見付かった
食堂でランチをとり、レリーナは魔法の練習をするべくフィールドへ向かっていた。
だが、見慣れた廊下の途中に、見覚えはあるがそこにあるはずのない扉を見付ける。カロックへの扉だ。
フィールドの近くって、出しやすいのかしら。それとも、あたしが通る時間帯と扉が現れる時間帯が重なる場所がたまたまこの付近ってだけなのかしら。……やっぱり最初に比べると色が薄くなってるわよね。
カロックへの扉は、最初の頃は濃く暗い茶色だった。今はずいぶんと明るい茶色になっている。栗色とでも言うのだろうか。ラディとも話していたが、扉の色が薄まるにつれてジェイの身体の色も同じように薄まっているようだ。
ジェイはいつも扉から生えるようにして現れるが、もしかするとジェイと扉は同体なのだろうか。扉のように見えている部分もジェイの身体の一部、とか。
それなら生えるように見えるのも納得しやすい。レリーナ達と会話しやすいよう、扉から出て来ているように見せかけているのだろう。どう見ても生えてるような感じなのはご愛敬、ということで。
ラディがジェイと扉の色のことを言うと、ジェイはわざとらしいまでに話題を変えたと聞いた。その点は地図が完成する頃にわかるのだろう。
レリーナは扉を軽くノックする。いつものように、ジェイの姿が現れた。
「よっ、レリーナ。調子、どう?」
「悪くないわ。そう言えば、ジェイの調子はどうって聞いたことがなかったわね」
「オレはいっつも絶好調。具合が悪いなんて、考えたことないもんな」
確かに、今日は調子がいまいちでさ……なんて言葉は聞いたことがない。うらやましい限りだ。
「まさに健康優良児ね。扉、またあたしの部屋に出してくれる?」
「わかった。じゃ、後でなー」
そう言うと、ジェイの姿が消え、その後で扉も消えた。
いつも自分の部屋からカロックへ行くのだから、直接部屋に出してくれても……なんてことを思ったりもする。
だが、練習をして疲れて帰ったところで自分の部屋に扉を見付け、また疲れる魔物退治をしながらカロックを移動する、というのも大変だ。
そう思えば、練習を始める前にこうして事前予告をしてもらえるのはありがたいのかも知れない。
欲を言えば、前日に知らせてもらえたら予習練習なんてものができるんだけど……そこまでは頼めないわよね。この時間帯に出してもらうのも、ジェイははっきり言わないけど実は大変みたいだもん。さぁ、今日はラディに心配かけないようにして、がんばらなきゃ。
「レリーナ」
早く家に帰ってカロックへ、と歩き出そうとしたレリーナは、名前を呼ばれて立ち止まった。
今まで扉が現れる瞬間の前後には周囲に人がいないのが常だったため、レリーナは呼ばれて心臓が跳ね上がる。ラディの声ならそんなことはないが、声は女性のもの。
かろうじて悲鳴は出なかったが、思わず飛び上がりそうになってしまう。
振り返ると、そこにいたのはターシャだった。ロネールの魔法使いで、しかもトップクラス。時々ロネールの敷地内で会ったときに話すようになった女性だ。いつもならレリーナの姿を見ると、笑顔で挨拶してくれる。
だが、今日のターシャに笑顔はなかった。
「あ、ターシャ……」
「あなた、今誰と、いえ、何と話してたの?」
ジェイが消えた後で通りかかった、と思いたかった。だが、どうやらジェイと会話していたのを聞かれていたらしい。
ただ、ジェイの姿が小さいことと、扉と同じ色で同化していたため、離れた場所からではそれが何かをしっかり見られなかった。それをちゃんと認識するまでに消えてしまった、というところだろう。
もしくは……見えていてもあえて尋ねているかだ。
真面目な顔で問われ、レリーナはすぐに答えられない。想像したこともない意外な展開だったため、言葉が出ないのだ。
