協力体制
ジェイ曰く、百以上二百未満の魔物は、氷のつぶてによって次々と落ちて行った。しかし、こういう団体の中にはしぶとい者がわずかながらでも存在するもの。今の場合も例外ではなかった。
ジェイやラディが放つ氷をたくみにかわし、どんどんこちらへ近付いて来る蜂の魔物がいる。群れのボスだろうか。他より微妙に大きく思えるのは近付いて来たためか、本当に大きいからなのか。
ファルザスが本気でスピードを上げていないため、魔物も追いついてきた。姿がはっきりわかるにつれ、テルラはもちろん、レリーナも息を飲む。
ジェイが言ったが、本当にファルザスと変わらない大きさだ。これを「蜂」という一つの言葉でくくっていいのだろうか。ファルザスがロック鳥ということを除いても、蜂と鳥が同じ大きさなんて、ほとんどありえない。
近付けば、当然羽音も近付く。あの蜂独特の音が大きく聞こえ、不快なことこの上ない。同時に恐怖心を覚えた。蜂の羽音は警告音なのだろうか。
その魔物は、ファルザスに追いつくとお尻についている針を向けて突き刺そうとする。針と言っても、魔物本体のサイズがサイズだ。極太の槍に相当するに違いない。いや、ここまで大きいとほとんど柱か巨大な杭だ。
もちろん、一歩間違えれば自分が刺されるため、ファルザスがその攻撃をよける。しかし、よけるだけではずっと同じことの繰り返しだ。ファルザスがよけきれなかったらその針に刺し抜かれるのは、場所にもよるが乗っているラディ達の方が先である。
ラディが魔物に向けて氷を放つ。だが、見切られているのか、あっさりかわされた。
「しつこく追って来るだけのことはあるなー。最後まで残っただけあって、動きも早いし。ラディ、あいつの動きを鈍らせた方がやりやすいぞ」
「そうだな。テルラ!」
「え……な、何よ」
フィールドで魔法の練習をしていた時だって、蜂に限らずこんなに巨大な魔物は現れなかった。これは異世界だからなのか、自分の世界にも存在するものなのか。いや、そんなことはどっちでもいい。テルラはこんな魔物が生息する地へ赴く気なんてさらさらなかった。なのに、どうして目の前にこんな魔物がいるのだろう。夢なら即刻覚めてほしい。
「あいつの動き、鈍らせてくれ」
「ええっ? あんなの、どうやって鈍らせろって言うのよ」
「重力強化があるだろ。地面にたたき落とせなんて言わない。俺の攻撃がよけにくくなる程度でいいから」
「お願い、テルラ。あたしじゃ、このサイズは無理よ。簡単に弾かれちゃうわ」
基本の土魔法だから、レリーナにも重力強化の魔法はできる。しかし、地面に縛り付ける力が効かない場合もあるのだ。こちらの縛り付けようとする力より、相手の動こうとする力が上回ったりする時などである。目の前にいる魔物のサイズでは、まずレリーナの魔力は通用しないだろう。魔法は破られると自分にその力が跳ね返ることもある。そんなことにならないよう、受け流す方法もちゃんと習っているが、この魔物が相手では返る力も大きいことが予想された。レリーナに受け流すことができなければ、大きなダメージになる。
テルラの目の前にいるのは、自分よりレベルが下の見習い魔法使い。ジェイやファルザスからはテルラよりラディの方が魔力は強いと言われたが、それはともかく。そんな彼らが頼っているのだ。いくら魔物退治に興味がなくても、ここで高見の見物を続けてはいられない。自分の命もかかっているのだから、なおさらだ。
「わ、わかったわよっ」
しつこく針攻撃を続ける蜂を、テルラは睨み付けた。
あんたのせいで、こんなことしなきゃいけなくなったじゃない。
テルラの事情は蜂の知ったことではないが、こんな流れになった恨みをぶつけるつもりでテルラは呪文を唱えた。
「早くしてっ。こいつ、おもーい!」
本来なら、飛んでる魔物は地面に引っ張られて下降する。しかし、蜂はほとんどその高度を変えていない。それだけ、魔法に対抗する力があるのか、単純に身体が重いから効果がないのか。
