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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十話 雨降りの森

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召喚授業

 その日の授業は、いつにも増して緊張感が漂っているように思えた。特に、上級1になってまだ十日程しか立っていない進級組のクラスメイト達の顔は、やや青ざめているようにも見える。

 そんな彼らの顔を見回し、自分はどう見られているんだろう、とラディは思った。

 これから召喚の授業だ。呪文を唱え、近くにいる魔獣に呼びかけて目の前に出現させる魔法である。

 中級2のクラスでも召喚は習うが、呼び出すのは力の弱い魔獣や妖精など。進級したこのクラスでは、もう少し強い魔獣を呼び出す。妖精も個体によってはもちろん力の差はあるが、習った呪文で呼び出せるのは術者より弱い妖精だ。

 今回行う召喚は、それとは話が違ってくる。呼び出されるのは大型だったり、強い魔力を持っている魔獣だ。その種族や体格によっては、魔力がなくとも体当たりされれば人間などひとたまりもない。つまり、危険と隣り合わせだ。

 さらには、わずかな呪文詠唱の間違いで高レベルの魔獣が現れ、暴れるという周囲を巻き込んでしまう事態になりかねない。

 ラディ達はそういった点を休み明けの二日間、みっちりと教え込まれた。そんなに危険だと言うなら、単に攻撃の練習をしていた方が余程安全だ。しかし、正規の魔法使いとなるには通らなければならない道でもある。

 魔獣の力は危険だが、味方となれば非常に頼もしい存在だ。どんな職種にしろ、魔法使いという肩書きを持って仕事をする以上、どこで彼らと関わりを持つことになるかわからない。魔物退治の仕事はしないから、では済まないのだ。

 魔獣を無事召喚し、双方の合意があれば契約もするように言われている。魔獣と強い結びつきを作ることにより、呼び出した際に力をスムーズに貸してもらえるようにするためだ。

 何らかの事件が起き、その場で無作為に呼び出すよりも、契約した魔獣を呼ぶ方が事件の解決が早くなることが多い。最初からは無理だろうが、と言われながらも、契約の呪文もしっかり教えられた。

 そして、今日。

 ラディ達のクラスは今、魔法の実技をする時に使うフィールドへ来ている。いつもなら担任の魔法使いだけがいるのだが、今は他に二人の魔法使いも補佐として授業に参加していた。万一、危険な魔獣を呼び出してしまい、その魔獣が暴れ出した時に静めるためだ。

 テスト以外で魔法使いが増えることはほとんどない。つまり、それだけ危険な授業でもあるということが目に見えてわかるため、特に進級組のクラスメイトはいやでも緊張するのだ。

 それぞれがある程度の距離を取って、フィールドに広がる。少し大きな声を出さなければ聞こえない距離だ。始めるようにという担任のフェラドの声が飛び、すでに経験のある残留組が順次召喚の呪文を唱え始める。彼らはこれまでの授業で魔獣と契約している者もおり、新たに契約するかは個々の判断に任せられていた。契約しない場合は、呼び出した魔獣との会話がメインだ。本で勉強するより、実際に魔獣と対面して彼らの生態を掴め、ということが目的である。それは進級組も同じだ。

 ラディは軽く息を吸い、ゆっくり吐いた。

 授業の方が緊張する。……ジェイがそばにいないからかな。

 自分の鼓動がいつもより少し速いことを自覚し、ラディはそんなことを思った。

 ラディは異世界カロックへ呼び出され、大竜ジェイから「大竜の試練」の協力者を頼まれている。ジェイと共にばらばらになったカロックの地図を探し、復元させることが目的だ。

 ただ、探し回るにはあまりにもカロックが広いため、人間の足では何日もかかってしまう。そのため、まずラディがカロックに行ってやることは魔獣召喚なのだ。

 これまでに九回カロックへ行った。つまり、魔獣召喚も九回したことになる。現れた魔獣はどれもかなりレベルが高く、その姿を見て一瞬気後れしたことは何度もあった。しかし、そばにカロックで一番魔力の強い大竜がいるせいか、誰もが協力してくれている。

