レリーナの召喚
ラディは自分の手の中にある水晶を見て、小さくため息をひとつついた。
すっぽりと手の中に収まる水晶は、一部が少し欠けている。さらにそこから中央に向かって亀裂が入っていた。
ラディは週一回の割合で、異世界であるカロックへ呼ばれている。そこにいる大竜のジェイに課されている大竜の試練で、ラディは幼なじみのレリーナと共に協力者として選ばれたのだ。
ばらばらになった地図のかけらを捜すという目的を果たすため、カロックのあちこちへと移動する。昨日の日曜日もそうだった。
そこまでなら、いつもと同じ。
ただ、昨日はレリーナが魔物の仕業でラディ達と引き離されてしまった。ラディの前にも魔物が現れたため、それに応戦した後でレリーナと連絡を取ろうとしたのだが……魔物の相手をしている時に水晶が落ちてしまったのだ。
何が起きて引き離されるかわからないからと、ラディは同じ水晶をレリーナにも渡している。これがあれば、もし離れても連絡が取れて何とかなるだろうと考えたのだ。
実際、何度か役に立っている。ラディが引き離された時、レリーナにおおよその現在地を知らせることができ、事なきを得たのだ。
しかし、レリーナが引き離された時は、悲しいかな役立たずに終わっている。
一度目は、レリーナがよそへ飛ばされた時かその直前に水晶が転がり落ちてしまったらしい。レリーナの水晶はラディの手元に残った形になり、二つが同じ場所にあってはどうしようもなかった。
そして、二度目の昨日。レリーナといざ連絡を取ろうとしたら、ラディの水晶にこうしてひびが入って使い物にならなくなっていたのだ。
どちらの時もラディが召喚した魔獣によってレリーナは助けられているものの、それがなければどうなっていたかわからない。
水晶を持っていても、似たようなことが起きてまた使えない状況になってしまうことはあるだろう。だが、行くのは異世界だ、転ばぬ先の杖はあった方が絶対にいい。割れたから仕方がないね、で済ませる訳にはいかないのだ。
ただ、この水晶は単なる置物や装飾品の水晶ではなく、魔法道具として使うもの。力のある魔法使いであれば、何も施されていなくても使いこなすのだろうが、見習いのラディには使えるように多少の細工がされたものでなければ無理だ。
そして、その細工がなされた分、値が張る。形ある物はいつか壊れるが、そう簡単に壊れてもらっては困るのだ。
授業が全て終わると、ラディはこの水晶を買った店へと向かった。
魔法道具専門店ジックの店主ユードは、ロネールの出身だ。後輩である見習い魔法使いが頼み込めば多少の融通は利かせてくれるが、彼も商売だから限度がある。
かと言って、ラディもレリーナの分を含めてこれで三個目の水晶になるから、経済状況がかなり厳しい。
半額くらいにしてもらえないかな。
ちょっと厚かましいことを考えながら、ラディはジックの扉を開いた。明るくはないが暗くもない店内は、いつ来てもどことなく不思議な空気が漂っている。やはり扱う商品が全て魔法に関わる物だからだろうか。見習いでもそう感じるのだから、普通の人が入ったら気圧されてしまうかも知れない。
カウンターの奥では、店主のユードが何やら小物を磨いていた。ラディよりも長身のユードは、背が高いと言うよりひょろ長いイメージを受ける。三十代半ばとどこかで聞いたことのある店主は、自分でも魔法道具の開発を手がけたりしているらしい。
「こんにちは」
「おう、いらっしゃい」
砂色の髪に薄い青の瞳の彼は、知らなければとても魔法を使う人のようには見えない。どこにでもいそうな壮年男性である。
「あの……これって直る、かな」
新品を買うより先に、割れた水晶の修理が可能かを尋ねてみる。
「あー、ずいぶんな傷だなぁ」
水晶を受け取ったユードは開口一番、ラディが不安になるようなことを言う。欠けたり亀裂が入っていたりしているのでひどい傷だとは思っていたが、専門家が見ればそう大したことはない……と言ってもらいたかったのだが。雲行きはよろしくない。
