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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第十話 雨降りの森

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克服方法

 レリーナは召喚の授業を楽しみにしている。中級2のクラスに進級すれば、ようやくその魔法を学ぶことができるのだ。呼び出せるのが弱い魔力しかない妖精だったり、小型の魔獣ではあるが、とにかく早く習いたい。

 しかし、残念ながらその授業はもう少し先。

 今週は爆裂魔法の授業だ。火と土の魔法を組み合わせて使うこの術は、複合魔法と呼ばれる。水と風を組み合わせる氷結魔法、火と風を組み合わせる雷魔法と同じだ。

 氷結、つまり氷魔法は中級1で習う。平均的な上達具合が遅いためだ。少しでも早く氷魔法に慣れるため、先に習うのである。爆裂は火と土の基本的な魔法ができれば、爆発力に差はあってもそれなりの力を期待できるという点で後回しにされるのだ。

 しかし、爆裂魔法を後で習う理由はもう一つある。

 火と土のバランスによって爆発の仕方が変わってくるが、その力加減がうまくできずに大爆発を起こすこともあるのだ。

 氷はできなければそれで終わるが、爆裂はそうもいかない。最初からそこそこできる見習い魔法使いが多いのはいいのだが「定められた地点のみで爆発させる」という点では九割以上が失敗する。完全に近い形で火と土の魔法を習得し、力が暴走しないようにコントロールして術を発動できるようにするため、というのが後で習う理由である。

 同じ理由で、雷も後で習う。火花が散って事故が起きないために、だ。

 まずは座学で呪文を習い、火と土のどちらに力が多く配分されるかによって爆発の仕方が変わることを学ぶ。

 火の力が強いとマグマのようになり、土の力が強ければ焼け石が作られるだけになる。技術が向上すればどちらにしてもそれらを飛ばして攻撃することも可能だが、基本は敵の足下から攻撃することなので、自分の思う所で爆発を起こすことが目標となる。力のバランスについては均等に、ということだが、これが難しいところだ。

 呪文は習っても、すぐには使わない。二日かけて火と土の魔法をとことん復習するのだ。初心者クラスで習う基礎の魔法ではあるが、基礎がなってなければ複合などできない。

 この二日間の授業は「今更基礎に時間かけすぎだろ」と見習い魔法使い達には不評だが、外せない時間である。

 そして、ようやく本番の実技授業だ。

 残留組は「ようやく」といった顔で、担任の始める合図を聞いた途端に呪文を唱え出す。やや遅れて進級組も始めた。

 レリーナもクラスメイト達に交じって呪文を唱える。数メートル離れた地面に白い的があり、そこに爆発を起こすのだ。進級組のほとんどが、最初はだいたい的を外す。的のそばならいい方で、ひどい時には隣のクラスメイトが使っている的の近くで爆発が起きたりするのだ。

 そして、レリーナは……的の半分近くを飛ばせた。真ん中、とまではいかなかったが、初めてにしてはいい位置で爆発させられたようだ。主に進級組の様子を見ていた担任のウィープがそれに気付く。

「お、順調な滑り出しだな」

「は、はい」

「火と土のバランスもいいようだ。あとは中心に発動させるだけだな」

 その「発動させるだけ」が一番難しいのだが。

「レリーナは力が安定しているようだから、もう少し爆発が強くてもいいだろう。そうすれば、中心で発動しなくても的が全部飛ばせるぞ」

 的が襲ってこようとする魔物であれば、手や足にダメージを与えたような形だろうか。いっそ爆発を大きくすることで全体を包み込め、ということだ。

「わかりました。やってみます」

 同じ場所に新しい的が現れた。レリーナはその的を見据え、中心を狙って呪文を唱える。大きな音をたて、割れた的が宙を飛んだ。

「お、いい感じだ。さっきより力も強かったし、かなり中心に近付いてたぞ」

「やった」

 思わずそんな言葉も出て来る。ウィープにも「力が安定している」と言われたが、このところの練習で魔力が上がっているようだ。

 それに、カロックでも以前に比べればしっかり魔物を撃破できるようになっている……気がする。もちろん、一発ではダメな時も多いが、その一発目がしっかり当たるだけでもレリーナには大きな進歩だ。

 練習の時でも、動く的を出して練習している。それが当たるようになってきているのだから、コントロールも上がっているのだ。今は的も動かないから、その点では楽勝のはず。続ければ必ず中心に当たるだろう。いや、当てなければ。

 担任にほめられてテンションも上がり、レリーナは続けて呪文を唱えた。いつもやや右に爆発の中心があったのだが、続けるうちに少しずつ左へ移動している。授業が終わる頃には、ほぼ中心から爆発を起こせるようになった。

 これで少しはラディを助けられるかしら。ラディが相手にしなきゃいけない魔物の数もちょっとくらいなら減るわよね。

 ラディとレリーナでは、クラスが一つ違う。魔法使い協会の修学部において、クラスが一つ上か下かでレベルに格段の差が出る。特に中級と上級では大きな差だ。ラディは上級に進級したばかりではあるが、できる魔法の数が違えば魔力・技術力は変わってくる。

