夜のカロック
食堂でランチを取った後、ラディは魔法の自主練習をするべく、フィールドへ向かっていた。
その途中、もうなじみになった扉が目に入る。カロックへの扉だ。
またちょっと変わってるぞ。うん、記憶違いとかじゃない。
前回、栗色みたいだと思ったが、今回はさらにその色が明るくなっていた。
試練が終わる頃って、この扉は何色になるんだろう……。
どうせジェイに聞いても前のようにはぐらかされるだろうし、とても気にはなるものの、それは後のお楽しみにするしかなさそうだ。
ラディは現れた扉をノックする。そこから扉と同じ色をしたジェイが姿を現した。
「よっ、ラディ。今回もよろしくなー」
「ああ、わかった。いつものように、俺の部屋に頼むよ」
「ん、わかった。あ、周りに誰もいない?」
言われてラディは周囲を見回すが、人影は見当たらない。前回はレリーナがジェイと話しているところをターシャに見られた。次は気を付けると言ったから、気にしているのだろう。
「大丈夫、誰もいないよ」
「そっか。今回はうまくいってるな。んじゃ、後でなー」
そう言って、ジェイの姿が消える。ラディも自宅へと急いだ。
部屋へ入ると、さっきと同じ扉がちゃんと現れていた。ラディはいつも持って行く水晶の存在をポケットに確認し、扉を開く。
「あれ……」
扉を開けて最初に出る場所は、いつもムーツの丘だ。空は青く、白い雲がのんびり浮かんで流れている。とてものどかな風景がそこにあるのだ通常。
それが今日は違う。以前、雨が降っていたことがあるが、今日は雨ではない。天気は晴れ。空には星がまたたいている。
そう、いつもと違うのは天気ではなく時間だ。街灯がないカロックの夜は、見事なまでに暗い。見たことがないような美しい満点の星が広がっているが、どれだけ星があっても地上ではまるで助けにならなかった。
「ジェイ……?」
ぼんやりと銀色に光りながら浮かぶ物体がある。サイズ、浮かぶ高さ、形からしてジェイだ。前にも、暗い洞窟の中でこうしてぼんやりと光っていたことがある。
「ラディ、こっちこっち。地面はいつもと同じだから、普通に歩いたって平気だぞ」
「ああ、そうだろうとは思うけど」
昼間の部屋から突然暗闇に来て、目が追いつかない。ラディは火の魔法でランプ代わりの小さな火を出した。これで少しは周囲の様子もわかる。もっとも、いつも来るムーツの丘に変わりはないし、周囲に危険物は元々ない。
「え? 真っ暗……」
ラディより少し遅れて現れたレリーナの声が、後ろから聞こえた。彼女もいつもと違う状況に驚いているのだ。ラディは出した火を少し大きくする。
「レリーナ、大丈夫? 街灯も何もないから、目が慣れるまで少し待った方がいいよ」
「う、うん……そうね」
「二人は暗闇に目が利かないんだっけ。悪いな、こういう状況で」
言いながら、ジェイの方がこちらに来た。ふわふわ浮かぶ銀の光の竜は、いつもとは雰囲気が全然違う気がする。火に照らされたその姿は、とても精巧な彫刻のようにも見えた。小さくても神秘的だ。
「こういう状況が必要な場所に行くってことなんだろ?」
「うん、そういうこと」
雨の時はたまたまだったのだろうが、今回は「夜」でなければならない、ということなのだろう。何度も来ていれば、その辺りのことは推測できる。
「今日は新月なんだ。それで真っ暗なんだけどさ。この真っ暗な日でなければ開かない道があるんだ。そのために、呼び出しが今って訳。行き先はこんなに真っ暗じゃないから、その点は安心してくれ。まぁ、ちょっと薄暗いけど、ラディやレリーナでも歩くのに差し支えはない……はずだ」
灯りなしでも歩けるなら、その方がありがたい。いくら魔法でランプ代わりの火が出せても、やはり一部しか照らせない。全体的な視野を確保できるものならしたいから、多少の薄暗さくらいならがまんできる。
