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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十五話 想い

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驚愕

「俺があまり気にしてなかったから評判は聞いてないけど、レリーナの方もいい感じで腕が上がったなんて言われてるんじゃないかな」

 ブラッシュの言葉に、ラディは頷く。

「初めてカロックへ行った時のことを思えば、レリーナの攻撃力は間違いなく上がってるよ。結界もずいぶんしっかりしたものになってるしさ。俺がそう思うくらいだから、先生達なら絶対わかってるよ」

 異世界カロックの大竜ジェイに呼ばれ、幼なじみのレリーナとともにジェイが受けている「大竜の試練」の協力者となっているラディ。

 石版の破片のようなかけらを捜し出すのが目的だが、それまでに色々と魔物が現れる。それを退けるために魔法を使うのだが、行く回数が重なればそれだけ腕も上がるというもの。

 それは一緒に行動するレリーナも同じだ。

 今回、先輩魔法使いでラディの友人でもあるブラッシュが、飛び入りとしてカロックへ同行した。

 以前からラディが何かよからぬことをしでかしているのではないかと疑っていたブラッシュだが、ラディがカロックのことを話し、一緒に行くことで抱いていた疑問も氷解する。

 自分達の世界ではほとんど見ることのない竜。試練中ということで身体こそ小さかったが、その竜を目の当たりにし、どこか不思議な雰囲気を持つ世界を動き回った。異世界に行くなんて、そうそうできることじゃない。

 こうして自分の世界へ戻って来ても、高揚感に包まれている。夢を見ていたような気もするが、夢ならこんなに身体が熱いままのはずがない。

 ラディにしても、ブラッシュに話せば頭がおかしくなったんじゃないかと言われそうな気がして、これまでなかなか話し出せずにいた。もしくは、真剣に話を聞くつもりでいるのにバカにするなと怒られるのではと。その結果、ブラッシュとの友情に亀裂が入るなんてことは絶対に避けたかった。

 だから、こうしてブラッシュを実際にカロックへ連れて行くことができ、その世界を見せられたことはラディにとって大きい。

 以前は遠回しに「こういう場合はどうすれば」といった質問をしたりしていたが(そのせいで疑われるようになったのだが)これからは堂々と話ができるので気が楽になった。

 今もカロックから戻って来て、これまでのことを二人して話している。余計なことを言わないよう、注意しながら話さなくていいから言葉もなめらかになるというもの。

「以前、対象を守りながら移動するどうこうって質問をしてたけど、守る対象ってやっぱりレリーナだろ?」

 ラディがカロックへ行き始めた頃、ブラッシュにした質問だ。

「うん、まあ。あの頃は一つ下のクラスだったし、俺もだけどレリーナはもっと魔力が不安定だったからさ。同じ協力者って立場でも、レリーナは俺が守らないとって」

 カロックにいる時から見当はついていたが、確認してブラッシュは改めて納得した。

「なるほどな。大切な彼女は自分が守るってのは、男として当然か」

「え……ブラッシュ、ちょっと待ってくれよ。俺、レリーナが恋人だなんて一言も言ってないだろ」

 驚いて否定するラディに、ブラッシュの方も驚く。

「違うのか? てっきりそうだと思ってた。お前ら、たぶん自覚がないんだろうけど、単なる幼なじみって雰囲気じゃなかったぞ」

「ど、どんな雰囲気だよ」

「んー、どんなって言われるとうまく説明できないな。強いて言うなら、普通よりずっと親しげだったと言うか……」

「べ、別にそういうのじゃないって。子どもの時から知ってるってだけで……今はカロックにいる間ずっと一緒だけど」

 大切には違いない。レリーナがどこかへ飛ばされてしまった時は本当に寿命が縮む思いがしたし、無事とわかって彼女が目の前に戻って来た時は思わず抱き締めてしまったりもしたが……。

 以前、グリフォンのカイザックにも言われた。カロックの話をしていて、レリーナの名前がよく出る、と。ラディの中で大きな存在のようだな、と言われたが、傍目ではそんなに特別感があるように見えてしまうのだろうか。

「そういうブラッシュはどうなんだよ」

 ラディは無理矢理矛先をブラッシュに向けた。

「俺のクラスメイトで、ブラッシュのファンがいてさ。他の子に言われたんだけど、俺がブラッシュと友達だからって理由でその子が俺に近付いてるらしいんだ。俺を介してブラッシュと知り合いになろうとしてる、とか何とか。ブラッシュにその気があるなら、紹介しても構わないけど」

