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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第六話 飛び入り

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強制同行

 明るい。まだ昼間だから明るいのは当然なのだが、家の中の明るさではない。これは屋外の明るさであり……実際に家の中ではなかった。

「な、何なの、ここ」

 いい天気だ。空は青く、白い雲がゆっくりと流れている。小高い丘の上らしく、遠くに緑の山が見えた。テルラが想像していた魔界とはずいぶんかけ離れている。魔界という場所は、実はこんなに明るい所なのか。いや、そんなはずは……。

「ええっ? どうしてテルラがいるんだよ」

 後ろで声がするのでラディが振り返れば、いつの間に来たのか姉がいる。一瞬声がしたような気はしたのだが、ラディはそのままカロックへの扉を通ったのだ。まさか、後ろから姉がついて来ているとは知らずに。

「ラディ、これって一体どういうことなの。どうしてあんたの部屋にあんなおかしな扉があるのよ」

「おかしなって……おかしいかなぁ、あれ」

 ラディではない声が応えた。テルラが横を向くと、茶色の生物が彼女の視線の高さに浮いている。それは本などで見かける「竜」と呼ばれる存在とよく似た姿をしていた。

「え……何、これ」

「何って言い方はないだろ。せめて誰って言い方しろよなー」

 子猫より一回りくらい大きいサイズの竜は、短い腕と言うか前脚を組んで拗ねたように言う。

「テルラ、彼はジェイ。カロックに棲む大竜だよ」

「カロック? 大竜? 何なの、それ」

 紹介されても、テルラにはさっぱりわからない。この状況に完全に混乱していた。

 カロック。今の言い方だと、地名だろうか。どの辺りなのだろう。で、そこに棲む……たいりゅう? 見た目から考えて「竜」でいいのだろうが、本物なのかすぐには判断できない。本当に竜だとして、なぜ弟はあっさりと紹介するのだろう。紹介するには知り合いに違いない。だが、なぜ竜と知り合いなのか。かつがれている? だが、いくら魔法使いでもこんな大掛かりな魔法は難しい。それとも、知らないうちに何かおかしな薬でもかがされ、幻を見せられているのだろうか。

「え……今日はテルラも一緒なの?」

 また別の声がした。そちらを見ればレリーナだ。ラディの幼なじみということはテルラの幼なじみでもあるのだが、そんなに親しくはない。

 レリーナはヴィグランの隣家に住み、ラディはよく祖父の家へ遊びに行っていたので仲がいいのだが、テルラはあまり行かなかった。だから、一応顔見知りであり、強いて言えば友人に分類されるのだろうが、親密度はそんなに高くない。

 それはともかく、見知った顔が現れたことに安心するのが半分、どうして彼女までがここにいるのかという疑問と不安が半分。さっきの「今日は」という言葉からして、レリーナもここへ来るのは初めてではない。

「俺の後を追って来たみたいでさ。ジェイ、大丈夫だよな? この前話した時、来ても問題はないって言い方してたんだし」

「ああ、ぜーんぜん。来て困るなら、あの扉に最初から部外者を拒むようにしておけばいい話だしな」

「それじゃ、今回は三人でってことなの?」

 レリーナが嬉しそうに言う。

「そうなるな。あ、ジェイ、遅れてごめん。紹介するよ。俺の姉貴でテルラ。俺より上のクラスだけど、見習い魔法使い」

「ん、そうみたいだな」

「え、ジェイには見習いかどうかが見ただけでわかるの?」

 ジェイがあっさり言うので、レリーナが目を丸くする。

「見ると言うより、感じるんだ。魔力が強ければ、相手の魔力がどれくらいかもだいたいわかるようになってくる。だから、オレだけじゃなく、強い魔獣にもわかるぞ」

「ねぇ、それって魔力が強くなれば、人間にもわかるようになるものなの?」

「んー、たぶんな。だけど、いくら魔力が強くても人間の感覚はオレ達程には鋭くないから、ちょっときいつかも。こいつは強そうだ、くらいじゃないかな」

「じゃあ、俺の魔力が上がれば、おおよそでも相手の強さがわかるようになる?」

 見知らぬ相手の力がある程度わかるようになれば、強いのかなと探りながら対峙しなくて済む。弱い魔物を相手にして「どうなんだろう」とびくびくしなくていい。心構えがかなり違ってくるはずだ。

