岩山の巨人
ムーツの丘周辺は、緑が多い。そこから出発してしばらくは山があったり草原が広がっていたりした。会話中は眼下の景色をあまり気にしていなかったが、バルディに言われて周囲を見ると緑がほとんど見えなくなっている。砂漠とまではいかないが、植物の姿があまりない荒野が広がっていた。その向こうに木のない山が見える。
「本当に岩ばっかりなんだ」
目的地へ近付くにつれ、眼下には石が増える。やがて全体的に濃い灰色の岩盤となり、それが次第に高さを増して進行方向にある山になり……。空から見下ろせばそんな感じだが、徒歩でこの周辺に来たら本当に岩しかない大地が延々と続くのだろう。
「こういう環境でも、それに適した奴はいくらでもいるからな。オレはこういう場所ってそんなに興味ないけどさ」
「最近、一つ目の巨人がこの岩山に出没すると聞いたぞ」
「ええっ」
バルディの言葉に、人間二人が驚きの声を上げる。
「最近ってことは、以前はいなかったってことか? よりによって、そういう奴がいる時に来たのかよ……」
「詳しくは何とも。私も噂で聞いた程度だ」
「スアの岩山って聞いた時、バルディが変な表情してたの、その噂のせいなの?」
「出遭うと面倒だと思ったが、行き先の変更はきかないのだろう?」
「うん。今回はこっちの方からかけらの気配がしたからな。もうほとんど感じられないってことは、この周辺だ。バルディ、適当な所で降りてくれ」
バルディは言われた通り、他よりは平らで降りやすそうな場所に降り立った。
「そうだ、忘れないうちにやっとかないと」
バルディから降りたラディは、レリーナの方に向き直る。レリーナはすぐにラディが何をするつもりかわかった。
「待って、ラディ。ちょっとあたしにもやらせて」
「やらせてって……」
ラディが首を傾げている前で、レリーナはこれまで練習してきた結界の呪文を唱えた。まだ練習を始めて一週間も過ぎていないので、レリーナの周囲はぶよぶよの膜が張ったような状態になる。
しかし、ラディはそれを見て感心した。レリーナのレベルではまだ習わない魔法だとわかっているから、結果はともかくとしてやったことに意義がある。
「へぇ、結界ができるようになったんだな。すごいよ、レリーナ」
「風にたわんでるシャボン玉みたいね。やっぱり実戦には不向きみたい」
「だけど、自分で勉強したんだろ」
「うん。知り合いになった人に教えてもらったの。家でも練習できるわよって」
「そういえば、レリーナの結界はいつもラディが張ってたっけ」
ジェイがレリーナの張った結界を見ている。先生にチェックされているようで、レリーナは今更ながら少し緊張した。
「ああ。レリーナのクラスではまだ結界を習わないんだ。でも、カロックでは知っておいた方が有利だな」
「うん。見習いは実戦に行かないから、後回しになるみたい。ターシャにそう聞いたわ」
「え、ターシャって……まさか氷のターシャ? 知り合いって、彼女なのか?」
ロネールの修学部に入ってしばらく経てば、職務部にいる魔法使いの中でもトップクラスに上がる名前はだいたい知るようになる。ラディもターシャの名前は当然知っていた。
自分もトップクラスであるブラッシュと知り合いなのに、レリーナがターシャと知り合ったと聞いて驚きを隠せない。見掛けるくらいならともかく、その魔法使い達と会話をしたり、ましてや知り合いになるなんてそう簡単ではないのだ。
「そう、あのターシャよ。彼女の話はまたゆっくりするね。ラディ、結界を張ってもらえる? あたしのだけじゃ、確実に一発で破られちゃう」
せっかくなので、自分で張った分は消さないでおく。二重にかけたと言うのはおこがましいが、薄皮の結界でもないよりはいい。
やるべきことをやり、ラディはジェイの方に向き直る。
「出くわさなきゃいいけど、今までのことを思えばそれは無理だよな。ジェイ、バルディの言った一つ目巨人ってどんな奴なんだ?」
せっかく情報をもらったのだ、ここでちゃんと予備知識として持っていれば、本当に現れた時でも対処の仕方が変わってくる。
「一つ目で巨人」
「そのまんまかよっ」
あんまりな説明に、ラディは力が抜けそうになる。
「うん、名前のまんまだ。大きな顔に大きな目が一つ。背は……そうだな、ラディの三倍から五倍ってところか」
「二階の窓辺りに顔がくるくらいかしら。やっぱり大きいのね」
「巨人族はもっと大きい。巨人と名前は付いているが、まだ奴らは小さい方だ」
バルディが嬉しくない情報を追加する。
「最近来たってことは、今まではいなかったってことだろ。どうしてこんな岩山に来たんだ?」
「あいつらはエサを求めて放浪するからな。今はこの辺りをエサ場にしてるってところじゃない?」
「こんな場所がエサ場になるの?」
空からも岩しか見えなかったが、こうして降りてみると本当に岩だらけだ。暗い灰色のごつごつした岩の地面が広がり、その岩を積み上げたように山ができている。生命力のたくましい雑草がわずかに見える程度で、周囲には似たような色彩しかない。
