それぞれの質問
もう少しやりたいところだけど、宿題もあるからなぁ。今日はこの辺りで切り上げるか。
軽く息も上がってきた。あと一時間くらいなら、やってやれないことはない。だが、家に帰れば気が抜けるのか、どっと疲れが出て机に向かってもすぐに舟をこぐことになる。
それがわかっているラディは、魔法の自主練習を切り上げることにした。魔法使いになるためには技の実力はもちろんだが、相応の知識を吸収することも必要になる。どちらもおろそかにできないから、自分の体力と相談することも大切だ。
動く的への命中率はだいぶ上がってきたように思えるけど……ここでやるのはあくまでもシミュレーションだしな。カロックでどれだけ通じるんだか。
魔法の練習場であるフィールドを出ると、ラディは軽くため息をつく。あせっても仕方がないのはわかっているが、早くもっと上達しないものかともどかしい。
あせるのには理由がある。異世界へ誘われるようになったからだ。
カロックという人間のいない世界で、そこには様々な魔物や魔獣がいる。その頂点ともいえる大竜。彼らが独り立ちする時に「大竜の試練」という儀式があり、別世界であるこちらの世界から見習い魔法使いが誘われるのだ。互いに協力しあい、ばらばらになってカロックのあちこちに散らばった地図のかけらを見つけ出し、元に戻す。完成した時、大竜はいわゆる「おとな」として認められるのだ。
ラディはその協力者として、大竜のジェイに呼ばれた。ラディだけでなく、幼なじみでラディと同じく見習い魔法使いのレリーナも一緒だ。二人はラディの祖父ヴィグランからカロックの話を聞いてはいたが、てっきり彼の作り話だと思っていた。しかし、現実に存在し、色々な経験をしている。大変なことも多く、ラディは一度死にかけたりもした。レリーナも空間の亀裂によって遠くまで飛ばされ、怖い経験をしている。それでも、どうにかそんな事態を乗り越えてきた。
地図のかけらはばらばらに散らばり、いくつ存在するかもわからない。なので、今後も何度カロックへ呼ばれるかの見通しは全くたたない状態だ。呼ばれるのは、カロックでの満月か新月の日。
もっとも、カロックとこちらの世界では時間の流れが違うらしく、三日から五日くらい間が空いてまた向かう、ということが続いている。前回行ったのが三日前だから、そろそろ異世界へつながる扉が現れる頃だろう。扉を出すジェイにもう少し間をあけてくれと頼んだものの、どこまで要求が通るかわからない。
カロックの頂点に立つ大竜であっても、今のジェイは「試練」の期間中ということで力を抑えられているため、ラディより少し強い程度。先輩の見習い魔法使いレベルだろう。どこへ行っても魔物は現れるし、それを排除しなければ自分の命が危ない。ジェイにばかり頼れないから、少しでも強くなりたいのだ。
そのためにこうして自主練習を毎日やっているが、一足飛びに強くなれるものではない。そう簡単に強くなれれば誰も苦労しないと頭でわかっているものの、命がかかっているようなものだからラディとしては仕方ないでは済まされないのだ。
それに、自分だけではなく、ラディよりも弱いレリーナがそばにいる。彼女にもしものことが起きないようにするためにも、強くなる必要があるのだ。
最初に試練をしようと決めた大竜は、よその世界の見習い魔法使いを協力者にしよう、なんてよく思ったよなぁ。協力している間に最悪のことがあったらどうしよう、なんて考えなかったのかな。そういえば、じいちゃんに聞かされた話の中でも、ずいぶん苦労してた感じだったっけ。あの頃は冒険の話だと思ってるから、大変な状況になってもそれが当たり前って感じだったけど……現実は厳しいよなぁ。終わってみれば、それはそれでいい経験ができたってことで楽しいんだけど。
早めに練習を切り上げたとは言え、一日の授業が全て終わってから始めているため、外に出れば辺りはすでに薄暗い。敷地内を歩く人もまばらだ。いるのは余程熱心な見習いか、まだ仕事をしている正規の魔法使いくらいだ。
「あ、ブラッシュ」
薄暗い中でも存在がわかるのは、その人の持つ気が強いせいだろうか。ラディが尊敬する先輩であり、友人のブラッシュが歩いているのが見えた。
金髪だからって、それが光ってる訳でもないのになぁ。あれがオーラって奴か。俺が正規の魔法使いになった時、あんな感じになれるのかな。
「ラディ、また自主練か」
