ラディの作戦
一つ目巨人が遠くへ逃げてくれていれば、という小さな望みはかなえられなかった。
ラディ達が再び風の魔法を使いながら、ジェイのかけらの気配を感じ取る方向へ進んで行くと、再び巨人達の臭いをジェイとバルディが感じ取ったのだ。慎重にそちらへ向かうと、やはりさっきの巨人達だ。幸いなことに、巨人達は岩陰に隠れているこちらにまだ気付いていない。
「あれ、コビトってやつかなぁ」
ベーが仲間に尋ねる。ラディとレリーナのことだろう。小人なはずはないのだが、人間を知らないということと、巨人の目から見ればほとんどのものが小さく映るのだ。
「そうかもなぁ。おいら、メスの方を喰いてぇぜぇ」
そう言ったのは、角の長いセー。その言葉に、レリーナが青くなる。気付かれていないとは言え、目の前で喰われる相談をされているのだから、生きた心地がしない。
そんなレリーナの背中を、ラディがぽんぽんと軽く叩く。
「あんな奴らにレリーナを喰われてたまるかっての。そう大した計画じゃないんだから、できるだろ?」
ラディの言葉に、レリーナは小さく頷いた。狙われるとわかって怖いと思うのは仕方がない。でも、自分一人ではないのだ。それに、多少なりとも抵抗できる力がある。
「ジェイ、頼むぞ」
「おう」
ジェイがふわりと高く飛ぶ。
「あー、セーがメスならオスの方を喰うかなぁ。あれ? あー、他に何がいたっけ」
おいおい、どうして忘れるんだよ。普通は食い物のことってしっかり覚えてるものじゃないのか? こいつらの場合はそうじゃないってことなのかなぁ。
ついさっきのことなのに、巨人達はもうどんなメンツだったかを忘れていることにラディはあきれた。小人より竜やグリフォンの方が余程珍しい存在だと思うのだが、彼らにとっては存在の貴重さなどどうでもいいのだ。それにしても、食べたいと思うのならもう少し獲物のことを覚えておいた方が……と獲物の立場ながら思ってしまう。
「うわ、巨人だぁ」
ジェイが三体の巨人の前に姿を現し、わざとらしく声を出して驚くフリをした。その声に、巨人達が振り返る。
「お、珍しいべぇ。空飛ぶトカゲか」
「……誰がトカゲだよっ」
「とりあえず、捕まえて喰おうぜぇ」
「何だよ、とりあえずって。ったく、もう……。わぁぁ、逃げろぉー」
ジェイは見事な三文芝居をしながら、その場を離れて行く。そんなジェイを捕まえようと、巨人達が追った。
「あー? おかしいな」
仲間と同じようにジェイを追おうとしたアーだが、なぜか思うように進めない。それもそのはずで、ジェイに気を取られている間にラディが重力強化で足止めしていたのだ。
「くっ……やっぱり力が強いな」
大地にとどめようとする力を、巨人は必死になって振りほどこうとする。そうはさせまいとラディも力を込めるが、アーはゆっくりながらも歩き出していた。
そこへバルディが飛んで来る。アーの前に来ると翼で風を起こし、砂埃を巻き上げた。
「いてぇ、目に何か入ったぁー」
アーが目を閉じると、バルディは体当たりする。元々足場が悪い上に、目を閉じたことで巨人はあっさりとバランスを崩し、その場に倒れた。
「よし、今だ」
ラディとレリーナが火の呪文を唱える。途端に座り込んでいたアーを火が包んだ。
「わー、あっちぃー」
ばたばたと暴れるが、火から逃げることができない。そこへバルディが翼でまた風を起こし、さらにその火を大きくする。
あまり聞きたくない悲鳴をあげ、アーがのたうち回ろうとするのをラディがまた足止めの魔法で動きを鈍らせた。悲鳴を聞いてベーやセーが戻って来ることもなく、やがてアーの身体は火の中で消える。それを見て、ラディとレリーナはほうっと息を吐いた。
「やっぱり、一体だけが相手ならどうにかなるな」
ラディが額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐう。
