飛んでったかけら
進んで行くと、大きな木の立つ場所に来た。木と言っても、これもまた材質は岩に似た成分らしい。それに、他と変わらず岩と同じような色。ほとんど木の彫刻だ。
その木の周囲は他に草木がほとんどなく、この界隈の主が立っているみたいだ。
「かけらはあの木の辺りだ」
「ここにまともな色があれば、葉が青々と茂ってるんだろうなぁ。どれだけの時間、ここにいるかわからないけど、全てが同じ色ってどうも慣れないよ」
「あたし達、ここにいる魔物から見ればすごく浮いてるんでしょうね」
「それで、かけらはあの木のどの辺りなの? ジェイはだいたいの見当がついてる訳?」
「ここから見て、右手方向だけど……」
アルダに聞かれて答えたものの、ジェイは歯切れが悪い。
「どうしたんだよ、ジェイ。もうある場所はほとんどわかってるんだろ? ここまで近付いたんだから」
いつもなら、この辺りだ、と言ってジェイが取りに行く。なのに、あそこだ、と言っただけで行こうとしない。
「そうなんだけどさ。ちょっと面倒なことに」
ジェイが最後まで言う前に、大木の葉が風もないのにざわめいた。
「あーあ、そういうことね」
アルダが軽く肩をすくめた。ラディやレリーナが何のことだと聞く前に、状況が変わる。木から大量の小鳥が一斉に飛び立ったのだ。
木の葉ももちろんあるのだが、見た目の半分は鳥達の身体で、それが木に茂った葉に見えていたのである。擬態するつもりだったのか、たまたま身体の色と木が同じ色だったからラディ達が勝手に騙されたのかはともかく。
宝箱に手が届きそうになった瞬間、邪魔が現れたようなものだ。小鳥はラディの手に入りそうなサイズではあるが、とにかく数が多い。たぶん二百は下らないだろう。
こんな所にいるくらいだから、普通の鳥ではなく魔物に違いない。いくらジェイが竜でもあんな中に突っ込んで行ったら、くちばしでつつかれたり、羽で打たれたりしてかけらどころではないだろう。傷は負わなくても、鳥が邪魔でかけらに手が届かない。
それがわかったから、ジェイの歯切れが悪かったのだ。ここまで来て勘弁してくれよー、といったところか。
鳥の羽ばたきの音と鳴き声で、辺りは大音量になる。その音だけでも、人間の二人はダメージを食らいそうだ。
「一羽ずつ相手にしてたらキリがない。一気に吹き飛ばすか。アルダ、風はいける?」
「まぁね」
「ラディ、レリーナ。木ごと巻き込んで空へ放り投げる感じな」
「わかった」
それぞれが風の力を起こす。鳥達もこちらが攻撃しようとしているのがわかったのか、さらに鳴き声を上げて向かって来た。しかし、ラディ達が出した風に巻き込まれ、地面に叩き落とされたり、宙に吹き飛ばされたりしている。
風が自然消滅する頃には、魔物達はほぼ全滅していた。かろうじて生き残った魔物は、相手が悪いと判断したのか、どこかへ飛んで行く。急に静寂が戻った。
「あらら、情けない姿になっちゃったわね」
魔物が消えてほっとしていると、アルダが苦笑する。何のことかと思ったが、前を見てすぐにわかった。さっきまで茂っていた木の葉が、ほとんどなくなっているのだ。今の風で魔物と一緒に吹き飛ばされてしまったらしい。
「岩みたいな木なのに……葉が風で飛ばされるのか」
木の姿に、ラディとレリーナは呆然となる。魔物の鳥は攻撃したのだから影響があっても当然として、見た目が岩の色だから木や葉っぱにまで風の力が及ぶとは思わなかった。
「成分は岩に似てるけど、本当の岩じゃないからな。だけど、ここまで葉がなくなるとはオレも思わなかった。この木には悪いことしたな。……あちゃー、やりすぎたか」
少しジェイがきょろきょろしたかと思うと、小さな前脚で軽く頭を抱える。
「どうしたんだ、ジェイ?」
「今の風で、かけらまで飛ばされたみたいだ。気配が薄まってる」
「ええっ? さっき右手の方にあるって言ってただろ」
ラディが急いで火の魔法を使う。これでかけらの気配は再びはっきりするはず。
「あー、やっぱりここにはもうない。もっと向こうの方だ」
「ちょっとぉ。そのかけらって、そんな簡単に飛んで行くものなの?」
もう終わると思ってたアルダも不満そうだ。
「小さいからなぁ。かけらのそばに魔物がいることってなかったから、何の問題もなく手に入ったんだけど……。ジェイ、一歩後退ってことか?」