「さっきも言ったけど、こういう環境が合うって奴はいくらでもいるんだ。で、そいつらをエサにする奴がやって来る。さらにそいつらをエサにするために、一つ目巨人は来たんじゃないかな。この辺りの奴らを喰うのに飽きたら、またよそへ行くと思うけど」
「もう行ってくれてればいいんだけどなぁ」
きっと空しい望みとは思いながら、ラディはつぶやく。
「よくも悪くも、奴らは知能が低い。相手が自分より強かろうが、気にせず襲いかかってくる。相手にするのが面倒だから、私はあまり近付きたくはなかったんだが……」
「見境なしって訳ね。食欲を満たすためなら何でもするってことかしら」
「そういうこと。こっちの攻撃を受けて痛い目に遭っても、しばらくすると忘れるんだ。相手の顔も覚えてない。で、同じことを繰り返す。恐怖心があれば再会してもあっちが逃げてってくれるんだけど、そういう感情を持ち合わせてないからなぁ」
頭が悪すぎるのも考えものだ。
「つまり、襲われたら完全につぶさないと、次は自分が危ないのか」
向こうが命を狙ってくる以上、こちらも覚悟を決めて応戦しなければならない。手加減して改心してくれるような魔物はまずいないのだ。
「ジェイ、一つ目巨人の弱点は?」
「火だ。火を使えたら、エサを焼いて食うんだろうな。熱いのは怖いからエサは全部生らしいぞ。もっとも、自然界で調理する奴もいないけどさ」
攻撃魔法としては一番基本的なものが火なので、その点は少し気が楽だ。
「あ、ちなみに今回は風魔法を頼む。一つ目が出て来ないうちに、さっさとかけらを見付けて帰ろう」
その意見には大賛成だ。さっそくラディが風魔法を使い、軽く風を起こす。
「そういえば、試練とやらの中身を聞いていなかったな。何をするんだ?」
「砕けた地図のかけらを探すんだ。カロックのあちこちに散らばっていて、俺達が使う魔法でジェイがその気配を探るってことを繰り返す。見付けたかけらは俺が復元魔法で元の地図に戻して、それが完成したら試練も終わり」
「ほう。で、今はどこまで戻っているんだ」
「まだ半分以下だよ。竜によって数は変わってくるらしいし、今後どれだけ探し回ることになるかはジェイにもわからないんだ」
「そのかけらの数だけ、ラディとレリーナはカロックへ来るということか。それと、魔獣の誰かが呼び出されるのだな」
「そういうこと。だから……っと。レリーナ、大丈夫か?」
ラディの横を歩いていたレリーナがつまづき、体勢を崩した。すかさずラディが腕を出し、レリーナは何とか転倒をまぬがれる。
「あ、ありがとう、ラディ」
「レリーナ、それにラディも足下には気を付けろよ。この山に足場のいい所なんてほぼないからな」
先に進んでいるジェイが振り返って注意する。ジェイはラディの胸辺りの高さを浮いているので、転倒とは無縁だ。歩かずに済んでいいな、とこういう時は特に強く思う。
「ごめんね、ラディ。ちゃんと気を付けて歩くから」
恥ずかしさのためか、レリーナの頬が赤い。
「掴まっててもいいぞ。俺だってこんな所は歩いたことがないから、俺が転ぶと巻き添え食うかも知れないけどさ。レリーナが転びそうになるくらいなら、そう簡単に巻き込まれることはないから」
「う、うん……」
レリーナはちゅうちょしたものの、ラディの言葉に甘える。ジェイが言うように足下は平らな所がほとんどなく、ちゃんと見ていないとすぐに足をくじきそうなでこぼこ道だ。しかも斜面が多い。
ラディの腕に掴まると、気分が楽になった。支えがあると、ずいぶん歩きやすくなる。
「何か臭うぞ」
バルディの言葉に、二人はどきっとする。こんな岩だらけの場所で臭うものと言えば、考えられるものは少ない。
「やっぱりそうか? んー、素通りするのは無理かな」
「そりゃ、無理だよ、ジェイ」
ジェイののほほんとした口調に、ラディは苦笑するしかない。どうやら会いたくない相手が近付いているようだが、ジェイが言うと緊張感が殺がれてしまう。
「ねぇ、岩って言うか、地面がかすかに揺れてない?」
足の下でわずかな振動を感じる。小さな地震でなければ、地響きか。それだけ大きな何かが動いているということだろう。
「……面倒だな。複数だ」
いつもより少し高く上がって周囲を確認したジェイが、嬉しくない報告をする。
「巨人が複数か。小さい奴が複数も大変だけど、大きい奴が複数もきついぞ」
とにかく、ジェイの言葉を聞いたラディは、もう一度レリーナに結界を張った。巨人を相手にどこまで通用するかは疑問だが、何もしないよりいい。
「きゃっ」
レリーナが小さな悲鳴を上げた。悲鳴と言うよりは、息を飲んだ時に出てしまった声。
壁のような岩と岩の間から、巨人が姿を現したのだ。
「でけぇ……」
ジェイから話を聞いてある程度は想像していたものの、実際に目の前に現れたのを見るとその大きさに腰がひける。