「どうだろうな。ラディ、さっさと魔力を上げて、わかるようになるか試してくれよ。で、オレに教えてくれ。そうしたら他の奴らに、人間にもわかるらしいとか、やっぱり無理みたいだ、なんてことを説明してやれるしさ」

「おいおい……変なところで俺を実験台にするなよ」

「ちょーっと待って!」

 えらく和やかな雰囲気の中、一人入ることができないテルラは会話を中断させる。

「一体、何がどうなってるの。ちゃんと説明して。ここはどこで、一体全体この状況は何なの?」

「ここはカロック。ラディのねぇちゃんなら、それでだいたいわからないか?」

「わからないわよ」

 カロックだということは、さっきラディがジェイを紹介した時に聞いた。テルラが聞きたいのは、カロックはどこにあって、自分がなぜ家から突然こんな所にいるのかだ。あと、ジェイの存在も。わからないか? と言われても、テルラにはさっぱりわからない。

「ジェイ、それは無理。テルラは俺達みたいにじいちゃんの話に食いついてないんだ。たぶん、一回か二回くらいしか聞いてないんじゃないかな」

「そうね。いつもラディとあたししかいなかったし」

「何? どうしてここにおじいちゃんが出て来るの?」

 目の前の二人だけではなく、つい最近亡くなった祖父まで登場した。テルラはますます混乱してしまう。まさかここは死後の世界なのか。

「えーと……どこから話せばいいのかな。とにかく、基本の部分を説明するとして、ここはカロックって名前の世界。俺達が住む世界とは別の世界なんだ。で、このジェイが大竜の試練っていうのを受けてるんだけど、それには異世界の魔法使いの協力者が必要で、レリーナと俺が選ばれてここにいる。じいちゃんも見習いの時に来てるんだぜ。で、その時に体験したことを俺達に話してくれてたんだ」

「カロック……そう言えば、ラディが小さい時によく話してたわね。おじいちゃんに冒険の話をしてもらったって。あれって、子ども向けにおじいちゃんが作った話じゃないの?」

「俺もそう思ったんだけどさ、現実のことだったんだ」

 そんなことがありえるのか。にわかには信じがたいが……こうして来ているようだから、ありえるらしい。

「地図のかけらがカロックのあちこちに散らばってるの。その散らばった地図は、おじいちゃんの部屋にあったものなのよ。二人で見付けて、そのままカロックへ呼ばれたの」

 テルラがヴィグランから直接話を聞いたのは、ラディが言うようにほんの数回。それだって、今はもうほとんど覚えていない。そんなことがあったな、という程度。

 テルラがこの話をかろうじて覚えていたのは、ヴィグランから話を聞いたラディが帰って来る度に興奮して「こんな話を聞いた」とこちらが聞いてもいないのにしゃべっていたからだ。もっとも、テルラは適当に聞き流していたので、カロックという名称が頭に残っていただけでも奇跡に近い。

「聞いてた話がおじいちゃんの実体験で、それが冒険の物語みたいだったってことは……あんた達もそんなことをしてるの?」

「うん。かけらを探す間に魔物が出て来るから、魔法使いの力が必要なんだけど、その魔法使いも見習いじゃないとダメなんだ」

「どうしてよ。同じ協力するなら、正規の魔法使いの方がいいじゃない。その方が絶対に力は上なんだし」

「それはそうなんだけど」

「未熟者同士が助け合ってクリアしなきゃならないんだってさ。面倒だなーって思うけど、やってみると面白いぞ」

 付け加えるジェイの方に、テルラは向き直った。

「あなた、仮にも竜なんでしょ。未熟者って言っても、人間の見習い魔法使いよりずっと強い魔力があるんじゃないの? 本当に協力者が必要なの?」

「仮にもって、本当に竜だぞ。試練中の竜は、魔力を最低限まで抑えられてるんだ。だから、ラディよりちょーっと上くらいかな。それに、オレの力では見付けられないようになってるから、どうしてもラディとレリーナの力が必要なんだ」

 助けてもらっている立場のはずだが、ジェイは説明しながら胸を張る。

「もしかして、土曜日は自主練をしないで早く帰って来てるのって、ここへ来るため?」

「別に土曜日に限定されてる訳じゃないんだ。たまたまジェイが呼び出す日が土曜に重なったってだけでさ。前はもっと短期間で呼び出されてたんだけど、もう少し空けてほしいって言ったらうまい具合に土曜日が多くなったってだけ」

