銀のグリフォン
まだカロックへつながる扉は現れない。前回、ラディがもう少し間を空けることはできないかと言い、ジェイも何とかしてみると答えていた。どうやら何とかなったようだ。もしくは、たまたま、か。
どちらにしろ、前回にカロックへ行ってからちょうど一週間が経つ。
今までなら三日くらいしか間がなく、もっとしっかり魔法の練習をしてからカロックへ行きたかった、とはがゆかった。今でも十分とは言えないが、練習できる日数が増えるとやはり気分的に違ってくる。
この前も土曜日だったのよね。それなら、授業も午前だけしかないし、身体も楽だから気分的にも行きやすいんだけどな。
そうは思っても、実際はいつ呼び出しがくるかわからない。何もせずに待っていては、時間がもったいないというもの。
レリーナは練習するべく、フィールドへ向かっていた。
「あれ、レリーナ?」
聞き覚えのある声に呼ばれて振り返ると、ラディだ。幼なじみで見慣れているはずの彼の顔を見て急にどきどきし、そのことにレリーナは内心戸惑う。
前回カロックへ行った時、遠くへ飛ばされてしまったレリーナの無事を知り、ラディは彼女を抱き締めた。きっとそのせいだ。
考えてみれば、ラディが危険から脱した時にレリーナ自身も安堵のあまりラディに抱きついた。ラディだって同じ気持ちで同じ行動に出ただけのこと。
自分の部屋に戻ってからそう思うようにしたが、男の子に強く抱き締められたことなんて今までにないから変に意識してしまう。それでも、意識していることに気付かれないよう、レリーナはいつものようにふるまった。ラディだっていつもと変わらないのだから、自分だっていつもと同じと言い聞かせて。
「ラディ……もしかして、練習?」
「ああ。レリーナも?」
「うん。最近、ずいぶん張り切ってるな、なんて先生に言われちゃった。理由を聞いたら絶対にびっくりするわね」
「その理由を信じてもらえるかどうかは別だけどな」
そう言って、二人して笑う。やはりラディは意識してないようだし、レリーナが意識しすぎたことにも気付かれていないようで、レリーナは心の中でほっとした。
向かう場所は同じなので、二人は並んで歩き出す。
「今回は間が長いわね」
「ああ。ジェイが何とかしてくれてるんだろうな。まさか忘れてた、なんてことはないと思うけど」
「自分のための試練よ。忘れるってことはないと思うけど」
「うん。でも、ジェイならそれもありかなって」
竜の存在は知られていても、実際に会ったという人はほとんどいない。本当に存在するのかと疑う人さえいるくらいだ。人間の目に触れないせいか、会ったという人の証言のせいか、魔力のかたまりとも言える竜はとても尊厳のある存在だと思われている。
世界が違うからなのか、ジェイは尊厳という単語からほど遠い。初対面から完全に友達口調だし、どこか行き当たりばったりのような雰囲気もある。ラディが命を落としかけ、それをジェイが救ってくれたのはさすがだが、真剣な表情をしているのをほとんど見たことがない。
カロックへ呼ばれるのは、カロックにおける満月と新月の日。でも、一度くらい抜けたとしても「あ、忘れてた」とジェイなら言いそうに思える。いい加減というのではないが、細かいことを気にしないとでも言おうか。
「ねぇ、ラディ。ジェイが人間の姿になったら、どんな感じになると思う?」
「ジェイが人間か。んー、そうだな。俺達とそんなに変わらない年代になりそうだ。この試練で独り立ちするってことだから、もう少し上かな。絶対、ガリ勉タイプにはならないはずだぞ。そんなふうになったら、逆にジェイのイメージが崩れるもんな」
ラディの言葉に、レリーナがくすくす笑う。
「オレのイメージが何だって?」
突然、第三者の声が入り、ラディとレリーナは驚いて足が止まる。ふと横を向けば、壁がずっと続くはずの廊下に、不自然ではないが普段は存在しない場所に扉が現れていた。二人は周囲を見回したが、誰もいない。この扉が現れる時はいつもそうだ。
焦げ茶色の、木製のように見える扉。これを開くとカロックへとつながるのだ。開けば単に外へ出てしまいそうな感じがするが、間違いなく異世界へと通じている。
