広すぎる草原
土曜日の午後、ラディは自主練習に明け暮れた。いつもならカロックへの呼び出しがあるのだが、何もなかったのだ。
また少しズレたのかな、と思いつつ、次の日もロネールへ行って練習に励む。食堂でランチをとり、またフィールドへ向かう途中、見覚えのある扉を見付けた。
「……あれ?」
微妙な違和感に、ラディは首を傾げる。
これって、カロックの扉、だよな? だけど、以前より色が薄くなってる。レリーナがジェイの身体の色が薄くなってるって言ったら、垢抜けたかな、なんて冗談言ってたけど。この扉の色、以前より明らかに薄い。最初の頃は黒っぽい焦げ茶だったのに、今は明るい茶色って言うのかな。黒さが減ってると言うか、落ちてるって言うか……。
不思議に思いながらも、ラディは扉をノックする。いつものように、扉から生えるようにして、小さな大竜のジェイが現れた。やはり扉と同じ色。ということは、ジェイの色も変わりつつあるのだ。
「よっ、ラディ」
「やあ、ジェイ。この前も言ってたけど、やっぱりジェイの色、以前より変わってるよ。この扉を見たら、はっきりわかるから」
「ん、そうか? 本来の色に戻りつつあるのかな」
「本来のって、ジェイの身体は何色なんだよ」
「そのうちわかるって。で、今から構わないか?」
はっきりはぐらかされたと言うか、答えるのを拒否された。そのうちと言うからには、ジェイが黙っていてもはっきりするような色になるということだろう。ここで身体の色について押し問答しても仕方がない。
「いいよ。俺の部屋に頼む。今から戻るからさ」
「おう。じゃ、また後でなー」
後で、と言っても、恐らくジェイの待つ時間など数分にも満たないのだろう。ラディはさっさと自宅へ向かった。
自分の部屋へ入ると、さっきと同じ色の扉が現れている。ラディはもう深く考えることはせず、ノブを回して扉を開いた。
いつもと同じ、ムーツの丘に出る。前回来た時は雨が降っていたが、今日はいい天気だ。青空に白い雲が浮かび、ゆっくりと流れている。
同じ協力者であるレリーナは先着していた。
「よっ、ラディ。今回も頼むなー」
小さな手を振る大竜。こうして見るとおもちゃみたいだが、ラディ達にとっての異世界カロックで一番魔力の強い存在なのだから不思議だ。
「ああ、よろしく」
「今回は草原なんだって」
先に目的地を聞いていたらしいレリーナが教えてくれる。
「へぇ。妙な森や洞窟よりいいよな」
「だけど、そこもラディ達にとってはあんまり普通じゃないと思うぞ」
「……やっぱり。どう普通じゃないんだ?」
「霧がよく発生する。その霧に乗じて魔物が出ることが多いから、気を付けてくれ」
「一度くらい、魔物抜きでかけらを探したいわね」
ここへ来れば魔物ありきで地図のかけらを捜さなくてはならない。そういった存在を撃破しての試練だから仕方ないだろうが、レリーナの希望はラディも痛いほどわかった。たまには穏やかにカロックを見物しながら、何事もなくかけらを捜せたら。
「じゃ、ラディ。召喚頼む」
「わかった」
ラディはずいぶん慣れた様子で、召喚の呪文を詠唱する。唱え終わると、目の前に白い光の玉が現れた。光の玉のはずなのに、何だか毛玉みたいに思える。最初は人間の頭サイズだった光は見ている間に大きくなり、ラディとレリーナが入っても余裕がありすぎる程になってもまだ広がりは止まらない。ようやく広がるのが止まると次第に魔獣の形になり、光の白は魔獣の身体の色となってその姿が形作られる。
やがてそこに現れたのは、真っ白な毛並みの狼だった。
「わぁ……きれいな毛並み」
狼はとても大きい。四つ足の状態で、顔の位置がレリーナとほとんど変わらなかった。後ろ脚で立ち上がれば、レリーナの二倍以上になるだろう。しかも、狼の背には身体と同じ色の立派な翼がある。狼の中にもこういった種族は存在すると聞いているが、どちらかと言えば珍しい部類だ。
そんな事実は横に置き、レリーナはただその雪のように真っ白な毛に感動していた。
狼は薄い青色の瞳でちらりとレリーナを見たが、術者のラディをしっかり見据える。
「私を呼び出したのは、お前か。人間……だな」