 カロックへ行けば、下のクラスにいるレリーナよりどうしてもラディの方が負担が大きくなるのは仕方がないこと。だが、クラスの違いを言い訳に、頼り切りたくない。

 レリーナは自分が活躍したいというのではなく、ラディの負担を少しでも軽くしたいのだ。自分の前に現れた魔物くらいは自分で何とかして、ラディには彼の前にいる魔物に集中してもらいたい。

 この前カロックへ行った時、ラディが爆裂の魔法を使って、あたしが火で援護したんだっけ。あれで集合したスライムをやっつけて。そう言えば、一つ目巨人を倒した時もこの魔法を使ってたわよね。あ……やなこと思い出しちゃった。

 一つ目巨人がいる岩山へ向かった時のこと。人間をエサと認識した巨人が、レリーナに手を伸ばしてきたのだ。恐怖で動けなくなったが、ラディ達に助けられた。

 火の山へ向かった時には、炎のスライムみたいな魔物が人間のような形になってレリーナに手を伸ばしてきた。それを見て一つ目巨人を思い出し、また身体が動かなくなってしまったのだ。

 これから何度もカロックへ行くんだろうし、いつまでもあんな状態になってちゃラディの負担を減らすなんて言えないわよね。

 授業でも、的を魔物の姿にして攻撃練習をする、という時間がこれから増えてくる。的が巨人サイズにまで大きくなることはないはずだが、似たような魔物になる可能性はあるだろう。その時にちゃんと対処できるだろうか。

 せっかく授業では調子よくできたのに、変な課題を見付けちゃった……。

 進級組では誰よりもうまくいっていたはずのレリーナだが、フィールドを出る彼女の顔は明るいものではなかった。

☆☆☆

 レリーナがフィールドで攻撃練習をする時、的を魔物に変えるのは当然のようになっていた。さらに、動きは少し早めに。移動スピードが速いと攻撃は当然当てにくくなるが、目が慣れてくると当たる確率はかなり上がってくる。

 今のところ、的の魔物が巨人になることはないけど……。

 自分で設けた制限時間が来て、攻撃対象の魔物は消えた。レリーナはほっと一息つく。

 魔物の幻影が巨人にならないのは、的がそこまで大きくないからだろう。大型の魔物を退治する魔法使いが練習する時は、そういった姿の魔物になることもありえる。

 魔物退治をする人達って、やっぱり喰われそうになったことがあったりするのかしら。どういう魔物を相手にしてるかなんて知らないけど、人間をエサにする魔物だってきっとたくさんいるわよね。

 そんな体験をした人達は、どうしているんだろう。やっぱり恐怖で身体がこわばってしまうのだろうか。それとも、レリーナには持ち得ない強靱な精神で、そういう体験もあったよな、と受け流しているのだろうか。もし受け流したり、忘れたりできるのなら、そういう方法を聞いてみたいものだ。

 ある程度の練習をして、レリーナはフィールドを出た。爆裂魔法は調子よくできているが、余計なことを思い出してしまったせいで気分はどこか落ち込み気味だ。

 あたし、最近落ち込むことが増えてないかしら。爆裂魔法の練習をする度にこんなことじゃ……。

「どうしたの、レリーナ。新しい魔法を習ってお疲れ?」

 横から声をかけられ、驚いてそちらを見るとターシャが笑っていた。ロネールでトップクラスの魔法使いだ。一度話をする機会があって以来、見かけるとこうして声をかけてくれるのである。

「ターシャ……こ、こんにちは。お仕事の帰りですか?」

「さっきまで図書館で報告書を書いてたの。出て来たら、見覚えのある姿を見付けたから声をかけたのよ。元気がなさそうだけど、大丈夫? 疲れてる時に練習を続けても、あまり効果は期待できないわよ」

 時間的にレリーナがフィールドで練習していたと判断したようだ。

「え、ええ……。あの、ターシャは魔物退治のお仕事をされてるんですよね?」

 知ってはいるが、一応尋ねてみた。

 女性では珍しく、魔物退治に従事している彼女は「氷のターシャ」の異名を持つ。彼女は複数で現場へ向かう際、大抵チームリーダーになるとも聞いている。魔法使いの仕事においては、年齢や性別ではなく実力によってチームのまとめ役が決まるのだ。もちろん、全ての仕事でそうなるとは限らないものの、この世界では実力がものを言う。