そして、その扉から生えるようにしてジェイが姿を現していた。扉と同じ色をしているから、余計に扉と同化して見えるのだ。
「あ、いや……たまたまジェイやカロックの話をしててさ。今回は少し間が空いてるなって話してたんだ」
「そっか。空けてくれって言われてやったつもりだったけど、うまくできてるかは実際に聞いてみないとオレにはわからないんだ。ってことは、前よりは少し時間を空けられたってことだな」
「ええ。ちょうど一週間。力をつけるにはまだまだだけど、これくらいの期間があれば気分的に楽だわ」
「これくらいがいいのか。んじゃ、次もうまくいくようにやってみる。まぁ、次は次だ。今日は今日で頼むな。二人一緒でなら、そのまま来る?」
「いや、いつも通りに自分の部屋から行くよ。レリーナもその方がいいだろ?」
「うん」
どこにでもこの扉を、しかも複数同時に出すことは可能らしく、ラディもレリーナも自分の部屋に戻って教科書などの荷物を置いてからカロックへ行く。向こうへ行ってこちらへ戻るまでの時間は、ほんの数分。荷物をこの辺りに置いて行っても、誰かに持って行かれる前に戻れるだろう。しかし、疲れて戻ってからまた家まで歩いて帰ることになるのは大変だ。そのため、二人は自分の部屋から向かうのだ。
それに、今は大切な水晶を持っていない。ラディがレリーナの分と一緒に入手したものでそれほど性能はよくないが、この水晶のおかげで助かったこともある。ラディが持っているカロックの地図の切れ端同様、二人にとっては必需品になりつつあった。
「わかった。それぞれの部屋だな」
ジェイにとっては、どこへ扉を出すにしても特に問題はないらしい。おかげで協力者の二人は助かっている。
ジェイとともに扉は消え、目の前は何も起きなかったように壁が続いていた。
「じゃあ、行くか」
「うん」
ラディとレリーナは途中まで一緒に帰り、それぞれの家に帰って荷物を置くと、タイミングよく現れた扉を開いた。
☆☆☆
カロックへと足を踏み入れたのは、ほぼ同時だった。どちらかが先に入ったとしても、一分と待たずに相手が現れる。そういう細かい術のさじ加減はさすが竜と言ったところか。
「カロックって、いつも晴れてるよな。もしかして雨が降らない……訳はないか。草がちゃんと生えてるんだし」
春のような穏やかな天気が、異世界の二人を迎え入れてくれる。今のところ、天気が荒れたことはない。
「雨は降るぞ。でも、新月と満月はあまり天気が崩れることはないかな。場所によっては、晴れてる時間の方が少ないって場所もあるけど」
この世界は二人が思う以上に広いらしく、ずっと雨の場所もあれば日照りの場所もあるようだ。つまりは自分達の世界と同じ。
「それじゃ、雨が降り続ける場所にかけらが落ちてるって場合もあるの?」
「ないとは言えないな。オレだって、他のかけらがどの地帯にあるか知らないんだ。あんまり気候のよくない場所にあるってことも、十分考えられるな」
「天気に文句は言えないし、どういう場所にあってもそれが試練なら仕方ないか。その時はその時だ。で、ジェイ。今回はどこへ向かうんだ?」
「スアの岩山。文字通りに岩ばっかりの山だ。行って楽しい場所じゃないけどな」
観光に行くのとは違うのだ。楽しくなくても構わない。その代わりと言っては何だが、魔物は出て来ないでもらいたい、と思うのだが……たぶんその望みはかなえられないだろう。過去四回しか来ていなくても、全てに魔物が現れた。今回は何もなし、なんてまずありえない。
「どんな場所へ行くにしろ、まずは魔獣召喚だよな」
「ああ、頼むぞ、ラディ」
ラディは魔獣を呼び出す呪文を唱える。ロネールでは、ラディのレベルで魔獣召喚の術を行うのは禁止だが、ここカロックではそんな制約を受けない。自由にできる解放感と緊張感の中で、ラディはいつもカロックの魔獣を呼び出すのだ。
呪文が終わってわずかな間があり、彼らのそばで小さな竜巻が起こる。その竜巻がおさまると、目の前には銀色の体毛を持つ魔獣がいた。首が鷲で身体が獅子、背中に体毛よりも白銀に輝く翼をつけたグリフォンだ。ラディ達の世界ではほとんど見られることのない魔獣だと言われており、その希少価値は竜にも匹敵する。存在はしても、まず人の前に姿を現すことがないのだ。