低く落ち着いた声だ。しかし、感覚的に若いと思えた。人間になれば、二十代初めかそれくらいではなかろうか。もちろん、これはラディのいつもながら勝手な推測である。
「そうだ。俺はラディ。大竜の協力者だ。俺とこのレリーナがカロックにいる間、お前の力を貸してほしい」
「大竜の試練……」
狼の視線がジェイに移る。
「そう、オレ。今日はテップ草原へ行くんだ。そこまでの移動と、魔物が邪魔して来たらその排除。頼むよ」
今日のジェイもやはり軽い。色は変わっても、いつも通りの様子である。
「どれくらいの間だ」
「んー、はっきりとは言えないけど、今日一日ってところかな。だいたいいつもそんなもんだし。夜までには終わると思うよ。もしどうしてもこの時間は都合が悪いってことなら、その時は言ってくれればいいんだしさ」
夕方からは用事がある、なんてスケジュールが詰まった人間のようなことを言い出す魔獣がいるのだろうか。
これはジェイなりの気の遣い方かな、とラディとレリーナはそう捉えておいた。
「……特に不都合はない。一日くらいならいいだろう」
「ありがとう。えっと」
「クオードだ」
ラディの言いたいことを察知し、狼の方から答えてくれた。
クオードの背に協力者二人が乗り、ジェイはいつものように頭にちょこんと乗って目的地へと出発する。
「あたし達が最初にカロックへ来た時、灰色狼に会ったんだけど……カロックの狼ってみんな大きいの?」
「我々は灰色狼ほどには大きくない」
「だけど、あたし達が知ってる狼はもっと小さいわよ。それは魔獣じゃないけど。クオードのサイズでも十分に大きいと思うわ」
「別に大型の狼ばっかりじゃないぞ。あまり身体が大きいと、飛ぶのに大変だしさ。余計な魔力が必要になる。大型なのは、ラディの召喚の都合だろ。魔獣だって大型もいれば小型もいるんだから」
「俺はレリーナと二人で乗ることができるサイズを思い浮かべてるから、大きい魔獣が来てくれるんだ。あ、でもロアーグ達は召喚で会った訳じゃないけどさ」
灰色狼のロアーグは、ラディ達が彼らのテリトリーに入って来たために現れた。あまりの大きさに、夢でも見てる気分だったが……その後も似たようなサイズの魔獣を見ているうちにすっかり慣れてしまっている。
「そんなに何度も来ているのか。お前達はよその世界にいるのだろう?」
「ああ。今回でえーと……十一回か。早いな、もうそんなに来てるんだ」
「あたし、数えたことなかったわ。だいたい週に一度くらいで来てるから、あたし達の時間で三ヶ月も経ってるのね」
カロックの時間では、ラディとレリーナは満月と新月の時に呼ばれているらしい。ここの月がラディ達の世界と同じ周期で動いているかは不明だが、もし同じであれば半年近く経っているようなものだろうか。思っていたより時間のかかる「試練」だ。
試練でどういうことをするのかをクオードに説明している間に、高い山を一つ飛び越えた。その途端、眼下では同じ景色が果てしなく広がる。真っ直ぐ前を見れば、かすかに山が連なっているのがわかるものの、相当な距離のはず。左右にはそんな山の影さえなかった。
「とんでもない広さの草原だな」
「果てしないって、こういうのを言うのかしら」
「もっと広い草原もあるぞ。今超えたような山が見えなくなるまで進んでも、前に何も見えないって所が」
「……どれだけ広いんだよ」
そこで一人迷子になったら。自分の足以外に移動手段がなければ、人間など完全にのたれ死にだ。もしくは、そうなる前に魔物に襲われるか。
どっちにしろ、取り残されたくない場所である。ジェイの話すその広い草原もだが、こうしてやって来たテップ草原も十分に広い。
「で、どの辺りへ行けばいいんだ?」
「えーっと……もう少し右かな」
クオードはジェイに言われるまま進む。だが、景色が代わり映えしないので本当にそちらの方向へ向かっているのはわかりにくい。
眼下に広がるのは、黄緑色の草が生える大草原。木は見当たらず、魔物がいるとすれば草に隠れられるサイズだろう。ここでクオードのように大きな魔獣や魔物がいれば、少しばかり遠く離れた場所でもすぐ見えてしまいそうだ。