三体が無理なら、一体ずつ仕留めようという話になり、ラディの提案でまずはアーをターゲットに絞った。
単体でいればそれでよし、三体一緒にいればジェイがアーから一番離れた位置で姿を現す。さっきのことを思えば、巨人達は必ず捕まえようとするに違いない。逃げれば当然追いかける。しかし、岩山の地形を考えれば、三体が仲よく横並びに追うことは無理だ。岩が邪魔するので、身体の大きい巨人はほぼ一列に並んで追うしかない。その時にアーが一番最後になるよう、ジェイが逃げてくれるのが重要なポイントだ。
ベーやセーの後について同じように追うアーを、ラディがその場に足止めする。アーを狙ったのは、三体の中で一番目が大きかったからだ。バルディの起こした風でほこりが入りやすいだろうと考えたのである。いくら巨人でも、目にほこりが入れば痛いはず。その戸惑ったところで体勢を崩し、すぐには反撃できない状態にしたところを火で囲む。ここでベーやセーが様子がおかしいと気付いて引き返したとしても、とにかくアーに力を集中させる。
そんな作戦をたて、まずは一体目を倒せた。仲間が戻って来なかったので、心置きなくアーに力を向け続けられたのだ。
「ジェイはちゃんと逃げられたかしら」
「仮にも竜なら、一つ目巨人に喰われることはない」
バルディがきっぱり言い放つ。
「喰われるなら、その程度だったということだ」
「怖いこと、言わないでくれよ。ジェイがやられたら、俺達帰れなくなるんだから」
ラディが苦笑する。言っている間にも、ジェイが戻って来るのが見えた。
ジェイが逃げる獲物役になったのは、逃げる時に転ぶ心配がないからだ。それならバルディでもよかったのだが、彼には状況によっては巨人に体当たりしてもらう必要があるので、この役はジェイになった。
それに、二体の前からふっと姿を消すなら、身体は小さい方がいい。追っていた獲物がふいに消え、ただでさえちいさい身体を見失ったと巨人が戸惑って周囲を探したりしている間に一体が倒される訳だ。
「おっ、そっちもうまくいったみたいだな」
間を置かず、ジェイが戻って来た。
「足止めするのはかなりきつかったけどね。ジェイは捕まりそうになったりしなかった?」
「まさか。捕まったとしても、すり抜けられるっての。あいつらはもう少し先に行った所でもたもたしてる。こっちへ戻って来るかはわからないけど、どっちにしろオレ達から近付くもんな」
この近くでかけらが見付かればいいが、ジェイの感覚では残り二体が向かった先にあるようだ。残りの戦いも避けては通れない。
「私達に選択権はない、か。ラディ、次はどう動くつもりだ?」
「次は……ベーを狙おう」
☆☆☆
「なーんか変な感じがするぜぇ」
「きっと腹がへったせいだべ。どっかで何か喰うべぇ」
会いたくない相手に限って会うものだ。世の中、うまくいかない。
かけらを捜して進んでいると、やはりさっきの巨人達がいた。それは想定内だからいいとして、巨人がそんな会話を交わしているのを聞いてラディ達はあきれた。
彼らは仲間のアーがいなくなったことに気付いていないのだ。変な感じがするのは、いつも三体一緒だったのにメンツが足りなくなっているからだが、それをわかっていない。それだけ記憶力が低いということらしいが、先立った仲間が気の毒な気もする。誰がいなくなっても、こんな感じなのだろう。一緒が当たり前であっても、一緒でなくなっても関係ないのだ。これでよく自分や仲間の名前が覚えられているものである。
「レリーナ、頼むぞ」
「うん」
それぞれ少し離れた岩陰に隠れて巨人の様子を窺っていた二人は、火の呪文を唱えた。
「うわあっ、あっちぃー」
突然声を上げたのは、ベーだ。見習い魔法使い達が火をつけたのは、巨人が生やしている汚れたあごひげである。
最初は巨人が腰に巻いている毛皮にしようかという案が出たが、その後のことを考えて却下。丸裸になった巨人をレリーナが直視できなくなっては、攻撃に支障が出る恐れがあるからだ。