しかし、ターシャはそれを見て、レリーナが何か隠し事をしているように思ってしまう。
「そこにあるはずのない壁だか扉だかがあったわね? そこから何か現れて……レリーナ、何と話していたの」
そこまで言われて、今のは独り言です、とは言えない。
ジェイの姿はともかく、ターシャはカロックへの扉を見ていたのだ。レリーナがそれをゴマかすなんて、とてもできない。
「ちゃんと話して、レリーナ。場合によっては由々しきことよ。結界が張られているロネールに魔物が入り込んだのだとしたら、大問題だわ。それと話をしていたということなら、あなたが操られそうになっているか、もしくは魔物を引き込んだ犯人扱いだってされかねないのよ」
「え、そんな大きな話になるんですか」
ターシャの話に、レリーナは目を丸くする。魔物を引き込んだ犯人だなんて、完全なえん罪だ。そもそも、ジェイは魔物ではない。カロックで一番魔力の強い大竜だ。大きさはともかくとして。
だが、たとえジェイや扉の存在に関する確かな証拠がなくても、ロネールでトップクラスの魔法使いの証言と、単なる見習い魔法使いの証言では、レリーナが圧倒的に不利だ。周りがどちらの言葉を信じるか、火を見るよりも明らかである。
「あの、まず最初に言うと、ターシャがさっき見たのは魔物じゃありません」
ターシャがどこまでジェイの姿を見たかはともかく、そこはしっかり否定する。
「魔物じゃない? それなら、何だったの? 違うと言うからには、ちゃんと本当のことを話してくれるわよね」
「えーと……」
一瞬でこの場をすり抜ける言い訳が、レリーナの頭にひらめくはずもない。あまりにも予想外のことが起きて、正直なところ、頭の中は大混乱だ。
しかし、黙ってここから逃げることも無理だ。ターシャが見送ってくれるとも思えない。比べたことはないが、ターシャの足の方が速そうな気がする。レリーナの方が速かったとしても、それならターシャも魔獣を呼ぶなりするだろう。
仮に今日は見逃してもらっても(そんなことは絶対にありえないだろうが)明日以降も二人はロネールに来るのだから、次にどこかで会えば必ず捕まる。
ラディがブラッシュのことをジェイに話して、カロックに来ても構わないってことは言ってくれてたわよね。
ゴマかせない以上、本当の話をするしかない。だが、話しても信用してもらえないに違いないから、こうなれば実際に連れて行くしかないだろう。
「ターシャ、あたしは嘘はつきません。だから、話をちゃんと聞いてもらえます?」
「もちろん、いいわよ。こっちもこのまま見逃すなんてできないもの」
やはり、ターシャはレリーナを見送る気はないようだ。それはそうだろう。知らない人から見れば、さっきの状況は怪しさ満載である。
レリーナは軽く深呼吸した。
「さっきのは、異世界の竜です。扉は、異世界カロックへ通じているんです」
「異世界……カロック?」
ターシャは疑わしげな表情をすることもなかったが、納得は全くしていない。バカなことを言わないで、と怒鳴られないだけいいとしておく。
「さっきの竜はジェイ。大竜の試練というのをやっていて、あたしは協力者として呼ばれてます。彼が現れるってことは、またカロックに来てくれっていう依頼で、あたしは自分の部屋からカロックへ行くんです」
話しながら、あたしって話が下手だなー、とレリーナはちょっと自己嫌悪になる。もっとうまく話せれば、嘘っぽく聞こえないだろうに。
だが、あまりなめらかなしゃべりでも人は疑うことがある。結局は中身が突拍子もないものだから、どう説明したってそうだったのかと納得してもらうのは無理だ。
「大竜? さっきの小さいのが? 幻影で小さく見せてるの?」