それでも、さっきよりわずかに動きが鈍ったように思われた。すかさずラディが氷の呪文を唱える。同時にジェイも氷を飛ばし、レリーナが風を起こして氷の飛ぶスピードを上げた。今までなら逃げられていた魔物も、動きを鈍らされた上に氷の速度が上がったことでかわしきれない。自分から獲物に近付いているので、なおさら攻撃を避ける余裕がなくなっている。人間で言うところの眉間に、氷が突き刺さった。
羽音が急速にフェイドアウトしていく。表情がないのでわかりにくいが、その動きが止まったことで攻撃の効果があったことがわかった。羽の動きが止まるにつれ、蜂の身体は地面へと落下していく。
「よしっ。全滅させたぞ」
ラディがジェイやレリーナとハイタッチして喜ぶ。テルラはそこへ交じる元気はなかった。魔法は結界と今の重力強化だけだが、一日中魔法を使い続けたかのような疲労感が襲ってくる。
「へぇ、やるな、お前ら」
ファルザスは自分だけならさっさと相手をまいてしまうか、風を起こして攻撃するかといったところなのだが、背中に人間が乗っているとあまり派手な動きもできない。落ちても地面に衝突する前に拾い上げることはできるが、余計なことをして魔物に隙をみせるのもしゃくだ。もう少し様子を見るかと飛び続けていたのだが、人間達は蜂の魔物を全滅させてしまった。それ程突出した魔力の強さを感じられなかったので、ファルザスは素直に感心する。
「そりゃ、オレの協力者だからなー。テルラもちゃんとできてたし」
「と、当然よ。魔力の強さはラディが上かも知れないけど、あくまでもレベルは私の方が上なんだから」
そうは言っているが、動きを鈍らせてくれ、と言われてすぐには何の魔法を使えばいいのか思いつかなかった。ラディより多くの技を習得しているはずなのに。
「そっか。また何かあったら頼むぞ、テルラ。そんじゃ、ファルザス。下へ向かってくれ」
「おっし」
花と花の隙間を見付け、ファルザスはその間をすり抜けて降下した。
☆☆☆
「花の……森か。よく言ったよな」
ファルザスが花の下へ入り込み、周囲の景色を見てラディがつぶやく。
「下から見ると、花って感じじゃないぞ」
上を向けば、それまで見ていた白いたんぽぽのような花のガクがあり、広がる花びらの裏が見える。修学部の講堂の天井より大きい。下を見れば、やはりたんぽぽのような形の葉が青々と元気よく伸びている。これもまた、ロック鳥のファルザスより大きい。
そして……大木のような茎が林立していた。色が緑でなければ、完全に木だと思い込んでしまうだろう。人間何人が抱えれば一周できるのかと思うような、太い茎だ。茎と呼ぶより、幹と呼ぶ方が絶対にしっくりくる。
さらには、その茎と茎の間をファルザスは悠々と飛んでいる。巨大な身体を持つロック鳥が飛ぶのは、だいたいが障害物のない空だ。森の中を飛べば、普通はそこの木々をなぎ倒してしまう。だが、翼の端がどこかに当たることもなく、ファルザスは快適に飛行していた。それだけ、ここが広いということだ。
「で、どこに行くんだ?」
「もうちょい、待ってくれ。一旦、地面に降りよう」
ファルザスは一気に下降して地面に降り立ち、ラディ達はロック鳥の背から降りた。
「かけらの気配がだいぶ消えたな。ラディ、氷魔法を頼む」
ジェイに頼まれるまま、ラディはさっきとは違う氷の魔法を使った。わずかな量のあられが降る程度の力だ。かけら探しの時は、さっきのように攻撃的な魔法である必要はないので、楽なものである。
「何やってるの?」
テルラがレリーナに尋ね、レリーナはかけら捜しの方法を説明した。
「へぇ。地味な作業なのね」
「だけど、これはあたし達にしかできないの。ジェイ自身も、カロックの魔獣も、同じ魔法を使ってもわからないんだって。だから、協力者が必要なのよ」
その説明の間に、ジェイはかけらの気配を感じるおおよその方向を掴んだようだ。
