レリーナのもやもやとミュア
三日目ともなると、新しいクラスにも少し馴染んできたように思える。新しい魔法を教わり、それを練習するのは今のクラスに始まったことではないが、いつも大変だ。
レリーナはようやく気分にも余裕が出て来たので、自主練習をしようとフィールドへ向かった。できるものなら毎日したいが、さすがに一日目や二日目は体力的にもきつかったので無理するのはやめたのだ。
あれ……ラディ?
遠目ではあったが、フィールドに入ったレリーナはラディの姿を捕らえた。同じカロックの協力者として、日々練習にいそしんでいるのは知っている。どうやら、ほぼ毎日のように練習しているようだ。
そのおかげか、最近のラディが使う魔法は力強く感じる。技術的にどうとかいうのはわからないものの、レリーナだって見習い魔法使いだ。魔法の力が強いかどうかくらいなら感じ取れる。練習の成果が現れている、といったところだろう。
今日も練習に来ているようだが、いつもと様子が少し違う。一人ではないのだ。彼の隣に誰かいる。制服の形からして間違いようもない。女の子だ。
誰なのかしら。知り合い? クラスメイト、かな。
長い金の髪の彼女は、制服を着ているから正規の魔法使いではない。ラディの交友関係を全て知っている訳ではないので正確にはわからないが、ロネールにいるならクラスメイトが一番ありえそうだ。
ラディは背中を向けているので、その表情はわからない。だが、こちらを向いている彼女の顔はとてもにこやかだ。距離があるが、美人ではないかと思われる。ラディのそばにいるところから推測して、レリーナより背が高い。
練習に来てるのに、女の子とおしゃべりしてるの?
レリーナは身体の中にずしりと重い石が落ちてきたように感じた。
カロックへ行った時のために、練習に来てるんじゃないの? 彼女にいいところを見せたいため?
そんなふうに考えると、ショックだった。それから、ショックを受けたことを自覚すると、なぜ自分がショックを受けているんだろうというショックを受ける。
カロックのためだけではない。正規の魔法使いになるには、練習は不可欠だ。何でもかんでもカロックにつなげるのはよくないかも知れない。
だが、二人でやっていることに他人が土足で突然介入してきた気分になるのは否めなかった。テルラの時は何ともなかったのに。
ブラッシュにはカロックのことを話す、と聞いている。だが、それ以外の人に話すとは聞いていないし、入って来られるのは……すごく嫌な気分だ。きっとジェイなら喜んで受け入れるのだろうが、レリーナは簡単に受け入れられない。
やだ、あたし……どうしてこんなこと、考えてるのかしら。ラディとあたしが大竜の試練の協力者になったのは、色んな偶然が重なったからよ。あたしが他の人は来ないでって言える立場じゃないのに。
あれこれ考えるうち、レリーナはどんどん落ち込んでいく。とても練習する気分にはなれず、フィールドを後にした。
協力者が増えれば、たくさん魔物が現れた時に有利よね。あたしくらいのレベルしかなくても、いないよりはお互いに助け合えるはずだわ。だったら、臨時の協力者でも歓迎するべきよね。ラディのクラスメイトなら、上級クラスのはず。あたしよりも魔力はある訳だから、なおさら歓迎できるはずなのに……あたし、歓迎できない。どうして?