はず……という部分に一抹の不安がよぎるが、暗くても見えるジェイには見えない感覚というものがわからないだろうから、その点は推測でしか言えないのだろう。
「どういう道なの? 真っ暗な日だけに開く道って」
「海にぽっかりあくんだ」
「え、海? 俺達、水の中で息はできないんだぞ。ジェイ、それは知って……るよな?」
「心配しなくても、それくらい知ってるよ。それに、海水の中を進むんじゃないから」
それを聞いて、二人は少し安心した。
しかし、どんな場所であれ、大竜の試練の目的である地図のかけらを捜すには、あれこれと苦労が伴う。あんまり安心もしていられない。
「ジェイ、ある程度の説明を頼む。どんな状態の場所に行くんだ?」
「海に穴ができるんで、そこへ入る。海の森って呼ばれる場所につながっていて、そこでかけらを捜す。今回の使用魔法は雷を使ってもらう」
「だいたいわかった。一番肝心な、どんな状態の場所かっていうのが抜けてる気がするんだけど」
「どんなって言われても、森だよ。あ、木は高いけど薄っぺらいんだ。海の森って言うくらいだから、海草みたいな感じかな。そこにいる奴らは、海に棲んでる奴らと大して姿は変わらない。後は……行って自分の目で見てもらうしかないな。あれこれ説明するのって、オレ苦手だしさ」
何となくのイメージはできた。要するに、水のない海中を行くようなものだろう。息ができるなら、それでいい……と思うしかない。
「じゃあ、召喚だな。行き先がそういう場所なら、水属性の方がいい?」
「別に水につかる訳じゃないから、何でもいいぞ。火の奴らはちょっと嫌そうな顔するかも知れないけど」
水にぬれなくても、そのネーミングからちゅうちょする魔獣もいるだろう、とのこと。絶対ダメ、ということではないらしいので、ラディはあれこれややこしいことを考えずに召喚することにする。
闇の中で、白い光が現れた。ジェイが出している銀色の光にも似ている気がする。この暗い中では、ことさら明るく感じるようだ。初めは拳大くらいだった光は、見ている間に大きくなり、ラディとレリーナ二人合わせたよりも大きなものになった。
その光から現れたのは、大きな狐。光と同じ体毛で、闇の中で銀色に輝いている。昼間ならそうも感じなかっただろうが、夜にその光を見ると本当に美しい。ラディは感心したようにため息をつき、レリーナは思わず「きれい……」とつぶやいていた。
瞳が金色の狐は、ラディよりも身体が大きい。身体と言うのは、頭から尾の付け根までだ。それだけで長身のラディよりも大きいのである。当然、立てばもっと大きい。
さらに、狐には複数の尾があった。それぞれの尾は身体程に太くないものの、見るからにふわふわで触り心地がよさそうだ。長さは身体とほぼ同じ。尾は正面から見ると扇が開いたように並び、大きな狐をさらに大きく見せていた。
「呼び出す声なんて、初めて聞いたわ。あなたが呼んだの?」
声は女性。勝手に人間年齢にするなら、二十代後半から三十代といったところか。いわゆる大人の女性だ。
「ああ。俺はラディ。大竜の試練の協力者だ。俺とこのレリーナがこの世界にいる間だけ、お前の力を貸してほしい」
「どれだけの時間? 何をしてほしいの」
「時間は……半日くらい。魔物が現れたら、一緒に戦って排除してほしい。それと、目的地までの移動だ」
「九尾の狐をこんなに間近で見たのはオレも初めてだなー。魔物が出たって、そのしっぽで簡単にあしらえるだろ?」
「まぁね。試練をやってるって話は聞いたことがあるし、話のネタにはなりそうかしら」
「そりゃ、レアなネタだぞ。そう頻繁にやってるってものでもないしさ」
少なくとも、ジェイに関して言えば一ヶ月に二度しか試練はできない。他にどれだけの大竜が試練をやっているかは知らないが、確かに「頻繁」とは言いがたいだろう。
