ジェイの手
似たような魔物を排除しつつ、ラディ達は森の中を進む。たまにふと斜め上を見ると空間に穴があいていることがあった。ジェイに聞くと、自分達が通って来たのと同じうろだと言う。割とたくさんの穴が存在するようだ。あの大きさの木だから、数が多くても納得である。
ジェイに言わせると、元々ここに棲んでいた魔物の他に、あのうろから外の魔物が入り込んで来ることも多いらしい。
「それって、この前行った海の森みたいな感じなの?」
新月の時にだけ、海の一部に現れる光。そこを通ると、海に広がる森へ行けた。カロックでありながら、微妙に違う世界。
「あー、そんな感じ。ここは新月とか全然関係ないから、魔物も来たい放題だな。自分の身体さえうろに入れば、ここへ来られるから」
そういう「放題」は遠慮したいが、そういう訳にもいかない。もっとも、木の内外で魔物の種類が変わるかと言えば、そんな大した違いはないようだ。
「ジェイに言われた時はそうも思わなかったけど……こっちへ来て確かに魔力がレベルダウンしてるようだ。いつものような手応えがない」
「え……あんなに鮮やかに魔物を消してるのに? ターシャの時も思ったけど、やっぱりロネールでもトップクラスの魔法使いになると、あたし達とは魔力の強さが段違いだなって感じてたのに」
地面から魔物を貫く土の槍、宙を飛ぶ風の刃。同じ基本魔法を使っても、その力強さは見習い魔法使いのものとは明らかに違う。思わず見ほれてしまいそうなのに、本人はしっくり来ていないのだ。
「ブラッシュの魔法って、俺も実際には見たことがないんだよな。噂以上、思ってた以上に強いなって見てたけど、俺達の世界だともっと豪快ってことか。帰ってから改めて見てみたいな」
だてに見習い達が騒いでいるのではない。見習いの時の優秀な成績は、同じ魔法使いを目指す見習いの大きな目標になっている。職務部に入ってからの活躍が噂されるにつけてさらに尊敬され、今は希望の星として君臨しているのだ。ブラッシュ本人は騒がれることを望んでいないのだが。
「やめてくれよ。竜やレベルの高い魔獣の前で言われると、この程度でかって鼻で笑われそうだ」
「ブラッシュで笑われたら、俺達なんて大笑いされてるよ」
「この種族の魔力はだいたいこれくらいってのを、オレ達は何となく感じ取ってるんだ。人間はこれくらいの強さって基準がオレ達の中にあるから……相当いい感じだぞ」
「わ、いいなぁ。竜のお墨付きだわ」
「戻ってひけらかせないのが残念だ」
そう言って、ブラッシュが苦笑する。そのブラッシュの身体が突然浮いた。驚いている間に、ラディとレリーナも同じように宙に浮いた。悲鳴を上げる暇さえない。
身体に何か巻き付いている。見ればどこからかツルが伸び、それが彼らの身体を捕まえて高く持ち上げていたのだ。太縄のような緑のツルは何本も現れ、ジェイとセルディスは素早く逃げているものの、それをツルは執拗に追っていた。
「こ……の……」
それぞれがツルに向けて火や風の刃を向け、その拘束から逃れようとあがく。だが、切れたと思ったらまた別のツルが伸びてきて巻き付き、結局状況が変わらない。
あいつか。
そのうち、ツルの伸びて来ている方向がとある木の方からだと気付き、ラディは本体を攻撃するべくそちらに火の矢を放った。
口や発声器官があれば、辺りに悲鳴が響いていただろう。だが、そんな声はどこからも聞こえない。
代わりにツルが一瞬びくっと震え、その後苦しそうにうねうねと動く。ラディ達を捕まえているツルも同じだ。このまま振り回されていては、目が回ってしまう。
ラディが攻撃することで本体に気付いたジェイが、セルディスと共にそちらを攻撃する。その間に、ラディ達は身体に巻き付くツルから何とか逃れるため、ツルの同じ場所に集中して攻撃を続けた。
逃げられている訳ではないが、ツルがうねうねと動くので命中率が悪い。それでも、風の刃は太いツルに少しずつ傷を付けていった。
ジェイの本体へ放った力が苦しいのか、ツルはさらに激しく動く。そのうち、急所に当たったようで、今まで以上に激しくツルがのたうった。
それが、ちょうどラディに巻き付くツルがほとんど切れかかっていた時。
激しく動いたことで、ぶちっと音をたててツルが完全に切れた。
それはいいのだが、勢いよく振り回されていたせいでツルから解放されたラディの身体は軽々飛ばされる。
突然だったせいでラディは魔法を使うことも受け身の姿勢をとることもできず、そのまま近くの木に叩き付けられた。高い位置でぶつかり、ラディの身体は木で跳ね返るようにして落下する。
