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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十一話 白い牙

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ヴィグランの魔獣

 いつものように、ロネールへと向かう。敷地内に入る前もそうだったが、門を通り過ぎたらやけに視線を感じた。見られるだけでなく、こそこそと話す声もある。

 自意識過剰……って訳じゃないよな?

 気のせいでなければ、視線を向けられているのも話題の中身もラディだ。悪人を見るような冷たい視線ではないものの、これまでそういう経験がないので落ち着かない。

「ラディ」

 後ろから声をかけられ、振り返るとレリーナがこちらへ駆けて来るところだった。

「あ、レリーナ。おはよう」

「おはよう。やっぱり話題の人ね」

「話題? 何の?」

 不思議そうな顔をするラディを見て、レリーナがきょとんとなる。

「やだ。何言ってるの、ラディ。昨日、グリフォンが会いに来たんでしょ? すごくステキな男の人が、グリフォンになってラディを乗せてったって。あたし、後でその話を聞いたのよね。この前、話してくれた魔獣でしょ。見たかったなぁ」

「カイザックの……ああ、それでみんなが俺を見てるのか」

 一日寝たら、すっかり忘れていた。カイザックと長く話をしていたのはもちろん覚えているが、ラディにとって特殊なことではない。だから、レリーナに言われるまで周囲の視線の意味に思い当たるものが出て来なかったのだ。

「ねぇ、ラディ。いつかあたしにもそのグリフォンを紹介してね」

「え……あ、ああ」

 言葉を濁すような返事に、レリーナはどこか淋しげな表情になる。

「どうしたの? もしかして、人間があまり好きじゃないとか?」

「いや、そんなことはないと思う、けど」

 ラディがちゅうちょしたのは、名前の出る回数が多いと言われたレリーナをカイザックに紹介したら、絶対にからかわれるような気がしたせいなのだ。でも、当然ながらレリーナはそんなことなど知らない。

「人間が好きじゃないなら、ラディと契約しないわよね。あ、女の子は苦手とか」

 異性はいや、同性はちょっと……などと好みにうるさいことを言うのは、人間にも魔獣にもいる。ラディの戸惑いの理由を知らないレリーナは、その方向を想像したようだ。

「好みは聞いてないけど、カイザックなら何も言わないと思う。うまくタイミングが合えば、レリーナにも紹介するよ」

 昨日は言わなかったが、そのうちカイザックの方からレリーナとはどんな少女なのか、会わせろ、といった言葉が出そうな気がする。

 ラディの言葉に、レリーナにも笑顔が戻った。

「うん、楽しみにしてるわ。じゃあね」

 友達の姿を見付けたらしく、レリーナはラディに手を振ってそちらへ駆けて行った。

 レリーナが離れると、改めて視線が突き刺さるのを感じる。

 そうだよな。グリフォンって珍しい部類の魔獣なんだった。カロックで珍しい魔獣をよく見るから、感覚が周りとズレてる気がする。

 自分がいかに特殊な環境を体験しているか、こういうことがあるとよくわかる気がした。ラディだって、グリフォンを操る魔法使いがいれば興味を持つだろうし、もちろん魔獣そのものにも強い興味を持つ。だから、周囲の視線も自分と同じ感覚の見習い達なら向けて当然だと思える。

 ただ、注目の的になることに慣れてないので、やはり居心地が悪い。女子の見習い魔法使いによく騒がれているブラッシュは、いつもこんな気分なのだろうか。いや、ブラッシュならこういう状態が日常だろうから、何とも思わないに違いない。

 教室に入ると、すでに来ていたクラスメイトがどよめいた。

「ラディ、あの超美形な男性があなたと契約したグリフォンだったのね」

 何の遠慮もなく話しかけてくるのは、ミュアだ。どうやら彼女もカイザックをどこかで見ていたらしい。便乗するように他のクラスメイトも話を聞こうと寄って来る。

「あなたが呼び出した訳じゃないんでしょ? 最初は人間の姿だったものね」

「ああ、向こうから来たんだ」

 ラディの答えに、また小さなどよめきが広がる。

「そんなことってあるのね。魔法使いが呼び出さなくても、魔獣の方から来るなんて」

 グリフォンという存在が珍しいのはもちろん、魔獣の方から現れることなどあまりない。カイザックと契約していることを知っているクラスメイト達は、その点についても驚いているのだ。