「いいわ。竜助けも悪くないかもね」
「全然悪くないぞー。やっぱ、しっぽが多いと余裕の雰囲気だな」
「九本はだてじゃないもの」
つんと鼻を上げてすます狐。彼女はキュラナと名乗った。
複数ある尾は確かに九本あり、狐族の中でも最高の地位にあると言う。彼女達の種族は、尾が多い方が魔力が高く、また美しい。ラディとレリーナの反応も、キュラナにとっては当然のことなのだ。
それでも、はっきり口にされればやはり気分がいい。その点も彼女を手伝う気にさせた。
「どこへ向かうつもり?」
「東の海にある月の海。そこまで頼むよ」
「ああ、そう言えば、今夜は新月だったわね」
キュラナは行き先の状況を知っているらしく、ラディとレリーナを乗せると軽々と地面を蹴った。
☆☆☆
風を受けているので、移動していることはわかる。地面を蹴ったキュラナが動いてないとは、ラディもレリーナも思わない。
だが、真っ暗な中の移動は、その距離も速さもいつも以上にさっぱりわからなかった。
新月なので月明かりはなく、星明かりも二人の人間にはないに等しい。これではきっと、鼻をつままれてもわからないだろう。ジェイやキュラナの身体はぼんやりと光っているものの、それは進行方向をしっかり照らしてくれるものではない。
月の海と聞いたが、ジェイの説明では今ひとつ理解しにくかった。なので、キュラナに尋ねてみる。
「海のとある地点が月の海って呼ばれるエリアなのよ。そこに満月が映ったかのように光が現れて、そこを通ると海の森へ行けるの。その光が現れるのが、新月だけって訳。カロックとは微妙に別世界みたいな感じね。カロックの一部には違いないんだけど」
自他共に認める説明下手なジェイより、余程わかりやすい説明だった。
「微妙に別世界って、どんな感じの所なの?」
「さぁ。私も行くのは初めてよ。水属性の魔物をエサとしてる魔物や魔獣が行くくらいかしら。水がないから、自分達も自由に動けて獲物を得やすいからね」
キュラナの話を聞いて納得したと同時に、水の魔物だけでなく、それを狙う魔物も現れる危険性があると考えられた。試練で魔物抜きは考えられないが、水属性一つに絞れないのも大変だ。
「ほら、見えてきたぞ」
ジェイに言われ、進行方向……と言うより、キュラナの頭の向こうを見る。
いつもはジェイが見えると言ってもラディとレリーナには見えないのだが、今日はわかった。暗闇の中に針で空けたようなぽつんとした小さな光が見えたのだ。真っ暗な中で、確かに光がある。
「ってことは、この下は海ってことか?」
「ああ。この辺りは月の海じゃないから、落ちたら普通におぼれるぞ」
怖いことをさらっと言われた。
風の音で気付かなかったが、よく聞けばかすかに波の音がしている。潮の香りは意識すればかすかに感じ取れた。
見えた小さな光は、すぐにリンゴくらいの大きさになり、さらに近付くと大きなカボチャサイズにまで広がる。やがて、キュラナが全ての尾を大きく広げても余裕で入れるまでに大きくなった。
だが、海の上でその大きさだから、海全体からすればほんの小さな光でしかないとも言える。
「確かに海に月の光が映っているように見えるな」
しかし、空をどんな捜しても月は見当たらない。海の底が光っている、ということなのだろうか。
「ねぇ。もしかして……あれがさっき話してた海の森の魔物狙いの?」
キュラナが説明してくれた、水属性の獲物を狙う魔物達。
姿は様々だが、ここまで来られるのだから飛行が可能なタイプらしい。それらが光の中へ次々と飛び込んで行くのがわかった。海の水が確かに光り、その光に照らされて魔物の姿がはっきり浮かび出しているのだ。そこだけ見ていると、魔物の巣窟へ向かっている気分になる。
「うん。だけど、あっちにいる魔物だっておとなしく喰われる気はないから、こっちに戻って来られない奴だってたくさんいるんだぞ」
