれ、もしかして俺、失礼なことをしたのかな」
急にあせりだしたラディの口調に、レリーナはくすっと笑う。本当にシェイレーンに対して嫉妬する必要なんかなかったのだ、と改めて思った。
ラディは見習い魔法使いの一人としてしか、彼女を見ていなかったのだ。そこに性別など、一切関係なかった。
「次以降、カロックへ行った時に助かったって感謝してもらえるわ」
「そうだといいけど」
途中で魔物が出たりして、話が途切れ途切れになったりしていた。ちゃんと肝心な部分はシェイレーンに伝わっていただろうか。次回以降、彼女がアドバイスを役立ててくれれば、ほんの少しではあるがカロックでの行動がやりやすくなるはず。
「あたし達の地図、本当に戻りつつあるわね。あと何回、カロックへ行けるかしら」
呼ばれるではなく、行ける。怖いことも多いが、楽しみにしている部分は大いにあるのだ。それもあと数回だけ。
「この大きさだと、五回あるかないかってところかな。終わってから悔いがないようにしておかないと。レリーナ、復元魔法の練習、しておいてくれよ」
「わかった。レベルはそんなに高くないし、少し練習すればできる……わよね?」
「ああ。俺だって中2でできてたんだから、今のレリーナにできないはずないよ」
そう、もし強く言われていれば、何とか復元させることはできたはず。ラディがいるから今回は、とつい甘えてしまったのだ。
これじゃ、ダメね。ちゃんとできるようにならなきゃ。
休み明けに練習する内容は、これで決まったようなものだ。
「えっと……あのさ、明日体調がよかったら、会わない?」
その言葉に、レリーナの心臓が少し跳ねた。特別なことを言われた訳でもないのに。
「今日会ってるし、ロネールででもその気になれば会えるんだけど……せっかくの休みだしさ」
早い話が、デートの誘いだ。
「うん、会いたい」
答えながら、レリーナは水晶をしっかり握りしめた。