一人で勝手に感心しているラディに気付き、ブラッシュがこちらにやって来る。それを見てラディは、今は声をかけない方がよかったかも、と少し後悔した。
カロックへ行くようになり、こういう時はどうしたらいいんだろうと疑問に思ったことをブラッシュに質問したりしたのだが、その質問の中身にブラッシュはラディが何かよからぬことをしているのでは、と思っているようなのだ。そのことを忘れ、ついいつものように声をかけてしまった。慣れは怖い。
「うん。今日は宿題があるから早めに切り上げたけど」
「この時間までやってるなら、十分だろ。あまり無理しても、逆に技の命中度が鈍るぞ」
「わかってるよ。無理しない程度にやってるからさ。ブラッシュは仕事?」
「ああ、今戻って来たところだ」
ブラッシュに気を取られてわからなかったが、彼と一緒に二人の魔法使いも一緒にいたようだ。ブラッシュがラディの方に来たので、彼らは先に職務部の棟へ戻って行くのが見えた。
「そっか。お疲れ。やっぱり魔物退治とか?」
「俺が向かうのはそういうのがほとんどだな」
ブラッシュの魔力や技は、ロネールでもトップクラスだ。厄介な魔物が現れれば、彼にその退治の依頼がゆくことが多い。
「ブラッシュなら、すぐに終わらせそうだよな。職務部の仕事って、魔物退治の他にどんなことするんだ?」
「魔物が寄りつかないように結界を張ったり、人を襲った魔物の捜索をしたり、魔物にさらわれた人を探したり……他にも色々だな。地道なものから、派手に動き回らないといけないようなものまで」
まだ魔法使いの仕事が実感できない見習いとしては、すぐに頭に浮かぶのが魔物退治。もちろんそれだけではないと知っているが、あまり思いつかない。地道と言うより地味な作業の仕事も多いが、それも大切な魔法使いの仕事だ。
「魔物にさらわれた人って、どうやって探すんだ? 行方不明の人を探す魔法とか?」
「そんな魔法があったら、世の中に行方不明の人は存在しないぞ」
「それはそうだろうけど……じゃ、どうやって? 探す魔法がないなら、どうしようもないだろ」
「えらく食いつくな」
ブラッシュに言われ、ラディは少しどきりとした。魔物退治より人捜しの方に関心が強いことに疑問を持たれたらしい。話の流れで見習い魔法使いがあれこれ興味を持つこともあるだろう。だが、魔物退治をしてきたと話す魔法使いに「どんな魔物を相手にしたのか」ではなく、他にどんな仕事があるのかと聞いた中からピンポイントで「行方不明の人をどうやって探すのか」と突っ込んで尋ねるのはマズかっただろうか。逆の立場なら「どうしてその質問?」となりそうな気もする。
ラディとしては何の思惑もなく、純粋に知りたかったのだ。行方不明になった人を探し出せる魔法を。
前回カロックへ行った時、レリーナが行方不明になった。ジェイがおおよその場所を探し出したが、あくまでもおおよそ。幸い、レリーナはラディが以前呼び出した魔獣シュマと会い、無事にラディ達と合流できた。しかし、シュマがいなければレリーナはどうなっていたか。
人を探し出す魔法があれば。それを知っていれば。ラディは失敗したとしても使おうとしただろう。成功するまで何度でも挑戦したはずだ。もしジェイが知らない魔法だとしても、頼んで使うように言っていたに違いない。いくら力を抑えられていても、竜ならほぼ失敗しないだろうから。
とにかく、前回は無事に終わった。それはあくまでも運がよかったからだ。またああいうことが起こらないよう、起きたとしてもすぐに探し出せるよう、そんな時に使える魔法が存在するなら覚えておきたい。
そんな意識があったから、ラディの質問は魔物に関してではなく、人捜しに向けられたのだ。ラディにとっては自然なこと。
しかし、カロックのことを知らないブラッシュには、ラディの質問は不自然に思える。最近のラディは妙とも思える質問をよくするため、余計におかしいと感じるのだ。
他人の行動を制限する権限などブラッシュにはないが、もし見習いが手を出しては危険なことに発展しかねない事案に首を突っ込んでいるのなら、魔法使いの一人としてラディを止める義務がある。
「えっと……この前さ、迷子を捜してるお母さんを見かけたんだ。こういう時、すぐに探し出せる魔法があるのかなって思ったのを思い出したから」