「これ、確か三ヶ月くらい前に買った物だろ」
「うん、そう……。よく覚えてるね」
客はラディだけではないだろうに、いつ頃買ったかまで覚えていた店主に驚く。
「そりゃ、うちの大切な商品のことだからな。まして、二つ同時に買ったんだから余計に頭に残るってもんだよ」
普通に見てもわかるが、ユードは窓の方を向いて光にかざすようにしてさらに水晶の傷を確かめた。
「無理」
きっぱり言われた。
「どうしても?」
あきらめきれず、ラディは食い下がってみる。ユードは軽く肩をすくめるだけ。
「仮に直ったとしても、傷は完全に消えない。それに、明らかにパワーダウンする。通信するとしても、途切れ途切れになるだろうな。使ってるうちに完全に切れることもありえるぞ」
それは困る。移動手段も限られ、途方もなく広い異世界にばらばらで放り出された時、この水晶は命綱になりえるのだ。途切れ途切れなら何とかなっても、それが完全に切れるなんてことになったら、最悪のことも……。
「落ち所が悪かったんだ。もう少し壊れにくいのってないの?」
「落としやすい状況だってことがわかってるなら、最初に保護の魔法をかけておくんだな。それでずいぶん変わってくる。でも、このクラスではそれをしたって限度があるなぁ」
「クラスって?」
「質だとか希少価値の度合いとか色々あるけど、率直に言えば値段が高いかどうかだな。値が張っても、それだけ硬度の高い物に仕上がる。使える魔法のレパートリーも増えるしな。このクラスだと、かろうじてお互いの顔を映しながら通信できるってところか。あと、もろいからこうしてすぐに欠けてしまうんだ」
つまり、値段の高い安いにはそれなりの理由がある、ということ。高い水晶を買っていれば、こんな傷はできなかったかも知れない。ラディの水晶が重傷でも、高い水晶はかすり傷で済んでいた、ということもあるのだ。
「だけど、見習いのきみなら、これくらいでも十分に使える物だと思うよ。独学でもっと高度な勉強をしてるなら別だけど。もしくは懐に余裕があるなら、こちらとしても高い物を買ってもらえると嬉しいけどね。この前来た時も見ていたから、だいたいの値段は知っているだろ?」
ラディは水晶の玉が並んでいる陳列棚に目をやる。確かに、この水晶を買った時もその棚を見て、自分に買える値段として選んだのだ。
これより一つ上になっただけで、数字がポンと跳ね上がって「何でこんなに変わるんだよっ」と心の中で怒ったことを覚えている。このクラスの水晶が、今のラディにはぎりぎりなのだ。
「これより一つ上の水晶、負けてもらえない?」
「値引きしても、劇的に安くはできないよ」
ユードが提示した数字は、ラディの予算をしっかり超えていた。元々の値段が結構な額なのだ。ゼロの数が違う。これ以上交渉しても、予算範囲内にまで落とすのはまず無理だ。あきらめるしかない。
「まだ働いて給金を得てる訳じゃないんだろ? 上の水晶は、職務部に入ってからにした方がいいな」
がっかりはしたが、無理に高い商品を売りつけられるよりはいいかも知れない。それに、自分が落とさないようにすれば壊れることもないのだ。そこは自分次第。
ラディは潔くあきらめ、壊れた水晶と同じ物を購入した。
「あ、保護の魔法ってどうやれば?」
前回と同じく、少し値引きしてもらったラディは、ユードがさっき口にした魔法のことを聞くのを忘れなかった。
☆☆☆
レリーナの胸は高鳴っていた。
どきどきももちろんあるが、今はどちらかと言えばわくわくの方が強い。
いよいよ楽しみにしていた召喚の授業が始まるのだ。
週明けの二日間、呪文だの理論だのの座学をこなし、いよいよ実技の時間が来たのである。