ずっとこちらに背を向けていたラディはレリーナに気付かず、一度もレリーナの方を向くこともなかった。
深くため息をつきながら、レリーナは重くなってしまった足を引きずるようにして歩く。
「あら、レリーナ」
門の近くまで来た時、名前を呼ばれた。うつむいていた顔を上げると、ターシャが手を振っている。
最近レリーナと親しくなった魔法使いだ。氷のターシャと呼ばれ、その実力はロネールのトップクラス。そんな彼女から、氷魔法の手ほどきを受けたこともある。
彼女を見て、レリーナの顔に笑みが浮かぶ。ターシャもさっきラディの隣にいた彼女と同じ金色の髪なのに、どうしてこんなに気持ちが変わるのだろう。それとも……ターシャがラディの隣にいたら、やはりさっきみたいな重い気分になってしまうのだろうか。
「こんにちは。お仕事の帰りですか?」
「ええ、そうよ。今戻って来たの。ところで、どうしたの? ずいぶん疲れてるみたい」
「え……あ、進級したばかりで、新しい魔法を覚えるのが大変なんです。きっとそのせいだわ」
多少は原因に含まれているので、嘘ではない。
「そう。じゃあ、中級2に進級できたのね。おめでとう」
「ありがとうございます」
ちゃんとレリーナのレベルを覚えていてくれたことに感激する。
「ってことは、召喚を習うのもじきね。楽しみなんじゃない?」
最初にターシャと会った時、レリーナは魔獣について彼女に色々と質問をした。その時のことも彼女は覚えているのだ。記憶力のよさにひたすら感心する。
「はい、とっても。最初は妖精や弱い魔獣からですよね」
「そうよ。でも、レリーナならすぐにそれなりの魔獣を呼び出せそうね」
「そうですか? だけど、魔力が追いつくかしら」
「もちろん、ある程度の魔力は必要だけど。ほら、あの時に話したでしょ。魔獣だって自分に興味や好奇心を持っている相手に好感を抱くって。レリーナはそういう気持ちが強いようだから、魔獣の方が喜んで来てくれるわ」
「わ……そうだといいな」
カロックでは、翼のある猫と呼ばれる種族のシュマに出会った。まだ召喚ができないレリーナの前に偶然現れ、助けてくれた時に言ったのだ。最初に召喚する時に呼べ、と。
余程の失敗をしない限り、シュマはレリーナの呼びかけに応えてくれるだろう。他の魔獣については何とも言えないが、シュマに関してはそう言える。
「あたし、魔獣のことをもっと知りたいって最近思うようになってきたんです」
初日にこれから受ける授業について説明された時、召喚があることを聞いた。それは知っていたものの、レリーナにとっておぼろげだった術がここで現実味を帯びてきたのだ。
そう実感すると同時に、呼び出す魔獣についてもっと知りたいと思った。前から興味はあったのだが、召喚ができるとなって、その気持ちが強くなったのだ。
「いいんじゃない。勉強の最初の一歩は、興味を持つことよ。その興味が大きければやる気にもつながるわ。レリーナはその一歩をあっさり踏み出してるわね」
「あの、魔獣に関係する仕事ってあるんですか?」
「あら、いくらでもあるわよ」
ターシャは明るい笑顔で答えた。
「一つの種族に関してとことん突き詰める研究や、逆に幅広く調べる仕事とかね。魔獣についての専門書や図鑑に携わる仕事もあるし、過去に人間を傷付けて処分された魔獣についてのレポートをまとめるって仕事もあるわね。私はそんなに詳しくないけれど、探せばいくらでもあるわ」
「色々あるんですね。知らなかった」
魔獣に関係する仕事があれば、とおぼろげに思ったものの、じゃあどんな仕事があるのか。レリーナには見当も付かなかった。もちろん、これから調べるつもりではいたが、こうして教えてもらってさらに興味がわく。
「多くの魔獣と関わったり契約できれば、その道もうんと拓けるわよ。レリーナならできそうね」
契約こそしていないが、カロックで魔獣と出会った。見習いでは出会うことができない魔獣に早くから関われたことで、ターシャが言うようにその道が拓けそうに思える。
誰かに呼ばれ、ターシャが振り返った。彼女と同行していた魔法使いが呼んだらしい。
「今週はあまり無理しないことね。来週から本腰を入れるための休憩時間だと思えばいいのよ」
「はい」