「カロックに……グリフォンがいるんだ」
「私がそんなに珍しいか。呼び出したのはお前だろう」
深い青の瞳が術者のラディを見る。その声もまた深く静か。全てが美術品のようだ。若い男性らしい。
「あ……ああ。俺はラディ。大竜ジェイの協力者だ。お前の力を貸してほしい」
「大竜の試練……」
グリフォンがラディの少し後ろでふわふわ浮いているジェイに目を向けた。
「うん、オレ。話のネタができると思って、頼むよ」
相変わらず、軽い依頼口調だ。お願いするんだから、もう少し真摯に頼めば? と思うのだが、これがジェイのやり方なのだろう。
とりあえず、こういう口調で頼んで相手が怒ったことはこれまでない。ラディが同じような言い方をすればそっぽを向かれるだろうが、恐らくジェイが持つ本来の力を読んで魔獣達は対応しているのだ。カロックで一番強大な魔力を持つ大竜という存在を警戒して。
断ったところでひどい仕打ちをされる訳ではないが、ジェイが重々しい雰囲気で頼めばきっと断りにくい。力が上の者が言えば、依頼は命令に聞こえてしまうこともあるだろう。ジェイはもしかするとその点を見越し、わざと軽い調子で話しているのかも知れない。
「なるほど。話には聞いていたが、まさか私に協力要請が来るとはな」
「スアの岩山が今回の目的地なんだ。俺達をそこへ連れて行ってほしい」
「スア……」
目的地の名前を聞いて、グリフォンの表情がわずかに曇ったかのように見えた。
「まぁ、いいだろう。たまにはテリトリーを出るのも悪くない」
「ありがとう。助かるよ」
今回もどうにか魔獣の協力を得ることができ、ラディはほっとする。グリフォンはバルディと名乗った。
「ラディにバルディか。お前ら、名前で韻を踏んでるみたいだな」
「はは、そうだな。あ、ジェイ。言っておくけど、俺の本当の名前はラディゼントだからな。まぁ、その名前で呼ぶ奴なんてほとんどいないけどさ。たぶん、親からも呼ばれたことがないかも」
「そう言えば、ラディの名前ってそうだったわね。あたし、ラディとしか呼んだことないから、すっかり忘れてたわ」
身分証明書でも作らない限り、ラディが普段の生活でちゃんとした名前を呼ばれることはまずない。付き合いの長いレリーナも、ラディの本名なんて頭から抜けていた。クイズを出されても、今ラディが言う前であれば正解を出すことはできなかっただろう。
「俺自身もその名前の方が定着してるし、その方がいいよ。変に全部言われたら堅苦しくなるしさ。名前のことはもういいよ。早く出発しよう」
その意見に反対の声はない。
「バルディの翼や毛並み、すごくきれいね」
がっしりしたその背中に乗り、間近でグリフォンの身体を見たレリーナがつぶやく。
「銀毛のグリフォンって、カロックでも珍しいよな」
いつものように魔獣の頭にちょこんと乗ったジェイが言う。
「え、この種族はこれが当たり前って訳じゃないのか?」
「近しい仲間には、同じ色の身体をした者はいない。ジェイが言うように、私は珍しい部類のようだ。親兄弟も濃淡の差はあれ、茶系の身体をしている」
グリフォンを見たという人間は圧倒的に少なく、ロネールの図書館にグリフォンが記述された本は一応あるものの、挿絵はほとんどが想像図だ。形がそうなのだから、色など正確なものはないに等しい。
「じゃあ、突然変異って奴かな。自然界ではたまにそういうことがあるって、何かで読んだことがあるぞ」
黒や有色の毛並みを持つ仲間の中に、どういった作用でかぽつんと白い毛並みの個体。目立つので天敵に襲われる確率も高くなり、そうなると生存率は低くなる。しかし、成長したその姿を人間が見ると神々しく映ることも多く、崇拝されたりすることはよくある話だ。
「兄弟達や周りの連中には、幼い頃によくからかわれた」
自分達と違う姿の者が交じれば、からかいのネタになるのはありがちなこと。今でこそ成長したバルディをからかう者はいないが、昔はその点を揶揄され、よく遊ばれたと言う。
「他のグリフォンを見てないけど、あたしはバルディの色ってきれいだと思うわ。とてもステキよ」
「……そんな言葉を聞いたのは初めてだ」
お前は色が薄い、色がない。変な目立ち方をしている。変わり者だ。