ラディはとっさにそんな苦しい言い訳をした。特におかしな理由ではないと思うが、たった今思いついた感じだとブラッシュに思われればどうしようもない。
「迷子はすぐに見付かったけどさ、もしずっと見付からなかったら、そういう魔法があれば助かるだろ。人さらいだったりしても、悪いことが起きる前に見付けられるかも知れないし」
「人さらいなら、それは役所の仕事だ」
ブラッシュの口調が冷たく聞こえたのは、意図的なものだろうか。
えーい、もういいや。
「じゃ、魔物にさらわれた場合は?」
ラディは腹をくくり、さらに突っ込んでみた。
「嗅覚の鋭い魔獣を呼び出して追うのが常套だろうな。人間より嗅覚が鋭いって点だけなら犬でもいいが、魔獣なら言葉が通じるからあれこれと応用も利く」
不審そうな顔をしながらも、ブラッシュは解説してくれた。
「飛べる魔物だと、臭いでは追えないだろ?」
「その場合、追うのは臭いより気配だな。その方が見付けやすい。ただ、臭いより消えるのが早いから、時間との戦いでもある。スピード重視だ」
ああ、だからあの時ジェイは……。
ブラッシュの説明に、ラディは前々回のことを思い出した。別の大竜の協力者としてカロックへ来ていたダイルと魔鳥に捕まった時のことだ。
ジェイ達は捕まったラディ達を追いたくても他の魔鳥が邪魔をして追えず、わざと一羽の魔鳥を逃がして手掛かりを掴もうとしたらしい。ジェイならきっと魔鳥の気配を追うことができたのだろうが、邪魔してくる魔鳥の相手をしているうちにその気配が消えたのだろう。だから、そういう方法をとったのだ。力を抑えられていると言っても、やはりラディのような見習いとは違う。竜は知恵と知識があるということだ。
「水晶を使うって手もあるが、これはかなり高い魔力が要求される。弱いとあいまいにしか映らないからな。ちょっとした占いレベルだ。おおよその居場所がわかる時なら、低いレベルでもできなくはないが……ほとんど使われることはないな。少なくともロネールでは使わない。そんなところか。あとは臨機応変にするしかない。ある意味、魔物退治よりずっと難しい仕事だな」
「魔獣頼みってことか。人間の力でどうにもならないのがもどかしいよな」
ブラッシュの言う通り、行方不明の人を見付ける魔法なんて都合のいいものはない、ということ。
「ああ、俺もそう思う。ところで、ラディ」
いきなりブラッシュが肩を組んできた。
「お前、本当のところは何をやってるんだ? もしくは、やらかそうとしてるのか?」
「え……」
いきなりせまられ、ラディは言葉を失う。恐らく、端から見れば親しい友達が肩を組んでいるくらいにしか思われないだろうが、ラディは何となく「捕まった」ような気がした。
ブラッシュの顔がずいぶん近いし、普段なら気にならない彼の目力に圧倒されてしまう。何気なく顔を合わせている時はまるで意識していなかったのに、実はとても迫力があるのだと気付かされた。この目が魔物には脅威に映り、女性には魅力的に思えるのだろう。
「俺の考えすぎ、じゃないだろ。この前からどうも引っ掛かる質問ばっかりしてくるし、質問前後にはやけに苦しい言い訳もしてる。授業やテストに出そうなものなら俺も気にはしないが、そうでもなさそうだしな」
「あ……えーと」
やはり言い訳が苦しいのは見え見えだったようだ。頭のいい人には通じないかも、とは思っていたが、やっぱり通じなかった。
話しておいた方が、後々楽になるかな。
カロックのことを人に話していいのかと尋ね、ジェイからは構わないと言ってもらっている。その結果がどうなるかはジェイにもわからないらしいが、カロックに行くことも可能のようだ。あれこれとブラッシュには教えてもらっているし、ラディが何かしているらしいと気付いている彼に「気にするな」と言っても無理だろう。実際、今の時点でものすごーく気にしている。
問題は、ブラッシュが異世界のカロックについてどう思うかだ。
信じてくれるだろうか。何をふざけたことを言ってるんだと怒り、友情まで壊れてしまうのは絶対に困る。
しかし、このまま黙っているのもそろそろ限界だ。ブラッシュは見習いのラディが何かしでかすことによって起きるかも知れない事故、それによる周囲への被害を心配している。そして、ラディがケガをすることを。それがラディにもわかるから、黙っているのが心苦しい。
「あのさ……その、短い話じゃないんだけど」
「やっぱり事情ありか。長くても俺は構わないぞ」