棲む場所がどこであれ、喰う側と喰われる側があり、どちらの魔物が生き残るかは持っている力とその時次第だ。
「さ、私達も行くわよ」
「あの光ってる所は海じゃないの?」
白い光の表面は、わずかに揺れている水面に見える。あの光の向こうには水がなくても、飛び込む瞬間は海ではないのだろうか。
「海であって海でないような感じかしら。言ったでしょ。私も初めてだって。濡れたところで大したことはないわ。しっかり掴まってなさい」
光へ飛び込む魔物達に交じり、キュラナも海へと落ちるように突っ込む。ラディはその先を見据え、レリーナは怖くて目を閉じてラディにしがみついた。
ぱしゃっと音がしたのは気のせいだろうか。
「これが……海の森」
ラディのつぶやきに、レリーナもそっと目を開いた。
さっきまでほぼ真っ暗だったのに、今は明るい。昼間のような明るいとはほど遠いが、今までが暗かったので明るく感じるのだ。実際は黄昏時のような明るさと言おうか、暗さ。
そんな微妙な暗さの中、キュラナは空を飛んでいる。そこは森の上空に当たるエリアなのだろう。眼下には森が広がっているのだが、ジェイが話していたようにゆらゆらと木が揺れている。枝葉は普通に広がっているのだが、木そのものは厚紙で作ったかのような厚みしかなかった。木によってはもっと薄いように思える。工作で作った紙の木が、水の中で揺れているのを上から見ているような感じだ。
「いっそ、海草が揺れてる方が海っぽくてよかったな」
「形が木ってだけで、あれが海草のようなものよ。海の森には来たけれど……ここからどう行くの?」
海の森が目的地ではなく、ラディ達はかけらのある場所を目指さなくてはならない。
「んーと……もうちょい左の方へ飛んでくれ」
言われた通りにキュラナは移動する。かけらのある場所が近付く程に、その気配が薄れて感じ取れなくなるジェイ。完全にわからなくなった時点で、キュラナに降りるよう頼んだ。
その間にも、同じように月の海の光からこの森へ来た魔物達が、こちらを獲物と認識して襲ってくる。海の森の魔物だけではなく、その魔物を狙ってよそから来た魔物達も獲物。自分の仲間以外は全てエサにするという認識なのだ。この試練に魔物抜きは考えられないと思っていたが、想像より早い襲来である。
キュラナはそれを尾で蹴散らし、ラディ達も風の刃を向けるなどして応戦した。移動中から魔法を使うなんて、そうあることじゃない。
やがて、キュラナの脚が海の森に着いた。ラディとレリーナはキュラナから降りたが、いつもと感覚が違う。
「あれ……何か妙な感じが……」
確かに自分達の足は地面に着いているのに、どこかふわふわした感じがした。自分の身体なのに、なぜか不安定さがある。まさに地に足が着かない、といった状態だ。
「それがこの森の特徴なんだ。水はないけど、水の中を漂う感じって言うのかな。だから、身体が少し軽いだろ?」
不安定さに戸惑っていた二人だが、ジェイにそう言われてみれば軽い気がする。湯船に浸かった時のような感じだろうか。ほんのわずかなものだが。
「その軽さがいい方に働くこともあるし、悪い方に向かうこともある。逃げやすいけど、風にあおられやすいとかな。その時々で重力強化を自分にかけるっていうのも手だ」
「なるほど。覚えておいた方がよさそうだな」
少し踏ん張りが利かないように思える。身体が軽いというのも、いいことばかりではないようだ。
ぺらぺらの木はまんべんなく生えている訳ではなく、群生している場所もあれば、すかすかな場所もある。隠れやすそうな場所は敵も隠れていることがあるし、見晴らしのいい場所は敵からも見付かりやすいということにつながる。どこを歩くにしても、注意を怠ってはいけない場所だ。
「ここの地面って砂っぽいのね」