そういった類の言葉なら、ある時期まで毎日のように言われた。あれこれ言われても、その中に褒め言葉になるようなものは一切なく。
「きっと、みんなうらやましくて言えなかったのよ。風が魔獣の姿をとったら、バルディみたいになりそうだわ。ラディが呼び出す魔獣って、みんなきれいよね。カロックの魔獣ってそういうものなの?」
「そうでもないぞ。やっぱりほめる気の起きない奴はごろごろいる。言われて見れば……そうだな。ラディが今まで呼び出したのって、見た目がよくてそれなりに力のある奴ばっかりだ。ラディが見た目重視で呼び出してる訳でもないのにそういう奴が多いって、召喚の才能があるのかもな」
「え、どうしてそうなるんだよ」
竜にほめられて嬉しい反面、疑問も残る。見た目のいい魔獣が呼び出せたら、どうして才能があることになるのか。
「きれいに思える容姿の奴は、だいたい魔力が強いんだよ。きれいと思うかどうかは個々の好みにもよるだろうけどさ。毛並みがいいとか、体格がいいってのは、魔力に関係してくる。弱い魔力しかない魔獣は、毛の艶もあまりよくなかったりするんだ。今回のことで言えば、同じグリフォンでもバルディより体格の小さい奴が来てたりすれば、そいつはバルディより弱いってことになる。でも、ラディはバルディを呼び出しただろ。強い魔獣を呼び出せるってことは、その術に対する能力が高いってことだ」
空を駆けるバルディの背中はほとんど揺れることがない。翼を大きく羽ばたいているが、それもわずかな回数だけ。一度羽ばたけば、一気に長距離を進んでいるのだ。
「ジェイの話では、能力の高い魔獣に私も含まれているのか」
「当然。色が違うってことは、それだけで能力が違うんだ。仲間達がからかったって言うけど、それはバルディの力を開花させないよう、無意識のうちに押さえ込もうとしてたんだと思うぞ。あまりに強くなられると、自分達の仲間であっても恐怖を覚えるからな。敵に回したりしたら怖いって」
「私の存在が仲間を脅していたと?」
「脅すって言い方は悪いなー。畏怖の念って奴だよ。バルディが変わらずにいれば、仲間も無意識のうちにびくびくしなくて済む。実際、今は昔みたいなことはないんだろ。バルディが仲間を牛耳ってやろうとか、今度は自分があいつらを抑え込んでやろうなんて考えたりしなきゃ、自然に集団の中でも頭角を現すようになるさ。で、周りもそれを受け入れるんだ。力のある奴がトップに立つのは自然なことだしな」
「魔獣の世界も大変そうね」
「かもな。オレはよく知らないけど、人間の世界も大変なんだろ」
「んー……そうかもな」
大人ではない。でも、子どもとは言えない年齢で、それでも自分達の世界で問題は色々と起きる。それはどの世界でも、どの種族でも同じなのかも知れない。
「なぁ、ジェイ。俺に召喚の能力があるって言ってくれたけどさ、その術だけが得意でもマズいだろ。俺の実力が低かったら、魔獣はあまり言うことを聞いてくれないだろうし」
「ああ。間違って高すぎる魔力の奴を呼び出したら、場合によっちゃ相手が呼び出されたことに対して腹を立てたりするからな。だけど、召喚だけよくできて他は全然、なんて奴に呼ばれても、魔獣は最初から見向きもしないぞ」
「えっと……つまり、俺の魔力はそれなりに高いってこと?」
「見習いにしちゃ、いい方じゃないか? まぁ、オレは他の見習いを知らないけどさ」
「……ジェイ、知らないなら比べられないだろ」
ほめられて嬉しかったが、素直に喜べない。
「ほら、最初から何でも器用にこなす奴っているだろ。そうじゃない奴は、やり方次第でどうにでも伸びる。そういうタイプだってこと。ラディもレリーナも、最初よりは魔力が上がってるぞ」
「本当に?」
二人の声が揃った。毎日のように練習しているのは無駄じゃないのだ。
「一人前って言うには、まだまだだけどな」
浮かれそうになるところへ、しっかり釘を刺された。軽い調子で言うジェイだが、魔力のかたまりのような竜であることに違いない。ラディ達本人にはわからない部分もちゃんと見えているのだろう。手の平サイズでも、やはりその能力は高いのだ。
「目的地が近くなったぞ」
バルディの声で、ラディ達は改めて前方へと目を向けたのだった。