「こっちだ。……けど、歩いて行けそうにないな」
確かに目の前には分厚いジュータンがよれて広がっているのかと思うような、巨大な緑の葉が伸びている。本来のたんぽぽのように葉が地面に広がっているような状態だが、全てがぴったりと地面に張り付いている訳ではない。場所によってはたわんで少し空間ができ、頭を低くすればそこを通り抜けることもできそうだ。先へ進むには、その葉の下をくぐるか、よじ登って超えるか。ただ、下をくぐっている時に葉の下敷きにされる可能性もなくはない。上を行く方が安全だろう。
「え? ここまで来たらかけらはそんなに離れてないだろ。歩いて行っても……」
何もない地面を歩くより多少時間はかかるが、歩けないことはない。ジェイの言葉に、三人が首を傾げた。
その直後、がさがさと音がする。テルラがびくっと大きく肩を振るわせた。彼女よりは慣れていると言うものの、ラディとレリーナもその音に驚く。
「あー、これは難しいよな。絶対進ませてくれないぞ」
その存在に気付いたらしいファルザスも、同意見のようだ。テルラは息を飲むだけで、もう悲鳴も出ない。
巨大な葉の下から現れたのは、人間より大きな蟻だった。小さな蟻を捕まえてまじまじと観察したことはないので細かいことは知らないが、拡大すればきっと目の前にあるような顔であり、身体なのだろう。とにかく、見た目は蟻だ。
「グラワーにいる奴って、みんな巨大なのか? それに、これって……近くに巣でもあるとか?」
見ている間に、蟻はどんどん増える。どこから現れているのだろう。それとも、身体が大きいから、数は少なくても大量に見えてしまうのか。
「こいつら、神出鬼没だからな。まぁ、巣もあるかも。ファルザス、見える?」
ジェイは高い位置から見渡せるファルザスに尋ねる。
「巣まではちょっとな。こいつらを全滅ってのは無理だぞ。ほぼ無限に現れるからな。向こうの方まで地面が真っ黒だ。さっきの蜂はあの数だったから助かったけどさ」
「えー、あんなにいたのに、あれでもよかった方なのか?」
「一つのグループに遭遇したって感じかな。あんなのがあっちこっちにいるんだ。たぶん、別のグループの奴らはもう少し離れた所にいるだろうから、しばらくは安全に捜せるはずだけどさ」
ジェイの説明に、くらっとしてしまいそうだ。あんな蜂の集団が次々に現れたら、こっちの身体が絶対に保たない。
「は、蜂の話はもういいわよ。どうするのよ、これ……」
もう少しましな状況であれば、テルラはもっと大きな声で叫んでいただろう。しかし、恐怖で今は声が出ない。かろうじて出ている声も、かなり震えていた。
「三人とも、ファルザスに乗れ。ゆっくりな」
ファルザスが翼を地面に降ろし、テルラ、レリーナ、ラディの順にゆっくりとその翼を上って行く。その間にも、蟻はじわじわとその間合いを詰めていた。三人が背中に乗ると、ファルザスはゆっくりと翼をたたむ。
「ジェイ、みんな乗ったぞ」
大きな声を出すと蟻を刺激しかねない。ラディは小さな声で伝えたが、ジェイに届くか心配だった。しかし、ジェイはちゃんと聞き取っている。
「ファルザス、合図で飛び上がれ」
見た目は翼をたたんだ状態でしかない。だが、ファルザスは確かに飛び上がる準備をしていた。
「ジェイはどうするつもりなのかしら」
三人はファルザスの背中に乗ったが、ジェイはまだファルザスの足下にいる。いくら宙に浮いていても、その高さはせいぜいラディの肩辺り。あの蟻達がどういった攻撃をしかけてくるにしても、そこにいては危険だ。まさか、囮になって三人をこの場から逃がすつもりだろうか。しかし、そんなことをしては何かあった時にラディ達も最終的にはこの世界でさまようことになってしまう。
「何か考えがあるんだ、きっと。まかせよう」