現れた巨人は、その名の通りに巨大だ。シルエットだけなら、人間と変わらない。人の形をした家が動いているみたいだ。そして、名前にある一つ目は顔の真ん中よりやや上に位置している。本当に一つだけだ。髪はなく、眉もない。その頭には角が一本生えている。魔物の辞典でも似たようなものがいたが、カロックのサイクロプスといったところか。
腰辺りにエサとなった獣のものであろう毛皮が巻き付けられている以外、身体には何も着けていない。洗えばきっと普通の肌色になるのだろうが、全身がほこりまみれで汚れていて元の色は定かではなかった。
「どっちかと言えば、肉食獣の歯だな」
「うん。草食じゃないのは確かだ。その気になれば、岩だってかみ砕けるぞ」
またまたジェイの嬉しくない情報が手に入った。岩がかみ砕けるなら、あごの力は相当なもの。捕まって口に放り込まれれば、まず助からない。
「やだ、また来た」
「だから、複数だってば」
最初に現れた巨人の後ろから、別の巨人が現れた。大まかに言えば同じ姿だが、その巨人はあごひげがあった。黒い毛なのに、ほこりで汚れて白っぽい灰色になっている。比べてみると、最初に現れた方は目が大きいようだ。
「まだいるのかよ」
二体でも複数には違いない。しかし、巨人はまだいた。その後ろから、他より角が長い巨人が現れたのだ。
「ジェイ、複数って何体いるんだ」
「今んところ、これで終わりみたいだ」
「嬉しい知らせだ」
この状況の中で初めて聞く喜ばしい報告である。
「ベー、セー、新しいエサだど」
目の大きい巨人が仲間に言う。やはりこちらはエサとして見られているようだ。
「おおっ、何か見たことのない奴ばっかだべー」
「さっそく食ってみようぜぇ」
どうやら竜やグリフォンを見たことがないようだ。いや、記憶力がよくないらしいので、見ても覚えてないのだろう。カロックに人間はいないので、珍味扱いかも知れない。
「喰われてたまるか」
相手がどれだけ強かろうとお構いなしだという巨人に、竜の存在うんぬんなど通じない。ここは先手必勝だ。
ラディは巨人達の周囲に火を放つ。巨人達は火に囲まれ、びっくりしている間に腰に巻いた毛皮にも火がついた。ジェイの情報通り、巨人達は慌てふためいている。それを見て、レリーナもその火を大きくするように呪文を唱えた。
「アー、何とかしろ。あちいぜぇ」
角が長い巨人が、目の大きい巨人に言う。
「あー、おらにそんなことできねぇ。そう言うセーがやってくれや」
「おいらもできねぇぜぇ。ベー、やれ」
「ムチャなこと、いうんじゃねぇべー」
どうやら目の大きい巨人がアー、あごひげがベー、長い角がセー、という名前らしい。覚えやすい名前だ。それに、それぞれの口調にも自分の名前が入っているのが、こんな時ではあるがちょっと笑えた。
巨人達はお互いに火をどうにかしろと言い合っている。しかし、誰も何ともできない。手で必死に火を払い、足音も大きく響かせながらその場から逃げ出した。
「ひとまず撃退……ってことでいいのかな」
「オレが追加しようとする前に逃げちゃったか」
巨人達の周りを火で囲んだが、ばたばたしているうちに火のサークルから出てしまったのだ。囲む火がもっと高くまで燃え上がっていれば、逃げられなかったのだが。
「でも……逃げた方にあたし達は進まなきゃいけないんでしょ」
「うん。山のてっぺんではないかも知れないけど、かけらはこっち方面だ」
巨人達が逃げたのは、山頂方面。そして、さっきまでジェイが先頭になって進んでいたのも同じ方向。今回、かけらは山頂付近にあるようだ。
「わざわざあいつらを追いかける形になるのか。熱さで慌ててたけど、ダメージはあまりなさそうな感じだったな。やっぱりガタイがいいと、耐久力もそれなりにあるのか」
一応、自分で出せるだけの火を出したつもりだった。しかし、結局は逃げられている。あの大きな手ではたかれれば、毛皮についた火も今頃は消えているだろう。弱点のはずだが、小さな魔物と違って簡単に消えてくれないらしい。
「ねぇ、バルディは火の魔法を使える?」
「使えなくはないが、私としては風の方が使いやすい。攻撃の援護をするとすれば、風を送って火をあおるくらいだ。ただ、三体同時となると、あの様子では火が弱いな」
「くそ、レリーナと二人がかりでも歯が立たないのか。今のジェイも俺達とそう変わらない力だろ。さっきよりダメージを与えられても、消滅させるまでにはいたらない。巨体はダテじゃないってことか」
「一体ずつならどうにかなりそうなのにね」
「一体……そうか。さっきは三体まとめて火で囲んだもんな」
まとめて倒そう、なんて横着なことを考えるからいけないのだ。自分の力量を考えながらやらなければ。
「もう遭わないで済むならいいけど、そんなことは無理だろうしな。次にあいつらが現れたらさ……」
ラディは頭に浮かんだ案を話した。