「いえ、試練の間だけは小さいみたいです。本当はどれくらいの大きさになるのかはあたし達も知らないけど、かなり大きいらしいってことは聞きました」
「あたし、達? 他にもその『協力者』って人がいるの?」
おかしな部分があればすぐに突っ込めるようにか、細かい部分までターシャは気付いている。そういうことをするつもりはないが、やはりごまかしは一切利かない相手だ。
「幼なじみのラディが一緒です。彼もどこかで今の連絡を聞いていて、自分の部屋からカロックへ行くんです」
「レリーナ、信じてあげたいけど……」
いきなり異世界だの竜だのと言われ、信用する方がおかしい。どんなにターシャとレリーナの仲がよかったとしても、信用するには内容がぶっ飛びすぎだ。
しかし、レリーナだって嘘は言っていないし、このままここで膠着状態が続くのも困る。
「やっぱり信じられませんよね。ターシャ、時間はありますか? ロネールとあたしの家を往復するだけの時間だけでいいですから。えっと、だから……三十分くらいあれば」
「時間は構わないけど、三十分でさっきの話を私に納得させられるの?」
レリーナは嘘をつかないと言った。だから、ターシャとしてもそれを信じたい。それでも、あんまりな内容だから厳しいものがある。このままレリーナを放免し、その後ロネールの内外で何か事故が起きては困るのだ。見逃したターシャの責任問題にまで発展しかねない。
「できます。納得するしかないですから」
やはり、こうなったら連れて行くしかない。自分の目で見れば、誰が何を言おうがターシャも信じてくれるはず。いや、信じるしかない。
ここは、百聞は一見にしかず、だ。
☆☆☆
ターシャはレリーナと連れだって彼女の家へ向かう。
その間にも、レリーナはカロックへ行くことになったきっかけや、カロックでどういうことをしているかなどを話した。
とっさにひらめいた荒唐無稽の作り話にしては、細かい部分までレリーナは説明している。ターシャが時々突っ込んだ質問をしても、レリーナはちゃんと答えた。
ターシャはこれまでそれなりの回数の魔物退治をして、妙な地域も目にしてきたが、竜にお目にかかったことはない。ベテランの魔法使い達も恐らくそうだろう。
レリーナの話を嘘だと決めつけるのは簡単だが、絶対嘘だと言い切る自信も少し揺らいでいた。それだけ、レリーナの話にごまかしが見えないのだ。
レリーナの家に到着し、案内されるままに彼女の部屋へ入る。家へ入る前に、隣家が同じカロックへ行ったことのある魔法使いの家だと説明を受けた。もう一人の協力者ラディの祖父ヴィグランで、ロネールで活躍していたのだ、と。
ただ、故人ではその人に話を聞くこともできない。ターシャが、本当にレリーナの部屋で異世界のことがわかるのか、と疑問に思うのも当然だった。
「さっき見た壁って言うか、扉はこれだったでしょ」
机やベッド、タンスに本棚があり、所々に小さなぬいぐるみや人形。どこにでもありそうな女の子の部屋。
その部屋の壁の一部に、さっき見た茶色い扉があった。ベッドと本棚の間の壁に、不自然な扉。レリーナが言うように、さっき見た扉だ。絶対的な自信はないが、ほぼ間違いない。少なくとも、色はこんな感じだった。
「えっと、まだ確かめたことはないんだけど、もしかしたらターシャの魔力が少し下がってしまうかも知れないらしいです。それでも構いません? 完全になくなるっていうのではないと思うんだけど」
「異世界なら、何らかの不都合が生じるっていうのもありそうよね。いいわ」
ここまで来たら、断れない。それに、目の前には扉が確かにあるのだ。これを見てただ漠然と調べるだけなんてできない。
もしこれが魔物の仕業なら、ロネールのみならず一般家庭にも入り込んでいることになるのだ。ますます放ってはおけない。