ちゃんと聞くまでは逃がさない、という強い意思がラディには見えたような気がした。
しかし、その意思も思い通りにことを運ぶことはできないようだ。
誰かがブラッシュの名前を呼んだ。顔は見えなかったが、さっきブラッシュと一緒に戻って来た魔法使いらしい。魔物退治などの仕事は、戻って上司である魔法使いに報告し、改めて報告書を作成して提出するまでが一連の流れ。つまり、ブラッシュはまだ仕事の途中に立ち話をしている状態なのだ。
「すぐ行きます」
そちらに向かってそう応え、ブラッシュは心底残念そうな顔をする。
「タイミングが悪いな……。いいか、ラディ。次は必ず聞くからな」
「わかった」
言いながらも、内心少しほっとしているラディ。
「今みたいにちゃんと話ができそうになかったら、俺が時間を作って呼び出す」
「呼び出すって……そこまでしなくても。俺は逃げたりしないからさ」
「当たり前だ。俺から逃げられると思うなよ」
ブラッシュが本気になったら、ラディなど手も足も出ないだろう。どういう方法を使ってでも捕まえようとするに違いない。
ほっとしたのも束の間、ラディも覚悟を決める必要がありそうだ。
どうやって話せば、ちゃんと信用してもらえるかなぁ。
ブラッシュが職務部の棟へ戻るのを見送りながら、ラディはしばし考えるのだった。
☆☆☆
幻影の魔物が消えたのを見て、レリーナは軽く息を吐いた。
魔法の練習場であるフィールドでは、色々なレベルの魔物を出すことができる。幻影なので攻撃されて痛いと思っても、現実には見習い魔法使いの身体には傷一つつかない。つくとすれば、本人のミスで転んだ時くらいだ。
それでも、リアリティのありすぎる幻影は、攻撃されれば本当に死ぬんじゃないかと思う時がある。緊張感があると言えばいいのだが、恐怖心で身体がこわばってしまう見習いがいるのも事実。しかし、本物が現れた時のことを思えば、今から慣れておくに越したことはない。
レリーナは動く的を攻撃する練習をしていた。初期段階での的は射的でも使われるような丸いものだが、魔物の姿にすることもできる。レリーナは的を魔物の姿にし、ゆっくり動く状態にして練習を続けていた。本物はもっと早い動きだが、まずは慣れる方が先だと考え、そうしている。
どれだけやっても足りないって感じ……。
自分のレベルがまだまだ低いことは自覚している。だから、こうして練習に励んでいるのだが、どんなに続けても全然足りないように思えるのだ。
そりゃ、一日や二日でできれば誰も苦労しないわよね。
ラディが焦りを感じて練習しているように、レリーナも自分の力のなさに腹立たしささえ感じて練習していた。
これまでにラディとカロックへ呼ばれたのは、四回。小さな魔物達がわらわらと現れ、一生懸命に戦ってはみたものの、レリーナが弱いとわかった魔物に狙われることもあった。ラディやラディが呼び出した魔獣、それに大竜のジェイがかばってくれたから無事でいられたものの、せめて自分の周りにいる魔物くらいは自分で何とかしたい。
ラディと同じように大竜の協力者としてカロックへ呼ばれているのに、これでは単なる足手まといだ。そこまで卑下しないにしても、レリーナの中で付け足し感は否めない。何も自分一人が大活躍したいという訳ではないのだ。この先何回カロックへ行くかは予測できないが、単に守られて終わることだけは絶対にいやなのである。
「がんばってるわね、レリーナ」
声をかけられて振り返ると、ターシャがいた。高い実力の持ち主で、女性ながら魔物退治へもよく赴く。氷魔法を得意としながら、寒いのが大嫌いな魔法使いである。
先日図書館で少し話をしただけだが、ターシャはちゃんとレリーナのことを覚えてくれていた。
「あ、こんにちは、ターシャ。どうしてフィールドへ……まさか練習?」
フィールドは見習い魔法使いだけのものではない。正規の魔法使いとなっても、苦手な魔法がある者も多く、それを克服するために練習する姿はよく見かけられる。かと言って、レリーナにはターシャに練習が必要とは思えなかった。彼女にとってフィールドよりも、実戦が一番いい練習場になるはずだ。
「あは、違うわ。今は見回り」
「え? ターシャが?」
フィールドには、時々講師の魔法使いが見回りに来る。つまづいている見習い魔法使いがいればアドバイスし、危険な魔法を使ったり使おうとしていたりすれば注意する。万が一にも負傷して倒れている見習いがいないか、といったことを確認するために来るのだ。