「このパターンが一番助かるわ。長い授業の後で行くのって、やっぱり大変だもん。土曜なら午前しか授業はないし、カロックから戻ってもゆっくりできるから」

 以前は授業が終わった後、つまり夕方に近い時間帯に呼び出された形だった。今は昼過ぎなので、戻ってから身体を休めることができるのでありがたい。

「そっか。じゃ、今のところは都合よく呼び出せてるんだな。正直なところ、微調整がどこまでできてるかはよくわかってないんだ。一日前後すると面倒?」

「面倒って訳じゃないけど、今の状態がベストだからな。できるなら、このままのパターンで頼みたいのが本音」

 ラディ達の話を聞いて、テルラの疑問も解けた。自主練習に一番適している日に限って早く帰っていたのは、こういうことだったのだ。別におかしいこと……この状況は十分におかしいとは思うが、とにかく何かよくないことをしている訳ではないというのがよくわかった。その点では姉としても安心できる。

「ラディがここへ来ている事情はわかったわ。先週爆睡していたのも、カロックで暴れ回って疲れ切ってたってことね」

「暴れた訳じゃないけど」

 火の魔法を使いまくっていたのは、暴れたうちに入るだろうか。

「状況がわかったから、もういいわ。冒険でも何でもしてちょうだい。私は興味ないから、先に帰るわ」

 テルラは冒険に心をそそられることはない。魔物退治をするのが夢ではないから、ここで遭わなくていい魔物に遭うつもりもなかった。

「テルラ、終わるまで帰れないぞ」

「え……」

 さっき通った扉の方を向いても、そこには何もない。さらに、ジェイの言葉が追い打ちをかけた。

「ど、どういうことよ。どうして帰れないの! さっきの扉はっ」

 振り返りざま、テルラが叫ぶ。

「だから、終わるまでは帰れないようになってるんだ。悪いな。そういう決まりみたいなもんがあってさ」

「そんなっ。私は協力するために来たんじゃないのよ。それなのに、帰らせてもらえないって言うの?」

「本人の意思はどうでも、あの扉を通ったら協力する気がなくてもそうなる……みたいだな。前例を知らないから推測だけど」

「ええ~」

 情けない声を出しながら、テルラはその場に座り込む。おかしな扉に入ろうとする弟を止めようとしただけなのに、どうしてこんなことになるのだろう。

「ラディ、どうしてくれるの。あんたのせいよ。ちゃんと話しておけば、あんたがあんな扉に入って行こうが何しようが放っておいたのに。隠れてこそこそするから、関係ない私まで巻き込まれちゃったじゃないの」

「俺、こそこそしてたつもりは……。だいたい、異世界の話をしたところでテルラが信じるのか? おかしな魔法を使って幻覚を見たんだろうって言うのがオチだろ」

「そりゃそうよ。異世界の存在を頭から否定する気はないけど、そう簡単に行けるなんて普通は思わないわ」

「だから、話さなかったんだ。異世界の存在を頭から否定する気はないって言うけど、俺の話は頭から否定するだろ」

「そんな話、どこの魔法使いが聞いても否定するわよ」

 姉弟ゲンカが始まってしまった。一人っ子のレリーナはどう手をつけていいかわからない。おろおろするだけだ。

「あのさ」

「何よっ」

 声をかけてきたジェイを、テルラは半泣きな顔で睨む。

「巻き込んだのは、ラディじゃなくてオレだと思う。オレが協力者以外が入れないようにしておかなかったから、テルラがカロックに足を踏み入れることになったんだ。ラディを責めないでくれ」

「……」

「許してほしいついでに、もうちょっとがまんしてもらえない? 今回捜す分のかけらが見付かるまでは、今のオレにも帰る扉は出せない。泣いても笑っても、その時が来るまでは無理なんだ」

 静かにそう言われると、テルラも泣きわめいて帰らせろとは言えない。どうあがいたところで、帰れないものは帰れないのだ。細かい事情はまだわからないものの、竜であるジェイが出せないと言うのだから本当に出せないのだろう。もう聞き分けのない幼子ではないし、あきらめるしかなかった。