ターシャは手を振ってその場を離れた。レリーナも手を振って、彼女を見送る。ターシャと話ができたことで、さっきまで落ち込んでいた気分も少しだけ復活できたような気がした。
☆☆☆
木曜日の朝。ラディが教室へ入ると、マイズに手招きされた。何だろうと思ってそちらへ行くと、教室の隅まで連れて行かれる。
「何だよ、マイズ」
「あのさ、ラディはミュアのこと、どう思ってる?」
「は?」
いきなりの質問に、ラディは目を丸くする。
「朝っぱらから何を言い出すんだよ。どうって、どういう意味?」
「だから、気があるのかどうかってことだよ」
騒がしい教室の中で、マイズは声をひそめて尋ねる。
「気があるも何も、まだこのクラスになって今日で四日目だぞ。まだよく知らない相手なのに」
一目惚れなら四日も何も関係ないだろうが、ラディはミュアに対して特別な感情を抱いたことはない。
「けどさ、毎日一緒に自主練習してるだろ」
「それは……まぁ」
別に隠すつもりはないものの、しっかりチェックされていることに少なからず驚く。
「ミュアの方から一緒にやろうって言い出して来たんだぜ」
「本当に何とも思ってないのか?」
「しつこいな。あ、もしかしてマイズがミュアのことを好きなのか?」
「バ、バカ、違うよっ」
焦って否定する辺り、全く何も思ってない、というのではなさそうだ。
「ラディが本当に何も思ってないっていうのを信用して言うけど」
「うん?」
「ミュアには彼氏がいるぞ」
「へぇ、そうなのか」
「……その様子だと、本当に何も思ってないんだな」
全く表情を変えないラディを見て、マイズは軽くため息をついた。
「そう言っただろ。あ、でも……そうか。自分の彼女がクラスメイトとは言っても他の男と一緒にいたら、気分はよくないよな。彼氏って、ロネールにいるのか?」
「詳しくは知らないけど、そうらしいぞ。どんな奴かはともかく、彼女の取り合いになるんじゃないかって……思ったけど、そうでもなさそうか」
「心配してくれたってことか。ありがと」
マイズは中級1から一緒で、同じテンポで残留・進級をしてきた。なので、他のクラスメイトよりは仲がいい。ミュアに恋人がいると知り、その彼が殴り込みにでも来ないかと心配してくれたのだ。ラディがその気なら本人にまかせるとして、違うなら誤解を招くような行動はしない方が賢明。余計なことかも知れない、と思いながらも忠告してくれたのである。
「ラディ、フィールドでどんな練習してるんだよ」
「特別なことはしてない。お互い、授業で注意されたところをちゃんと直せているか確かめてみるとか、何か悪いくせをつけてないかを見るみたいな感じかな。後は的当て」
動く的に当てるのは基本であり、その的の動きを早くしたり落ちにくくしたりと応用はいくらでもきく。自分で練習するには一番いい方法だ。
「教えてって言われたことを、俺がわかる範囲で教えてる。その程度だよ。だけど、恋人がロネールにいるのに、どうして俺と練習しようなんて言うのかな。彼が見習い魔法使いなら、一緒に練習する時間はあるはずだけど。正規の魔法使いなのか?」
「さぁ、そこまでは。わかったら教えてやるよ。とにかく、変な奴が因縁つけて来ないように気を付けろ。上のクラスの奴で、魔法勝負なんて仕掛けられたら困るのはラディだぞ」
「わかった」
ちょうど始業のチャイムが鳴り、それぞれが席につく。
彼氏、か。ミュアはかわいいと思うし、よその男と一緒にいるとわかれば恋人としては心配にもなるよな。俺がその立場だったら、確かにいい気分じゃないし。別に恋人のことを信用してないって訳じゃないけど、それとこれとは別だしな。けど、俺はそんな気なんて全然ないし、勝手に嫉妬されるのも面倒だ。
そんなことを考えていたラディの頭に、ふとレリーナの顔が浮かんだ。
え……どうしてここでレリーナが出て来るんだ? レリーナは幼なじみだろ。小さい時からじいちゃんの話を一緒に聞いた仲ってだけで。確かに、最近きれいになってきたように思えるけど……って、話がそれてるぞ、俺っ。
妙な方向に思考が流れ、そこからカロックでレリーナと腕を組んだことを思い出した。
いや、だから……違うだろ。あの時は……あの時ってどの時だ?