「別に先生が来るって決まってる訳じゃないのよ。正規の魔法使いであれば、時間が空いている誰かがやるってことになってるから。私は少し時間ができたから、ちょっと気分転換にね」
時々先生の姿が見えるな、くらいにしか思ってなかったので、実は時間があれば誰でもいいと聞いてレリーナは素直に驚いた。そんなに緩いルールだったのか。
「動く的の練習ね」
練習をチェックされていたらしい。
「はい。まだゆっくりですけど」
「そうみたいね。どうせなら、早くしちゃえば?」
「え……」
軽く言われ、レリーナは言葉を失う。ゆっくりやってようやく、というレベルなのに、いきなり早くするなんて考えられない。
「ゆっくりやって確実に当てるのもいいけどね。早く動くようにして、そのスピードに目が慣れるようにしたらどうかしら。最初はなかなか攻撃を当てられないと思うけど、目が慣れてくれば次にどう動くかが予測できるようになってくるわよ。あ、もちろん人それぞれだから、絶対にこうしろって訳じゃないわ」
「ええ。……だけど、その方が有効かも」
カロックの魔物は、レリーナが今までやっていた練習のスピードよりずっと速く動く。そのせいもあってレリーナはなかなか攻撃が当たらず、元々の魔力の弱さもあって狙われやすかったのだ。魔力の弱さはすぐに克服できるものではないが、せめて目が慣れて攻撃が当たるようになれば。一発で撃破とはいかなくても、多少は相手をひるませることができるはず。
「ありがとうございます、ターシャ。次はそれでやってみます」
「この方法はお勧めしないって人もいるわ。確実に一歩ずつ進むのがいいってね。さっきも言ったけど、人それぞれだからやりやすいやり方でやってみて」
「ええ。でも、あたしはその方法の方が効果がありそうな気がしますから」
レリーナは試験対策でやっているのではない。カロックで自分の身に危険が及ばないようにするための練習だ。それなら、ターシャの言う方法の方が効果的だと思える。現場に近い状態の方が絶対にいいはずだ。まだ実行していないが、レリーナは少し目の前が明るくなってきた気がした。
「あの……ターシャはいつ頃から氷の魔法が得意だって思えるようになったんですか?」
彼女は「氷のターシャ」の異名を持つ。その名の通り氷を得意としているが、氷魔法は複合魔法だ。得意とするにはかなりの時間を要する……はず。
「私? そうねぇ、習ってすぐは何とも思わなかったけれど、練習するうちに調子よくできてやりやすくなっていった。そんな感じね。中級2になる前だったかしら」
つまり、習ってそう時間をおかずに上達した、ということ。やはりトップレベルともなると、自分のものにしてしまう時間が短いのだ。
「すごいなぁ」
素直に感心する。と言うか、感心するしかできない。うらやましいとか、どうして彼女ばかりがうまくできるんだろうという嫉妬心すらなかった。そういうものを超越しているのだ。
「レリーナは中級1だったわね」
「はい」
ここでも「すごいなぁ」と感心せずにいられない。確かに自分のレベルをターシャに話したが、彼女はちゃんと覚えてくれているのだ。初対面で話した見習いのレベルをしっかり覚えるなんて、レリーナが正規の魔法使いになった時に同じことができるかと言われると自信がない。
「確かに複合魔法は難しいでしょうけど、できない訳じゃないわ。たぶん、先入観が影響してるのよ。それに氷でしょ。爆裂みたいに炎だと怖いと思う人もいるでしょうけど、氷なら思い切りやっても失敗したって何かが爆発することはないわ。自分の真上であられや雹を降らせなければ、まずケガをすることもないし。もし怖々とやっているなら、大胆にやることね」
言われてみれば、心の中で「できるかな」と不安に思いつつやっていることが多い。
「それに、どの魔法もある程度のコツを掴めばそれなりの力になるのよ。レリーナ、一度やってみて」
「え? は、はい」
突然の指示に戸惑いながらも、レリーナは氷魔法の呪文を唱える。今は的となる物はないが、そこにあるつもりでやってみた。今言われた通り、自分なりに大胆に。すると、今までよりずっと大きな氷のつぶてが出せた。と言っても、自分の拳の半分もないが。
「あら、いい筋してるじゃない」
「いつもはもっと小さな氷で……言われたように大胆にやってみました。これ、今までで一番大きいです」