 テルラはため息をつきながら立ち上がった。

「……わかったわよ。ラディ、さっさと済ませて。早く帰らせてちょうだい」

 姉が弟に高飛車な態度を取るのは、よくある光景である。

「簡単に言ってくれるよなぁ」

 ラディは苦笑するしかない。カロックでの実体験はもちろん、ヴィグランの話もほとんど聞いていないテルラにはどうなるかが予測できないからそんな言葉が出るのだ。

「今回は早く済むといいな」

 ジェイの余計な一言でテルラが凍り付いても、ラディはフォローする気にもなれなかった。

☆☆☆

 テルラが魔法使い協会ロネールの修学部に入ったのは、魔物退治をしたいと思ったからではない。そもそも、そんなに魔法に対しての興味があるのでもない。

 それなら、なぜ魔法使いになるための学校に入ったかと言えば、夢を叶えるために必要だったからだ。

 魔物退治に向かう魔法使いは、少しでも攻撃力を高め、防御力を上げるためにそれぞれの力が込められた服飾品を身に着ける。テルラはそれらのデザイン、特にアクセサリー関係のデザインに関わる仕事をしたいのだ。

 魔法使いが使う物だから、魔力を宿らせる必要がある。その細工をするためには、当然作る方も魔法が扱えなくては話にならない。つまり、魔法使いでなければならないのだ。

 魔法の勉強や技の修業はどういうやり方でも構わないが、魔法使いであるという正式な証は魔法使い協会が発行する証書が必要になる。魔法使い協会に所属していなくてもその証が欲しければ、魔法使い認定試験に合格しなければならない。これがなければ、どれだけ魔法の腕がよかったとしても(裏の世界は別として)世間では認められない。

 そんな事情があるため、テルラが夢を叶えようと思うなら単にデザインの勉強だけでなく、魔法使いになることが必須なのだ。

 魔法使いが使うアクセサリーの類には、特殊な紋様が必ずどこかに刻まれていて、その紋様があることで普通の装飾品と区別される。一般の人には紋様の有無など関係ないが、魔法使いにとっては時と場合によっては命取りになってしまう。防御力が上がると思って身に着けているのに、効果がなければ魔物に殺されてしまうこともあるからだ。なので、一般の装飾品にその紋様を刻んで売った場合、とても重い罪になる。

 テルラはその紋様をみるのが好きだった。五芒星を模したような、言ってみればいくらでも真似して描けるようなデザインではあるが、その形に惹かれる。

 テルラが初めて紋様を見たのは、祖父ヴィグランのマントの端に刺繍されていたものだった。攻撃にしろ、防御にしろ、力が込められているのは服飾品そのものだ。紋様はあくまでも「魔法使い用」ということを知らしめるマークにすぎない。

 だが、そんなことは知らないテルラは、その紋様そのものがものすごい力を発揮しているように思えたのだ。

 ヴィグランがカロックの話をしていたのを、テルラもほんの数回聞いたことはある。しかし、彼女の関心は魔物と渡り合う魔法使いの話に向けられることはなかった。ヴィグランの話より、ヴィグランの持つそういった服飾品や魔法道具の方に興味があったのだ。

 これらの物について、もっと知りたい。

 それを知る第一歩がロネールだ。正直なところ、魔法が使えるようになってもこれという感慨はない。国語を習えば読み書きができるようになるし、算数を習えば計算ができるようになる。それと同じように、魔法を習えば魔法ができるようになる。テルラにとってはその程度だ。

 魔法はあの紋様と深く関われるようになるための、必要不可欠な第一歩。魔法使いの証が必要なければ、習うつもりなんてこれっぽっちもない。魔法の勉強をしているのは、いいアクセサリーを作るためであり、魔物退治なんて外を駆け回るのが好きな魔法使いにまかせればいい。

 自分達が住む世界の他にも、たくさんの世界があると習った。ただし、行き来するのは非常に困難であり、偶然に行けたとしても帰ることは不可能に近い、といったことを。

 聞いていた時は、そんなものなのかな、と思った。きっと魔物だけの世界があったり、逆に魔物が全然いなくて自分達のような人間しかいない世界があったりするのかな、と。仮に自由に行き来できて、人間しかいない世界であれば、そこの人間がどんなデザインのアクセサリーを作っているのか見てみたい。テルラの関心はあくまでもデザイン中心だ。