それ以外で燃えやすそうなものと言えば、ベーのあごひげくらい。長くはないが、無精ひげのように短くもないので何とかなるだろうと判断した。普通の火ではなく、魔法で出す火だからどうにか燃やせるはずだ、と。
巨人の姿を見付けた一行は、すぐ行動に移った。見付かってしまう前に始めないと、どんな反撃をされるか想像もできないのでとにかく先手必勝。
「セー、何とかしてくれ。ひげがなくなっちまうべぇ」
ベーは懸命にひげについた火を叩いて消そうとしている。だが、そうはさせまいと火の呪文を唱え続けるラディとレリーナ。
「近付くんじゃないぜぇ。火がこっちに来ちまう」
仲間を助けようとする気はさらさらないらしい。さっきわずかながら火に囲まれた恐怖がよみがえったのかも知れない。
「お?」
燃えるあごひげを必死に何とかしようとしているベーの後ろから、ひょいとジェイが姿を現した。
「何か珍しい奴が出て来たぜぇ」
さっきも現れたのに、初めて見たかのようなセリフだ。さらには、その隣にバルディも現れる。セーは一つしかない目を輝かせた。
「うお、こいつは喰ったらうまそうだぜぇ」
目の前でひげが燃えている仲間など、まったく気にしていない。セーは完全に獲物に釘付けだ。ベーの真後ろにいるジェイを捕まえようと、そちらへ突進する。
だが、あごひげが燃え続けるはベーは必死に火を消そうと手で払い、こちらへ近付いて来たセーにその手が当たった。セーが走って来た勢いも加わって、拳ではないが殴られたように顔が横を向く。
「何すんだ、ベー。さては、獲物を横取りするつもりか」
セーに言いがかりをつけられるが、ベーはそれどころではない。だいたい、火に気を取られて後ろのジェイやバルディに気付いていないのだ。
「鉄拳を食らわせてやるぜぇ」
完全に勘違いしたセーは、あたふたしているベーの横っ面を殴った。殴られてベーは倒れ、殴ったセーの方はべーのあごひげを燃やしている火に触ってしまって慌てている。
「これだけ醜い争いも珍しいな。状況が読めないと、こんな争いができるのか」
バルディがあきれかえっている。
殴られたベーは倒れたままで火を消そうともがき、セーは火に触れた手を振りながらもベーが立っていた付近にまだいるジェイやバルディを捕まえようと動いた。
しかし、そこへ行くまでには倒れたベーの身体がある。つまり、障害物があるのだ。それを気にせずにセーが進んだ結果、ベーは腹を踏まれてカエルのような声を出した。
そんな仲間の声にはお構いなしのセーだったが、ベーを踏んだことで少しバランスを崩した。巨人達の見た目は筋肉がしっかりついていそうだが、それでも岩に比べれば柔らかい。いつもは固い岩の地面を歩き慣れているのが、仲間の柔らかい身体を踏んで均衡が取れなくなったのだ。
とにかく、それでラディ達の作戦も少し崩れた。本当なら、ジェイやバルディを追ってセーをおびき寄せ、その間にひげが燃えているベーをラディとレリーナが火で完全に包むはずだった。セーをうまくかわしたバルディが戻り、その火をあおってアーと同じ状態にすれば倒せる、と。
だが、セーはバランスを崩して倒れ、さらにそこに緩やかながら傾斜があったことで転がった。間の悪いことに、それがラディ達のいる方へだ。厳密に言えば、レリーナのいる方がさらに近い。
そして、大きな身体はレリーナが隠れていた近くの岩を砕いた。大小の岩やかけらがレリーナの周辺に降ってくる。ラディが念のために張った二重の結界があったおかげで、岩の雨は阻まれた。しかし、レリーナが思わず出した悲鳴は筒抜けだ。
セーは起き上がりながら、悲鳴が聞こえた方を見た。そこには、逃げることもできずに座り込んでこちらを見ているレリーナがいる。それに気付いたセーはにたぁと嗤った。倒れた拍子に口に入った岩を巨人が噛み砕くのを見て、レリーナは血の気が引く。
「おおっ、コビトだぁ。それもメスだぁ。うまそうだぜぇ」