 最後の部分は半分冗談のつもりだったが、ブラッシュの顔が少し曇る。

「そういった子がいるっていうのは、他でもちょくちょく聞くよ。ラディの周りにもいるのか。お前や知り合い達には迷惑をかけて申し訳ないとは思ってる」

「迷惑って程の迷惑でもないけど……」

 ミュアだけじゃないのか、とラディは少し驚いた。

 ラディにうまく取り入ってブラッシュに紹介してもらおうとしている、とクラスメイトのカーミルに言われ、そうなのかと他人事みたいに思っていた。現実には、ミュアのような人が男女問わず他にもたくさんいるらしい。

 恋人になりたいのか、友人の一人でいいからとにかく何かの関係者になりたいのかはさておき、ロネールで有能な魔法使いと自分が懇意であることを自慢したいのだろう。

 ラディはひたすら尊敬の念からブラッシュに話しかけ、その真っ直ぐさを気に入られてブラッシュも気を許してくれたのだ。彼にはラディが自分の持ち物のようにブラッシュのことを自慢しないとわかったのだろう。

「出会いの形はどうでも、もしかしたら本当に恋人になるかも知れないだろ。俺が知ってるその子の性格は……あんまりうまく説明できないけど」

 カーミルの言い方を思い出せば、ミュアはあまりお勧めできないような気もするが……人の好みはそれぞれである。

「はは、そういうこともあるだろうけど、遠慮しとくよ」

「やっぱり? 最初からアタックする気満々だってわかってる相手とは、あんまり会いたい気にならないよな」

「それもあるけど、大事な子はもういるから」

「え? そうなのか?」

 あっさり言われ、ラディは目を丸くする。まさかそんな話がブラッシュの口から出るなんて思ってもみなかった。

「まぁ、当然か。ブラッシュみたいな男を女子が放っておくはずないもんな。ロネールの人?」

「いや、魔法とは関係ない所にいる子だ。今のところ、いい感じって程度なんだけどな」

「ブラッシュに言い寄られてなびかない人がいるんだ……」

 ラディの周囲にいる女子の口からブラッシュの名前が出たら、必ずと言っていい程「格好いい」という言葉が一緒に出る。そうでなくても、近い意味の言葉。もはやそれらはセットになっていると言ってもいいくらいだ。

 そんな男性から好意を告げられても喜ばない女性がいるなんて、ありえるのだろうか。

「ラディ、俺のことをどう思ってるんだ。俺にだって敵はいるし、俺みたいな男は好みじゃないって女性はいくらでもいるぞ。魔法が使えるってだけの、単なる人間なんだから」

「言われればそうなんだろうけど……女子が騒ぐから、みんなブラッシュに夢中なのかと」

 男子の見習い魔法使いは、凄腕の先輩魔法使いとしてブラッシュに憧れる者が多い。ラディもその一人だ。中には、いつかブラッシュを追い越してやる、と勝手にライバル視する者もいる。

 一方、女子は魔法使いとして尊敬もしているだろうが、男性として憧れる者が多い……とラディは思っている。実際、そういう声をロネールに入った頃からずっと聞いているのだ。

 ラディがロネールに入った時のブラッシュはまだ見習いだったが、それでも腕の確かさでは群を抜いていたし、容姿でも今と同じく女子を騒がせていた。

 そんな周囲の賑わいを見て来たから、その気になれば選び放題だな、なんてことを考えたりもしていたのだ。

「ふうん? だけど、レリーナは俺に夢中って顔はしてなかったぞ」

「えっ……な、何でレリーナに話が戻るんだよ」

「お前が戻るように仕向けたようなものだろ」

「そういうつもりは……」

 一瞬、ラディはレリーナとブラッシュが腕を組んでいる光景を想像する。

 ……単なる想像のはずなのに、ひどく嫌な気分になった。

 ラディは口ごもり、それを見てブラッシュはくすりと笑う。

「とにかく、わずらわしい思いをさせてるのは悪いと思ってるよ。だから、言い方は悪いけど、下心がありそうな子がラディに話をつないでくれって言って来たら、今の話をしても構わないから」