「いきなりロネールに現れて、何しに来たの?」

「俺と話がしたいって。この前は契約だけして時間が来たし、お互いのことをあまりよく知らない状態だったから」

 詳しく言うと、カロックのことにまで話題が発展してしまう。ここで話すと面倒なことになりそうな気がして、ラディは嘘ではないが当たり障りのない言い方をしておいた。

「光魔法の契約だと、こういうのもありなのね」

「縛りが緩いから、半野放し状態だと思ってたわ」

「だけど、こっちが来てほしいって思った時にスルーされないのかしら」

「その辺りは微妙よねぇ」

 女子達は好き勝手に感想や考えを言い合っている。完全に捕まってしまわないうちに、ラディは自分の席へと向かった。

「ラディ、あれからどこへ行ってたんだ?」

 後ろの席のマイズに問われ、どう答えるか迷ったものの、ラディは本当のことを話した。

「国を二つ超えた所の丘」

 その答えに、マイズは目を丸くする。

「そんな簡単に……まぁ、グリフォンの空を駆ける速さはとんでもないらしいからなぁ」

「ゆっくり話ができる所って連れて行かれたんだ。本当に誰もいなくてさ」

「話ができる所で、国を超えるってか。そりゃ、まさか魔獣と面談室に行くって訳にもいかないもんなぁ」

 マイズの言葉に、二人して笑う。

「それにしても、魔力の高い魔獣は本当に人間の姿になれるんだな。目の前で見せられると驚くけど、驚きすぎて夢でも見てる気分になった。ラディがメスのグリフォンと契約してたら、どんな美女が現れたのかなぁ」

「絶対に手の届かない、高嶺の花って感じじゃないか?」

 マイズののんきな想像に、ラディは気分が楽になった。

 自分が何か大きな功績をあげて注目されるならともかく、あまり望んでない形での注目はひどく疲れる。

 だから、マイズの軽いとも言える感想は、ラディの気持ちを軽くしてくれた。

「魔獣とのあんな関係って、何かいいよな。ラディが光魔法で契約した気持ちが、前よりよくわかる気がする」

「そっか? 俺もまさかああなるとは思ってなかったんだけど」

 魔獣が突然迎えに来るなんて、契約した時は考えもしなかった。

「オレ、そんなに魔獣との契約ってのには興味がなかったんだけど、昨日のラディを見てたら面白そうかもって思えてきた。あそこまで身体も魔力も大きい奴は呼び出せないけどさ。向こうから来てくれるって、やっぱり嬉しいもんなんだろ」

「そりゃそうさ。無理に契約して、実は虎視眈々と命を狙われてる、なんてのとは全然違うんだから」

 強引に契約したはいいが、魔物退治で呼び出した際に見捨てられた状態となってしまい、その結果魔物に殺されてしまった魔法使いがいる、と授業で聞いた。そんなことがごくまれにではあるものの、本当にあるらしい。

 契約はしたものの、あまり従いたくない。かと言って、自分が牙を向ければ他の魔法使いに「退治」される。だから、不慮の事故で魔法使いが亡くなり、契約が破棄になるよう仕向ける魔獣もいるのだと。

 だから、魔獣との契約はあくまでもお互いの合意でやるように、と警告されていた。

 こういった話を聞くと、魔獣との契約にちゅうちょしてしまう見習いも少なくない。まして魔物退治を仕事にする気のない者にすれば契約は特別必要な魔法ではないため、なおさらだ。

「この前の授業では契約はしなかったけど、今度はちょっと挑戦してみようかな」

 ラディは自分で考え、自分の意思で契約をした。でも、自分の行動がマイズのように誰かのやる気を起こさせたのなら、素直に嬉しいと感じる。

「ラディ、放課後になったら職員室へ来い」

 せっかく気分がよくなったところへ、最初の授業が終わった時に担任のフェラドからそう言われ、ラディはブルーになった。日直でも何でもないのに呼び出されるなど、だいたいがろくな話ではない。

 十中八九カイザックのことだろうな、と呼び出される理由は予想できた。

 叱られるのか。いや、叱られるようなことは何もしていない。だとしたら、何を言われるのだろう。その点の予想ができないので、気分が重い。

 放課後になって、ラディは仕方なく職員室へ赴く。忘れたふりをしてすっぽかしてやろうかとも思ったが、明日になったらまた言われるだろう。結局はいやなことを先延ばしにするだけ。面倒は早く済ませるに限る。

「おう、来たか、ラディ」

 ラディが来たことに気付いたフェラドの声に、周囲の魔法使い達がこちらを見た気がした。朝と同じ状態だ。この部屋にいるのは修学部の講師だけでなく、魔物退治やその他もろもろの仕事をするために控えている正規の魔法使いが大勢いる。