あの小さな姿であっても、ジェイはこの世界で一番強い大竜だ。本当に命の危険となれば、その力を解放するはず。自分を犠牲にしてどうこうするつもりはないだろう。不安はゼロではないが、ラディはなりゆきにまかせることにした。
「せーの、飛べ!」
ジェイの言葉で、ロック鳥が羽ばたく。その身体が急上昇し、三人の身体にも一気に負荷がかかる。飛んでいる時はほとんど揺れを感じなかったが、今はファルザスの背中にめりこみそうだ。
顔を上げれば、再びファルザスは花の上を滞空している。下を見ても、遠すぎて様子はわからない。
「ジェイは? ジェーイ! どこなのっ」
「心配しなくていいぞ、レリーナ。すぐに上がってくる」
「すぐにって、ファルザスはかなり高くまで来てるんでしょ。ジェイってこんな高くまで上がれるの?」
以前、あのサイズだと飛ぶ高さにも限界があるようなことを話していたような。
「さぁ、それは知らないけど。でも、来るだろ」
そう話している間に、下から風が吹き上がってくる。その風に乗って、小さな竜がくるくると回転しながら現れた。まるで下から放り投げられたような格好だ。
「ジェイ!」
ラディが手を伸ばす。一旦、ファルザスよりも高く上がったジェイは、また回転しながら落下した。だが、ラディが伸ばした手を、ジェイはしっかり掴まえる。
「お、ラディ、悪いな。ファルザスの頭に着地するつもりだったんだけど、上の風にちょっと流された」
「ジェイ! もう、びっくりさせないでよ。自分だけで蟻の大群と対峙するつもりかと思っちゃったじゃない」
「え、そんなこと、考えたのか? いくらオレでも、あんなのとやり合う気はないってば。数が多くて面倒だしさ。変に離ればなれにならないうちに、ひとまずラディ達を安全な場所へって思っただけ」
ファルザスが飛び立った直後、ジェイは自分とファルザスがいた辺りを中心に竜巻を起こした。竜巻の外で蟻は手が出せず、その間にジェイは渦巻く風に身をまかせて花の上へと飛び出したのだ。
「竜巻を利用したですって? それで平気なの?」
テルラが目を丸くする。通常、竜巻は風の攻撃魔法であって、脱出用ではない。
「魔法ってのは、使い方で攻撃は防御になる。逆に防御のための力でも攻撃できるんだぜ。大方、これは攻撃魔法ですって教えられたら、攻撃しかできないと思ってるんだろ。それはあくまでも『基本』だからな」
「攻撃が防御って……」
確かに修学部ではそう教えられた。渦巻く風で魔物を蹴散らし、遠くへ飛ばしたり霧散させたり。しかし、そもそも教える側の魔法使い達は、竜巻が防御になると知っているのだろうか。
「へぇ、そうか。竜巻にあんな利用の仕方があるなんて、初めて知った」
「風の力で物を浮かせる魔法の応用みたいなものかしら。でも、使うのって勇気がいりそうね」
テルラは呆気にとられているが、ラディもレリーナも素直に感心していた。
「言っとくけど、ジェイみたいにしっかり使えるようになってるってのが前提だぞ。未熟な奴がやると、自分の力に巻き込まれるだけだからな。目を回すくらいで済めばいいけど」
ファルザスはさして驚いた様子を見せていない。予想していたのだろう。
「で、どうするんだ? 今俺が降りても、また同じ状態になるだけだぞ」
「ああ。もう下には行かなくていいよ。さっき上の方から気配を感じたんだ。たぶん、花の中にかけらがある」
「花の中? でも、ジェイ……何万本とありそうだぞ」
ラディがざっと見回しても、白いじゅうたんが延々と広がっているだけ。その中からかけらが入り込んだ花を捜すのは、至難の業だ。
「何言ってんだよ、ラディ。何のためにお前達に魔法を使ってもらってるんだ」
「え……あ、そうか」
ジェイがかけらの気配を探すために、ラディやレリーナはジェイが指定する魔法を使う。今もそうすれば、花が何万本、何百万本あろうとも特定できる。それは上空でも同じ。
「軽く氷の魔法を頼む。そんなに離れてなかったはずだぞ」
「ああ、わかった」
ラディは、また氷魔法の呪文を口にした。