ターシャの返事を聞くと、レリーナは扉を開けた。家の構造から考えて、扉の向こうは絶対に壁があり、扉が押し開かれることはない。開いたとしても、その向こうに部屋はないはず。
なのに、レリーナは当たり前のように扉を押した。そして、扉は開いたのだ。
そのままレリーナは扉の向こうへ足を踏み入れ、ターシャもその後に続く。
「え? 誰? まさか……」
そこには、ロネールの制服を着た少年がいた。さっきレリーナが話していた幼なじみのラディだろう。レリーナの後に続いて現れたターシャを見て、目を丸くしている。
だが、目を丸くするのはターシャも同じだった。
レリーナの部屋は二階だ。どういう仕掛けでか扉が開いたにしても、一歩入って草の生える大地に足を降ろすということはできない。少なくとも、レリーナのレベルでそんな魔法が使えるはずはないのだ。ターシャにだってできない。やるとすれば、前もって相当な準備をしなくてはならなくなる。
だが、ターシャの足は自然の中にある大地を確かに踏みしめていた。
「レリーナ、もしかして彼女……氷のターシャ?」
「うん」
レリーナはにっこり笑って頷く。
「氷? どうして氷なんだ?」
ラディの隣にいたジェイは、ターシャが来たことよりもそちらの方が気になるらしい。
「氷魔法がすごいとか、魔物に氷のような冷たさでとどめを刺すとかって聞いたけど」
聞かれたラディも噂程度に聞いただけ。そう詳しい訳ではないので、説明が少しあいまいだ。
一方で、小さくても確かに竜の姿をしているジェイを見て、ターシャは言葉を失っていた。
見習いであっても、その気になれば幻影を見せることはできるだろう。だが、目の前にいる竜は幻影ではない。余程高度な技術力があるならともかく、見習いレベルの魔法使いが幻影と話せるはずはないからだ。
そうなると……そこにいる竜は本物ということになる。
「ジェイ、彼女はロネールの魔法使いでターシャよ。ターシャ、あたしがさっき話をしていたのはこのジェイです」
レリーナがお互いを紹介する。さすがのターシャもすぐには言葉が出て来ない。
「ターシャか。オレは大竜のジェイ。今はこんなサイズだけど、そのうち元に戻ったら名前の通りになるからさ」
誰と会っても、ジェイの対応は同じだ。それを見て、レリーナはほっとする。いいと聞いてはいても、実際に誰かを連れて来ることでやっぱりジェイが気を悪くしたりしないか、少し心配だったのだ。
ラディの姉のテルラもカロックへ来ているが、その時は事情を知らないテルラがラディを追って来るという、いわば事故のような要素があった。今回は意図的に連れて来ているから、テルラとは状況が違う。それをジェイに言われないかと思ったのだ。
いくらいいって言ったからって本当に連れて来るかぁ? なんて言葉が出たらどうしよう、という不安がレリーナの胸の中にあった。本当に来てもいいんだ、とジェイの態度で確信する。
「ど、どうも……ロネールのターシャよ。あの……」
何から話せばいいのか、ターシャは戸惑う。魔獣と話したことは何度もあるが、竜とは一度もない。知り合いにもそんな人は一人もいないはず。そもそも、竜は魔獣の中に入るのだろうか。
とにかく初めてのことに、ターシャも妙な緊張感があった。
「レリーナに多少の話は聞いたんだけど……ここ、本当に異世界なの? 目の前にいるあなたが竜だなんて」
「みんなから見れば、ここは異世界だ。でもって、オレは竜。多少の話を聞いたってことは、試練の中身とかもわかってるよな。今回捜す分が見付かるまでは戻れないから、自分の世界へ戻る頃にはわかるって」
「かけら捜しをするだけでジェイが竜だってこと、わかるかなぁ」
「えー、何でだよ」
ラディの言葉に、竜が拗ねる。ターシャは竜が拗ねるなんて考えたこともなかった。