さっきレリーナを喰いたいと言っていたのは、このセーだった。恐らく自分が発した言葉など覚えていないだろうが、どんな状態であっても食欲が衰えることはないらしい。セーのセリフにレリーナはさらに青くなった。
長く大きな手を伸ばし、セーがレリーナを捕まえようとする。恐怖で固まってしまったレリーナは、その場から逃げることもできない。逃げたとしても、こんな足場の悪い所では転んですぐに捕まってしまうのがオチだ。
細い少女の身体など簡単に掴めそうな手。子どもが人形を掴むのとさして変わらないに違いない。そして、その握力はやすやすと人間の身体を握りつぶしてしまうだろう。
そんな手が近付き、レリーナはそれを見ているしかできないでいた時。
「あっちゃー!」
矢の形をした火が、セーの一つ目に刺さった。ほとんどの生き物にとっての弱点であり、しかも苦手な火に攻撃されてセーは大きな叫び声をあげる。
同時に、レリーナは自分の身体が浮いていることに気付いた。悲鳴をあげている巨人ははるか下にいる。セーが手を伸ばしたのを見て、バルディがレリーナの襟首をくわえて飛んでいたのだ。さらにはぽいっと空中に放られ、うまい具合にバルディの背中にまたがる格好になって。
「レリーナを喰うなんて、絶対させるかっ」
火の矢が何本もセーの顔に突き刺さる。ラディが放った火は、燃える物がないはずの顔で燃え続け、セーは慌てて消そうと自分で自分の顔をはたいた。しかし、今度はその手に矢が刺さる。
「あちいーっ。助けてくでー」
顔や目に刺さる火の矢を払いながら、セーはとにかくどこかへ逃げようと闇雲に走り出した。一方で、ターゲットがセーに移ったことでようやくあごひげの火が消えたベーだったが、ほっとしたのも束の間、逃げて来たセーに体当たりされる形になる。二体して地面に転がった。
「セー、何するべぇ。いてぇだろ」
ベーもまた、仲間の窮地を気にしていない。ただ自分に当たられたことに対してだけ反応していた。そして、さっき自分があごひげの火を消そうとして手がセーに当たったのと同じように、今度は必死になっているセーの手がベーに当たる。ベーの時よりも火の勢いが強いせいか、消そうとするセーも必死になっているので力がこもっていた。なので、殴られたような形になったベーは本気で腹を立てる。
「てっめぇ、おとなしくしてたら調子に乗りやがって」
熱くてわめている仲間を殴り、火に触れてしまって慌てるベー。さっきのセーと同じことをしている。立場が入れ変わったが、やることが変わっていない。
「調子にのってるのはお前達だろ。ジェイ、火の援護頼む」
「おう」
ジェイが囮になってどちらかの巨人をここから離れさせる、という作戦はもう使えない。仲間割れのようになっている今がチャンスだ。
ラディがさらに火の矢を放ち、ジェイも巨人達の足下から発火させる。捕まりそうになってまだかすかに身体が震えているレリーナだが、バルディの背中で懸命に火の呪文を唱えた。そこへバルディが翼を羽ばたかせて風を起こし、竜や魔法使い達の火をあおる。
「あちぃよ、いてぇよ」
火と殴りかかるベーの手から逃げようとするセーだが、転倒してまともに立ち上がれないでいる。仕返しをしようとしつこく殴ろうとするベーだったが、ようやく自分も熱いと気付いた。
「わ、わ、わ、何だ、これ」
自分達の周囲に火の輪ができている。どこを見ても、逃げ道がなかった。その気になれば、飛び越えられないこともない火の高さ。しかし、火に弱い巨人にはそういう方法など思い浮かばない。せまりくる火の輪を見て、右往左往している。セーはすでに顔と顔をかばおうとしていた手が黒焦げだ。
「燃え尽きろっ」
火の輪の中心で、爆発が起きた。ラディが爆裂の呪文を唱えたのだ。火よりさらに強い破壊の力は、巨人達から火に抵抗しようとする動きを奪った。火はさらに大きくなると、二つの巨体を一気に燃やす。
やがて、鎮火したその跡には何も残っていなかった。





