赤のブレス
「それじゃ、使えそうにないな」
「ちっくしょー」
近くに壁でもあれば、ラディはそこに自分の拳をぶつけていただろう。だが、何もない草原では怒りをぶつける物もない。
ラディとジェイの前に現れた白い魔物達は、獲物にしようとした相手に霧散させられた。
そこまではいい。
だが、その際にラディが持っていた水晶が落ちてしまい、大きなヒビが入ってしまったのだ。草の上なら無事に済みそうなものだが、地面は思ったより固かったらしい。
カロックでもし離ればなれになった時、連絡を取り合えるようにとラディがレリーナに渡した物と同じ水晶である。
魔物を消し、落ち着いたところでレリーナの無事を確認すべく使うつもりだったが、その傷で使い物にならなくなってしまった。欠けたりしている部分もあるので、これでは単なる透明の小さな玉でしかない。
落ちてしまったのは、運が悪かった。しかし、レリーナにつながる糸が切れてしまっては、運が悪かったでは済まない。
こうしている間にも、彼女に何かあるかも知れないのに。居場所がわかっても、移動手段がないのでこちらから迎えに行くことはできない。
無事さえわかればお互いが安心できる。それなのに、今はそれさえもできない。
魔物に精神的な攻撃をされていた時より、ラディは不安と焦りで一杯だった。
「ジェイ、何か手がかりとかないのか? 以前、レリーナがよその森へ飛ばされた時には気配をたどってくれただろ」
「あの時は、レリーナが通った空間の裂け目が残っていたからな。今回は魔物の力で飛ばされた訳だし、追うのは無理だ。あいつらが生き残っていても、どこへ飛ばしたかまでは知らないだろうしなぁ」
「効率は悪いけど、もう一度召喚で別の魔獣を呼び出して、捜し回るしかないんじゃないか? どっちにしろ、俺達だけじゃ移動さえもままならないだろ」
あまりいい方法ではないかも知れないが、地道に探し回るしか思い浮かばない。
「そうするしかないか。……ん? ちょっと待て」
「どうしたんだ?」
ラディの言葉を手で制し、ジェイはある方向を見詰める。
「やっぱりラディの召喚、いい感じだな」
「え?」
「クオードが向かってる」
ジェイが見ていた方をラディも見るが、空があるだけだ。しかし、ジェイはかなり遠くまで見渡せる目を持っているらしいので、彼の目にはクオードの飛翔する姿が映っているのだろう。
やがて、空に浮かぶ白い雲に紛れて、動きの違う白がラディの目にも見えた。確かにクオードだ。初めはわからなかったが、彼の背にはレリーナの姿もある。
お互いがお互いの名前を呼び、手を振る。姿が見えて間もなく、クオードがラディ達の目の前に降り立った。
「レリーナ!」
「ラディ!」
クオードの背から降りたレリーナを、ラディは強く抱き締めた。前にもこんなことが、とレリーナは思い出しながら頬を朱に染める。だが、ラディの腕の強さを感じ、レリーナは嬉しかった。
「俺の水晶が割れて、レリーナの無事さえも確認できなくて……本当にどうしようかと思ってたんだ。よかった……」
ジェイがクオードの姿に気付くまで、本当に心臓が縮む思いだった。こうしてレリーナの姿を確認でき、触れることができてラディは心底ほっとする。
「クオードがいてくれたから、あたしは大丈夫よ」
「そうみたいだな。ありがとう、クオード」
「助けられたのは、むしろ私の方かも知れない」
「え?」
「……いや、気にするな」
こうして合流できた。それで十分だ。
「んー、今回はこうして元に戻れたけど、また霧が出て同じことが起きるのも困るよな。ラディの水晶はもう使えないみたいだし、あの力は結界があっても直接攻撃じゃないからあまり有効とは言えないだろ。ラディとレリーナが離れると一番マズいようだから……」
ジェイが何か魔法をかけた。何をされたかわからない二人だったが、手首に何か巻き付いていることに気付く。よく見ると、赤い紐のような物がブレスレットのように巻いてあるのだ。
「それ、ラディとレリーナにつながってるから。どっちかがまたよそへ飛ばされても、それをたどればいいようになってる。あ、見えないけど、お互いがちゃんとつながってるからな」
ラディとレリーナの左手首にそれぞれ赤い紐のブレス。つながってるとは言われても、見た目は完全に独立したブレスのみだ。しかし、そこから魔力の紐が続いているのである。
運命の赤い糸、みたいだわ……。
そんなことを考え、レリーナは一人でどきどきしてしまった。紐の色が赤いから、なおさらそんなふうに思えてしまう。さっき抱き締められたことも重なっているのだろう。
ジェイってば、どうして赤にしたのよ。……ラディはどう思ってるのかしら。抱き締めたのは、心配だったから、だけ?