もっとも、レリーナのいる中級2のクラスで行われる召喚は、初級編である。魔力の弱い妖精や小さな魔獣を呼び出すというもの。ラディのいる上級1のように、大きな魔獣はまだ呼び出せない。呪文の違いはわずかなものなのだが、その違いが呼び出す相手を分けるのだ。
ちなみに、契約もお互いの合意があればやっていいことになっている。進級組で初めて召喚をする者のほとんどは、そこまで手を出そうとしない。数期の残留をしている者ならやろうと思ったりもするのだが、呼び出すことに精一杯の進級組は気持ちも技もそこまでには至らないのだ。
レリーナも、召喚については楽しみにしていた。だが、契約はあまりピンときていない。とにかく魔獣を呼び出せるようになれば、カロックで助けてくれた翼のある猫のシュマが呼び出せる。レリーナの目標はそこにあるのだ。
カロックに呼ばれるようになって四度目の時。レリーナだけがよそへ飛ばされ、ラディやジェイと離ればなれになってしまった。
今より一つ下のクラスだったし、召喚の授業はまだない。独学で勉強もしていなかった。なので、レリーナにはその場で魔獣を召喚し、ラディ達の所へ帰ることもできなかったのだ。さらには小さいが多数の魔物が現れて囲まれ、生きた心地もしない。
その時、以前ラディが召喚したシュマが現れた。レリーナにとって、幸運以外のなにものでもない。魔物も逃げ出し、その場は何とか助かった。
しかし、シュマはたまたま通りかかっただけだ。覚えのある気配が気になって現れたようだったが、レリーナが呼び出した訳ではない。シュマがその場を去っても、レリーナは文句を言える立場ではないのだ。
その時、シュマはレリーナを助ける条件を出した。
レリーナが召喚をできるようになったら、シュマを一番に呼ぶようにと言ったのだ。今は未来のレリーナに呼ばれたことにしておくから、と。
きっとシュマは絶対に呼べ、と強制するつもりはないだろう。レリーナ達がカロックへどれだけの回数来るかもわからないし、ジェイの試練が終わるまでにレリーナが召喚できるようになるかは不明だ。できずに終われば、異世界の人間はもう来たくても来られない。
シュマはその辺りの事情をちゃんと知っているから、たぶんそんなに期待はしていないはず。レリーナを助けたのは、あくまでも彼の厚意だ。
そのことはレリーナも気付いているが、それはそれ。シュマはレリーナの恩獣だし、もう一度会ってちゃんとお礼を言いたい。
シュマとの約束を守るべく、レリーナは召喚に気合いが入っている。
ただ、あくまでもシュマを呼び出すのが目標のレリーナは、授業の中ではセットになっている契約については深く考えていない。しかし、どんな相手を呼び出すにせよ、もしも意気投合したら契約という結びつきを作っても損はないだろう。
授業では、契約についてはかなりさらっと流された。もちろん、呪文はちゃんと教えられたが、召喚と比べて費やす時間は半分以下か。今のクラスでは契約が必須ではないからだ。
まずは妖精や魔獣を呼ぶことに慣れる。それがレリーナ達のクラスの目的であり、目標。契約は二の次だ。
ただ、呼び出した相手から契約しようと持ちかけることもあるため、一応知っておきなさい、ということで習う。
もっとも、契約するかどうかは魔法使い自身が判断して決めることなので、独学に頼る部分がかなり大きい。授業では、基本的な呪文を習うだけ、と言っても過言ではない。だから、さらっと流される。
そのため、レリーナは月曜の夜にラディに相談していた。タイミングよく、ラディが新しい水晶を手に入れた晩のことだ。
「ラディはカイザックと契約した時はどうだったの?」
「言ってなかったっけ。光文字を使ったんだ」
カイザックは金色のグリフォンだ。レアな魔獣を見習いが呼び出して契約したとあって、一時ロネールは騒然となった。
「光文字って、あんまり強制的な契約じゃないのよね?」
「ああ。みんなはもっと縛りの強い契約にすればいいのにって言ってたけどさ」