レリーナがラディの腕に掴まったり、すがりつくようにして歩いていたのは一度や二度じゃない。足場が悪いなどの環境や現れるかも知れない魔物にかこつけて、二人は腕を組んで歩いた。お互いの無事を知り、抱きしめたこともある。
そもそも、最初にカロックへ飛ばされた時は宙に身体が浮いたことでお互いが離ればなれにならないよう、しっかり抱きしめていた。それらを思い出すと、今更ながらに恥ずかしくなってきた。
あ、あの時は、レリーナが怖がってたし、一人で歩くのは無理そうだったからで……あぁ、もう。今の状況と関係ないだろ。と、とにかく。一緒に練習することで見えない部分がわかったってことはあるけど、やっぱり集中しきれない。これからは一人でやった方がよさそうだな。
マイズの忠告はありがたいが、別のことまで考えてしまい、最初の授業はあまり頭に入らなかった。反省し、その後の授業は集中するように努める。
放課後になり、ラディはフィールドへ向かうべく、教室を出ようとした。その前に壁が立ちはだかる。いや、壁だと思ったそれはラディより背の高い人間だった。しかも、幅広。つまりはガタイのいい人間が目の前に現れたのである。
「お前がラディって奴か」
短い金髪に、薄い青の瞳。とてもハンサム……とは言いがたいが、不細工とまではいかない。ラディも人のことは言えないが、十人並みといったところか。だが、その目つきは険しい。ロネールの制服を着ているから見習い魔法使いだろうが、そのガタイを見ているともっと身体を有効利用した仕事を目指した方がよさそうな気がする。これは余計なお世話だろうが。
「そうだけど。そっちは?」
見覚えのない顔だ。レベルが違うと教室のある階も違うので、顔を合わせる回数が減る。上か下かはともかく、別レベルの見習いということだ。
「アーディ。上級2だ。それから、ミュアの恋人」
朝、マイズから忠告されたことが、午後にはいきなり現実になった。この表情で友達になろうぜ、というセリフが出ることはありえない。完全に、制裁に来た、という顔だ。
俺とよく似た名前だな。まさか彼女、似たような名前の男ばっかに近付いてる訳じゃないよなぁ。
「ミュアに手を出してるらしいな」
「出してない。自主練習を一緒にしただけだ」
「それが手を出したってことだろうが」
こいつが魔物だったら、ミノタウロス系かな。
そんな場合ではないが、ラディは心の中でそんなことを考える。
「魔法使いになるためなら、自主練習は不可欠だろ。それを一緒にしたってだけで、どうして手を出したってことになるんだ。だいたい、一緒にやろうって言い出したのはミュアの方だぞ」
「でたらめ言うな。ミュアがそんなこと言うはずがない」
ラディは小さくため息をつく。恋は盲目、なんて言葉を聞いたことはあるが、自分がこういう目に遭ってみると事実らしいとわかった。
「そう思うなら、ミュアに直接聞いてみれば? 信じるかはそっちの勝手だけど、俺には彼女に対して特別な感情なんてない」
「そんなはずないだろう」
「どうして俺の感情を他人が否定するんだよ」
ラディとアーディの間で火花が散る。教室に残っていたクラスメイト達が注目しているのが、見なくても感じ取れた。
「ラディ、今日は練習しないの?」
剣呑な雰囲気をあっさりぶち壊す声がして、二人はそちらを向いた。火花を散らした原因であるミュアだ。
「アーディ、こんな所で何してるの?」
「何って、ミュアがこいつにつきまとわれてるらしいから」
誰がつきまとってんだよ、誰がっ。
濡れ衣もはなはだしい。ラディは一度もミュアを自主練習に誘ったことはない。
「そんなこと、されてないわ」
ミュアの言葉で、ラディはほっとした。本人が否定したのだから、アーディも納得せざるを得ないはず。
それよりも、ミュアの冷めたような目つきが引っ掛かった。およそ恋人を見る目ではないような気がする。何しに来たんだ的な。
「もしつきまとわれていたとしても、アーディには関係ないでしょ」
「関係ある。恋人が変な奴につきまとわれてるって知れば、放っておけない」
「だから、もう別れるって言ったじゃない」
ミュアの意外な言葉に、ラディは目が丸くなる。
え? 何? こいつ、恋人でも何でもないってことか? 元カレ? なのに、偉そうに手を出すなって俺を脅しに来たってこと?