「ねぇ、ジェイ。霧が発生するって言わなかった? 今はよく晴れてるみたいだけど」
「ずっとじゃない。不定期に発生するんだ。頻繁だったり、たまーにだったり。だけど、頻度としては他の場所より多いかな。あ、クオード。その辺りでいいや」
目印も何もないので、待ち合わせには絶対向かない場所である。空中から見た草は、こうして地面に足を降ろすとひざより少し下の高さまで伸びていた。
普通の犬やキツネくらいのサイズなら、魔物でも魔獣でも隠れて移動できる。気持ちのいい風が吹き、草がさわさわとなるので、ゆっくり行動すれば草の動く音に紛れられるだろう。耳がよくてもゴマかされそうだ。見晴らしがよくても、油断できない場所である。魔物がいないとわかっていれば、とても開放的な場所なのだが。
「ジェイ、今日は何の魔法を使えばいいんだ?」
「水で頼むよ。軽く水滴が飛ぶくらいでいいからさ」
ラディは言われる通り、水魔法を使う。周囲にわずかな滴が散った。
「おーし。こっちだな」
かけらの気配を感じ取ったジェイは、そちらへ向かって歩き出す。コンパスがないので方角はわからないが、さっきかすかに見えていた山を勝手に北とするなら、今は東に向かっている状態だ。見回しても草の色と空の色しかない。右側にはさっき超えて来た山があるが、その山もすでにずいぶん遠くだ。どこへ行けばいいと聞きながら、クオードはジェイが答えるまでの短時間でかなりの距離を飛んでいたらしい。
「あまり広すぎる場所って、狭い洞窟の中より怖い気がするわね」
草と空と遠くに見えるおぼろげな山の影以外の物を見付けようと、レリーナは周囲を見回してみる。だが、どう注意しても自分達以外に特別変わった物が目に入ることはなかった。何もない世界に放り出されたような気分になってくる。洞窟のような閉塞的な場所もそれなりに怖いが、こういう広大な場所には別の怖さがあった。
「うん。本当に何もないからな。雨があってもしのげる場所はないし、魔物が隠れる木の影はないけど、オレ達が隠れる場所もない。魔法使いじゃなかったら、絶対人間は来ない方がいい場所だな」
移動手段がなければ、魔法使いでも来ない方がいい場所だ。
クオードを間にはさんだ状態でラディとレリーナは歩いた。目印になる物が何もないと、本当に歩いているのかも少し怪しい気がする。クオードの前をふわふわ浮いているジェイがいるから、実際にちゃんと歩いているのだろうが……。
「あれ? 前がかすんできたような……」
「霧が出て来たようだな。二人とも、注意しろよ」
言われなくても、霧に乗じて魔物が現れることを聞いている二人はしっかり身構えていた。結界は張ってあるが、鉄壁ではないのですぐに対応できるようにしなければ。
霧が出て来た、と思ったら、あっという間に視界は真っ白になる。もう五歩先も見えない状態になってしまった。かろうじて姿が見ているジェイがかけらのある方向を目指しているからいいものの、普通なら完全にここで立ち往生だ。
「真っ白な霧の中だと、クオードの姿ってすぐにわからなくなりそうね」
もちろん、こんな大きな魔獣をそう簡単に見失うとは思えないが。
「状況にもよるが、案外そうでもない。白は余程うまく気配を隠さない限り、一番目立つ色だ」
「え、そうかしら。霧と同化しちゃいそうだけど」
「私と同じ大きさの狼で毛色が白と黒では、先に見えるのは白だ。信じがたいだろうが」
「へぇ。確かに白は光を反射して、黒は吸収するって聞いたことはあるけど。霧の中で白の魔獣が見えるなんて、不思議だな」
「本当……きゃっ」
地面は平らだが、わずかなくぼみがあって段差になっていた。そこに足を踏み入れてしまったレリーナは、つまづきかける。転ぶことはなかったが、思わず声が出た。
「レリーナ、大丈夫か?」
ラディが尋ねたが、レリーナの返事がない。
「え……」
今まで隣にいたはずのクオードの姿が見えなくなっている。その向こうにいたはずのレリーナも。レリーナはともかく、あんな大きな狼の姿が消えるなんて変だ。霧の中でも見えるという話をしていたばかりだと言うのに。