「そうだな。あんまり遠くには飛んでない……と思っておこう」
「……本当、そう思いたいよ」
ここで文句を並べても、かけらはない。魔物がいたから、というのもあるが、結果として飛ばしたのは自分達だ。誰にも怒れない。
「仕方ない。行くか」
もうすぐ、とわかっていただけに、全員の足取りがちょっと重くなってしまった。
☆☆☆
しばらく歩くと、また似たような景色が現れた。少し開けた場所の中央に、巨木が一本立っている、という状態だ。そこにかけらがある、とジェイは言う。魔物の気配もしているとアルダが付け足した。
「さっきの再現じゃない。ジェイ、今度はどうするの? 風を使ったら、またかけらも飛んでっちゃうわよ」
ラディもだが、レリーナは歩き続けてかなり疲れていた。また同じ距離を歩くことになると、さすがにつらい。平坦な道ならまだしも、獣道すらない場所を歩くのは正直に言えばもういやだ。
「だけど、あの数で来られると、風が一番手っ取り早いからなぁ」
ラディやレリーナには感じられないが、魔物の数はさっきと代わり映えしないらしい。確かにさっきのような数の魔物を一気に片付けようと思えば、相手の大きさも考慮すれば風が手っ取り早いということになる。
「じゃあ、吹雪とかにしたらどう? もしくはちょっと氷の小さいつぶてを風と一緒に当てるとか。それなら、風の力だけに頼らずに済むし、さっきみたいに遠くへ飛ばされないでしょ」
「そっか。風に巻き込まれるか、氷に当たるか。どっちにしろ、相手にとっちゃダメージになるよな。よし、レリーナの案、採用」
そんな作戦が決まった瞬間、木から魔物の鳥が一斉に羽ばたいた。さっきと同じ、いや、微妙に身体が大きくなったように思える。数はそう変わらないように見えるが、百以上もいると実際に十や二十減ったところで大した慰めにもならない。
「アルダは氷結できないって言ってたよな。んじゃ、風で援護を頼むな」
「はいはい。今度はかけらを飛ばさないでよ」
甲高い鳴き声が響き渡る。ラディとレリーナはジェイとアルダの会話がしっかりと聞き取れない。こんな状況ならほとんど怒鳴りながらの会話になりそうなものだが、竜も魔獣も耳がいいのかいつもと変わらないトーンだ。
「よーし、いくぞ」
向かって来る鳥の大群に向けて、吹雪を向ける。吹雪の呪文を唱えた後、ラディは氷魔法の呪文も続けて唱えた。吹雪に巻き込まれて落ちる者、羽に雪が付いて飛べなくなる者、氷に当たって落ちる者など、次々に魔物は数を減らしていく。
アルダは吹雪に風の力で援護した後、吹雪に巻き込まれずにこちらへ向かって来る鳥を風の矢で撃ち落とした。
「もういいみたいだな。残った奴は退散して行くぞ」
自分達には太刀打ちできないと悟り、生き残った魔物達はよそへと慌てて飛び去る。
「今度は木も無事みたい。よかった……」
多少の落ち葉はあるものの、さっきのように枯れ木のような状態にはなっていない。
「ジェイ、かけらの気配はあるか?」
ラディが一番肝心な部分をジェイに確かめる。
「おう、さっきまでと気配は変わってない。そこにあるから、取って来る」
ふわふわと飛び、ジェイは木の上の方を目指す。かなり高い所にあるようだ。木の高さはざっと見た限りでは二階建ての家より高い。屋根にあたりそうな位置だろうか、ジェイはそこまで上がると、とある葉の裏をごそごそと探った。
「見付けたぞー」
ジェイの報告で、ラディとレリーナはほうっと大きなため息をついた。今度は飛ばされずに済んだらしい。
「それなの? 道理で飛んで行くはずよねぇ」
ジェイにかけらを見せられ、アルダも納得した。小さなジェイが持つと大きいが、ラディが持つと彼の手の中にすっぽり収まるような小さい物だ。多少の厚みがあるものの、魔物を飛ばす風に耐えられる代物とは思えなかった。
ラディは袖に同化させていた地図を取り出すと、復元の呪文を唱える。厚みのあったかけらは薄くなり、そこにあった地図へと引き寄せられた。継ぎ目が消えてゆき、見ている間に完全に同化する。地図の一辺がほんの少し伸びた。
「これで終了? うろうろ歩いた割に、終わりはあっけないのね」
「まぁな。捜すまでがさっきみたいに大変だったりするから。ラディ、レリーナ、お疲れ。また次も頼むな」
彼らの後ろに、二つの扉が現れる。元の世界へ戻る扉だ。