「あら、アドバイスが早速役に立って嬉しいわ。あとはね」
ターシャは呪文の唱え方など、レリーナにわかりやすくコツを教えてくれた。もう一度やると、さっきよりさらに大きな氷が出る。しかも、そんなに気負うことなくできた。
「レリーナは素直ね。言われたことをそのままやるから、すぐ成果に表れるわ」
「ありがとうございます。今までの氷がうそみたい」
うまくできたこととほめられたことで、レリーナの嬉しさも二倍だ。
「あの、厚かましいですけど、もう一つ教えてもらえませんか」
「あなたくらいの見習いなら、厚かましいくらいがちょうどいいのよ。何?」
「結界や防御の壁って、どうして中2まで教えてもらえないんですか?」
初心者クラスから中級1までは、主に攻撃と細々した簡単な魔法を教えられる。それが中2になると、いきなり実戦にも出られそうな魔法をどんどん習うようになるのだ。その中に防御の魔法も入っている。簡単な結界くらいなら初期から教えてくれればいいのに、とレリーナはカロックへ行くようになって思い始めたのだ。
最初の頃は、魔物が現れてからラディが結界を張ってくれた。おかげで何度も助かったし、レリーナはそれでも十分だと思っていたのだが、最近のラディは魔物が出る前から張るようになっている。ブラッシュにこうすればいいって言われたんだ、ということは聞いた。それなら、レリーナもできればやるのに。即座には無理でも時間がある時に張るのであれば、と心の中で残念に思う。どうしてまだ教えてもらえないんだろう、と。
「実戦に出る訳じゃないからよ」
「え……」
思ってもみない答えが返ってきた。と言うより、あまりにも単純すぎて考えなかった。
「すぐ魔物と戦うことになるのなら、両方同時に習得しておかないと危険でしょ。だけど、教室で勉強する分なら危険はないわ。だから、防御系は後回しにして、まずは攻撃に重きを置くの。ある程度の魔法ができるようになれば、本当に一人前になるためにあれこれと教えられるって訳。それが中級2なの」
そう説明され、レリーナも納得した。防御できれば、と思うのは、カロックで「実戦」に身を置いているからだ。あちらの世界へ行かなければ、どうして防御は……と考えることもなかった。今更だが、レリーナは本当に特殊な状況の中にいるのだ。
「中2はたくさん魔法を習う大切な時期だけど、中1もその前段階としてとても大切よ。この時期に基礎がしっかりできてるかどうかで、進級した後の苦労が違うから。結界については、早くから練習しても損はないわ。魔物相手の仕事をするなら必ず使うし、そうでなくても試験には必ず出るもの。そんなに強い魔力は必要としないから、今のレリーナでも独学は可能よ」
「そうなんですか?」
「もちろん、強い魔物を相手にする時は強い結界が必要になるけれどね。でも、基本の結界なら、中1のレベルでも十分にできるわ。やってみる?」
「はいっ。教えてください」
ターシャは簡単かつ基礎の結界を教えてくれた。レリーナがその呪文を唱えると、薄くてすぐに破られそうなものではあったが、ちゃんと結界が現れる。
「この魔法なら、もし失敗しても周囲に被害が及ぶことはないわ。やる気があれば、自分の家でも練習できるわよ。時間に余裕があれば、繰り返し練習するうちにもっとしっかりした結界ができるわ。進級して習った時も楽よ」
ターシャがつつくと、レリーナの出した結界は簡単に消えた。まるでシャボン玉が割れたみたいだ。初めての結界なんて、こんなものだろう。レリーナは割れてしまったことより、自分にも結界ができたことの方が嬉しい。
「ありがとうございます。わぁ、あたしにも結界ができるなんて、嬉しいな」
これで、ラディに頼ってばかりにならなくて済む。もちろん、このままでは弱いから自分だけでやるとはならないが、この前のようにラディやジェイから離れてしまっても少しは気を強く持てるだろう。ラディに見せれば、きっと驚くはずだ。
「本当にレリーナって素直ねぇ。教え甲斐があるわ」
当然、ターシャはカロックのことを知らない。レリーナが結界に興味を持った理由を知る由もないが、後進を指導して喜ばれているのを見て、彼女自身も喜んでいる。レリーナを素直だと言ったターシャだが、彼女も十分素直な性格と言えるだろう。
見回りだったはずの時間は、いつの間にか個人指導へと変わっていた。