 今は授業中だ。ここはカロックではないし、ジェイはそばにいない。何かあった時のために魔法使いがそばにいるとは言うものの、一人で召喚するのは初めてだ。そのせいか、少し身体が固くなっている気がする。

 いつものようにやればいいんだよな。呪文は同じなんだし、現れるのがこの世界の魔獣かカロックの魔獣かって部分が違うだけだ。

 自分に言い聞かせ、ラディは召喚の呪文を唱えた。これまでに何度もやっているおかげか、とてもスムーズに詠唱できた気がする。

 数拍して目の前に金色の光が現れた。特に指定はしていないので、どんな属性の魔獣が現れるかは見るまでわからない。ラディは何が現れるか、期待と緊張を持って光を見詰める。

 結構大きいかも……。何が来たんだ。

 光はラディの身長より大きくなる。これが獅子だとしたら、かなり体高があるタイプだ。そんな魔獣が、とも思うが、これまでカロックでは大きな魔獣を何度も見ている。この光がどんな魔獣になってもありだな、と思えた。

「俺を呼んだのは、お前か」

 やがて現れたのは、金の翼もまぶしいグリフォンだった。カロックでは白銀のグリフォンを呼び出したことがあるが、今回は金の毛並みに理知的な黒い瞳のグリフォンだ。

 顔はラディの頭一つ分以上高い位置にあるし、翼を広げればその身体はさらに大きく見える。光が大きかったのも納得だ。

 すっごくきれいな毛並みだな。はちみつ色って、こういう色かも。

「ああ、俺はラディ。大竜の試練の協……じゃないっ」

 カロックでは、魔獣が現れると自分がどういう立場であり、どんな理由で呼び出したかを伝える。

 だが、今はカロックではないし、試練の協力者は関係ない。

 ラディは慌てて手を振って否定し、訂正した。

「えっと、俺はラディ。ロネールの見習い魔法使いだ。召喚の授業で来てもらった」

 あー、びっくりした。慣れって怖いな。何のちゅうちょもなく言ってるんだから。

「なるほど。人間がやっている魔法の練習か」

 周囲を見回し、自分と同じようにあちこちで魔獣が現れているのを見て、グリフォンも状況を把握したようだ。

「お前はグリフォン、だよな? 名前、教えてくれないか」

「カイザックだ」

 相手をまるで認めないと、尋ねても何も教えてくれない魔獣もいる。素直に教えてくれたカイザックは、ラディの力をそれなりに認めてくれているようだ。

 鷲の頭に、獅子の身体。その背に大きな翼を持つグリフォンは大型の魔獣である。太くたくましい四肢で地面にしっかり立った状態で、見下ろされる身長差。後ろ足で立てば、倍以上になるだろう。背中の翼はラディと話をしている間にたたまれていたが、身体とほぼ同じサイズだった。空を飛べば力強く、目にも止まらない程の速さで宙を駆けるのだろう。声の感じからだと、人間なら二十代前半くらいか。ラディが呼び出すと、これくらいの年代の魔獣がよく来てくれるようだ。もっとも、この年代についてはラディが「これくらいかな」と勝手に思っているだけだが。

 この魔獣の力は、カロックで出会ったグリフォンのバルディを見ているから知っているつもりだ。ラディは正規の魔法使いになったら魔物退治に向かいたいと思っているから、こんな魔獣がそばにいてくれれば頼もしい。もちろん個体差はあるだろうが、これだけの体格と美しさを持ったカイザックが弱いとは思えない。