 だが、彼らの中にもグリフォンと契約している者はいないだろう。そんな話は聞いたことがない。こいつがそうか、といった目で見られていると思われる。

「呼ばれた理由の予測はしているだろうが、昨日の件だ」

「はい」

 やっぱりそうだった。それ以外の話で、と言われたら肩透かしもいいところだ。

「お前が呼び出したのか?」

「いいえ。向こうから勝手に来ました」

「向こうから?」

 フェラドは意外そうな表情で聞き返す。

「俺はあのグリフォンと光文字の契約をしました。だから、俺が呼ばなくても向こうの意思でこちらへ来るのは自由です」

 光文字で……といった声がかすかに聞こえた。クラスメイト達と同じく、できることなら手放したくないレアな魔獣を縛りの弱い光文字なんかで……といったところだろう。

「俺が呼び出したとしても、会則は破ってないですよね。見習いは召喚を禁止されているけれど、契約した魔獣を召喚するのはその限りではない、とか何とか書かれていたはずだし。現れた場所もロネールの敷地内で、街の中ではないですから」

 ラディは呼び出される理由を予想してから、念のため休み時間に会則を読んでおいたのだ。

 魔法使い協会では、見習いが一人で召喚をすることは禁止している。カロックでこの話をし、ジェイに笑われた規則である。

 だが、それは誰でもいいから来てくれ、という無作為の魔法についてだ。契約した魔獣を召喚すれば、その魔獣しか現れない。仮にも術者と契約しているのだから、現れた魔獣が突然暴れ出すことはまずないので、見習いであっても召喚が容認されているのだ。

 この会則から言えば、ラディは何もルール違反をしていない。

 さらに言えば、緊急時は別として、正規の魔法使いであっても街の中では極力召喚はしないように、という緩い規則がある。街にいるのは魔獣を見慣れない一般人ばかりだ。その人達を驚かせたりパニックにさせないため、緊急時以外で召喚する場合は人目のない、もしくは少ない場所で、と会則に書かれている。

 その点でも、カイザックが現れたのはロネールの中なので、ラディが呼び出していたとしても非はない。

「魔獣が勝手に来てはいけないって規則はないですよね?」

 ラディの言葉に、フェラドは苦笑する。

「ああ、それはないよ。別にお前を叱責するために呼び出したんじゃない。ただ……まぁ、非常に珍しい魔獣だし、話に聞くとずいぶん見た目が派手だったそうだから」

「金のグリフォンだから、人間になったら金髪になっただけです」

 カイザック自身も、人の姿になったらああなってしまう、と話していた。あの姿がいけないと言われるなら、人為的に変装するしかない。

「そうか。とにかく、あまり周囲を騒がせないようにな。ロネールに来るなとは言わないが、落ち着き払った見習いばかりじゃない。何か事故があってからでは遅いからな」

 カイザックの姿を見て、舞い上がっていた女子は確かにいた。そんな見習い達が何かのはずみでケガでもしたら大変だ。

 フェラドがラディを呼び出したのは、そういうことがないように自重しろ、と言いたかったらしい。確かにラディもちょっとした騒ぎになってしまった、とは思っていた。カロックの話は夜になっても終わらなかったのでまたいつか、ということになっているから、カイザックが現れることは容易に想像できる。もう少し違う方法で会えるように考える必要がありそうだ。

「大型の魔獣を連れてるのは、やっぱり血かな」

 近くにいた魔法使いの言葉に、ラディは首を傾げた。五十は超えていそうな、細身の魔法使いだ。講師で見たことはないから、別の仕事をしている人だろう。

「ヴィグランは先輩だったんだ。あの人も大型の魔獣を連れていたからな」

「そうなんですか?」

 ここで祖父の名前が出るとは思わなかった。ヴィグランも現役の頃はロネールに在籍して魔物退治をしていたし、言ってみればここにいる魔法使いは全て彼の後輩にあたる訳だ。若い人はともかく、中堅以上の年齢なら祖父を知っている人がいるのも当然だろう。

「何だ、聞いてないか? 私が会った魔法使いの中では、あの人が一番魔獣と仲が良かったな」

 意外な話を聞けたと思う反面、ラディはヴィグランがどんな魔獣と契約していたのかを聞いたことがないと気付いた。今更だが、そんな話をされるまで気にもしなかったのだ。

 幼い頃はカロックの話を、ロネールに入ってからは色々な魔法の話をしてもらっていたのに。魔獣については聞いたことがなかった。ラディが召喚をできるようになったら、ヴィグランも話す気でいたのだろうか。

