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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第六話 飛び入り

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テルラの不審

 少し強めのノックが響いた。返事を待たず、扉が開かれる。

「ラディ、いないの?」

 言いながらラディの部屋へ入って来たのは、姉のテルラだ。彼女は部屋を見渡し、ベッドの上で寝ている弟の姿を発見する。

「何よ、帰って来たと思ったら、昼寝?」

 言いながらテルラはベッドへ近付くが、ラディが起きる気配はない。

「ラディ……ラーディ」

 呼びかけながら、テルラは弟の頬をつついてみた。ちょっと頬をつねってみるがまるで反応せず、寝息だけが聞こえる。姉の相手が面倒で寝たふりをしている、というのではなさそうだ。

「よっぽど退屈な授業でもしてたのかしら」

 あまりにも面白くない授業に眠くなり、帰ってからもその眠気に勝てなかったのだろうか、などと考える。授業が終われば普通は目が覚めそうなものではあるが。

 ラディが爆睡しているのには、もちろん理由がある。

 午前で授業が終わった土曜日の今日、ラディは異世界カロックへ行っていたのだ。大竜ジェイが受けなければならない「大竜の試練」の協力者として呼び出され、そこで地図のかけら探しをするのである。その道中には当然のように魔物が現れ、ラディの幼なじみレリーナとともに攻防を繰り広げながら目的地へ向かう。

 いつもの流れとしてはそんなものなのだが、今日は少々大変だったのだ。探すかけらがある場所に三体の一つ目巨人がうろつき、それらを排除することになった。いつも複数の魔物が現れるが、今回は相手が頑丈だったために苦労したのだ。それに、レリーナが襲われそうになったため、ラディは持てる力をほとんど出し切るようにして巨人を倒した。

 いつもなら「疲れた」くらいで済むのだが、今日はその疲労感がとんでもない。魔法を使うということは、見習いにとっては同時に体力も大幅に消耗する。巨人に対して使った魔法の強さや長さがいつも以上だったため、ラディは部屋へ戻ってすぐにベッドへ倒れ込んでしまったのだ。

 テルラには知る由もないが、今のラディは寝ていると言うよりはほとんど気絶に近い状態なのである。つついたくらいで起きる程、眠りは浅くない。

 ラディの事情は知らないが、少しくらい叩いたり蹴ったりしても起きそうにないと悟ったテルラ。無駄な努力をする前に弟の部屋を出て行った。

 ラディが目を覚ましたのは、ほとんど陽も落ちた頃。夕方と言うよりは、夜に近い。

 起きてすぐには寝る前のことが思い出せず、しばらくぼんやりしていたラディ。カロックから戻って眠ったのだと思い出した。それと同時に、空腹感を覚える。

 カロックでの時間はこっちではほとんど関係ないけど、寝るのはしっかり時間が流れてるんだよなぁ。……当たり前か。

 キッチンへ行くと、タイミングよく夕食ができあがったところだった。母のセリーンに「ちゃんと手は洗ったの?」と聞かれ、そう言えばカロックから戻ってそのままだったと慌てて洗面台へ向かう。

「ラディ、夕食の前に着替えてらっしゃい」

 キッチンからセリーンの声が飛んでくる。改めて鏡を見ると、確かにロネールの制服のままだ。ロネールから戻ってカロックへ行き、戻ったらそのまま眠って今、という状態だから、着替えも何もしていない。

 手を拭くと慌てて部屋へ戻り、ラディはラフな服に着替えた。テーブルにはすでに母と姉がついている。父のランディスは友人宅へ行っているので不在だ。

「ラディ、あんた、今日は何をしたの?」

「え、何って……」

 姉からのいきなりな質問に、ラディはもう少しでパンをのどに詰まらせそうになる。

「別に何もしてないぞ。ロネールでいつものように授業を受けて、帰って来ただけ」

 一応、事実である。カロックでの行動を省略しているだけだ。

「本当に? 何もしてないのに、制服のままであれだけ爆睡できる訳?」

「いいだろ、眠い時は眠いんだし」

「だからって、制服のままで寝るのはやめなさい。パジャマじゃないのよ。ロネールの服は単なる制服じゃないんだから」

 ロネールの修学部で指定される制服は、わずかながら魔法の防御効果がある。見習い魔法使いが魔法を失敗した時、少しでも危険を回避するためだ。その機能は微々たるものだが、何もないよりはまし。乱暴に扱うことでその効果が薄れるというのではないが、大切にすることに越したことはない。