「カイザック、俺と契約してくれないか」

「お前と?」

 突然の言葉に、カイザックは驚くと言うより不思議そうな顔をした。まだお互いの名前だけしか知らないのに、ラディの性急とも言える申し出が意外だったのだろう。

 だが、どう見ても小さくはない魔獣を見て恐れるでもなく、そんなことを言い出した人間にカイザックは興味がわいた。

 周囲にいる見習い魔法使い達は、中型サイズの魔獣を呼び出している者がほとんどだ。そんな相手にさえ、どこか及び腰になっている者もいる。

 ラディには全くそんな気配もなく、むしろ目を輝かせていた。いわゆる、魔獣に対する一目惚れ状態だ。悪い気はしない。

「その前に」

「え?」

「さっき、お前は何を言いかけた」

「さっき……って?」

「俺が現れた時、お前が名前の後に言いかけたことだ。大竜、と言わなかったか」

「あ、えっと……それは……」

 いつもの「くせ」でつい言ってしまった言葉。他の言葉であればカイザックも聞き流していたのだろうが、竜という名前が出ては素通りできない。

「単なる言い間違いではなさそうだったな」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 まいったな。つい出た言葉に、ここまで突っ込まれるなんて思わなかった。

「すぐには言い訳も出ない程、面倒なことを背負っているのか。どちらにしろ、秘密を持つ相手とは契約など無理だ」

 言い渋るラディに、カイザックはきっぱり言い切る。

「待ってくれよ。ちゃんと話すから」

 ジェイにはカロックの話をしてもいいと承諾してもらっている。まして、相手は魔獣だ。何か問題が起きるとも思えない。

 ラディはカロックのことや大竜のジェイ、その試練についてざっくりと話した。

「言い訳じゃなく、本当のことだ。すぐには信じてもらえないだろうけど」

 見て来たことをどれだけ詳しく話そうと、ラディの手元にはカロックが実在する証拠となりうる物が何一つなかった。復元中の地図はあるが、それを見せたところで納得してもらえる代物ではない。ラディやレリーナが祖父ヴィグランがしてくれたカロックの話をおとぎ話と思っていたように、人間であれ魔獣であれ、実際に見るまでは夢物語にしか聞こえないだろう。

 正直に話して、バカにするなって言われたら……契約はあきらめるしかないか。

 そうなったとしても、大竜という言葉を出してしまった自分が悪いのだ。

「俺は行けないが、そういった別世界が存在することは聞いている」

「え? あ……そう、なのか?」

 予想した反応と違い、ラディは少し戸惑った。

「世界の名前までは知らないが、お前のような人間がいるらしい、ということもどこかで聞いたことがある」

「そう……か。そりゃそうだよな。俺のじいちゃんもカロックに行ったことがあるんだ。それに、カロックでよその魔法使い協会の奴に会ったこともある。大竜は一体だけじゃないから、大竜の数だけ見習い魔法使いの協力者がいるはずだよな」

 ジェイの言い方では、ずいぶん昔から大竜の試練は行われていたらしい。そうなると、協力者となった人間も実はそれなりの数になるはず。レベルの高い魔獣であれば、そういった話を聞く機会があるのかも知れない。

「お前はその世界に何度行ったのだ?」

「九回」

「その数だけ、召喚を行った訳だな」

「ああ。俺と一緒に協力者になったレリーナは、まだ召喚ができないんだ。だから、いつも俺がやってる」

「お前の召喚は慣れているように感じた。お前の話とも合うな」

「慣れてるとか慣れてないとか、そんなのがわかるのか?」

「呼び出す声が……どう表現すればいいか……なめらかだ。気負いなく呪文を唱えているのが、言葉の羅列からも感じ取れる」

 ジェイがそばにいないことで緊張していたが、そう言ってもらえると術者として嬉しい。

「いいだろう。お前と契約してやる」

「やった! ありがとう」

 不安だったラディは、カイザックの言葉で破顔した。

「お前なら、横柄な主になることもないだろうからな」

「主って……ああ、主従関係って意味か。俺はそういう契約する気なんてないぜ」

「そういう契約? 人間との契約とは、そんなものではないのか」

 人間が魔獣を呼び出して命令し、魔獣はそれに従う。それが契約のはず。

「大半はそうかも知れないけど、俺はどっちが上だ下だって決めるのは好きじゃない」

「では、どういう契約をするつもりだ」

「光文字の契約だよ。これなら、縛りはそんなに強くない。主従関係って言うより、仲間って感じかな。こういう言い方すると、プライドが高い魔獣だと人間が仲間なんてまっぴらだって拒否されることもあるらしいけどさ」