「今の話って、いい感じの人がいるって?」

 ラディの言葉に、ブラッシュが頷く。

「俺に何か訴えたいことがあるなら、直接言えって言ってもいいぞ。あ、おかしな言い方をして、ラディが作らなくていい敵を作ることはないからな。とにかく、俺に特定の相手がいるってわかれば、さっき話してたクラスメイトもラディにあれこれ言って来なくなるだろ?」

「それはそうだろうけど……そんな話をしたら、ロネール中がそのことで持ちきりになるよ」

 その光景が目に浮かぶようで、ラディは苦笑を浮かべるのだった。

☆☆☆

 日曜の夜に雨が降り、月曜は朝から太陽が強い光で地面を照らしていた。そのせいか、やけに湿度が高くて汗ばむ。

 朝からこうも蒸し暑いとテンション下がるなー、などと思いながら、ラディは教室へ入った。

「おはよう、ラディ」

 そんなラディのテンションなどお構いなしに、ミュアが声をかけてきた。

「あ、おはよう」

 暑いせいか、長い金髪をまとめてシニョンにしている。

「ねぇ、金曜の放課後、誰かと話してたでしょ。あれって、ブラッシュじゃなかった?」

「金曜?」

 いきなり三日前の話をされ、ラディはきょとんとなる。

 だが、すぐに思い出した。金曜はブラッシュにカロックの話をした日だ。

 ミュアは友人としゃべり込んで帰りが遅くなったのだが、その時にラディがブラッシュと話しながら歩いているのを見付けたのである。土曜にそのことを聞こうと思っていたのだが、うまく接触できないまま今日になった。朝一でラディに声をかけてきたのは、その話をするためだ。

「うん。ちょうど仕事が終わった時だったみたいでさ」

「やっぱり。遠くから見ても格好いい人って思ったから、そうじゃないかって思ってたのよね」

 そんなに明るくなかったはずなのによく見付けたなぁ、とラディはただ感心する。

 普通ならクラスメイトが誰かとしゃべってる、くらいで済むのだろうが、ブラッシュはやはり良くも悪くも目立つようだ。

「いいわね、ラディは。あんなステキな人とお友達なんだもの」

 こういう場合、どう返せばいいのだろう。いいだろー、と自慢するのはラディの功績ではないので違うような気がするし、そんなことはないと言えばそれはそれでブラッシュを否定することになる。

 たぶん、ミュアの言う「ステキな人」は女子目線だろうから、男子のラディがそれに同意するのもちょっとおかしい。

「私もあんなステキな人とお友達になりたーい。ねぇ、ラディ」

 ミュアの声が少し甘えたように聞こえるのは、ラディの気のせいではないはず。

「ブラッシュに紹介してくれない? 私、彼とお友達になりたいわ」

 とうとう切り出してきたなー、とラディはやけに冷静な気持ちでミュアの言葉を聞いていた。

 ブラッシュに近付くため、彼と知り合いの人間にミュアが近付いている、というのはカーミルが話していたし、ブラッシュに興味があるんだなということはミュアと話をしていてラディもわかっていたつもりだ。

 そして、ついにミュアは自分の目的をラディに伝えてきたのである。

「この前会ったのは、たまたまだよ。次にいつ会えるかもわからないし」

 ミュアは目をうるませてラディを見詰める。だが、その目が見ているのは自分の後ろにいるブラッシュだとわかっているので、ラディは何も感じない。

「ブラッシュは仕事で忙しいし、俺から呼び出すってことはほぼ不可能かな。仕事をしてる人に緊急でもない用事で呼び出すなんて、申し訳ないしさ。友達になっても、そういう状態は同じだけど……それでもいい?」

「え……」

 ラディは事実を告げただけだが、ミュアは思いがけない答えを聞いて言葉に詰まっている。

 彼女の中で想定されるラディからの返事は「わかった」という肯定的なものか「ブラッシュに聞いてみないと……」といった渋るものだった。

 いいよと言ってもらえれば会える日を待てばいいし、あまり色よい返事でなければあの手この手でラディを説得するつもりだったのだ。とにかく、ミュアの中ではあくまでもラディの返事は二択。