「わかった」

 ラディは素直に返事しておく。制服のままで寝てしまったのは理由があるが、その話を始めると長くなる。と言うより、姉や母がどこまでカロックのことを信じるか。へたすると熱でもあるのか、と疑われそうだ。

「ラディ、徹夜でもしたの?」

 母に聞かれ、ラディは首を振る。

「そうじゃなくて……昨夜はちょっと眠れなかったから」

 真実を話せない以上、当たり障りのない理由を言うしかない。幸い、ラディに眠れない夜なんてあるの、といったテルラの突っ込みはなかった。

☆☆☆

 もっと効率よく攻撃ができたら。

 もちろん、できる方法はあるだろう。だが、やはりそれも基礎の力があってのことだ。楽をして強い攻撃ができるなら、誰も苦労はしない。普段から魔法を使い、身体を慣らせておくことで強い魔法にも対応できる。つまり、日々の練習しかない。

 授業が終わり、ラディはまた自主練習をしていた。じきに進級テストもあるので、そのために練習する見習い魔法使いの姿も少し増えたようだ。

 複合魔法も強くしたいけど、その前にまずは基本魔法だよな。それができなきゃ、どんなにがんばったって複合魔法の力なんて知れてる。火、水、風、土のスキルをもっと上げていかないと。

 この前のカロックで巨人に使った魔法は火だった。それが弱点だからとジェイに教えてもらったからだ。それでも、完全に倒すまでには時間がかかってしまった。

 それは、単純にラディの力が低いから。いくら身体が大きいと言っても、弱点である魔法で攻めてるのだから、もう少し早く倒せないといけない。

 あの時は他の巨人をジェイが引きつけてくれたからいいものの、もたもたすれば他の仲間に阻まれてこちらがピンチになりかねないのだ。

 課題だらけだな……。今までサボってたつもりはないけど。

 ラディは動く的が現れる呪文を唱えた。その的も魔物の姿になるようにしてある。これで単なる的を狙うより、ずっとリアリティがあって実戦に近い気分になれるのだ。他の見習いにすれば正規の魔法使いとなって魔物退治する時のシミュレーションになるのだが、ラディにとってはその魔物退治が数日後。

 カロックへ呼ばれるのはおよそ一週間前後の間があくが、それもジェイ次第だ。少し間をあけてほしいと言って、今はどうにかこれくらいの猶予ができている。しかし、突然明日になってジェイが「頼むよ」と現れるかも知れないのだ。

 焦って練習をしすぎても、疲れがたまって逆に命中率などが下がってしまう。それはわかっているし、無理しないように注意をしているつもりだが、少ない練習では怖い気がする。一歩間違えば自分が、もしくはレリーナが危険にさらされるのだから。

 ネズミのような魔物の姿になった的が、ランダムな動きをしながらこちらへ向かって来た。ラディはそれに向けて火を放つ。命中するとネズミはもんどり打ち、地面に一度叩き付けられて消えた。

 しかし、一息つく暇もない。的となる魔物の幻影は次々に現れるのだ。

 しばらく応戦が続き、ようやく魔物が現れなくなった。自分で魔物が現れる時間を設定したとは言うものの、延々と現れるとさすがにいやになる。ラディのこめかみから頬にかけて、汗がつたった。

「ラディ」

 肩で息をしているラディに、誰かが声をかけた。振り返ると、ラディのクラス担任のラオクだ。実技の練習場所であるフィールドには、時折魔法使いが見回りに来る。交代制なのかどうかラディは知らないが、今日はラオクの番なのだろう。

「お前、何を焦ってるんだ」

「焦って……るように見えます?」

「ああ。進級するための練習にしても、一生懸命を通り越して必死に見えるぞ」

 確かに必死かも知れない。ヴィグランの話を聞いていた時は楽しそうに聞こえた冒険も、いざ自分がやるとなると単に楽しいだけでは済まないのだ。一歩間違えば、命に関わる。たとえジェイが本当に危険となればその力を解放する、と言ったところで、どこにどんな不運の種が転がっているかはわからないのだ。そうならないためにも、自分自身に力をつける必要がある。