「だって、竜らしいところがないだろ。ってか、竜らしさって何かな。少なくとも今は俺の力とそう変わらないだろ。魔力のすごさもあんまり実感できないし」
「んー、もうちょっと大きかったらなぁ」
「いや、ちょっとくらいじゃ無理だって。魚に喰われたり、火に手を突っ込んでも平気ってところはどうかな」
「話だけで信じてくれるならな。ってか、それだと単に身体の丈夫さを言ってるだけになるだろ」
何だか軽い会話が交わされている。竜というのはもっと威風堂々としているものだと思っていたが、それは人間の勝手な思い込みらしい、とターシャは理解した。
「少なくともジェイが幻影ではない、というのは十分にわかったわ。それで、地図のかけらを捜すって聞いたけれど、それに私が同行しても構わないの?」
「構わないと言うより、した方がいいだろ。でないと、戻るまでなーんにもない丘の上で待つことになるからな。んー……見習いじゃない魔法使いなんだよな? やっぱ魔力がちょっと落とされてるか」
「え? 魔力が落とされてる? そんな感じはしてないけど」
来る前にも、レリーナがそんなことを言ってたのは覚えている。でも、ターシャにそんな自覚はなかった。
「まぁ、実際に魔法を使うまではわかりにくいもんだと思うぞ。でも、ラディやレリーナにも撃退できる魔物の方が多いから、何とかなるだろ」
「ジェイ、俺達の手に負えない魔物はカロックにもいるんだろ?」
「おう、たくさんいるぞ」
「ジェイ、そういうことをあっさり言わないでよ……」
今まで遭遇しなかったのは、ひとえに運のよさということか。
「だって、まずオレ達がそうだろ。あと、ラディが呼び出す魔獣も手に負えないしな」
竜や魔獣と対峙して勝てる自信は、ラディにもレリーナにもない。
「ジェイ、俺達が魔物って呼んでる奴で手に負えない奴はいるのか?」
「そりゃ、探せばいるさ。それに、弱くても集合体は強くなるからな。そういう奴が現れたらどう打破するか。魔力が落とされた状態でそんな体験を重ねるのも試練のうちだ」
「つまり、技や要領のよさが必要になってくる訳ね。それなら、私達の魔物退治だって似たようなものよ。どんなに魔力が強くても、絶対に通じる保証はないもの」
「……やっぱりテルラと違って落ち着きがあるよなぁ」
最初こそ戸惑っていたターシャだが、すぐ状況に順応している。この辺りが見習いと正規の魔法使いとの差だろうか。
今でこそ認定試験をパスしたテルラだが、カロックへ来た時はかなり騒いでいた。ずいぶんな違いだとつくづくラディは思う。ターシャは普段から魔物退治に出向いているから、その経験の差もあるのだろう。
「そう言えば、どうしてレリーナはターシャを連れて来たんだ? テルラの時みたいに巻き込まれた感はないみたいだけど」
ラディに言われ、その点を話していなかったことにレリーナも気付いた。
「ジェイと話をしているところに、ターシャが通りかかったの。で、さっきのは何だってことになって」
その後の事情を簡単に話す。
「あれ。二人が面倒なことにならないよう、周りには注意してたつもりなんだけどなぁ。ちょっと扉を出す時と場所がマズかったか」
「ジェイ、やっぱりその点も考慮してくれてたのか」
「そりゃ、大勢の人間がいる所でいきなり扉が現れたら、ちょっと騒ぎになるだろ」
「ジェイ、すっごい騒ぎになるわよ。まして、その扉から竜が出て来たら余計に」
「やっぱり? 次の時はもうちょっと注意する。悪かったな」
ターシャはレリーナに言われるままカロックへ来たが、話も聞かずにただ詰め寄るような人間に見られたら大変だ。見られたのがターシャだったのは運がよかったと言える。次からはジェイも注意してくれるようだから、今回のようなことはもうないだろう。