「もし契約ってなったら、あたしも光文字の方がいいかしら」
まだ契約すると決まった訳ではないが、強制的な魔法なんて自分には合わない気がする。
「それはレリーナ次第だよ」
それはそうだ。どんな魔法でつながるか、レリーナとその魔獣との話なのだから。
「うん……。ラディはどうして光文字を使ったの?」
「俺はさ、ジェイを見てたら魔獣を手下扱いにするのはいやだと思った。だから、一番縛りの緩い契約方法にしたんだ」
「ジェイを見てたら?」
「ジェイは本来、カロックで一番強い魔力を持つ大竜だろ。だけど、そんなことを感じさせない。まぁ、あのサイズだから余計そう思うんだろうけどさ。ジェイはいつも魔獣に軽く頼むよって言って、無理強いはしないだろ。俺もそういうことはしたくなかったんだ。契約は人間にしか使えない魔法だけど、そういう権力を笠に誰かを従わせるのって俺のスタイルじゃないなって」
確かにジェイの頼み方は聞いていて大丈夫か、と言いたくなるくらい軽い。でも、無理強いはしたことがない。その気になれば、いくらでも強制できそうなのに。今は力を抑えられているが、協力しなければ試練が終わった後で魔力が戻れば制裁しに行く、なんてことも……言おうと思えば言えるだろう。それをしないのは、どんなに強い魔力を持っていてもジェイが相手を尊重しているから。
「そっか。優しいラディらしいな」
「え……優しいとか、そういうんじゃ……」
明らかに戸惑っている声のラディに、レリーナはくすくす笑う。
「と、とにかく。俺はその契約方法でよかったと思ってる。だから、この前もカイザックの方から会いに来てくれたしさ」
「主従関係になると、そういうのってないの?」
「俺は聞いたことがないな。絶対ないとは言えないだろうけど。だって、主人が呼んでもいないのに従者が自分から現れることって、普通はないだろ? 下手したら、誰も呼んでないのに来るなって叱られるかも知れないんだし」
ラディの使った光文字の契約は、いわば仲間関係。もちろん、時と場合にもよるが、家に友達が来て怒る人はあまりいないだろう。魔獣の自由度が高い契約なのだ。
「俺は認定試験をパスしたら、魔物退治をしたいと思ってる。だから、カイザックみたいな大型の魔獣の登場も、俺がいきなり切り出した契約に同意してくれたこともありがたい。だからなおさら、主従関係のような契約はしたくなかったんだ」
「うん……あたしも魔獣を従えたいなんて思わないわ。じゃあ、契約できるとしたら、光文字にしようかな」
「相手が簡単に破棄してくるかもってリスクを承知なら、いいんじゃないかな」
「いいわよ。破棄されるってことは、お互いのどこかに問題があったんだわ。人間同士の友達だって、ケンカの結果によっては絶交ってこともあるんだし」
ラディから契約方法によるメリットとデメリットを聞き、レリーナも光文字の契約をすることに決めた。
一応、ラディから呪文を聞いたが、次の日に図書館へ行ってしっかり頭にたたき込む。だが、やはり初めての魔法は呪文をしっかり覚えたつもりでも緊張するものだ。
魔法の練習場であるフィールドには、クラスメイトと担任の他に魔法使いが数名いる。間違えておかしな魔物が呼び出されたり、現れた魔獣が暴れた時に対処するための要員である。
もちろん、全員が正規の魔法使いなので、事故が起きない限りは手間取っている見習いがいるとアドバイスをしたりして講師の補助をしてくれるのだ。魔法使いの数が多いと、微妙に緊張して落ち着かない気もするが。
残留組が次々に妖精や魔獣を呼び出し始める。羽のある人形のような妖精や、犬や猫サイズの魔獣があちこちで次々に現れた。それを見て気後れする者もいれば、奮起して呪文を唱え出す者もいる。