 そんな彼女が、今は別世界のカロックにいる。

 ここは人間が存在しない世界らしい。まずその点ががっかりだ。凶暴な人種でなければ、別世界の人間にも会ってみたかったのに。

 さらに、目的地へ行くまでには魔物が現れるらしい。その可能性が非常に高い……と言うより、ほぼ間違いなく現れると聞いて、テルラはげんなりとなる。

 魔物が現れれば、しかも自分達を襲ってくるとなれば応戦しなければならないではないか。フィールドで呪文を唱えると現れる幻影の魔物とは違う、本当の魔物。

 何が悲しくて、そんなのを相手にしなければならないのだ。通りすがりに魔物のテリトリーへ入ってしまうことはあるだろうが、すぐに立ち去るのだから見逃してもらいたい。こちらは魔物退治と称して命を奪いに来た訳ではないのだ。できれば、穏便に済ませたい。……たぶん、無理だろうが。

 断片的ではあるが、ラディが嬉しそうに話していたヴィグランの冒険譚を覚えている。小さな子どもが興奮して話すのだから、かなりねじれて伝わっている部分も多いだろうが、話の中のヴィグランは相当暴れ回っていたようだ。つまり、それだけ魔物と応戦した、ということになるだろう。

 それが、現実になってほぼ確実に自分の身にふりかかってくるのだ。出発前からテルラの表情が暗くなるのも仕方がない。

 だが、帰れないとわかっておとなしくなった姉を気にすることなく、ラディはジェイに今回の目的地を聞いていた。

「今日はここから南の方。グラワーの森だ。別名、花の森って呼ばれてるけど」

「花の森? お花畑みたいな感じ?」

 レリーナが目を輝かせる。

「んー、まぁ、上から見ればそんな感じに思えるかな」

「上から見れば? 地面に降りたら違うのか?」

「全然。花って感じじゃなくなるんだ」

 ジェイの説明がよくわからず、二人は首を傾げる。

「上から見れば花なんだろ?」

「地面に降りても、花は花だ。花には違いない」

 とんちのように聞こえるジェイの説明。

「……わかった。自分の目で確かめる」

「うん、その方がいいな。んじゃ、召喚頼むぞ」

 ジェイの最後の言葉に、テルラがぴくりと反応する。

「召喚? 召喚って魔獣召喚のこと?」

「ああ。魔獣の力を借りないと、カロックでは移動もままならないからな。ジェイの言う目的地はここから遠いし、この辺りは見晴らしがいいけど、よすぎて距離がとんでもなくあるから。普通に歩いてたら、たぶん一日や二日で済まないよな?」

 ラディに問われ、小さな竜は小さく頷く。

「人間の足なら、三日は軽く超えると思うぞ。オレはその気になれば、もう少し早く移動できるけど。それでも、短縮できる時間はこの姿じゃ知れてるな」

「ジェイは歩かなくていいから、あたし達より少しは楽でしょ」

「だけど、移動に全くエネルギーを使わないってんじゃないぞ。やっぱりオレだって疲れるしさ」

「あら、ジェイでもやっぱり疲れるの?」

「当たり前だろー。レリーナ、オレを何だと思ってるんだよ」

「竜は疲れないと思ってたわ」

「生きてる奴はみんな疲れるって。疲れるまでの時間が違うだけ」

「あの、ちょっと待って。ラディが魔獣召喚するの?」

 話の流れから言って、ジェイは召喚しないようだし、レリーナはまだそのレベルにない。ということは、残るラディがやるということ。

「うん、俺がやる」

「ダメじゃないの、ラディ。その魔法は特定条件以外で使うことは禁止されてるでしょ」

 テルラの言葉を聞いて、ジェイがラディの肩をぽんと叩いた。

「よっ、姉弟」

「はは……」

 言われたラディは、何も言い返せずに苦笑する。

 魔獣召喚は、授業中もしくは正規の魔法使い立ち会いの下でなければ使用を禁止されている術だ。テルラのレベルであれば、すでに魔獣と契約する授業を受けている。しかし、正規の魔法使いと認定されるまでは自分が契約した魔獣以外を個人で召喚できない。下のレベルのラディなら、なおさら。

 魔獣召喚は、一歩間違うと非常に危険だ。呼び出された魔獣が召喚者の言うことを聞かずに暴れたり、周囲にいる人間や環境を傷付ける恐れがある。呪文をわずかに間違えれば、自分の手に負えないはるか上のレベルの魔獣が現れることもあり、そのために死傷者が出てしまうこともあるのだ。