「あら、そう言えばジェイだけにしか自己紹介してなかったわね。今更だけど、ターシャよ。よろしくね、ラディ」
「ど、どうも。ラディです。上級1のクラスです」
ロネールでブラッシュと並ぶ美形かつ有能魔法使いを前にして、ラディは改めて緊張する。顔は遠くから見て知っていたが、こうして目の前で見るとやはり美人だと再認識した。
その美人と握手した、とクラスメイトのマイズが聞いたらうらやましがるだろうか。もしくは、どうしてラディばっかりトップクラスの魔法使いと知り合いになるんだよっ、と怒るかも知れない。
「フェラド先生のクラス? あ、もしかして、グリフォンと契約したって見習い、あなたなの?」
「ええ、まぁ」
グリフォンとの契約は、ラディの知らない所でも話題になっているらしい。
「ラディは色んな奴を呼ぶぞ。ここでもグリフォンを呼んだし、ロック鳥や麒麟も呼んだよな。翼狼や炎獅子だって、種族こそ珍しさには欠けるけど、かなりレベルの高い奴ばっかでさ」
「ロック鳥に麒麟? ロネールにいる魔法使い達だって、そう簡単に呼べる魔獣じゃないわよ。それを……ラディが召喚しているの?」
驚いたのも一瞬、見習いが一人で召喚をするのは禁止、というロネールの規則がターシャの頭にもよぎったらしい。レリーナがすぐに説明する。
「あ、その話はまだしてないですよね。ここから移動するのに、どうしても魔獣の力が必要なんです。で、ラディが協力してくれる魔獣を呼ぶんです」
「それにしても、話を聞いてるとずいぶん大型ばかりを呼んでるようね」
「人間二人が乗れるサイズを頭に浮かべると、どうしても大型になりますから。俺は特に珍しい魔獣を呼んでるつもりはないんだけど」
「あなたが契約したグリフォンは呼ばないの?」
「世界が違うから無理……だよな?」
試したことがないので、わからない。ラディはジェイの方を見て確認する。もし可能であるなら、カイザックを呼びたい。彼もカロックには興味を持っているようだし、呼ばれたら喜んで来てくれるはずだ。
「ラディにはちょっときついかな。異世界同士の道をつなげるの、結構大変だったりするからさ。ラディとその魔獣との間に道ができたとしても、茨道って感じかな。呼んでも、向こうが嫌がるだろ」
「だけど、私達はこうして何の障害もなく来てるわ。そんな道を造れるってことは、竜ってやっぱりすごいのね」
「まーなー」
ターシャの言葉に、ジェイは素直に喜んでいる。すごい力を持っているのに、子どもみたいだ。
「んじゃ、ラディ。今日の召喚、よろしく」
「わかった」
「お手並み拝見ね」
「ふぅん。ターシャは規則がどうって言わないんだな。ラディの姉貴なんて、猛反対してたぞ」
「だって、今までずっとやってたんでしょ。それに、ここでは私は新参者だもの、口を出せる義理じゃないわ」
「ラディもこんくらい柔軟になれよ」
ジェイにからかわれ、ラディは苦笑する。気を取り直し、召喚の呪文を唱えた。
呪文が終わると、黒い光の玉が現れる。その中に銀の光が何度も走った。まるで闇夜に稲光が走っているようだ。人間の頭程の光は見ている間に大きくなり、やがて大型の魔獣が姿を現した。
真っ黒な体毛の魔獣は馬の形に似ていたが、馬ではない。その顔にラディ達は見覚えがあった。ジェイに似た顔に角を生やしたその姿は、以前にも呼び出したことのある麒麟だ。たてがみと尾、蹄の上付近は銀色の毛で、まさにさっき見た光が具現化したような姿をしている。
ここで一番驚いているのは、やはりターシャだ。彼女もそれなりにたくさんの魔獣を見て来たが、グリフォンや竜と同様に麒麟も見たことがない。さっき話では聞いたが、目の前に現実として現れるなんて思わなかった。
カロックだから現れやすい、ということはあるのだろうか。いや、それだけではないはず。