レリーナが軽く蹴ると、砂埃がわずかに舞う。だが、ある程度踏み固められたようにしっかりしているので、砂漠のように歩きにくいということはなかった。
「海の中、みたいなものだからな。ちょっと薄暗いのも、海の中で光が届きにくいっていう状況が続いてるようなもんでさ。キュラナも話したけど、カロックとは微妙に別世界だから、カロックは夜だけどここはずっとこんな感じ。二人はどう? 視界に問題はある?」
「いや、問題って程の暗さじゃないよ」
暗さに弱い人間だが、ムーツの丘に出た時のことを思えばまだここは明るい。昼間のように見通しがいいとまではいかなくても、ランプが必要な暗さではない。歩くのも問題はなかった。
「あら、魚が飛んでる。おいしそうねぇ」
キュラナが宙を見上げながら、ちょろっと舌を出す。つられてその方向を見ると、魚の群れが泳いでいるのだ。しかし、そこにも水はない。
「魚が……飛ぶの? あれって、魔物?」
「いや、あれは魔物じゃない。本来なら水の中に棲む奴ら、つまりあの魚なんかは、ここでは宙を移動するんだ。飛ぶって言うか、泳ぐって言うか」
「息はできるけど、こうして見てる分には本当に水の中みたいだ」
不思議な光景だ。その魚の群れを狙って大きな魚が大きな口を開けて移動してくる。魚だけでなく、大した力もなさそうな小型の魔物も現れ、同じようにしてエサにありつこうとしていた。便乗しているようだ。
「ああいうのがあちこちで見られるけど、魚の群れの中にこっそり魔物の魚が交じってることがあるから、気を付けろよ。魚の群れに危険はないけど、魔物は危険だからな」
ジェイにそんな注意をされたが、すぐそばを通り過ぎた魚の群れに魔物はいなかったようだ。しかし、見分けがつくのだろうか。すぐに判断できない以上、本当は危険ではない群れであっても警戒した方がよさそうだ。
来る前に聞いていた雷の魔法をラディが使い、そこからかけらに向かって出発した。
「いやな気配を感じるわよ」
まだ少ししか移動していないのに。キュラナの言葉で、ラディとレリーナは身構える。
その直後、かすれたうなり声のようなものが聞こえ、横から高速で何かが飛びかかってきた。それをキュラナが尾で弾く。
「な、何なの、あれ」
尾に弾かれ、地面をバウンドしたそれは、ゆっくり起き上がってこちらを見る。その顔はやせこけた老婆のようだ。あばらが浮き出た上半身に、魚の尾を持つ姿。
「もしかして、人魚なのか?」
「え……でも人魚って、長い髪の若い女性みたいな姿が一般的じゃないの?」
こういう場所で襲ってくるのだから魔物だろうが、人魚に近い形態でありながら人魚のイメージとほど遠いその姿に、見習い二人は軽いショックを受ける。
顔はしわしわで浅黒く、威嚇するように開けた口には鋭い牙が並ぶ。目は不気味に黄色く光り、鼻は穴しかない。髪は短く、艶という言葉には全く縁のない傷みようだ。
肉がほとんどない腕もまたしわしわで、魚の尾ひれは戦いの結果なのか、ぎざぎざしたひどい状態になっている。はっきり言って、人間に近い部分についてはミイラのようだ。
「二人の一般的がどんなか知らないけど、これも人魚の一種だ。人魚にも色々いるからな。穏やかなのや攻撃的なタイプとか、大部分の奴がきれいだって思う種族や目の前みたいな奴や……まぁ、とにかく色々いるんだ」
大部分がきれいだと思わないであろうタイプの人魚が現れた、ということだ。色々いるそうなのに、よりによって、である。
「おじいちゃんの話に出て来た人魚は、おじいちゃんを助けてくれたのに」
「穏やかなタイプに会ってたんだな、じいちゃんは。こっちは、攻撃的なタイプに間違いなさそうだ」
「しかも面倒なことに、集団で狩りをするタイプみたいよ」
キュラナの言葉が終わると同時に、ラディはさっきのように横から高速で移動してきた人魚に襲われた。前もって張っておいた結界に当たり、がつんっと大きな音がする。何もしていなければ、どんな傷を負わされていたかわからない。いや、傷以前にがっちりと噛みつかれていたはず。