 そのため、ロネールに限らず、全ての魔法使い協会の修学部では見習い魔法使いの召喚を禁止している。

 ……ということを、初めてカロックに来た時のラディも言った。禁止されてるから、とちゅうちょして。

 そしてたった今、姉のテルラも同じことを言い、ジェイはそれをからかったのだ。

「テルラ、俺もジェイにそう言ったんだよな。で、ジェイから言われたんだ。ここはロネールじゃなく、カロックだってこと」

「でも……」

「俺が召喚をやっても叱る先生はいないし、さっきも言ったけど魔獣の力を借りないとどこへも行けないんだ。それに、俺達がカロックへ来るのは六度目だけど、今までずっと俺が召喚してるんだぜ」

「つまり、これまで五回も魔獣を呼び出したってことなの?」

「そういうこと。今のところ、失敗はしてないぞ。だから、黙って見ててくれよな」

「ラディ、今回は乗る人数が多いから、少し大きめの魔獣の方がいいかも」

「わかった」

 当たり前のように話が流れ、テルラはそれ以上口をはさむタイミングを失った。その間にラディが召喚の呪文を唱える。

「え……」

 少し強い風が吹いたと思った直後、暗くなった。もちろん、夜になったのではない。何かが現れ、その影が太陽の光を遮ったのだ。

「きゃあっ」

 見上げたテルラが悲鳴をあげる。そこには、巨大な鳥の姿があった。逆光になっているので色や顔はわからないが、そのとんでもない大きさからしてロック鳥ではあるまいか。象や鯨より巨大だと聞いているが、翼を広げたその姿は視界に入りきらない。

「俺を呼び出したのはお前か?」

 頭上から若い男の声がした。人間ならラディとそう変わらない年頃のように思われる。声だけで判断するなら、現れたロック鳥はその巨大さにも関わらず、まだ成鳥ではないのだ。

 広げた翼は、端から端まで人間が五十人並んでもまだ余裕がありそうだ。太い脚は最低でも三人はいなければ抱えきれないだろう。ゆっくり羽ばたいてその場に滞空しているが、地上に風はほとんど起きていない。

「ああ、そうだ。俺はラディ。大竜の試練の協力者だ。お前の力を貸してほしい」

 頭上の巨大な鳥の魔獣を相手にしても、ラディは臆することなく話す。一方でテルラはそばにいるレリーナの腕をしっかり掴んでいた。怖くてとても一人で立っていられない。

 授業で魔獣召喚と契約を実技でやったテルラだが、正直なところ将来魔獣の力が必要になる時が来るとは思えなかった。なので、仕方なくといった状態で呼び出した地狼の子と契約したのだ。契約しても「呼び出すことはないと思うから、好きにしていて」と言ったくらいである。本音を言えば、動物そのものもあまり得意ではない。

 そんなテルラから見れば、自分よりもレベルが下のラディがとんでもなく大きなロック鳥を呼び出してどうするんだ、という気持ちだ。緊張と恐怖で倒れそうな気分である。

「試練? あーあ、聞いたことあるぞ。巣立ちのための儀式とか何とかだろ。大竜も面倒なことするよな」

 軽い口調からしても、やはり若いようだ。

「そ、面倒なんだけどさ、やってみると案外面白かったりするぞ」

「へぇ、そんなもんか?」

 ジェイの言葉に、ロック鳥は食いつくような言い方をする。

「俺の力って、何してほしいんだよ」

「基本的には、俺達を乗せて目的地までの移動だ。あと、魔物が襲って来た時に追い払うなりしてもらえると助かる」

「ふぅん。ま、退屈しのぎにはちょうどいいかな」

 そう言うと、ロック鳥は地面に降りた。翼をたたんでも、やはり巨大だ。その体高は三階建ての家くらいはあるだろう。この前見た一つ目巨人より大きい。全体的には薄いベージュの羽色をしているが、光の当たる角度によっては金色に見えた。瞳は黒く丸い。本で読んだロック鳥は金色の目をして鋭く睨むような記述があったが、ちょっと違うようだ。カロックの魔獣だからか、本の著者の認識が偏っているのか、個体差によるものか。