レリーナは深呼吸を一回して、魔獣を呼び出す呪文を唱えた。目標はカロックでシュマを呼び出すことなので、レリーナは最初から魔獣を呼ぶつもりだ。今練習しておかなければ、シュマを呼び出すチャンスがないままジェイの試練が終わってしまう。そうならないためにも、しっかりできるようになってこの魔法をカロックで使えるようしなければ。
どうか来てくれますように。
呪文が終わると、レリーナの前に白い光の玉が現れる。その輪郭は、淡いピンク色だ。大きさは人の頭くらいだったが、見ている間に大きくなる。最後には高さがレリーナの胸辺りまで来る程に大きくなった。幅はレリーナよりもある。その光だけ見ていれば、他のクラスメイトの誰よりも大きい魔獣が現れそうだ。
大型の魔獣が出て来るはずはないけど……思ったより大きい子が来てくれたみたい。ラディの召喚をいつもそばで見ているから、かしら。
そう考えているうちに、光の玉は魔獣の形を作っていく。やがて、そこに現れたのは馬の魔獣だった。炎馬と呼ばれる魔獣だろうが、目の前の炎馬は大きさがポニーレベル。まだ子どもだ。
「きれい……」
レリーナは思わずそうつぶやいていた。
現れた馬は、白馬だ。たてがみと尾、蹄の上の毛は朱色の炎が燃え、こちらを見る瞳はピンクサファイアの色。光の玉が白く、輪郭がピンクだったのは、この身体の色を反映していたのだ。
「きれい?」
魔獣の声は、人間なら十二、三歳くらいの少女といったところか。年齢はともかく、女の子だ。カロックでラディが呼び出した魔獣の中に女性は何度かいたが、みんなレリーナより大人の女性、という感じだった。少女というのは初めてだ。
その少女は、ちょっと不機嫌そうな声。その口調に、レリーナは授業で言われた注意を思い出した。
今回使う呪文で呼び出す魔獣は小型が主であるが、大型魔獣の子どもも含まれている。まだ小さくて力が未熟だから、この呪文にも引っ掛かるらしい。
だが、小さくても魔力の高い魔獣の子ども。子どもであっても、プライドはそれなりに高いのだ。なので、気軽に「かわいい」といった子ども扱いしているような言葉は口にしないように……と言われていた。かわいいという言葉は、魔獣によっては褒め言葉にならない、というのだ。
今、レリーナは体毛の白さとピンクサファイアの瞳、朱色のたてがみを見てきれいと言った。素直な感想であり、特別ほめたつもりでもない。
だが、それはあくまでもレリーナの感情。相手がどう取るかは、相手次第だ。
そして、その不機嫌そうな声は、レリーナの言葉がいい方向へ向かわなかったことを示している。
「気を悪くしたなら、ごめんなさい。あなたの見た目がとてもきれいだから」
「本当? 本当にそう思ってる?」
「ええ、思ってるわ」
言いながら、レリーナは心の中で「あれ?」と首を傾げた。最初は不機嫌に思えた口調が、今度は拗ねたような口調に聞こえたのだ。
レリーナと魔獣の間は三歩程の距離があったが、レリーナはそっとその距離を縮めた。一気に動くと逃げられたり、下手したら攻撃されることもあるので、あくまでもそっと。
「あたしはレリーナ。ロネールの見習い魔法使いよ。召喚の授業をしているの。そして、あなたが来てくれた。名前、教えてくれる?」
「フィーアよ」
言い渋るかと思ったが、案外あっさりと教えてもらってほっとする。
「初めまして、フィーア。あなたは……炎馬、でいいのよね?」
「ええ、そうよ。そうは見えないでしょうけど」
拗ねた口調に、レリーナは今度こそ首を傾げた。
「そうは見えないってどうして?」
「だって、私のたてがみは赤くないもん。しっぽだって……」
フィーアの言う通り、白くない部分の体毛は全て朱色だ。赤系の色には違いないが、赤ではない。
「目だって、みんなは赤いのに」
「炎馬の子はフィーアみたいな色じゃないってこと?」
「みんな、赤いわ。だけど、フィーアは赤くないって……」
つまり、みんなと違う色だから、フィーアはコンプレックスを抱いているのだ。それをレリーナが「きれい」と言ったので、フィーアとしては本当だろうかと疑いのまなざしを向けることになった。
