ラディは俺
突然足をすくわれ、転倒したブラッシュは急いで立ち上がろうとしてその動きを止めた。
「俺……何をしようと……」
「お、戻ったな」
「ジェイ? あれ? 何がどうなってるんだ?」
レベルの低そうな魔物に囲まれ、それを排除しようとして……気が付いたら転んでいた。何かにつまづいた訳でもないのに。魔物の攻撃を受けたとは思えない。だが、魔法の力が働いていたような。
「さっき、花粉が舞い上がっただろ。それは覚えてる? あれで一時的に記憶喪失になったんだ」
「はぁ? 記憶喪失って……」
どんな状況でも軽い口調のジェイだが、内容は聞き捨てならない。
「喪失と言うより、混乱かな。ラディやレリーナを敵だと感じただろ」
言われてみれば、目の前に現れたように見えた二人を排除しなければならない対象だ、と思ってしまった気がする。そうしなければ、自分が危険な目に遭ってしまうように思えてしまって。
「あの花粉はそういう効果をもたらすんだ。前もってこうなるぞって話しても、それを覚えてない。だから、話しても無駄だって言ったんだ。どんなに警戒したって、吸ったら忘れるからな。攻撃魔法じゃないから、結界はあんまり役に立たないしさ」
ちなみに、ジェイやセルディスのように魔力が高いければ、その効果に惑わされることはない。惑わされた者も、わずかな刺激を与えることですぐ正気に戻る。一度正気に戻れば耐性ができるので、花粉がまた舞い上がるのを恐れる必要はない。
ブラッシュはジェイが出した風によって転倒し、その衝撃で正気に戻った。三人の中ではブラッシュが一番魔力が高いために早く戻しやすいというのと、彼がラディ達に攻撃をしかけると被害が大きくなる恐れがあったので先に戻したのだ。
「そうだったのか。あ、ラディとレリーナは」
「とりあえず、幻を出してそれに攻撃させてる。ブラッシュ、ラディ達はまかせた。新手が出て来たから、オレ達はそっちを片付けるからさ。転ばせるとか、ちょっと殴るとかで元に戻るよ。あんまり下手な転ばせ方するとケガするから、気を付けろ」
「わかった」
それなら、殴った方が早いような気もするが、好きで混乱している訳ではないからそれをするのは少しかわいそうだ。それに、女の子のレリーナを殴る訳にはいかない。
とにかく、まずはラディから正気に戻すか。
ラディは誰の幻を相手にしているのか、ある方向を見据えて懸命に攻撃魔法を仕向けている。本物のブラッシュに気付く気配はない。
それを利用して、ブラッシュはラディの後ろに回った。新たに呪文を唱えようとするところを、彼の首に腕を回して締め上げる。
「ほら、さっさと目を覚ませ、ラディ」
尻餅をつく程度で正気に戻るなら、この刺激で十分だろう。
「わっ……ちょっ……ブラッシュ、何するんだよ」
自分の首を締め上げるブラッシュの腕を、ラディが必死に叩く。後ろから締め上げられても、声でブラッシュの仕業だとわかったようだ。
「よし、正気に戻ったな」
ラディが元に戻ったことを確認して、ブラッシュは力を抜いた。
「何なんだよ、いきなり」
「話は後だ。レリーナの正気を戻せ。軽い刺激を与えるだけで戻るらしいから。俺は新手の排除に回る」
新たに現れた魔物の排除はジェイとセルディスがやっているが、数が多い。さっきから次々に現れているようだ。しかも面倒なことに、レベルが低いせいで倒れても消えてくれない。つまり死体がごろごろと転がることになる。そうなると足場が悪くなるし、体勢が崩れたときに襲われる危険性も出て来るのだ。さっさと全滅させないと、相手のレベルが低かろうとこちらにも被害が出かねない。
「わ、わかった」
本当はあまりわかってなかったラディだが、とにかくレリーナを助けるべく彼女を捜す。レリーナは自分の力では二人の男を倒せないとわかったのか、その場から逃げ出していたのだ。
「レリーナ!」
走るレリーナの後ろ姿を見付けた。彼女も必死だから、思ったより遠くまで逃げている。
このまま走って、おかしな場所に迷い込んだら大変だ。
とにかく掴まえないと、と思ったラディだったが、不意に以前ターシャに言われた言葉を思い出した。