 とにかく、彼女は魔物退治のスペシャリストと言っても過言ではない。そんな魔法使いを相手にこんな質問は失礼な気もしたが、ターシャは笑顔で頷いた。

「ええ、そうよ。何か聞きたいことでもあるの?」

「あの……魔物に喰われそうになったことってあります?」

 レリーナのこの質問に、さすがのターシャも少し驚いたようだった。

 どんな魔物を退治したことがあるか、どんな点で苦労したか。

 そんな類の質問が来るかと思ったら、喰われそうになったことはあるか、である。疑問に思っても、最初に持って来る質問とはあまり言えないのではないか。

「幸い、そういうことはないわね。横から不意打ちしてくる奴はいたけど」

 驚きはしたが、ターシャは後輩の質問にちゃんと答えた。聞きたいことはあるのかと言ったのは自分であり、相手は聞きたいことを聞いてきたのだ。水を向けたからには答える義務があるというもの。

「ものすごく怖い思いをしたことは?」

「それはいつものことよ。相手に恐怖心を悟られないようにはしているけど、どんな力を持っているかあまりわからない、もしくはほとんどわからない魔物を相手にするんだもの。怖くないはずないわ。人間って大胆な時もあるけど、大抵は臆病なものよ」

「臆病……」

「何かあったの? レリーナは魔獣の話をする時は目がきらきらしてるのに、今日はそのきらきらが全然見えないわよ」

「え、きらきらしてました?」

 レリーナの言葉に、ターシャは頷く。

「本当に興味がある、好きなんだろうなっていうのがよくわかる表情をしているわ。それが今日は見たことのない表情だもの。怖い体験でもした?」

 まさか、魔物に喰われそうになったことを思い出して、とは言えない。

「あの……魔物相手の練習で反撃されて、その時の魔物によく似た魔物が出ると怖くて身体が動かなくなるんです。ひるんでしまって」

 レリーナはありえそうな状況に話を変換させた。少なくとも、後半は事実だ。

「犬にかまれた人が、犬を見ると怖いって言うようなものかしら。例えが適切かどうかはあんまり突っ込まないでね」

 犬なら喰われそうになる心配はないが、レリーナの場合は相手が魔物だから厄介だ。

「トラウマって面倒よね。正しいアドバイスじゃないかも知れないけど、開き直ることよ」

「ひ、開き直る?」

 どういう答えがあるか想像もできなかったが、こんな答えが返ってくるとは。

「だって、それしかないんじゃない? 心理学の先生なんかだと、もっとまともな答えが返ってくるでしょうけどね。こういうことがあった。だから、怖い。理由がわかってるんだから、それを受け止めて開き直るしかないじゃない」

「は、はぁ……」

 レリーナはまともな相づちもできないでいる。

「どうしてこうなるのかしらって、理由がわからない恐怖よりマシだと思うわよ。その魔物のせいだってはっきりしてるんだもの。怖いのなら、また現れたそいつをさっさと消せばいいのよ。目の前から消えれば、恐怖も消えるわ」

 そう言われてみれば、確かにそうだ。目の前にいるから怖い。いなくなれば、怖くない。単純だが、真理。

「レリーナは将来、魔物退治に行くつもりはないんでしょ? 魔獣について知りたいって話してたものね」

「はい。できるなら、そういう仕事がしたいです」

 どんな仕事があるのか、大雑把ながらターシャは教えてくれた。ほんの一週間前の話だ。

「じゃ、特に気にすることもないわ。魔物退治へ行く度に、その魔物が現れて身体が固まっていたら仕事にならないでしょ」

 魔物退治の仕事はしない。でも、カロックでは近いことをしている。その辺りの話はできないので、レリーナは苦笑するしかなかった。

「あ、そうだ。怒りを持つっていうのも、一つの手かも知れないわよ」

「怒りって……どういうことですか?」

 恐怖とは対極の感情に思える。

「あんたのせいで私は怖い思いをしてるのよ。どうしてくれるのっ。そんな感じね。怒りがあれば、恐怖を感じている暇なんてないわ」

 これまた変わったアドバイスが登場した。レリーナはひたすら「怖い。いやだ」の感情しかなかったが、ここで怒りの感情が出て来るとは。

 でも、それの方がまだうまくいきそうな気がする。開き直るにはもう少しレリーナに強さがなければ難しいが、怒りなら何とかなりそうだ。

「わかりました。今度やってみます」

「負けないでね。私を喰おうなんて百年早いのよって思えば、勝手に気分が高飛車になるわ。そうなったら、逆に気持ちがよくなるかもよ。最初は難しくても、慣れてくれば怖いと思っていたことがうそみたいに思えるんじゃないかしら」

 冗談のようにも聞こえるが、ターシャは決して茶化している訳ではない。レリーナの質問にちゃんと答えようとしてくれている。

 心が弱いからだ、と言われたらどうしようもないが、ターシャの言葉を聞いているうちにレリーナは何でもないことのように思えてきたから不思議だ。

 実際、目の前に魔物が現れたら、また硬直してしまうかも知れない。でも、ターシャの言葉を思い出すことができれば、その場をしのげるようになる気がする。

 こうしてまたターシャと話ができたことに、レリーナは心底感謝するのだった。

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