本来なら炎のように赤いたてがみを誇り、炎馬だと名乗るところを、堂々と名乗れないので「そうは見えないでしょうけど」と相手の言葉を先取りして。
そのことがわかり、レリーナは目の前の魔獣が何だか無性に愛おしくなる。
カロックではいつも、成熟した魔獣ばかりと接していた。だから、幼いということで単純にかわいいと思ってしまうし、魔獣も人間と同じようにコンプレックスに悩むんだと思うと元気づけてあげたくなる。
「ねぇ、フィーア。あたしはフィーアのたてがみも瞳も、とてもきれいだと思うわ。赤系の炎馬を見るのは初めてだけど……青いたてがみの馬を知ってるの。彼も炎馬だったと思うんだけど」
カロックで最初にラディが呼び出したのは、青いたてがみの白馬リーオンだった。炎馬で間違いないだろうが、今考えるとちゃんと確認していない。あの時は魔獣を呼び出した、というだけでラディはもちろん、レリーナも興奮して種族のことは頭から完全に抜けていた。
「別の仲間だけど、青いたてがみの炎馬もいるよ」
「そう。じゃ、やっぱり炎馬だったのね。青いたてがみ、とてもきれいだったわ。青の瞳も宝石みたいで。赤いたてがみや瞳もきっときれいでしょうね。フィーアもきれいよ。そのピンクサファイアの瞳、初めて見たわ。あなたが最初に現れた時、光の玉だったでしょ。その輪郭がピンクで、何てかわいい色かしらって思ったのよ」
「……本当?」
レリーナが真っ直ぐほめるので、フィーアはどこか照れくさそうにしている。
「ピンクが好きな女の子って、人間には多いのよ。そういう人達が見れば、みんなかわいいって言うわ。フィーアの身体はとても白いから、そのピンクの瞳がさらにキュートに見えるの」
「そ、そっかな」
声を聞いている限り、フィーアの機嫌は直ったようだ。
「だけど、仲間の男の子はいつもフィーアをからかうの。たてがみが赤くない、瞳も赤くないって」
「フィーアがかわいいから、ついからかいたくなるんじゃないかしら。人間の男の子ってそういうことをする子が多いのよ。その点は魔獣も同じじゃないかしらね」
からかう魔獣の真意は、当然ながらレリーナにわかるはずもない。あくまでも一般論だし、それが魔獣にも当てはまるかは知らない。でも、そんな気がする。
「そうなの、かな」
フィーアはレリーナの言葉に何となく納得したようだ。
「ねぇ、本当にフィーアはかわいい?」
「言っていいなら、何度でも言うわよ。とーってもかわいいわ」
魔獣の子どもに「かわいい」と気軽に言うな、と注意されたが、今は言ってあげるべきだとレリーナは思った。それに、フィーアは本当にかわいい。
「フィーア、あなたに触ってもいい?」
「いいよ」
最初の疑いのまなざしはどこへやら、あっさり許可がおりる。その頃には、レリーナとフィーアの距離は半歩まで縮まっていた。レリーナは手を伸ばしてフィーアの背中をなでてみる。ベルベットみたいで手触りがいい。
「気持ちいい」
炎馬と言っても程よく温かく、触れていて本当に気持ちがよかった。
一方で、フィーアは自分のそばに来たレリーナの方に顔を向け、その匂いを嗅ぐ。
「仲間のお姉さんと同じ匂いがする」
「え? あたしが炎馬と同じ匂い?」
「あ、炎馬とは違うけど、えーと……」
「もしかして、雰囲気がってことかしら」
「うん、そう」
仲間の中に、一つ上のお姉さんがいる。姉妹ではないが、フィーアはお姉さんと慕っていた。
さっき話した男の子もだが、他の仲間からも色の違いでからかわれることの多いフィーア。だが、そのお姉さんだけはフィーアのことをきれいだと言ってくれるのだ。
レリーナはフィーアのなでる手を背中からたてがみの方へと動かす。たてがみは確かに炎なのだが、触れても全然熱くない。
さらに上へと移動し、頭をなでるとフィーアは目を閉じて気持ちよさそうにしている。端から見ても、フィーアは完全にレリーナに懐いていた。