落ち着きなさい。
二人の走る速度なら、ラディの方が上。本気で走ればそう時間をかけずに掴まえられる。
だが、ラディが彼女を掴まえようとする瞬間と、レリーナが彼を敵とみなして攻撃しようとするのが同時になったら。結界は有効だが、間近で攻撃を受けることによって何かしらの不具合が生じるかも知れない。
多少のケガくらいは構わないが、ラディがひるんでいる間にレリーナがまた走り去ってしまっては困る。異世界の、何が起きるかわからない森で彼女を見失う訳にはいかない。
掴まえるより先に、レリーナの動きを止めるようにした方がよさそうだ。
そう思ったラディは、レリーナに軽く重力強化の魔法をかけた。魔物相手なら地面に張り付けるまでに強化するが、今は足が重くてうまく走れない程度だ。なかなか前に進めないという夢を見たりするが、混乱しているレリーナはきっとそんな状態だろう。
「レリーナ!」
「来ないで!」
ラディが近付いて来たのを見て、レリーナが叫ぶ。彼女にとって今のラディは自分を殺そうとしている知らない男でしかないのだ。
「レリーナ、今は混乱してるだけだ。何も怖くないから」
しかし、言葉だけではレリーナの正気は戻らない。重力強化も刺激と言える程の力はなかったようだ。
「いやっ。助けて、ラディ!」
目の前にいるのに、レリーナはラディに助けを求める。
こんな場合だが、ラディは嬉しかった。レリーナはピンチの時、ラディを頼りにしてくれているのだ。それがたまたま出た名前であっても、全く頼りにならない存在であればこんな場で叫んだりしないはず。
「レリーナ」
彼女の名前を呼びながら、ラディはさらに近付く。
「ラディって誰」
「え……」
混乱してはいるものの、ラディの質問はちゃんと耳に入ったらしい。自分が無意識のうちに叫んだ名前が誰のものだったか、レリーナはラディから目をそらして考える。
その間に、ラディはレリーナのそばまで行くと彼女を抱き締めた。レリーナが息を飲む音が聞こえ、その身体がこわばる。
「ラディは俺だよ、レリーナ」
ラディがそっと言うと、レリーナの身体から力が抜けていくのがわかった。
「……ラディ?」
恐る恐るといった表情で、レリーナがラディの顔を見上げた。
「今、ラディが知らない人に思えて……すごく怖かった」
どうやら正気に戻ったようだ。さっきまでの彼女にとって「知らない男」に抱き締められたショックが刺激になったのだろう。
「うん。俺もブラッシュを倒さないと自分がやられるって思った。たぶん、レリーナはそれより怖い気持ちだったんじゃないかな」
恐怖の度合いは、もちろん本人にしかわからない。だが、一番魔力の弱いレリーナは、自分が一番崖っぷちにいる気持ちになっていたはず。
「もう大丈夫だから」
「うん……」
怖かったからか、レリーナの目に涙が光っていたが、それを袖でぬぐうとレリーナは笑ってみせた。
☆☆☆
「混乱させる作用がある花は俺達の世界にもあるけど、身をもってその力を知ることになるとはな」
全員が正気に戻り、魔物の襲来もひとまず落ち着いたので、花のあるエリアをさっさと通り過ぎる。
「魔物が使う力だけじゃないのか。そういう力のある植物って初めて聞いたけど」
魔物が相手に幻影を見せ、混乱している間に攻撃する、というのは授業で聞いた。でも、さっきみたいな植物の存在をラディは知らない。
「上1のクラスでさらっと習うんだ。そろそろその授業があるだろうな。魔物退治に出る奴ばかりじゃないから、そういうのは先輩から教えてもらいながら実戦で学んでいく。その点では、ラディはこういう特殊な実戦を経験できるから、将来的には有利だな」
それはラディも感じているところだ。他の見習いに比べれば、圧倒的に経験値が高い。カロックと自分達の世界では魔物や環境の事情が少し違ったりするが、多少のことでは動じなくなるだろう。
「あそこにある花は、魔物や獣を同士討ちさせて倒すのが目的なんだ。その死体を養分にして繁殖する」
「じゃ、あたし達だけで迷い込んでいたら、同じように植物の肥やしにされてたのね」