ラディは目をこらして見たが、やはりレリーナもクオードもそこにいない。
「ラディ、魔物が現れたぞ」
ラディの前でふわふわと浮かんでいるジェイが告げた。
「こんな時に……」
すぐにでもレリーナを見付けたいが、魔物がきっと許してくれない。
「魔物が現れたから、こうなったんだ」
「どういうことだよ。レリーナは?」
「レリーナはこの草原のどこかにいるはずだ。どこかまではわからないけど。クオードも一緒にいなくなってるなら、たぶん一緒だな」
魔物は霧に乗じて現れる。ただ単純に攻撃をしかけてくるのではなく、心理的に追い詰めていたぶるのが好きらしい。
「ラディとレリーナを離したら、簡単に崩せる。相手はそう読み取ったらしいな。オレやクオードと離れても、二人でいれば気持ち的には安心できるだろ。詳しい事情まではわからなくても、奴らはそういう部分にだけはうまく反応するんだ」
「くそっ……弱みにつけ込むってやつか」
確かに、ジェイやクオードと離れれば、多少なりとも不安になる。それでも、追い詰められた感じにまではならない。
だが、レリーナと離れたら。ラディは平常心ではいられない。彼女に襲いかかるかも知れない危険や、それに対応しきれるかわからない弱さ、その時に抱くであろう恐怖心を考えると心配でたまらなくなる。
魔物はそれを知っているのだ。
「クオードと一緒なら、すぐにどうこうはならないだろう。仮にレリーナ一人でも、いざとなればレリーナもそれなりに魔力は上がってきてるから、どうにかしのげる」
「レリーナの力で何とかなる相手なのか?」
「落ち着いて対処すればな。カロックへ来た回数もだてに十回を超えてないだろ。今まで相当な数の魔物を相手にしてるんだからさ」
カロックへ来れば、いつも魔物と対峙する。レリーナを守ろうとラディは懸命に前へと出ていたが、レリーナだってただ後ろで震えて見ていたのではない。彼女の力が及ぶ範囲で魔物と向き合って来たのだ。
ジェイはその点で心配はないと言う。
「ただ、言葉で惑わされたりすると、きついんだよな。恐怖心にかられて普段の力を出せなくなると、面倒だ」
「だけど、そこはクオードがいてくれれば何とかなるんじゃ」
「それが問題なんだ」
「どうして」
ジェイに聞きながら、ラディは誰かが近く遠くでささやいているのに気付く。
「土色の爪に気を付けろ」
男か女かもわからない、ささやき声。誰かが何かを警告しているようだが。
「奴らはクオードが敵だってレリーナに思わせようとする。その言葉にのっかったりしたら、レリーナは味方のクオードを自分に襲いかかろうとしている魔獣だと思い込むんだ」
ジェイが話している最中でも、また誰かがささやく。
「土色の爪が喉に食い込むぞ」
さっきも聞いた「土色の爪」とは何だろう。
「たぶん、クオードはこういう奴らがいるってことを知ってるだろうから大丈夫だろうけど、レリーナにはまだちゃんと言ってなかったからな。レリーナがもしクオードを攻撃したりして、クオードがどこまで対応してくれるか。レリーナの力であいつがやられるはずはないから、その点は心配ないけど」
「あの土色の爪が、お前を切り裂くのだ」
ささやき声は次第に大きくなる。ささやいてるのは変わらないが、すぐ間近で言われているような。
「ジ、ジェイ……聞こえるか?」
「ああ、聞こえてるぞ。ん? ああ、ラディの声って意味じゃないのか」
「さっきから、誰かがささやいてるんだ」
「ああ、それそれ。何て言ってる?」
「土色の爪が食い込むとか、切り裂くとか」
ささやき声の不快さに、ラディは顔をしかめる。
「土色の爪?」
ジェイが聞き返すと同時に、ささやき声はさらに大きくなった。
「気付かれたぞ」
「早くやれ」
「殺られる前に殺ってしまえ」
「土色の爪を叩き割れっ」
「うー……うるさいっ」
ささやき声というのが、こんなにうっとうしいものだと思わなかった。顔にまとわりつく蠅のような。
耳をふさいでも聞こえてくる。まるで頭の中に直接ささやかれているような気さえした。だが、怒鳴ってもささやき声は止まらない。
「ラディ、そいつらが言ってる土色の爪ってオレのことだ」
びくっとしてラディがジェイを見る。