「あら、帰っちゃうのね」
「うん。アルダ、ありがとう。もし次があったら、その時も頼むよ」
「そうねぇ。ラディが今より強くなっていれば、考えてあげてもいいわ」
「はは……努力するよ」
どれくらいレベルが上がれば、魔獣に強くなったと言ってもらえるだろう。ちょっとやそっとでは、大したことはない、とそっぽをむかれるかも知れない。ますます身を入れて練習する必要が出て来た。
「あ、そうだ。レリーナ、さっき言ってたゼリーって何だ?」
スライム系の魔物が現れた時の言葉を、ジェイはしっかり覚えていた。
「え、ゼリーはあたし達の世界のおやつで……次に来る時、うまくタイミングが合えば、持って来てあげるわ」
「お、やったぁ。楽しみにしてるからな」
喜び方が子どもみたいだ。本当に竜なのかと言いたくなるが、今の姿が小さいということもあってやけにかわいく見えた。
それぞれ別れの挨拶をすると、ラディとレリーナは扉を開けて自分の世界へ戻る。だが、レリーナが扉を閉める直前、アルダが声をかけた。
「レリーナ、ほとんどの敵は待ってくれないのよ」
「え?」
閉めかけた扉をレリーナはもう一度開けようとしたが、それをアルダは押さえて閉めてしまった。
「ほとんどの敵? たまに待ってくれる奴、いるのかな」
「状況によるでしょ。何を敵に考えるかにもよるじゃない」
「確かにな。レリーナの敵ってどんな奴?」
「さぁ」
アルダは笑みを浮かべ、次の瞬間には人間の姿から本来の姿である黒豹へと戻った。
☆☆☆
アルダってば、どうしてあんなことを……。敵って何なのよ、もう。
思わせぶりなことを言われ、疲れもあるせいか、レリーナの頭は少し混乱していた。
落ち着いて考えようとした時、ちょうどポケットから取り出した水晶に反応が現れる。通信魔法が働いているのだ。これに連絡してくる人は一人しかいない。
どきどきしながらも、レリーナは水晶に向かって呪文を唱えた。
「レリーナ?」
「うん、聞こえてるわ、ラディ」
予想通りにラディの声が聞こえた。
「大丈夫か?」
「え、大丈夫って……何が? あたし、ケガはしてないわよ」
「あ、そうじゃなくてさ。ジェイも言ってたけど、今日は元気がないように見えたから、調子があまりよくないのかなって思って。歩き回る環境もあまりよくなかったから」
「う、うん……ありがとう」
アルダにはレリーナの態度がよそよそしいと言われたが、ラディには元気がないと見えたのだ。心配してもらえたことが、レリーナはとても嬉しい。気にしてくれていたのだ。
「あたしは元気よ。今日は……いつもよりは調子がよくなかったかも知れないけど、具合が悪いとかじゃないわ」
「そうか。それならいいけど。アルダと親しそうに話してたな」
「あ、まぁ……ね」
言われて思い出す。さっさと自分のものにしてしまえ、と。それと同時に、帰る直前に言われた言葉も思い出した。
敵と言うのは、ライバル……という意味だろうか。ライバルに遠慮していたら取られるぞ、ということアルダは言っていたのかも知れない。
「何を話してたんだ?」
「え……そ、それは……女の子同士の秘密よ」
まさか内容がラディのことなんて、本人には言えない。
「そうか。じゃ、食い下がって聞かせてくれって言えないな」
「うん、食い下がらないで」
レリーナは笑ってゴマかしておく。
「レリーナも召喚が早くできるようになるといいな」
「うん。いつもラディに頼りっぱなしだもんね」
「それはいいんだけどさ。ジェイがよく俺の召喚をほめてくれるだろ。でも、レリーナもできるようになれば、俺以上にうまくできるんじゃないかなって思うんだ。アルダと話をしてるのを見たら、そんな気がしてさ」
そんなに親しげに話しているように見えたのだろうか。レリーナは普通に話していたつもりなのだが、端から見るのとでは違うのかも知れない。
「そうかしら。できるようになったら、シュマを呼ぶ約束を守らないと」
「ああ、そんなこと言ってたよな」
「召喚の授業、楽しみだわ。早く習いたい」
「言ってる間にすぐ来るって」
疲れているはずなのに。カロックへ行った時は複雑な気分で、あまりラディと話をしたくない気分だったのに。
こうして話をしていると、楽しい。
レリーナは時間も忘れて、ラディと話し込むのだった。