「ラディ!」
幸い低い位置でツルの束縛を逃れたレリーナは、ラディが講堂の屋根より上の高さから落ちるのを見た。しかし、その身体を空中で止めることも、下で受け止めることもできない。
ラディが地面に叩き付けられてしまう、と思った次の瞬間。
銀色の光がラディを空中で受け止めた。セルディスが地面に激突する直前に、ラディをその背で受け止めたのだ。
「ラディ、大丈夫かっ」
同じくツルの束縛から抜けたブラッシュが、地面に降りたセルディスの元へ駆け寄る。しかし、ラディの返事はなく、顔を上げることもしない。
セルディスの背からラディの身体を降ろすが、完全に意識を失っていた。額からは血が流れている。木に叩き付けられた時にできた傷だろう。
「ラディ……ラディ、しっかりして」
遅れて駆け寄ったレリーナがラディの身体を揺さぶろうとし、ブラッシュがそれを止めた。
「待て、レリーナ。動かすんじゃない。頭を打ってるみたいだ。軽い脳しんとうくらいならいいんだが……」
ラディは青白い顔で、ぴくりとも動かない。
「ツルが離れた瞬間に掴まえられれば良かったのだが……かなり激しく叩き付けられたようだ。意識が戻ったとしても、しばらくは動かない方が賢明だろう」
のたうち回るツルの動きを思い返せば、相当な勢いで木にぶつけられたに違いない。頭も身体も、かなりのダメージを受けているはずだ。骨折もしているかも知れない。
ブラッシュなら治癒魔法をほどこして傷を治すことはできるが、頭の中身となると話は違う。魔法使いであって医者ではない彼に、ラディの診断は下せない。勝手に脳しんとうという言葉を出してはみたものの、それ以上にひどい状態かも知れないのだ。
「万が一にも、ラディに後遺症なんてものが残るのは困るよな」
ジェイが近付いて来ると、そうつぶやいた。
「ジェイ、ツルの本体はどうした? もう動いていないようだが」
「ああ、完全に動きを止めてきた。また動くようなら、今度は燃やすよ」
何本も現れていた太いツルは、確かに動きが止まっている。かすかに震えているツルもあるが、けいれんのようなものだ。
「みんな、少し離れてくれ」
「……ジェイ、何するの?」
「大切な協力者を負傷させて帰す訳にはいかないからな。ちゃんと治療しておく」
言われるままに離れたレリーナ達は、ジェイがどうするつもりなのか見守った。
ジェイは自分の右手をやや斜め上に上げる。すると、ジェイの大きさに見合った小さな手がどんどん大きくなり始めた。手首付近から先がその大きさを変え、すぐにジェイの身体よりも大きくなる。
まるで作り物の手を持ち上げているみたいだ。見ている間にもさらに大きくなり、ラディの身体よりも大きな手になった。
「大竜の……本来の手だ。あれでもまだ小さいが」
「あれが? ラディの身体が簡単に隠れる程に大きいけど、それでも小さい方なの?」
「その気になれば、私の身体をつまみ上げられる程だからな。あの程度なら序の口……それ以下だ」
三人の人間が余裕で乗れるセルディスの背中。そんな彼の身体を「つまみ上げる」なんて、どれだけの大きさなのだろう。スケールが違いすぎて、想像しにくい。しかも、それは手だけなのだ。その手に見合う身体と言うことは……この森へ入る時に見た木くらいなのだろうか。視界に収まりきらない程の大きさ。
大きくなったことで、手の表面を覆う鱗が光っているのがよく見える。ジェイの身体が鱗に覆われているのは知っていたはずだが、改めてみると不思議な気がした。
ジェイは大きくなった手をラディの身体にかざす。あっさりとラディの全身が隠れた。
「治療するって言ってたが、竜の治癒魔法ということか」
「さっきまでのジェイなら、お前達とそう変わらない力でしかない。ああやっているのを見ると……竜の力を一時的に解放するようだな」
「どういうことだ?」
「確実に治療するため、強い力を使うということだ。私も竜の力がどれだけのものかは何とも言えないが、あの小さな身体ではその力に対応できないのだろう。だから、一部だけを本来の姿に近付けて、というところだ。竜がその気になれば、死んだ者も蘇生させることができるらしい。もっとも、竜もかなりの魔力を消耗するようだがな」
「竜って……そんなことができるの」
竜は魔力が高い。人間ができないようなことでもやってのける。
授業でちゃんと習うことはなくても、魔法に関わる者ならそういった竜に関する話を聞いたことがある。公式の資料などがないので噂レベルではあるものの、誰も竜の魔力の高さを信じて疑わない。