ぞっとして、レリーナは自分の肩を抱く。
「あの花は、普段閉じていて花粉が飛ばないようにしてる。でも、わずかな刺激があればすぐに開くんだ。オレ達が歩くくらいなら平気だと思ったんだけど、魔物がわざわざあんな所に来るから」
「それで、面倒の種が、みたいな言い方をしてたのか。確かに魔物が現れてから、すぐに花が開いてたもんなぁ」
魔力の高い魔獣に効果がないのは、彼らは他者の攻撃を受けて死ぬと煙になることが多いからだ。
寿命をまっとうすれば身体は残る、つまり骨になるまでに肉が栄養になる訳だが、花はそんな魔獣の寿命を待ってはいられない。戦うなどして死んでも骨を残す魔獣はいるが、少数派だ。そんな効率の悪いことでは困る。
だから、魔力の低い魔物に効果が出る程度の効き目しかないのだ。人間に効いたのは魔力が高くないことと、煙になることなく身体が残るためである。
「強すぎる力を持っても人間の身体が保たないって知識としてはあるけど、改めて魔力の低さを突きつけられると悔しいな」
ブラッシュだって、自分達が大した力を持たない種族だということくらい承知している。だが、ほとんど普通の獣に近い魔物と同じレベルのように扱われると、人間のプライドが刺激されるというもの。
「だけど、そんな魔力の低い俺達でも、竜に選んでもらってるんだもんな。自慢できるよ。……自分の世界に戻って自慢しても、誰も信じてくれないけどさ」
レリーナがくすっと笑い、ブラッシュはラディの肩を軽く叩いた。
そうこうして歩くうち、少し開けた場所に出た。幹が太く、枝振りの立派な木が一本、その中央に立っているのだが、葉がない。そのため、光を遮るものがないので明るかった。
「この付近にありそうだ。あの木が怪しいな」
「ジェイ、かけらがありそうなのはいいけど……枝にあんまり認識したくない物が見えるのは、俺の気のせいじゃないよな」
複数本の枝の先に、何かがぶら下がっているのが見える。あれは蜂の巣ではなかろうか。しかも、人間の大人くらいのサイズはありそうに思える。あそこから普通の蜂が出て来るとは到底考えられない。普通サイズだとしても、それなら相当な数があの中にいるはず。
「確かに、蜂の巣にしか見えないな。カロックではあの中に別の動物が棲んでる、なんてことはないんだろ? あのサイズなら、十中八九魔物だな」
ブラッシュが言っている間に、巣から黒い影がいくつも現れる。予想に違わず、蜂だ。
「ねぇ、ジェイくらいのサイズはあるんじゃない?」
本当の姿はともかく、今のジェイは子猫くらいのサイズだ。そんなサイズの蜂が出て来たのだから、レリーナが青ざめるのも無理はない。
「今まで現れた小物の魔物とそう大きさは変わらないだろ。ちょっと飛ぶのが厄介だけど」
「ちょっとじゃない。ものすごく厄介だよ」
しかも、巣は一つではないのだ。その複数の巣から、複数の蜂の魔物が現れた。身体が大きいので、その羽音もかなりの騒音。ただでさえ蜂の羽音は恐怖心をあおるのに、その姿も羽音のボリュームも体感では十倍を軽く超えている。
「前にも蜂の魔物は見てるだろ。もっとでっかい奴」
「だからって、また見たい訳じゃないわ」
「ジェイ、風の魔法は有効かな」
見習い二人がわいわい言う横で、ブラッシュは落ち着いて尋ねる。
「その力によるかな。中途半端だと、その風の流れを利用されるぞ」
「そうか。じゃ、ラディ、レリーナ。竜巻でいこう。あの数だと風で一気に巻き込んだ方が早い」
火の大きな力は、この場所柄使えない。水で渦潮を作るのもありだが、風の方が魔力の消費が小さくて済む。
「じゃ、オレも加わろっかな。セルディスも風の力なら加勢できるだろ」
「ああ、土や水は大した力ではないが、風なら」
「羽音で耳が痛いわ」
二百は超えていそうな気がする。しかも、巨大。一斉に羽音を出され、それだけで周囲の空気が震えているのを感じられた。
「じゃ、しょっぱなはラディな」
「ええっ? 言い出しっぺはブラッシュだろ」
「そうだけど、俺は飛び入りだからな。本来の協力者であるお前が先頭に立たないでどうするんだ」
「う、それはそうだけど」