 ただ、その過程が他者からは髪を振り乱して必死になっている、と見えるのだろう。

「俺、今度こそ進級したいから」

 本当のことは言えないので、一番ありそうな理由を口にする。それに、進級したいのは嘘じゃない。

「それはわかるが、長く続ければいいってものでもないぞ。さっきのは長すぎだ」

 どうやら、しっかりチェックされていたらしい。

「だけど、持久力を上げたいから」

「で、今の状態ですぐに次へ進めるか?」

「……」

 さっきよりおさまってはきたものの、まだラディの息は荒い。やってやれないことはないだろうが、同じことをすればたぶん途中で力尽きる、もしくは反撃されてリタイアだ。

 ラオクに痛いところを突かれ、ラディは何も言い返せない。

「やるなら、さっきの半分にしろ」

「半分? それなら、授業でやるより少し長いくらいだし」

「ああ、そうだ。今のお前にはそれくらいで十分だ」

 続けるだけの力がラディにない、ということだろうか。悔しくて、しかし反論できない。

「小休止を入れながら、それを五回くらい連続でやってみろ。その方が持久力はつくぞ」

「え?」

「火の力をどれだけ長時間打ち出し続けられるか。それはもっと魔力が高い奴がやることだ。お前はまだそこまで到達していない。そんなことを続けていたら、魔力も体力も一気に消耗するぞ。だから、小刻みにして続けるんだ」

「小刻みに……」

「攻撃をして、少しだけ休む。それからまた攻撃。イメージとしては、点線だな。さっきのお前のやり方だと、直線ではあるが短くなる。たとえ点線であっても、最終的に全体が長ければそれだけ攻撃を続けているってことになるんだ。あとは点線の全体の長さを伸ばすか、線となる部分を伸ばすか。その辺りはお前の力の伸び方次第だな」

 巨人を相手にした時は、長時間攻撃を続けた。しかし、ラディにとってはかなりの無理があるやり方だったのだ。ジェイもラディには酷だと言っていた。

 あの時はレリーナが危なかったから、仕方がない部分はある。だが、その後は歩くのもちょっと怪しかった。ラオクが言う魔力も体力も一気に消耗した状態だったのだろう。部屋に戻って眠り込んでしまったのも、体力がなくなってしまったからだ。

 短時間で終わらせなければならない時はともかく、途切れ途切れでも長く攻撃を続けていられる方がカロックでは有利に働きそうだ。少なくとも、一人で何とかしなければならない訳じゃない。頼っていい存在が近くにいるのだ。

「わかりました。次はそのやり方でやってみます」

「ああ、がんばれ。だが、小休止じゃない、ちゃんとした休憩も入れるんだぞ。練習は大事だが、やりすぎていいことなんてないからな」

 ラディの肩をぽんと叩き、ラオクはその場を離れた。

 やっぱり正規の魔法使いってのは、どういうやり方がいいかってのをよくわかってるんだな。じいちゃんは自分で考えて調べろってよく言ってたけど、たまにはちゃんと聞くことも大切って訳か。

 呼吸が落ち着くのを待ち、ラディは魔物が現れる時間をさっきより短くなるように呪文を唱えた。

☆☆☆

 その日の授業も全て終わり、家に帰るべく門に向かって歩いていたテルラは、誰かに呼び止められて振り返った。

「あら、ブラッシュ。久しぶりね」

 テルラを呼び止めたのは、元クラスメイトのブラッシュだった。

 クラスメイトと言ってもずいぶん前の話で、中級1までのこと。ブラッシュはそこからあっさり進級し、テルラはゆっくりと進級してようやく上級2にいる。彼は先に正規の魔法使いとして認定され、今ではすっかりロネール代表のような存在だ。

 ちなみに、テルラは認定試験に二度落ちている。次の試験で三度目の正直になるかどうか、といったところだ。しかし、この試験にパスしなければ永遠に一人前として認めてもらえない。ここまで来たからにはあきらめる訳にいかないのだ。

 ブラッシュは風が通り過ぎるようにスムーズに進級してしまったので、テルラと一緒にいた時間は短い。しかし、ラディはテルラとクラスメイトだったという点のみを武器にしてブラッシュに話しかけ、そのおかげで今ではいい友人となっている。ブラッシュにとってもラディは弟みたいなもので、本当の姉であるテルラのこともかろうじて頭の隅に残っているのだろう……くらいにテルラは思っていた。