予想もしなかった言葉を聞いて、ラディは混乱していた。
「そんなの、本気じゃないだろ。あんな軽い言い方で」
「軽く言っても、重く言っても同じよ」
そんな会話を横で聞かされたラディは、だんだん腹が立ってきた。
何なんだよ、この二人。
「あのさっ」
その声で、ミュアとアーディがこちらを向く。
「恋人かそうでないか、どうでもいい。他人の痴話ゲンカにも別れ話にも興味はないんだ。関係ない話で、俺を巻き込まないでくれ」
かろうじて怒鳴るのを抑え、ラディはその場から立ち去った。
どうしてこんな話に俺が入らなきゃいけないんだ? 別れる別れないの話くらい、きっちりつけとけよ。俺、全然関係ない話じゃないか。とばっちりもいいところだ。アーディって言ったっけ。あいつ、話の流れによっては俺を殴りかねない顔してたぞ。こんなことで殴られるなんて、冗談じゃない。
フィールドに来たものの、怒りが収まらない。
「ラディ」
軽く息を切らしながら、ミュアが現れた。
「ごめんなさい。迷惑かけたみたいで。私はもう付き合ってる気はなかったんだけど、彼の方が納得してくれなくて」
要するに、アーディの方が未練たらたらということだろうか。もしくは、アーディが言っていたように、ミュアがはっきりした言い方をしなかったために彼も本気だと思わなかったのかも知れない。
そんな状態だから、マイズも二人が付き合ってるという情報を流したのだろう。マイズの情報源が誰であれ、このことがちゃんと認知されない程度のいい加減な別れ方だった、ということだ。
「そっちの内部事情はどうでもいいよ。俺には関係ないことなんだし」
もうこの件に関して心を煩わされたくない。こちらはやりたいことがあるのだ。
「ミュア、これから自主練習は自分だけでやってくれないか」
「え……あの、アーディにはもう一度ちゃんと言っておくわ」
「アーディにどう思われるとかじゃないんだ。一緒にやれば、確かにお互いの改善すべき点が見えるかも知れない。だけど、俺はもっと集中して練習したいんだ。俺には俺のペースがあるし、それが崩れると中途半端になる。きみには悪いけど、俺がやりたいようにできないから」
「……わかったわ」
ミュアはかなり落胆したような表情になる。それを見ると悪かったかな、とも思うが、またカロックへ行く日がもうすぐ来る。いくらそばに竜のジェイがいても、自分を守れるのは自分だけ。命がかかっているから遊んでいられないのだ。
「ごめんなさい、ラディ」
ミュアはそう言って、フィールドを出て行った。今日はもう練習する気はないらしい。こんなことがあっては、する気分にもなれないだろう。
俺は……気分がのらない、なんて言ってられないからな。
ラディは大きな深呼吸を一つして、攻撃するべき的を出す呪文を唱えた。
☆☆☆
最初はよくなかった調子も、続けるうちに上がってきた。やっぱり集中できると気持ちがいい。カロックでの実戦はともかく、練習については個人で集中型らしい、とラディは自己分析したのだった。
ミュアがいる時はあまり長くできなかったが、一人なら気にすることもない。久々にしっかりと練習ができて、心地よい疲れがあった。
それなりな時間になったので、ラディはフィールドを出た。外はすっかり暗くなっている。外の暮れ方を見て、ラディは改めて空腹を覚えた。
さっさと帰ろうと足を速めたが、その足が門の近くで緩やかになる。待ち構えている影があるのを見付けたのだ。