「やっぱりラディの呼び出す魔獣って、きれいね」

 レリーナが金色に光る羽を見て、そんな感想をもらす。

「きれい? 俺が?」

「だって、とてもきらきらしてるもん。金色の羽、とってもすてきよ」

「そっか。きれいか。お前、いい奴だな」

 レリーナのほめ言葉に、ロック鳥は素直に喜ぶ。テルラにはどちらも理解できない感覚だ。魔獣の容姿をほめ、ほめられた魔獣が人間のように感情を表に出すなんて。テルラはこんな巨大な魔獣を前にして、倒れないようにするだけでも必死なのに。

 ラディが全員の名前を告げ、ロック鳥はファルザスと名乗った。

「怖がってる奴がいるけど、いいのか?」

 その大きな翼の片方を地面へと伸ばし、ラディ達が背中へ乗れるようにしてくれたファルザス。テルラの恐る恐るな動きを見て、気になったようだ。

「ああ、気にしなくていいよ。大きな魔獣を見慣れてないだけだから」

「そ、そんなこと言って、ラディはどうなのよ」

「だから、今まで五回呼んだことがあるって言ったろ。レリーナと二人で乗れるような魔獣だぜ。小さいはずないだろ」

「テルラ、あたしに掴まって。落ちないように気を付けてね」

 先頭にラディ。その後ろにレリーナが来て、レリーナに半分しがみつくようにしてテルラがファルザスの背に乗った。ジェイはいつものように、ちょこんと魔獣の頭の上だ。

「で、目的地はどこなんだ?」

「グラワーだ。花の森までよろしく。近くになったら、また細かく行き先を言うからさ」

「えーと、グラワーっつーと、南だな」

 ジェイに確認し、ファルザスは羽ばたき一つで一気に上昇した。

「テルラ、高い所は苦手ってタイプなのか?」

 それまで彼らがいたムーツの丘があっという間に小さくなり、遠くなる。その高さとスピードにテルラが悲鳴を上げた。ラディはもちろん、レリーナも魔獣に乗ってそんな声を出したことがないので、ジェイは不思議そうだ。

「わ、私、魔獣に乗ったこともないし、空を飛んだこともないのよ。平常心でいられるはずないわ」

「ふぅん。カロックに初めて来た時のレリーナはそうじゃなかったのか?」

「そうだけど……人によってはこういう状況が苦手ってこともあるから」

 レリーナが苦笑しながらフォローする。自分より上のレベルでも、得手不得手はあるんだなぁ、などと思いながら。召喚もできて、魔獣と接する機会もあるはずなのに、テルラの恐がり方はほとんど初心者だ。

「テルラ、よくそれで召喚の授業をパスできたな」

「しょ、召喚したって、の、乗る訳じゃないものっ。それは魔物退治の、ま、魔法使いがすることでしょっ」

 どもりながら、弟に言い返す姉。威勢だけはいい。

「テルラも魔法使いを目指してるんじゃないのか? ラディより上のレベルなんだろ」

「わ、私は、魔法使いの使う、アクセサリーを作りたいの。魔法使いになるのはそのための手段ってだけよ」

「みんながみんな、魔物退治をするために魔法使いになるんじゃないわ。あたしはまだちゃんと決めてないけど……」

「へー。俺、人間のこともよくわかってないけど、魔法使いって奴はみんな魔物退治するもんだと思ってた」

 ファルザスが会話に入る。カロックに人間はいないが、どういうルートでか人間の情報もわずかながらカロックへ入って来るらしい。

「俺は魔物退治するつもりだけどな。だから、カロックに来るといい訓練になるよ」

 いやでも魔物は現れるし、排除するためには魔法が必要になる。間違いなくクラスメイトより経験値はずっと高くなってるはずだ。

「ラディ……」

 レリーナがつんつんとラディの背中をつつく。呼ばれたと思ったラディが振り返った。

「何……あ……」

 テルラの顔がますます青くなっているのを見て、ラディは余計なことを言ったと思ったがもう遅い。

「訓練になるほど、魔物が出て来るの……。そんなにたくさんの魔物が……」

「えーと……テルラ、結界担当でいいから」

「ラディ、フォローになってないわよ……」

 レリーナが小さくため息をつく。見習いでも魔法使いなら魔物にビビるなよなー、とラディも心の中でため息をつくのだった。

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