ターシャはラディの実力を知らないものの、こういった魔獣を呼び出す才能が彼にはあるに違いない。自分達の世界でグリフォンを呼べるくらいだから、少なくともこの魔法については他の魔法使いより秀でている。
それにしても大きい。普通の馬の二回りは大きいように思える。並べば背中が背の高いラディの頭のてっぺんと同じ高さにあるし、顔はもちろんもっと上だ。
「この世界では珍しい顔ぶれだな。お前が私を呼んだのか」
人間なら二十代後半かもう少し上、といったくらいか。落ち着いた低い声だ。以前力を借りたシャルゼアより角が太く長く、身体も大きいので雄だろうとは予想していた。
「ああ。俺はラディ。大竜の試練で協力者をしている。俺達がここにいる間、お前の力を借りたいんだ。移動や、魔物が現れた時の排除で」
後ろで聞いていたターシャは感心していた。
ラディの声には全く震えがない。見習い魔法使いがこんなに大型の魔獣を呼び出せば、普通は相手の大きさに気圧されたりして恐怖心を抱いてしまうものだ。そっぽを向かれないまでも、まともな会話が続かずに時間だけが無情に過ぎ、魔獣はさっさと帰ってしまう、ということが多い。
正規の魔法使いであっても、ここまで大きな魔獣を見ては平常心でいられない者もいる。魔物退治に向かう魔法使いでも、普通の馬サイズの魔獣を呼ぶのがせいぜいだろう。
実際、ターシャもこんなに大きな魔獣は呼び出したことがない。
「ここにいる間? それは長いのか?」
「断言はできないけど、いつものパターンだとだいたい一日かからないくらいだ」
「うまくいって、半日くらいかなぁ。以前にも麒麟に手伝ってもらったことがあるんだ。同族もやったことがあるってことで、頼めない?」
「……ジェイの頼み方って、いつもああなの?」
聞いていたターシャが、横にいるレリーナにこそっと尋ねた。聞かれた方のレリーナは苦笑しながら頷く。
「あんな感じです。いつも大丈夫かしらって思うんだけど」
麒麟の方はジェイの口調に気を取られている様子はない。
「同族? 誰のことだ」
「シャルゼアだよ。銀色の毛に黒い瞳の、もし人間になったら美人で落ち着いた女性になりそうな感じでさ。麒麟は数が少ないってその時に聞いたけど、知ってるかな」
「ああ、彼女か」
そんなに詳しく身の上を話した訳じゃない。名前と見た目、それからラディの個人的な感想でしか彼女のことを伝える術がなかったが、目の前の麒麟は知っているようだ。
「確かに彼女は常に冷静で理知的であり、美しい。そうか、シャルゼアが大竜の試練に関わっていたとはな」
仲間がほめられたとあってか、麒麟は気をよくしたようだ。
「わかった。付き合ってみるのも悪くないだろう」
「ありがとう。頼むよ」
黒い麒麟はデアゼルトと名乗った。ラディは後ろで控えていたレリーナとターシャを紹介する。
「人間三人くらい、簡単に乗れそうね」
「その辺りをイメージして詠唱したから。無理そうなら二体呼ぶのもありかな、とは思ってたんだけど」
「ラディはいつもそういうことを考えながら召喚しているの?」
「最初にジェイから二人が乗れそうな魔獣って言われたから、ずっとそのイメージです」
都合よく大きな魔獣が来てくれたと思ったターシャだったが、ラディは最初からそのつもりで呼び出していたのだと知った。ターシャはいつも自分一人が乗れればいいと考えていたので、そういうイメージを浮かべたことがない。だが、ここでは確かにその考え方では移動に困るだろう。
「あ、そうだ。ジェイ、今日の行く先をまだ聞いてなかったわ。どんな所なの?」
「そうだっけ。今日はイスクって山だ。雪と氷がいっぱいの所」
それを聞いて、寒いのが苦手なレリーナとターシャは渋い表情になった。