 それが、友達になっても会えない、と予想外のことを言われ、思考が一時停止してしまった。

「以前、どうしても伝えたい話があって、職務部の受付に伝言を頼んだんだけどさ。その返事もなかなか来ないし、かと言って何度も伝言はできないし。俺の姉貴がブラッシュと元クラスメイトなんだけど、たまたま姉貴と会ったブラッシュが俺宛に伝言してきたのが、まだ当分無理、みたいな内容でさ。正直言って、この状態でブラッシュと友達って言ってもいいのかな、なんて思うこともあるんだ」

 ブラッシュとなかなか話ができなかったのは事実だ。カロックのことを話そうと決めたまではよかったが、それから彼と会うことができなかった。テルラの伝言も本当のこと。

「えっと、休みは? いくらブラッシュの仕事が忙しくても、休みくらいはあるでしょ」

 何とか気を取り直し、ミュアは食い下がってみた。

「あるとは思うけど、間違いなく不定期だろ。それに、プライベートなことは知らないな。そう詳しく聞いたこともないし」

 そこまで話して、ラディは一瞬迷ったが言ってしまうことにした。ずるずると話を長引かせても、誰の得にもならない。

「あ、貴重な休みなんだからデートに使ってるかも」

「ええっ?」

 ラディが予想していた以上にミュアが反応する。そればかりか、近くで耳をそばだてていたらしい他の女子までもが似たような声を上げた。

「ちょっと! ブラッシュに恋人がいるなんて、聞いたことがないわ」

「俺もこの前聞いたばっかり」

 ミュアは金曜に聞いたと思っているだろうが、実際には土曜。そんな細かい部分はともかく、ラディもつい最近知ったのは事実だ。この話をしてもいい、と言われたのも。

「だ、誰? ブラッシュの恋人って誰なの?」

「さぁ、そこまでは知らないけど……魔法とは関係ない所にいる人だって」

「そんな……」

 呆然となるミュア。もうラディの姿は目に入ってないようだ。たとえ時間がかかってもいいからラディに紹介してもらおう、と頼み込む前に恋人の存在を知らされ、完全に目の前が真っ暗な状態なのだ。

「うそーっ。そんなの、信じたくない」

 近くの女子が騒ぐ。その声で現実に戻ったらしいミュアも、同じように騒ぎ出した。

「そんなの、信じないわ。絶対、うそよ」

「俺は嘘かどうかは知らないよ。ブラッシュに聞いたことをそのまま言ってるだけだから。友達になりたいのなら、恋人の存在は関係ないんじゃ」

「おおありよっ」

 ラディの言葉をミュアが遮る。

「恋人のいる人に友達になってほしいなんて言ったら、相手の人に浮気相手だと思われるじゃない。そう思われるのも、本当にそうなるのも嫌よ。本命じゃないなんて、冗談じゃないわっ」

 ミュアの剣幕に、ラディはぽかんとなるばかりだ。カーミルも言っていたし、そうだろうとは思っていたが、こんなにもあっさりと自分の真意を口にするとは想像しなかった。

 勢いで言ってしまったのか、元々隠すつもりもなかったのか。これまでブラッシュに恋人がいるといった噂が一切なかったので、自分が近付けば絶対「本命」になれると考えていたのかも知れない。

「おい、何をもめてるか知らんが、鐘は鳴ったぞ」

 気が付けば、すぐそこに担任のフェラドが立っている。ラディは、それにミュアや他の女子達も全く気付いていなかった。慌てて自分の席へ走って行く。

 席に着いたラディは、背中をつんと突かれて振り返った。後ろの席のマイズがこそっと話しかけてくる。

「お前、あんな話をしてよかったのか?」

 ブラッシュのプライベートの一部をさらしたのだ。それが真実であれ、虚偽であれ、噂が一気に広がるであろうことは誰でも想像できる。

「いいんだ。本人から許可はもらってる」

 ラディだって、ブラッシュからいいと言われた時はとんでもないことになると思っていた。同時に、いつかは言う時が来るんだろうな、ということも。ただ、こんなに早くその日が来るということまでは想像していない。

 正直、ミュアや他の女子達の反応に戸惑っている部分はある。だが、もう口にしてしまったのだ。後戻りはできない。

 それに、あれだけはっきり「話しても構わない」と言ったブラッシュが困るとは思えなかった。

 ブラッシュに直接話を聞きに行く、勇気ある女子がいるとは思えないから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! ははは、いやーミュアの反応がある意味潔くて面白いですね。 自分が特別になろうとしてる以上、もう誰かの特別になってることに思い付いてもよさそうですけど、やっぱり…
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