フィーアの頭、あたしの胸くらいの高さだけど、成獣になったら頭のてっぺんなんて簡単に届かないくらいまで大きくなるのよね。リーオンのことを考えれば、普通の馬より大きくなるんだろうし。でも、子どもだと本当にかわいい。
「ねぇ、どうしてレリーナはフィーアを呼んだの?」
「フィーアをって訳じゃないけど、魔獣の誰かに来てもらって話がしたかったの」
「契約?」
子どもでも、そういう言葉を知っているのだ。
「できればいいなとは思ってるけど、それは相手がしてもいいよって言われてからね」
「フィーアのお父さん、魔法使いと契約してるよ」
「あら、そうなの? じゃ、その魔法使いが魔物退治する時なんかに呼び出されたりするのかしら」
「うん、そうみたい。でも、魔法使いにほめられたって話、聞いたことないよ」
「ほめる?」
「レリーナがフィーアをかわいいって言ってくれたみたいに」
それはレリーナも聞いたことがない。魔物退治で呼び出し、終われば協力してくれたことに感謝の言葉を口にすることはあるだろうが、お前はすごい、とほめることはあまりないだろう。その魔獣の力がすごいとわかっているから契約し、仕事で呼び出すのだから。仕事の度にいちいちほめる魔法使いはそういないだろう。
でも、ラディならほめそうね。もしカイザックと魔物退治をしたら、後で「お前ってやっぱりすごいな。大したもんだ。頼りになるよ」なんて言葉をかけそうだわ。
もしくは、その魔法使いもちゃんとお礼と一緒にフィーアの父親をほめてるかも知れない。ただ、父親が娘の前で魔法使いにこうほめられた、という話をしていないだけで。
「魔物退治なんて、ものすごく大変そう」
「んー、魔物のレベルや数によっては、そうね」
カロックで魔物を相手にしているレリーナは、大変という点は否定できない。
「だけど、フィーアのお父さんならどうってことないかも知れないわよ。お父さんが強いから、魔法使いは契約したいって言ったんだろうし」
「うん。お父さんは強いよ。……レリーナも魔物退治するの?」
「あたし? ううん、しないわ。あ、それって将来はって意味よね? あたしは魔獣達のことをもっと知りたいの。みんなのことをたくさん知って、それを他の人達にも教えてあげられるようにまとめる仕事がしたいって思ってるわ」
「そうなの? じゃ、フィーアが教えてあげる!」
突然の申し出に、レリーナは目を丸くする。
「レリーナ、フィーアと契約しよっ」
「え、ちょっと待って。フィーア、契約ってどういうことをするのか、ちゃんとわかって言ってる?」
「え? 何か痛いこと、するの?」
最初だけは突っ張って「私」と言っていた炎馬も、気を抜くと自分のことを名前で呼ぶような子ども。きっと契約が何たるかをわかっていない。
「痛いことはしないわ。んーと、あたしが来てって魔法の言葉で呼んだら来て、頼み事をした時に聞いてほしいの。フィーアのお父さんも魔法使いに呼ばれて、そこで魔物退治をお願いされて手伝うでしょ。あたしの場合は……まだ詳しいことはわからないけど、何か頼んだらそれをしてほしいの」
「いいよ。フィーア、レリーナのお手伝い、するから」
レリーナが本気でほめたからだろうか。フィーアは完全に心を許しているらしい。
「ありがとう、フィーア」
最初から契約できるとは思ってなかった。しかも、小型の魔獣ではなく、将来大型魔獣になる相手とだ。グリフォンのようにレアではないが、レリーナにすれば快挙である。
「じゃあ、光文字の契約をするね」
レリーナは契約に使う魔法のことをフィーアに説明する。
「フィーア、レリーナと友達ってこと?」
「そうよ」
「やった」
そうやって喜んでもらえると、レリーナとしても嬉しい。
がんばって覚えた呪文を唱え、自分の魔法で現れた魔獣とレリーナは無事に契約を結ぶことができたのだった。