 じいちゃん、どんな魔獣を呼んでたんだろう。

 もっと詳しく話を聞きたいと思ったが、その話をしてくれた魔法使いは別の魔法使いに呼ばれて席を立ってしまった。

 ばあちゃんなら知ってるかも。

 放免されて職員室を出たラディはふとそう思いつき、そのまま祖母の家へと向かった。

☆☆☆

「あら、久しぶりね、ラディ。ヴィグランのお葬式以来じゃない?」

 祖母のアリーヌは、久しぶりに訪れた孫を笑顔で迎え入れてくれた。

 自分の家とそんなに距離はないはずなのだが、なかなか訪れる機会がない。母のセリーンは一人暮らしになった自分の母を気にして、時々訪れているとは聞いている。

「そうそう。ラディ、進級したんですって?」

「うん。今、上級1なんだ」

 祖母が出してくれたお茶を飲みながら、軽くロネールの話をする。

「いつも遅くまでがんばって、休みの日まで練習に行ってるそうじゃない」

「うん。だから、なかなかこっちに来られなかったんだけど」

 言いながら、アリーヌ手作りのクッキーをつまむ。

「それで? 何を聞きたいの?」

「え、何って……」

 持ち上げようとしたカップをもう少しで落としそうになった。

「休みの日までがんばってる子がいきなり来るなんて、何かあるに決まってるじゃない。そう言えば、ヴィグランの物で何か欲しい物があればあげるって話をしていたわね」

 単に顔を見に来ただけ、なんて言ったところで鵜呑みにするアリーヌではない。しっかり見抜かれているのだ。

「それはまた別の日でいいよ。あのさ……じいちゃんがどんな魔獣を連れてたか、ばあちゃん知ってる?」

「魔獣?」

 アリーヌは魔法使いではない。だが、夫婦なのだから何か話をしていることがあるだろう。面と向かうことはなくても、何か聞いている可能性は高い。

「じいちゃんの後輩だっていう魔法使いが、大型の魔獣を連れてたって教えてくれたんだ。で、じいちゃんがどんな魔獣と契約をしてたのか、聞いてなかったなって思って。俺やレリーナがじいちゃんから聞いた話って、見習いの頃の話がほとんどなんだ。ロネールに行くようになってからは、魔獣より魔法の話ばっかり聞いてたし。俺さ、最近グリフォンって魔獣と契約したんだ。それをじいちゃんに報告したら、その時に教えてもらってたのかなって思うんだけど」

「そう。ヴィグランは……獅子を連れていたみたいよ。私は見てないんだけれど、とてもきれいな金色のたてがみだったらしいわ」

「へぇ。俺のグリフォンも金色なんだ。魔獣はたくさんいるのに、かぶるなんて不思議な気がする」

 種族も色々あるし、その種族によって毛並みの色は変わってくるはず。それが同じだと聞いて、ラディは嬉しくなった。

「そうなの? ふふ、似たような魔獣が寄って来てくれるのかしらね。ああ、でも……他にもいたみたいよ。その獅子の前だったわ」

「その魔獣はどんなの?」

「たぶん、似たような魔獣みたいだったけれど、私もその子についてはあまり知らないの。だけど、ヴィグランが若い時にとても落ち込んでいたことがあるわ。その子を失ったとかって聞いたけれど」

「失った?」

 ヴィグランはかなり深く落ち込んでいたらしい。友を失ったと言って泣き、その落ち込みようにアリーヌもあまり話を聞き出せないでいたと言う。

「ケンカ別れ……なら、そんなに落ち込んだりしないよな。ってことは、死んだとか」

 魔獣が人間より魔力が強くて長命でも、不死身ではない。老いたり、ケガや病気が元で死ぬのは人間と同じだ。

 だが、召喚した時点で高齢、というのは考えにくい。召喚の呪文に反応することがあまりないと聞く。魔物と戦うことを前提に呼んでいるから、魔力や体力が低くなっているであろう点からも契約はまずしない。

 だとすると、やはりケガや病気の可能性が濃厚だ。ケンカだとすれば、生きていたら関係を修復することができそうだが……それができない程にこじれたのか。しかし、仲違いをしたからと言って、妻が声をかけるのをためらう程に落ち込むだろうか。

「日記か何かに書いているかも知れないわね」

「書くかな、そんな悲しいことをわざわざ」

「その時は悲しくても、忘れたくないと思うなら書くこともあるんじゃないかしら。もしラディがその子に興味を持ってくれたなら、ヴィグランも喜ぶと思うわ」

「そう、かな。探してみてもいい?」

「ええ、もちろん」

 祖母の許可を得て、ラディはヴィグランの部屋へ入った。思えば、ここでカロックの地図を見付け、レリーナと一緒にカロックへ飛ばされたのだ。

 ラディは棚を端から眺める。魔法書や本は飛ばし、何も書かれていない背表紙がないかを探した。

 ヴィグランが日記をつける習慣があったかなんて知らない。あったとしても、その魔獣のことを日記に残しているかは不明だ。しかし、失って深く落ち込むような魔獣のことを、メモ用紙のようなぺらぺらの紙に書くことはないだろう。きっとそれなりのノートがあるはず。