 カロックで一番魔力の強いジェイが、ラディやレリーナに対して友達のように接してくれているせいだろうか。魔力の優劣で言えば、魔獣より人間の方が圧倒的に弱いはず。それでも人間の言うことを聞いてくれる魔獣に対して、ラディは偉そうな態度を取ることに抵抗があるのだ。魔力や種族がどうであれ、生きている者として対等だと。

 だから、魔獣と契約ができるのなら「光文字」を使うと決めていた。

「これまでそう多くの人間に関わった訳ではないが……お前は面白い部類のようだな」

「え……面白いって何だよ」

「変わっている、という意味だ」

「そうかな。今までそんなこと、言われた覚えはないけど」

「まぁ、いい。光文字でも何でも、さっさと契約を済ませろ」

「わかった」

 ラディは宙に向けて手を振る。すると、光が軌跡を描いて文字になった。

「カイザック。俺が求めた時、その力を貸してほしい」

「ラディが望むままに」

 魔獣の応えに、光の文字が弾けて散った。光はカイザックに降り注ぎ、ゆっくりと消える。これでカイザックとラディとの間に絆ができたのだ。

「ありがとう、カイザック。力を借りるのは俺が正規の魔法使いになってからだからもう少し先になるけど、その時は頼むよ」

 最後に帰還の呪文を唱えなければならない。呼び出した後、魔獣を帰すことで術者との間に道が生まれ、次に呼び出した時に迅速に現れることができるのだ。ここはカロックと違うところだろう。

「わかった。だが、その前にその異世界とやらの話をもう少し聞きたい。近いうちにまた来る」

 主従関係の契約ではないので、魔獣が術者の所へ自分の意思で現れるのは自由だ。友達が急に遊びに来るような感覚だろうか。その辺りが光文字の緩いところであり、厳格な魔法使いにはあまり好まれない理由となる。

 ラディはもちろん、気にしない。カイザックの方から来てくれると言うなら、むしろウェルカムである。

「ああ、いいぜ。でも、授業中はやめてくれよな」

 帰還の呪文を唱え、カイザックの姿はフィールドから消えた。

☆☆☆

 一通りの作業が終わり、ラディはほっと一息ついた。そこへ担任のフェラドがやって来る。

「ラディ、今の魔獣と……契約したのか?」

「え? あ、はい。しました、けど……」

 信じられない言葉を聞いたかのような担任の表情に、ラディはちょっと不安になる。

 もしかして、自分が知らないだけで何か不備があったのか。契約してはいけない相手だったのか。授業で習った通りにやったつもりだったが、あの魔獣に対して光文字はやってはいけない契約方法だったのか。

 もしくは、カイザックとの会話で何か引っ掛かることでもあっただろうか。

 カロックの話はしたが、魔法使い達やクラスメイトの耳に入るような距離ではなかったはず。ラディは本当のことを話していたが、もし魔法使いが聞いていて嘘だと思い、魔獣に嘘を言ったらどうのこうの……なんてことを言い出されるのだろうか。

 カイザックは信用してくれたが、人間が信用してくれるかは疑問だ。ラディだけが夢物語みたいなことを話しているのならともかく、そこに魔獣が絡めば話は別だ、とか何とか……。

 色々なことがラディの頭の中で一気に駆け巡った。

「あれは、まさかと思うがグリフォン、だったのか?」

「はい。グリフォンだよなって聞いたら、向こうも否定しなかったし」

 性悪な魔物であれば、人間の前に力のある魔獣の姿で現れることもある。だが、召喚で呼び出された魔獣が別の魔獣に変身して現れる、なんて聞いたことがない。自分を大きく見せようとする小物的な考えの持ち主だった……ということがあるのだろうか。少なくとも、そんな中途半端な気配は感じられなかったのだが。