「ほら、悩んでる暇はないぞ」
蜂は侵入者もしくは獲物を認識し、こちらを狙って飛び始めた。
「わかった。みんな、加勢頼む」
ラディが中心となる竜巻を起こし、魔物に向けて飛ばした。そこにレリーナやブラッシュ、ジェイとセルディスが力を加え、何倍もの風の力が巻き起こる。
竜巻はそこに立つ木を飲み込める程に大きくなり、その中に蜂を次々に巻き込んでいった。後発組の魔物は仲間達が巻き込まれるのを見て方向転換しようとしたが、それより早く竜巻は進む。あっという間に引き込まれてしまった。
ジェイが中途半端では力を利用されると言っていたが、三人の魔法使いに竜と魔獣の力があわさった風では、利用どころではない。
竜巻が魔物を巻き込んで上空へ消えた後には、一匹の蜂も残らなかった。
「おー、力を合わせるってやっぱりすごいなー」
魔物が消えた方向を眺めながら、ジェイは嬉しそうだ。
「だけど、竜なら自分だけで何とかできるんじゃないのか? かけらの気配を探るのはともかく、他の事はラディ達の力を借りなくても」
「だいたいのことは何とでもできる。だけど、竜だって万能じゃない。周りの奴がすげーすげーって言って、それを鵜呑みにしたバカな奴が勘違いしないよう、試練を課されるんだ」
「だけど、竜は死者を生き返らせることもできるって話なら、勘違いでも何でもないんじゃないのか?」
「死者……え、そうなのか?」
ブラッシュの言葉に、ラディが驚く。木に激突して意識がなかったため、セルディスの言葉を聞いてなかったせいだ。
「だけど、それってやっちゃいけないだろ。自然に生きる奴が不自然なことをしたら、絶対にどこかで歪みができる。それはさすがに竜の中でも禁忌の魔法なんだ」
ジェイは禁忌と言う。だが、死者の蘇生が可能だということを否定しなかった。その魔法を使う使わないは別にして、やはりすごい存在なのだとラディ達は改めて感じる。
「さーてと。ラディ、最後にもう一回火を頼む」
「いつだったかみたいに、風でかけらが飛んでった、なんてことはないよな?」
「どうかな」
「おいおい……」
「火の魔法の効果次第だ。頼むぞ」
言われるまま、ラディは小さな火を出す。
「安心しろ、飛んでないみたいだ」
かけらの気配を探ったジェイは、枝にぶら下がる蜂の巣の一つに近付いて行った。
高い位置にあるのでおおよその見当でしかなかったが、ジェイが近付くことによってやはり巣がとても大きかったことを知る。巣の穴がジェイなら簡単に入ることができるような大きさなのだ。奥に蜂蜜があるのかも知れないが、集めたのが魔物だから「魔物エキス」たっぷり、という気もする。手に入ったとしても、口に入れたくない。
地上でそんなことを思いながら眺めていたラディ達。彼らの前で、ジェイは蜂の巣の穴にちゅうちょせずに入った。
「中に魔物が残っていたりしないわよね」
「残っていたとしても、ジェイの身体に刺せる針を持つ魔物はいないだろう」
レリーナの心配をセルディスが笑い飛ばす。
「あったぞー」
嬉しそうに穴から顔を出したジェイの手には、いつものように小さな石のかけらのようなものがあった。
「ラディから聞いてたけど、本当に小さいんだな」
「こんな物を捜すのが、竜の試練なのか?」
「かけらはおまけみたいなもんだよ。目的地がわかるようにするための目印みたいなさ。じゃ、ラディ。頼むな」
「ああ」
かけらを受け取り、ラディは袖に同化させていた地図を取り出すと、復元の呪文を唱えた。かけらはどんどん薄くなり、紙のように平たくなると地図に同化する。境目として見えていた線もすぐになくなった。
「よし、今回も無事に終了。思った通り、枠部分が完成したぞ」
かけらは地図の一部として復元される。今回で全ての辺がつながり、中身がない地図ができた。
「これで……終わりなのか?」
復元魔法を行うラディを見ていたブラッシュが尋ねる。
「今回の分はって意味でね。この地図が元に戻るまで、これまでみたいなことを続けるんだよ。今回で完全に端に当たる分は完成したから、今度からは中身を埋めていくことになるんだ」