しかし、こうしていざ本当にその力の一端について知らされると、あっけにとられてしまう。
「セルディスは竜の本来の姿を見たことはあるのかい?」
「ここまで間近ではないが、ある」
「やっぱり強い力を感じるものなのかな」
「いや、存在感こそあるが、強い魔力というものは感じない。竜があえて感じさせないようにしていると聞いた。周りの者を恐れさせないように、というのが理由らしいが、本当のところはどうなのだろうな」
そんな話をしている間に、ジェイはその巨大化した手をラディから引き、元の大きさに戻っていた。その小さな手で、ラディの額を軽くつつく。
「ん……」
その刺激で覚醒を促され、ラディは目を開いた。そこへジェイの顔が飛び込んでくる。
「気分、悪くないかー?」
「え……」
すぐには事情が掴めず、ぼんやりしていたラディだが、徐々に自分の身に起きたことを思い出す。ゆっくりと身体を起こした。
「俺、何かにぶつかった……んだよな?」
「木に思いっきりな。頭打ってたみたいだから、治しておいた」
扉の立て付けが悪いから直しておいた、みたいな軽い口調のジェイ。
「ラディ、大丈夫?」
もう近付いてもいいらしいと思ったレリーナは、起き上がったラディのそばに駆け寄る。
ジェイが治療してくれたのだから大丈夫だとは思っても、レリーナの顔にはまだ心配そうな表情が浮かんでいた。
「うん……ちょっと記憶が飛んでるような気がするけど」
「記憶じゃなくて、意識がぶっ飛んだから覚えてないんだ。……傷もきれいに治ってる」
さっき額から血が流れていたが、ブラッシュがラディの髪を軽くかき上げてもそんな跡はどこにも見当たらない。血の汚れさえきれいに拭き取られたように消えている。
「傷、あったのか。じゃ、それもジェイが治してくれたのか?」
「ついでだし」
ジェイは軽く言うが、ブラッシュはその力に感嘆していた。完全に意識を失ってしまう程の衝撃を受けたはずなのに、少し手をかざしただけで全てを治癒してしまったのだ。その時間も決して長くはなかった。人間にはマネできない芸当である。
「すごかったのよ、ジェイの手」
レリーナがさっき見た光景をラディに話す。
「そんな貴重な場面、俺だけが見られなかったのか。身体より大きな手って、どんなだよ」
「へっへー、どんなかなー」
ラディが悔しがる様子を見て、ジェイが笑う。
とにもかくにも、ラディは無事に復活でき、一行は再び歩き出したのだった。
☆☆☆
レリーナは青白い顔になって、ラディにしがみついた。
「獣の墓場、か。何度かこういう場所を見たことがあるけど、カロックにもやはりそういう場所があるんだな」
ラディもその場の不気味さに言葉を失っているが、ブラッシュはさすがに経験の差で大きな動揺はなさそうだ。それでも、あまりいい気分でないのは他の二人と同じ。
ラディ達がやって来た場所には、小さな獣の骨がごろごろと転がっていた。小動物のような骨もあれば、魔物のものであろう歪な骨もたくさんある。
魔物はだいたいが死ぬと煙や塵になって消えてしまうものだが、魔力が低すぎると普通の獣と大差ないために骨が残ることが多い。ここに転がるのは、そういった魔力が低レベルの魔物の骨だろう。
「墓場って言うと、獣が自分の死期を察してやって来る場所……かな。どっちかと言えば、ここは通りすがりに死んだ、みたいな感じ。さっさと通り過ぎよう。花が咲き始めると面倒だ」
「と、通りすがりに死んだって何なの」
「んー、だからそのまんま」
ジェイの表現は何でもない言葉と怖い言葉がつなげられ、それがかえって独特の怖さを生み出す。聞いた時は「何だ、それ」と思うが、中身を自分の目で見てそういうことだったのかと納得することになるのだ。これまでの経験でそれがわかっているから、なおさら怖く思えた。
骨が転がるその下は、これまでと同じように土があり、所々に苔のような緑があり、木の根が盛り上がっている。少し違うのは、あちこちに小さな白い花が咲きかけている、という点だ。
地面のあちこちに親指の爪程のサイズの花のつぼみが、パンくずでも散らしたかのようにたくさんある。地面だけでなく、周辺の木々の幹や枝にもついていた。
完全に開いている花はないようだ。なぜか茎や葉に当たる部分は見受けられないが、油断はできない。どこからさっきのようなツルが伸びてくるかわからないから、警戒はしておかなくては。
「ジェイ、別ルートで行けないのか? 面倒な場所をわざわざ通らなくてもさ」