「ラディ、お前はどういうことかわかってるのか?」

「どういうことって……どういうことですか?」

 担任の魔法使いの言ってる意味が掴みかねた。そんなに大きな問題だろうか。

「お前、初めての召喚でグリフォンを呼び出したんだぞ。希少価値の高いグリフォンを」

 ラディはようやくフェラドの言いたいことがわかった。

 グリフォンは竜と匹敵する程、珍しい魔獣なのだ。目撃例は少なく、魔獣に関する本に描かれている絵も想像に近いもの。あまりに素早く移動するからとか、人目を避けているからと言われているが、実際の理由はわからない。とにかく、希少価値が高い魔獣だ。

 そんな魔獣を、ラディは「表向きでは」初めて行ったはずの召喚で呼び出した。魔法使いがあっけにとられ、それが本物とわかれば興奮しだすような魔獣をいとも簡単に。それに加え、契約までしたとあってはロネールのみならず、魔法使い協会でも大事件だ。

 カイザックが珍しい魔獣だと思い出したものの、ラディはフェラド程に興奮できない。すでにグリフォンとはカロックで出会い、しかも背中に乗って移動もしている。バルディを初めて見た時はラディも驚いたが、その後は他の魔獣と変わらない対応だった。

 もしかして、俺ってカイザックやバルディにもんのすごく失礼な対応してたのかな。

 フェラドが他の魔法使いと盛り上がっているのを見て、ラディはそんなことを思った。

 カイザックが変わっていると言ったのは、いきなり契約を持ち出しただけでなく、ラディが妙に落ち着いていたから、というのもあるのだろうか。

 だったら、麒麟にも会った、なんて言ったら先生達、ぶっ飛ぶかな。いや、それどころか竜から頼まれごとをしている、なんて聞いたら……信用しないか。

 考えるにつけ、カロックでは貴重な体験をたくさんしているんだ、と改めてラディは思うのだった。

「ラディ、お前ってすっげぇことやるんだな」

 教室へ戻ると、クラスメイトのマイズに言われた。彼もまた少し興奮しているようだが、フェラド達とは違う点でテンションが上がっているようだ。

「あんなに大きくてきれいな魔獣、そうそう呼び出せないぞ」

「俺もちょっと驚いたけど」

 他のクラスメイト達が中型の魔獣を呼び出す中、ラディが呼び出したカイザックはひときわ目立つ存在だった。いくら会話が聞き取れない距離であっても、その姿はいやでも目に入る。その大きさもさることながら、毛並みの美しさでも群を抜いていた。

 残留組のクラスメイトでさえ、大型の魔獣を呼び出すのは気が引ける。ただでさえ危険と隣り合わせの召喚が、力の強い魔獣を呼び出すことでますます危険度が上がるからだ。自分で制御できるレベルを超えてしまえば、何かをきっかけにして暴走することもある。それを恐れ、余程の自信がなければ大型の魔獣には手を出さない。

 呼び出す時も、いつもの感覚でやったせいかな……。

 召喚の呪文を唱える時、おぼろげでもこんな感じの魔獣が来てくれれば、といったことを頭に浮かべると、その念が呪文に絡んで呼び出しやすくなる。小さめの、と考えれば小さい魔獣が現れるのだ。何も考えなければ、一番近くにいて声が届いた魔獣が現れるので何が登場するかはわからない。

 ラディの場合、いつもカロックで唱える時はレリーナと自分が乗れるような大型で飛行できる魔獣を意識する。さっきの授業でもつい「いつものくせ」で意識してしまったらしい。だから、人間が二人乗れるような大型魔獣のカイザックが現れたのだ。これまで何度もやっているので、念が絡みやすい状態にあるのだろう。