「地図が完成したら、オレの試練も終わりって訳」
ラディから話を聞いた時にも見ているが、こうして全てを体験してからこの地図を見ると、ターシャが言わんとしていたことがはっきりわかる。
ブラッシュがカロックへ来るまでにこの地図が完成してしまったら。彼は一生ラディにもやもやした疑問を持ったままになるところだった。
「やることが終わったのなら、もうここにいる必要はないな。最初の丘まで戻ればいいのか?」
「それはいいんだ、セルディス。ラディ達はここから帰れるから」
「あら、ここは出なくて平気なの?」
前回は水のない海に入り、そこでは帰りの扉が出せないということで、一旦海を出てからという段取りになった。今回も木の中の森という妙な空間なので、木の外へ出てからかとレリーナは思っていたのだ。だが、いつものように帰るための扉が現れる。
「うん、ここはいいんだ。ラディ、レリーナ、お疲れ。ブラッシュ、飛び入り参加はどうだった?」
「いい経験になったよ。たぶん、どれだけ仕事をしていたって竜と会うなんてできないだろうしね。楽しかった……と言ってられないこともあったけど、終わってみればやっぱり楽しかったよ」
「そっか。また来てもいいからな」
「ありがとう。タイミングが合えば、また」
ブラッシュがジェイと話している横で、ラディはセルディスに礼を言っていた。
「今日は色々助けてくれてありがとう。セルディスのおかげで、転落死を免れたしさ」
ツルに振り回され、木に激突して落下した時、セルディスが受け止めてくれなければ。最悪だと、ジェイが禁忌の魔法だと言った蘇生の術を使うことになっていたかも知れない。ジェイが治癒してくれるにしても、骨折やら何やらの大けがをして大変な目に遭う、ということだってあっただろう。セルディスには感謝しきれない。
「あれくらい、大したことではない。よそでは振り回されるなよ。私のような魔獣がそばにいるとは限らないからな」
「ああ、気を付けるよ」
ラディは笑って頷き、銀色の魔獣をぎゅっと抱き締めた。
それぞれに別れを告げ、ラディとブラッシュ、そしてレリーナはジェイの出した扉を通って自分達の世界へと戻った。
「自宅から異世界へ通うルートができるなんて……誰も思わない。魔法が関わる世界はまだまだ奥が深いってことがよくわかったよ」
ラディの部屋に戻り、振り返れば今通ったはずの扉はもうない。だが、確かに異世界へ行った。あれだけの体験をして、夢だったなんて思えない。魔法を使った後に残る疲れも確かに感じている。
「何度もカロックであんな体験をしていれば、ラディの腕が上がるはずだ」
「上がってるかな。ってか、ブラッシュは俺の前の実力を知らないだろ」
「以前、お前の担任をしていた先生達が噂してるそうだぞ。腕が上がって将来が楽しみだってな」
「え、そんな話が出てんの?」
職員室での噂話など、もちろんラディは聞いたことがない。
「まぁな。俺もカロックでのお前を見ていて、同じことを思った。あれだけやってて腕が上がらない方がおかしいだろ。次の進級や認定試験、ストレートでパスしろよ」
「できるならしたいけど、そんな簡単なものじゃないだろ。俺はブラッシュみたいな天才じゃないんだから、無茶言わないでくれよ」
「何が無茶だよ。次々に現れる魔物を落ち着いて退けてたのに。何度もやって来たんだろ。試験なんてあれに比べたら簡単だぞ。魔物が現れたって、絶対に死ぬことはないんだからな。カロックに比べれば、ずっと気が楽だ。上2に進級できなかったら怒るからな」
「ええっ、何だよ、それ」
妙な方向に話が進んでいるような……。
「今回、一緒に魔法を使ったことで、お前と俺の魔法は相性がいいって感じた。一緒に仕事に向かうのを楽しみにしてるからな。さっさと職務部へ来い」
「ブラッシュ、話が飛び過ぎだって……」
「あ、それと地図が完成して手元に残ったら、俺にもちゃんと見せてくれよ」
実際にカロックへ行くことで信用してもらい、ほっとするラディ。
だが一方で、気が付くとブラッシュから予想もしなかったプレッシャーをかけられているのだった。