「テルラ、済まないけどラディに伝言を頼めるかな」

 軽い挨拶の後、ブラッシュの言葉を聞いて、ラディが本命なのね、と思った。現実はこんなものか、と。

 別にテルラはブラッシュに恋心などは抱いていないが、ロネールでトップクラスの魔法使いであり、女子からも人気が高い男性から声をかけられれば悪い気はしない。ブラッシュと会話ができていいな、という視線を感じれば、滅多に覚えることのない優越感にひたれる。

 だが、実際の会話の中身は弟に関して。他の女性への伝言を頼まれるのもあまりいい気分ではないが、相手が男となるとこれもまた微妙な感じだ。

「いいわよ。何?」

 しかし、テルラはそんな気持ちを表情には出さず、穏やかに聞き入れる。

「ラディの空いてる時間を言えば、俺も時間をつくるようにするって。職務部の受付に伝言しておいてくれればいいから」

「空いてる時間? それでラディには通じるの?」

 もう少し予測できそうな内容を考えていたが、ブラッシュの言葉を聞くだけでは意味がさっぱりわからなかった。要するに、お前に時間を合わせる、ということか。

「ああ、この前話をしかけて途切れたから。これだけであいつにはちゃんと通じるよ」

「そう。わかった。伝えておくわ」

「ありがとう、頼むよ」

 そう言ってブラッシュは立ち去りかけたが、その足を止める。

「テルラ。ラディに最近変わったことはない?」

「変わったこと? さぁ……」

 突然言われても、弟べったりではないテルラに思い当たる節はない。姉弟と言っても、ロネールではクラスレベルが違うので顔を合わすことはほとんどないし、かと言って家でどれだけ顔を合わせるかと言えば食事の時くらいだ。小さい頃ならともかく、テルラくらいの年代になればみんなそんなものだろう。

「以前に比べてよく自主練をしているみたいだけど、それくらいかしら。そのせいかはわからないけど、この前爆睡していたわ。つついても全然起きなくて。制服のままで寝てたから、それだけはやめるように言ったけど」

「爆睡……」

 自主練の話をすれば「あいつ、がんばってるな」くらいの言葉が返るかと思ったのだが、ブラッシュはわずかに眉をひそめたように見えた。

 私、何かおかしなことでも言ったかしら。

 ブラッシュの反応に引っ掛かったテルラだが、すぐに何かを憂えたようなブラッシュの表情は消える。

「あんまり無理はするなって言ってやってくれ。それじゃ」

 軽く手を振り、ブラッシュは今度こそ立ち去った。その後ろ姿を見ながら、テルラはふと疑問を感じる。

 先週の土曜日、昼寝と言うには深く眠り込んでいた弟。前日あまり眠れなかったと話していたが、それは本当だろうか。

 毎日のように自主練習をしているようなので疲れているにしても、あの眠り方は今考えると少しおかしかったかも知れない。制服を着替えることもできない程に疲れていた、ということだろうか。しかし、それならなぜ?

 自主練習をするなら、午前しか授業のない土曜日はちょうどいいはず。しかし、ラディの帰りは早い。先週も、その前も。平日は夕食ぎりぎりか、終わる頃に帰って来るのに。どこかへ寄り道しているのかも知れないが、寄り道や友達との付き合いなら土曜日の午後にすればゆっくりできるのに。

 ブラッシュは変わったことがないかと尋ねたが、こうして思い返してみると変わったと言うより変なことが出て来た。

 テルラが家に帰り、セリーンに聞くとラディはすでに帰って来たと言う。今日は土曜日なのに、また自主練習もせずに帰って来ているのだ。

 やっぱりおかしい。そろそろ進級テストも近付いているし、そのために練習を重ねているのであれば、こんな時間に余裕のある日に限って早く帰るのは絶対に妙だ。

 もしかして、ブラッシュは何かに気付いているのかしら。私が知らない所でラディと話をして、おかしいと感じて……。

 確認した方がよさそうだ。姉として、魔法使い……もとい、見習い魔法使いの先輩として、妙なことに首を突っ込んでいないかどうか。

 テルラはラディの部屋へ向かう。気ぜわしいノックをして、ラディの返事を待たずに扉を開けた。

「え……ラディ?」

 扉を開けて入った部屋の右側の壁。そこに、普段はあるはずのない扉があり、今まさにラディがその扉の中へ入ったところだった。

 何あれ。まさか、魔界へつながる扉とかっ?

「ラディ、待ちなさいっ」

 このまま見送っては、弟が魔界の王だか魔物だかに取り憑かれてしまう。

 そう思ったテルラは、その扉に向かって走った。

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