「ラディ、さっきの魔獣、すっごくきれいだったわね」

 クラスメイトのミュアが、そばに来て賞賛する。他にも数名が近付いて来て、マイズと共にラディは囲まれた状態になった。もちろん、正面はミュアだ。このクラスになってから、何かとラディに近付いて来るクラスメイトである。

「あれって、グリフォンなんでしょ」

「ものすごーくレアな魔獣じゃなかった?」

「すっごくきれいな金色の毛並みだったわよね」

「あれだけきれいってことは、魔力も相当なんじゃない?」

「魔力と美しさは比例するって、先生も言ってたわよね」

 女子の間では、カイザックの見た目で盛り上がっているようだ。種族が何であれ、きれいなものが好き、という女子の趣向による盛り上がりである。

「契約もしたの? 成功した?」

「ああ、光文字の契約で」

 ラディの言葉に、クラスメイト達は「え?」という顔をする。

「光文字って、拘束力の弱い契約よ。どうしてもっと確実な契約にしなかったの?」

 ラディが召喚し、ラディの意思で行ったラディとの契約なのに、話を聞いたミュアは不服そうだ。

「拘束力が弱くたって、光文字も立派な契約だろ」

「そうだけど、簡単に破棄されることも多いじゃない」

 ラディがカイザックに話したように、光文字による契約は主従関係と言うよりは仲間になるというもの。術者が主人になる訳ではないため、魔獣がこの関係に飽きてやめると言い出せば、契約破棄が容易に可能なのだ。

 もっと拘束力のある契約であれば、魔獣の一存で契約解除はできない。合意がない限り、契約解除になるのはどちらかが亡くなった時のみ。つまり、手放したくなければ強い手綱を使うべき、というのがクラスメイト達の主張だ。

「進級組で契約までこぎつけるってことだけでも、すごいことよ。残留組だって大型魔獣とは契約が難しいのに。せっかくのチャンスを光文字で終わらせるなんて」

 ミュアや他のクラスメイト達の頭には、光文字で契約するという考えがないようだ。

 魔獣は従えるもの。人間は魔獣を使役する立場。

 クラスメイトだけでなく、大半の魔法使いはそう考えているから。

「俺は魔獣の主人になるつもりなんてないから。犬や猫ならともかく、人間より強い魔力を持つような魔獣だぜ。強く出ることも時には必要だろうけど、従えるなんておこがましいことはしたくないんだ」

 魔獣にどれだけ魔力があっても、契約は人間にしか使えない。その点は魔法の不思議の一つとして数えられる。人間にしか使えないから、人間はその力を使って魔獣を拘束しようとするのだ。魔力では魔獣にかなわないのに。

 きっと、大竜であるジェイにも、この魔法は使えないだろう。だが、その強大な魔力で他の魔獣を従わせることはできる。人間は契約という魔法で、同じことをやっているのだ。

 でも、ジェイはその力をひけらかさない。ラディが魔獣達を呼び出した時点で、彼ならやれといくらでも強制できるはずだが、そうしようとしたことはない。

 そんなジェイを見ているから、ラディも必要以上に自分の力を誇示したくないのだ。

「それって、ブラッシュもそうなの?」

「え? さぁ……」

 ミュアの質問に、ラディは首を傾げた。そもそも、ロネールでトップクラスの魔法使いがどんな魔獣と契約しているのか、聞いたこともない。

「どうしてそこでブラッシュが出て来るんだ?」

 ラディより先に、マイズが疑問を口にした。

「仲がいいなら、そういった思想も似てくるのかしらって思ったのよ。憧れの人がしてるなら自分もって、なりそうでしょ」

 そういうこともあるだろう。でも、ラディはその点についての話をしたこともない。彼の影響を受けようがないのだ。

 始業の鐘が鳴り、ラディを囲んでいたクラスメイト達は各々自分の席に戻った。

「オレは嫌いじゃないぞ、ラディの考え方」

 後ろの席に座るマイズに言われ、ラディは友人の突き出した拳に自分の拳を軽く当てた。

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