ジェイの身体は茶色、つまり土色だ。ジェイの手には確かに爪がある。
声はあの爪がラディを切り裂き、喉に食い込むと警告していたのだ。
「うわぁっ」
ジェイの手を見て、ラディは思わず後ろに飛び退く。ラディの親指くらいしかない前脚に生えている爪。攻撃されてもちょっとしたひっかき傷くらいしかできないと思われるのに、突然それがとんでもなく鋭利な刃物に見えたのだ。
「あの爪は危険だ」
「お前を殺すぞ」
声はなおささやき続ける。その言葉に、ラディは恐怖を覚えた。
このままここにいたらあの爪で殺されてしまう、と。
「早くやれ。おのれの命が惜しいなら」
生き残るためには、目の前にいるジェイを殺さなくてはいけない。それが唯一の生き残る方法。ためらっていたら、逆に自分が命を落とす。
「ラディ、お前にオレは殺せないぞ」
目の前にいる小さな相手が、なぜか急に巨大化して見えた。自分の何倍にも。醜悪な表情になり、邪悪な魔物がにたりと嗤ったように思えた。
お前にオレは殺せない。
力の差が圧倒的すぎる。確かに殺せない。自分の力では無理だ。でも、何とかしなければ生きて帰れない。何とかしなければ……何とかできる相手だろうか。
「そして、オレはお前を殺さない」
「え?」
「お前、オレが誰か知ってるよな」
巨大化したと思った相手は、一気に元の姿に戻った。
そう、この小さな存在を知っている。そこにいるのは、大竜のジェイだ。
「……ジェイ」
「お、よくわかってんじゃん」
軽い口調でそう言うと、ジェイはけらけら笑った。その声を聞いて、ラディは「あれ?」と思う。
「俺、今……何を」
何を考えていたんだろう。ジェイが自分を殺そうとするなんて、あるはずがないのに。ジェイは大竜で、この世界で一番魔力が強くて、その彼が受けてる試練に自分は協力しているのだ。
巨大化したジェイに感じたさっきの恐怖は何だったのか。いや、それ以前になぜジェイが巨大化するのだ。試練の間は力を抑えられ、そのために身体も小さくなっているはずなのに。
「もたもたするな」
「早くしろ。殺されるぞ」
「うるさいっ」
ラディはまた怒鳴った。さっきはまるで効果がなかったのに、今度はラディの声で周囲の空気が一気に弾けたように思える。同時に、ささやき声はなくなった。
「消えた?」
ジェイが何でもないように尋ね、ラディは頷いた。
「そういうのをレリーナにされると、ちょっとマズいなーって」
「マズいなって……ジェイ! わざわざ俺に実体験させなくていいっ」
ジェイなら、さっきのささやき声が強くなる前にどうにかできたはずだ。それをあえてしなかったのは、ラディに魔物のやり方をわからせるためだったらしい。
「だって、どうせ耳を貸すなって言ったって、聞こえるだろ? もしくは、言えば言う程オレを信用できなくなるとかな。さてと、ラディに飛ばされて魔物が少し弱ったぞ」
気が付くと、霧が次第に晴れつつあった。だが、一部で晴れない所がある。霧がまるで人影のような形になって、そこにあるのだ。それが数体。
「あれが……魔物?」
「そ。霧に紛れやすい姿だよな、あれ。形も自由に変えられるし」
だが、形は自由に変えられても、霧が晴れた後ではどんな形でも浮いて見える。
「あいつを捕まえたら、レリーナの居場所を吐かせることはできる?」
「たぶん、無理だろ。適当に移動させてるらしいから。さっさと終わらせて、自力で探した方が早いぞ」
ラディはさっきの声を振り払うように、頭を一度振った。
「それなら、早くやろう。何の魔法が効果的なんだ?」
「特にこれと言ってはない。だけど、場所柄を考えて火はやめようか」
魔法で出した火がそう簡単に燃え広がるとは思わないが、余計な憂いはないに限る。
「そうだな」
ラディに睨まれ、霧の人影がたじろいだように見えた。
「土色の爪って連呼されてたし、それを使うってどうだ?」
「お、いいねぇ。やっちゃえ、やっちゃえ」
「ジェイも手伝えよ」
「わかってるって」
霧の人影に頭の形はあっても、顔はない。だが、ラディとジェイの表情を見て青ざめたように思えたのは、きっとラディの気のせいではないはず。