 そう考えて探していたラディは、幅こそ薄いが茶色い革表紙のノートを見付けた。表紙や背表紙には何も書かれておらず、開いてみると祖父の字が細かく並んでいる。

「これ……かな?」

 読んでみると、どうやら魔物退治に向かった時のことがざっくりと書かれているようだ。行き先と日付、同行した魔法使いの名前や現れた魔物のことなど。

 魔物退治の後は報告書を書くと聞いているが、ヴィグランにとっての私的な報告書だったのだろう。後で「この時にこんな魔物がいたんだな」と思い返したりしたのかも知れない。行動日記といったところだろう。

 こうして読むと、相当な数の魔物退治をしていたようだ。よく生きて引退できたものだと感心する。魔物退治で命を落とす魔法使いは少なくない。腕がよかったのと運がよかったのが重なったのだろう。

 読み飛ばしていくと、行動日記とは違うページが出て来た。

 ウェルアルという名の魔獣についてだ。さっきアリーヌが話していた魔獣だろうか。名前だけで何の魔獣かはわからないが、翼を持っていたようだ。魔物退治へ向かう場合、飛行能力があると色々有利になる。だから、ヴィグランもこの魔獣と契約したのだろう。それにしても、本当に書かれていたのは驚きだ。

 ウェルアルや他の魔法使い達と共に魔物退治へ向かい、任務完了。だが、安心するのは少し早く、完全に命を絶たれていなかった魔物がヴィグランに爪を突き立てようとした。ウェルアルがそれに気付いてヴィグランをかばい、自分が盾となったために命を落としたのだ。それまでの魔物との戦いでウェルアルも体力が落ちていたため、最後のその攻撃が致命傷になったらしい。

 そこに書かれている日付は、前後の日付よりずいぶん前のもの。正しい日付のページを捜すと、少し殴り書きにも見える字で仕事内容が書かれており、最後に「ウェルアル亡」とあった。

 そこから数えておよそ三ヶ月。心の整理をするために、その時のことをもう少し詳しく残そうとしたのだろう。だが、ショックは完全に癒えてなかったのか、ウェルアルについて書かれた箇所の字は、他のページと見比べてもやや歪んで見える。書きながら当時のことを思い出し、冷静に書けなかったのだろう。

 しかし、時間が経ってからでも最後までこうして書き残したということは、それだけウェルアルを大切に思い、忘れたくないという思いがあったということ。

 どんな魔獣かまではわからないけど、たぶんウェルアルも大型だよな。はっきりと書いてはいないけど。やっぱり、じいちゃんもカロックで召喚を何度もしたことで、それが身についたのかも知れない。このノートにはないけど、もしかしたらウェルアルはこっちの世界でじいちゃんが最初に契約した魔獣かも。だから、死んだ時にばあちゃんが声をかけにくくなるくらい落ち込んだんじゃないかな。

 ヴィグランはもういないので、本人に尋ねることはできない。ラディなりに想像するだけだ。

 その後のページを見ていくと、いくつかの魔獣らしき名前が交替で出ていたが、その中でもラトスという名前がよく出ている。アリーヌが話していた金の獅子だろうか。この獅子なら、ヴィグランやウェルアルのことを知っているかも知れない。魔法使いとしてのヴィグランについては、アリーヌより彼らの方が詳しいはずだ。

 会ってみたいな。……さすがに召喚はできないか。ここはカロックじゃないし、授業でもないんだから。変な奴が現れて暴れたら、ばあちゃんに迷惑がかかるしな。

 だとしたら……授業か。召喚の授業はもう一度あるから、その時に呼んでみるのも手だ。もちろん、来てくれるという保証はないけど、それはその時。

 ラディは他にも何かないか、棚や机の引き出しなどを探してみたが、日記らしきものはなかった。

 たった一冊の薄いノート。入り方によっては、他の本との間に埋もれて見えずにいたかも知れない。それをあっさりラディは見付けられたのだから……ヴィグランが教えてくれたのだろうか。アリーヌが言ったように、ラディが興味を持ったことをヴィグランが喜んで、これだぞ、と導いて。

「じいちゃん、ありがと」

 ラディは持っていたノートを、元の場所へ戻した。

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