「まだ何か文句があるのか?」
ため息を隠さず、ラディは影に向けて言った。待っていたのはアーディだ。
「いつもこんな時間までやってたのか」
「ミュアが一緒の時は、もう少し早く切り上げてた。今日は一人だったから」
対応するのも面倒だ。しかし、無言で通り過ぎることは許してくれないだろう。
「お前、本当にミュアには気がないのか」
「ないよ」
ラディは簡潔に答えた。
「ミュアはあんなに美人なんだぞ。なのに、気がないって言うのか」
「だから、ないよ。ってか、気があってほしいのか、ほしくないのか。どっちなんだ」
「それは……」
アーディは口ごもる。ラディに指摘されるまで、わかってなかったようだ。
「さっき、ミュアがちゃんと言うって言ってた。それはつまるところ、ふられたんだろ」
傷口に塩を塗る言い方かも知れないが、遠回しに表現しても同じこと。
「そ、それは……。ミュアはちょっと気紛れなところがあって、今回のこともクラスが今までと違う顔ぶれになったから少しよそ見をしただけだ」
「クラスが変わる度にこうなのか? それならそれで、浮気にならない?」
「ち、違う。気紛れなだけだ」
教室で見た時はガタイのいい奴と思ったが、今は何だかしぼんで見える。彼女の心が離れていないと自分に言っておかないと、とことんまで落ち込んでしまうタイプなのかも知れない。ミュアがどう言ったのか知る気もないが、それでもアーディは気紛れということにしてミュアを待つつもりのようだ。
「ミュアにも言ったけど、これから自主練習は一人でやる。それで文句はないだろ。授業に関しては同じクラスだから何ともできないけど、周りにクラスメイトはたくさんいるんだから、二人きりになることはない」
「あ、ああ……」
こう言われては、アーディもダメ出しのしようがなかった。心の中では難癖をつけたいのかも知れないが、ふられたんだろうとはっきり言ったためか勢いがなくなっている。
「確かにミュアはかわいいと思うよ」
「そうだろ。ロネールで一番の美人だ。あんなかわいい女、他にはいない」
恋人、元カノと言うべきか、とにかくミュアをベタ褒めするアーディ。その表情もどこか自慢げだ。
「だけど、俺は本当に彼女に対して特別な感情はない。魔法の練習と勉強に今は集中したいから、ミュアがどれだけ美人だろうが関心はないんだ。他の奴は知らないけど、俺に関しては何も心配する必要はないから」
「……」
「俺が何言っても、そっちが信用しないなら仕方ないけどさ」
その場しのぎで言っているんだろう、と言われてしまえばそれまで。心の中を目で見ることができない限り、どう思うかは相手次第でしかない。
「お前、好きな子はいないのか」
「気になってる子はいるけど……」
って、何言ってんだ、俺? 誰のこと、言ってんだよ。
不意の質問にも関わらず、ラディは自分でも驚く程スムーズに答えていた。そのことに戸惑う。
「それがミュアってことは」
「絶対にない。下のクラスの子だから」
俺、もしかしてレリーナのこと、言ってる? えーと……まぁ、いいか。ここで別の子を気にしてるってわかれば、アーディだってこれ以上絡んで来ないだろうから。ごめん、レリーナ。変なところで利用して。
「そうか。なら……いいけど」
名前までは出さなくても、下のクラス、とある程度具体的に言ったせいか、ラディの思惑通りアーディがそれ以上言ってくることはない。
ラディにとって、煩わしい一日がようやく終わった。