気が付けば、十体近くのミイラ人魚に囲まれていた。どっちを向いても同じ顔だ。違いがわかりにくい。そして……ものすごく不気味だ。
「ジェイ、火の魔法でもいいのかな。人魚なら水属性だろうから効果は弱いと思うけど」
「特にはっきりした弱点はないから、火の強さによっては十分効果ありだ」
「そうか。前にもやったことがあるけど、もう一度試してみたい技があるんだ」
「ラディ、一人でやるの?」
「ああ。効果が薄い時は援護を頼むよ」
「ふうん、どんな魔法が出るのかしら。びっくりさせてちょうだい」
キュラナの言葉にラディは「おう」と応え、正面にいる人魚達を見据える。こちらの隙を窺う人魚達は何かの気配を察したのか、先手必勝とばかりに動いた。
次の瞬間、耳障りな悲鳴があがる。ラディ達の周囲に炎の輪が現れ、人魚達は自らその火に飛び込む形となったのだ。しかも、逃げようとしているのに火は追ってくる。結果として、ずっと火の中にいることになるのだ。
やがて火は小さくなったものの、その頃にはミイラ人魚のほとんどが黒焦げになっていた。かろうじて生き残った者も、さっきまでのように高速で移動することはできない。ラディ達が普通に歩いて近付いても、逃げ切ることは難しいまでに負傷していた。
「へぇ、やるじゃない」
「おー、いい感じじゃん」
「ラディ、すごい……」
「前よりうまくいったかな」
ラディが使った魔法は、炎輪と呼ばれる技だ。自分を中心にして、文字通り炎の輪が広がる。広がり続ける時間や力は、術者のレベルや魔力の強さに比例するが、今のラディのレベルでもミイラ人魚には効果があったようだ。
以前、山にある全ての物が灰色だったラパの岩山でこの技を使った。あの時よりは今の方が火の燃え続ける時間が長かったようだ。それだけ、ラディの魔力や技術が上がっているということ。
「囲まれることが多いだろ。ジェイや魔獣の誰かがそばにいてくれる状態の時は頼れるけど、そうでないこともよくあるからさ。今は火だけしかできないけど、風や土でもできるようにしたいなって」
火の山でこの魔法を使っても、効果はいまいち。最悪だとゼロ。だから、色々な属性で同じことができるようになりたいのだ。
「ラディ、勉強熱心だなー」
「命がかかってることが多いんだから、俺なりに勉強だってするよ」
「もう少し火が長く続けば、全滅までもっていけたわね。もう少し踏ん張れると、さらにいい感じよ」
言いながら、キュラナがふと横を向く。
「とどめはいいから、早くこの場を離れましょ。面倒に巻き込まれたくないわ」
「ん? あ、確かになー」
ジェイに言われるまま、よくわかっていないラディとレリーナも急いでその場から走り出す。その直後、大きな影が現れた。
海草のような木の影に隠れて見ていると、影の正体は鮫だ。実際の鮫を二人は見たことがないが、キュラナに匹敵する大きさ、いや、もっと大きいか。ラディの力でまともに動けなくなっている人魚も、現れた相手が悪いとばかりに逃げようとしている。
しかし、その場から動けたのはほんのわずかな距離。鮫は次々に生き残った人魚を巨大な口の中へ消してゆく。
「すげ……。あんな大きな奴が来たら、たとえ魔物でも相手にならないんだな。魔法は使えなくても、力で襲われたらそれまでだし。あいつ、魔物じゃないんだろ?」
「ああ。言ってみれば、ただの魚」
「ただのって……そう言っていいのかしら。あの人魚達の様子を見ていたら、どっちが魔物かわからなくなるわ」
「そりゃ、こんな場所に棲んでる奴が普通じゃ、生き残れないって」
あの場に残っていたら、ラディ達もエサの一部にされていた。逃げて正解だ。
鮫がこちらに気付く前に、さっさとその場を立ち去った。