「いいけど、別ルートに行ったら行ったで、別の面倒が起きるぞ」
「んー、……面倒の種類が変わるだけか。仕方がないな」
どこへ行くにしろ、カロックで安全な場所なんてそう多くないのだ。ラディは、それにレリーナもその点はあきらめるしかない。
「あ、面倒の種が」
できるだけ骨がない場所を通ろうと歩き出した途端、ジェイがそんなことをつぶやく。
「な、何なのぉ?」
「ジェイ、この際、多少の面倒は仕方がないようだ」
「んー、そうだな」
この場所がどういう場所であるかをわかっているジェイとセルディスは、魔法使い達にはわからない会話を交わす。
「ジェイ、面倒な種って言うのは、この魔物達のことか」
ラディが周囲を見回した。これまでにも何度かあった、団体の魔物に囲まれるパターンが今も起きている。モルーベの森に来て最初に現れたネズミの魔物を、さらに一回り小さくしたような魔物だ。
「この程度なら、レリーナ一人にだって排除できるよ」
「ええっ。だって、五、六十はいるんじゃないの?」
「煙にさえなれない魔物なんだから、できるって」
「それじゃ、何なんだよ。ジェイ、もったいぶらないで教えてくれ」
ラディが魔物達を睨みながら怒鳴る。レリーナにも簡単に排除できるような魔物なら、そんなに警戒することもないのだろう。だが、問題は別にあるらしい。
「もったいぶってる訳じゃないけど、今教えても無駄になるからなぁ」
「どういうことなんだ。ラディ達が知らない情報なら、ここで教えても無駄にはならないはずだろう」
ブラッシュも促すが、ジェイはやっぱり言い渋る。
「とりあえず、目の前の障害を取り除くことから始めようぜ」
やはりジェイに教える気はないらしい。仕方なくラディ達は魔物を排除するべく、魔物と向き合った。
「え……花が……」
やはり女の子だから、と言うべきか。最初に気付いたのはレリーナだった。
周囲に点々とあった白いつぼみが、次々に開き始めたのだ。さらに、花から花粉が飛び始めたらしい。薄い黄色の粉が霧のように周辺を漂う。
「ジェイ、この花粉は安全なのか?」
ラディがそう問いかけたのは、そこにいる魔物達の目がとろんとしたからだ。
「状況によるよ。ラディ達が危なくなったら、ちゃんと何とかするからさ」
「な、何だよ、それ」
ジェイがいる方を振り返ろうとして、ラディは魔物達の悲鳴を耳にした。驚いてそちらを見ると、誰かが魔法で攻撃した訳ではなく、なぜか仲間同士で戦い始めている。仲間にやられた魔物が悲鳴をあげたのだ。
「あなた、誰っ」
その声にラディがそちらを向く。そこには自分と歳がそう変わらないだろう金髪の少女がいた。青ざめた顔でこちらを見ている。誰と言われたが、ラディも彼女を知らない。
さらには、別方向に見たことのない青年がいた。女性に騒がれそうな容姿だが、こちらを見る目は鋭い。明らかに不審者を見る目つきだ。
しかし、きっと自分も似たような目をして相手を見ているに違いない。鏡を見なくても、それはわかる。実際、ラディは相手を不審者だと思っていた。
三人はお互いを牽制しつつ、周囲の状況を把握しようとしていた。しかし、小さな魔物達が同士討ちをしている以外、何の情報も得られない。
「邪魔するなよっ」
自分の仲間を倒し、目標を変えた魔物が飛びかかって来るので、ラディは火の弾を飛ばす。他の二人も似た状況で、仲間に倒されたり魔法使いに倒されたりで気が付けば魔物は全滅し、三人だけがその場に立っていた。
少女の方はそんなに強くなさそうには見えるが、あなどれない。こういう相手に限って切り札があったり、とんでもない力を持っていたりするのだ。
それよりも、今のところ危険なのはもう一人の青年の方だ。彼は絶対に強い。魔法は見てなくても、かなりの使い手だと予測できる。ラディの勘ではあるが、きっと間違っていないはずだ。
とにかく、全てを排除しなければ、ここから生きて帰れない。
ラディは攻撃魔法の呪文を唱えようとする。だが、相手の口がそれより先に動きかけた。マズい、と思ったが、なぜか青年は突然吹いた突風に足をすくわれて転倒する。
卑怯だとは思ったが、このチャンスを逃したら自分の命が危ない。風の刃が青年に向かって飛んだ。しかし、あとわずかのところでなぜか刃の飛ぶ方向が曲がる。
どうしてだよっ。どうして真っ直ぐに飛ばないんだ。
その間にも、転倒した青年が立ち上がって体勢を立て直そうとしていた。今やらなければ、次は確実に自分がやられてしまう。
相手がこちらを見る前に、ラディはもう一度攻撃魔法の呪文を怒鳴るように唱えた。