そうは思っても、本人には聞けない。単なるリードのようなもの、なんて言われたら立ち直れなくなりそうだ。
「これなら、また霧が出ても安心してよさそうだな」
魔物の存在はそう怖くないが、精神的な攻撃が厄介だ。それでも、一つ憂いがなくなると気分も楽になる。
レリーナの思いも知らず、ラディは心配事が消えたことを単純に喜んでいた。
「できれば霧はもう出てほしくないんだけど。ジェイ、早いところ、かけらを捜そうぜ」
ラディが水魔法を使い、ジェイがかけらの気配を探って進むという状態が再開された。
時々、また霧が発生したが、離れてしまわないように注意したおかげで飛ばされずに済む。そこさえ何とかなれば、魔物自体に強い力はないので撃破するのも楽だ。
「お、近いぞー」
ジェイがふわふわとそちらへ向かう。草の間に入ると、小さなジェイの身体は完全に隠れて見えなくなった。だが、それもわずかな時間。
次に現れた時は、その手に小石のような地図のかけらを持っていた。
「みーっけ。今回も無事に発見」
ジェイは嬉しそうに言いながらラディの方へ来ると、そのかけらを渡した。ラディの手に渡ると、小さなかけらがさらに小さく見える。今回もラディの手の平半分程度のサイズだ。
「それが……そうなのか?」
「ええ。小さいでしょ。よくこんな広い場所でこんな小さなかけらのある場所がわかるわよね。あたし達にはわからないけど、どれくらい強い気配なのかしら。大竜にしかわからない波動をがんがん出してるんでしょうね」
「だけど、それが俺達の魔法の気配に反応するって言うんだから、妙なもんだよな。一体どんな仕掛けになってるんだか」
「仕掛けと言われると、オレもよくわかってないんだけどさ」
そう言って、ジェイはけらけら笑う。ジェイらしいと思いつつ、本当だろうか、とも思うラディ。大竜が自分達でやっている試練の仕組みをよくわかってないなんて、そんなことがあるのか、と。
まぁ、俺が聞いても複雑すぎてわからない仕組みなんだろうなぁ。
人間が魔法についてわかっているのは、ほんの一部だけ。勉強する分には「ほんの」と言いにくい量ではあるが、全体から見ればわずかなものだ。きっと人間には想像もできない仕組みになっているのだろう。
ラディは制服に同化させている地図を出した。そこへ復元の魔法をかけると、厚みのあった石のかけらはどんどん薄くなり、ラディが持っていた地図の一部に溶け込む。もうどの辺りまでが今回のかけらだったかわからない。
「よし、復元成功。あまり地図っぽくないけど、全体的にいい感じで戻ってるな」
そんなに難しい魔法ではないが、異世界の物ということもあって、いつも緊張感がある。成功すれば大きな安堵感。
「ああ、すっげー順調。色々あるけど、また次も頼むな」
本当に色々ある世界だと思う。でも、終わってみれば面白かったと言えるし、同じくカロックに来ていたことを話してくれたヴィグランの気持ちも改めてわかるのだ。
「それはいいけど……ジェイ、この赤いのはこのままなのか?」
離れてもたどれるという魔法のブレス。もう今回のかけら捜しは終了したが、赤い紐はそのまま残っている。
「あ、そのうち消えるよ。そっちの世界に戻ったら、見えなくなると思う」
「思う、じゃ困るんだけど。まぁ……服に隠れそうだから、別にいいけどさ」
ラディはそう言ってるが、レリーナの気持ちとしてはもう少しつけていたい。
「クオード、今日は本当にありがとう。感謝してもしきれないよ」
ラディは白い狼の首にぎゅっと抱きつく。反対方向から、同じようにレリーナも礼を言いながらクオードの首に抱きついた。
「お前達、私の首を絞めるつもりか?」
そう言われ、二人は笑いながらクオードから手を離した。
気が付けば、帰るための扉が現れている。何もない草原に扉がある、というのも不思議な絵だ。
「じゃあ」
軽く手を振って、二人はそれぞれの扉を通り抜けて帰って行った。ラディとレリーナの姿が消えると、扉も消える。
「ジェイ、人間とはみんな、あんなものなのか?」
「あんなものって、どんなもの? 弱いんだか強いんだかわからないところ? それとも、思わず笑っちゃうようなことをしたり言ったりするところかな」
「わかってるじゃないか」
「今のはオレの感想だから。でも……そうだな。あんなもんじゃない? すっごく気になる奴らだろ」
「……ああ。他の種族でこうも気になる奴らを見たのは初めてだ」
ラディとレリーナが通った扉があった場所を、クオードは見詰める。
風が吹いて、草の揺れる音がかすかに聞こえた。





