女子、盛り上がる
さっきまでより気持ちが軽いのは、絶対気のせいじゃない。ちゃんとラディ達と会えるまでは不安だったが、こうして会えたことでその不安が一掃された。憂いがなくなったことで、心の中のおもりがなくなったのだ。
「レリーナ、少し体温が上がっているようだが?」
「え? そんなことがわかるの? あたしはさっきまでと変わらないけど」
「ラディやジェイと会えて、気分が高揚したか」
「そうなのかしら。確かに解放感みたいなものはあるわ。砂漠に戻れても、ラディ達が見付からなかったらっていう不安はあったもん。でも、もうその心配もないし」
「レリーナもだが、ラディも抱きつくくせがあるのか。人間はみんなそんなものか?」
「!」
さっきラディに抱き締められたことを言われ、レリーナの顔が赤くなる。手をつないで歩いたこともあるが、それは小さな子どもの頃のこと。あんなふうに抱き締められたのは初めてだ。いや、カロックへ初めて来た時もそうだったような。こうして思い返すと恥ずかしくなってくるのだが、触れることでお互いを近くに感じられて嬉しかったし、安心できた。
やだ、そんなこと言われたら意識しちゃうじゃない。
「えっと……人間にもよると思うけど、きっとラディもあたしもそういうくせみたいなのがあるタイプなのよ。あ……くせって訳じゃないけど」
黙っていると突っ込まれそうなので、レリーナはそうはぐらかしておいた。
シュマと並んで飛ぶミューネの頭にちょこんと乗っているジェイは、やや首を後ろに向けた。
「レリーナもなかなか強い運を持ってるな」
「そうか? ……そうだな。もってことは、俺も?」
「ラディが強運じゃなきゃ、誰がそうなんだよ。吸毒鬼に血を吸われて死ぬ寸前だった奴がさ。この前は魔鳥に捕まるしな。けど、レリーナも相当だ。飛ばされた先で見知った魔獣に会うなんて確率、すんげー低いぞ。何十回もカロックに来てるならともかく、まだほんの数回なのにさ」
今回でカロックへ来たのは四度目。つまり、ラディが召喚した魔獣は四匹。どれだけの広さがあるかわからないカロックで、そのうちの一匹に再会するなんてどれだけの確率なのだろう。ジェイは「すんげー低い」と言ったが、ほとんどありえないのではないか。
「うん、そうだよな。レリーナはまだ召喚ができないし……って、シュマは召喚されたんじゃないのに、レリーナの言うことを聞いてるのか?」
顔見知りだから気にしなかったが、ものすごくレアな状況だ。
「そうみたいだな」
「ありなのか、そんなの」
魔獣が魔法使いの依頼を引き受けてくれるのは、召喚ありきのはず。細かく説明されたのではないが、授業でそう習った。
「ありなんだろ、ああして飛んでるんだし」
いつものように、軽く言われた。
「私は彼女のこと、まだよく知らないけど……頼みを聞いてやってもいいって彼は思ったんじゃない?」
「そういう説明できない力があるから、協力者に選ばれたんだ。たぶんな。でなきゃ、運が悪かったりしたら、いくらオレがついてたってすぐに行き倒れになりかねないしなー」
レリーナが行方不明になって焦ったことはおくびにも出さず、ジェイは笑いながら言う。ジェイの焦りに気付かなかったラディは、そんなものなのか、と素直に思うのだった。
「彼が優しいってことも大きかったんじゃない? ラディもなかなかいい召喚の腕を持ってるわね」
「そうかな」
「私みたいに優秀な魔獣を呼ぶくらいなんだから、自分の腕を信じなさいよ。彼もステキだし」
ミューネの言葉は、ラディをほめるより自分の自慢みたいだ。その口調からして、シュマのことも気に入っている様子。シュマもミューネを美猫と言っていたので悪い気はしないのだろう。
やがて、砂漠が見えてきた。行きはやけに遠く感じたラディだったが、やはりレリーナが見付かってほっとしたのか、戻りは来る時の半分しかかかっていないような気がする。
ラディやレリーナには、さっきまでいた場所が砂漠のどの辺りかなんてわからないが、ジェイやミューネにはちゃんとわかっているようだ。迷うことなく、ある地点に降りた。シュマは場所を知らないが、ミューネに並んで降りる。
「これで、ふりだしに戻る、か。ふりだしはムーツの丘だから、ちょっと進んでるのかな」
「どっちにしても、進むのに時間がかかっちゃったわね」
「何が起きるかわからないから、時間がかかるのは想定済み。終わったことは忘れようぜ。ラディ、水の魔法を頼む」
言われてラディは周囲に水をまく形になるよう、呪文を唱える。そこからかけらの気配を読み取り、ジェイがある方向へ向かった。
「ねぇ、あなたは前にも協力したんでしょ。何が出て来るの?」
ミューネがかけら探しの先輩であるシュマに尋ねる。
「小さな石のかけらみたいなものだ。あれだけばたばたして、これか? と言いたくなるようなものだった」
「石のかけらなの? 大竜の試練も大変ねぇ。その時はどこへ向かったの?」
「オレは……」
言いかけたシュマの目が細くなる。同時にミューネの目も細くなり、二匹は周囲を見回した。
「まったく……懲りないわね。また来たみたいよ」
「そうらしいな」
ジェイも気配を感じ取っていた。ラディとレリーナは一拍遅れて気付く。
「まさか、またさっきのトカゲが来たのか」
「ああ、そのまさか。この辺りはあいつらの縄張かなぁ。ボスはさっき消したけど、すぐに次のボスができたってところか」
「こんなすぐに次のボスって決まるものなの?」
さっきのボスがラディ達にやられたのは、せいぜい二、三時間前くらいだ。群れの新しいボスがどれくらいの時間をかけて現れるのかは種族によるだろうが、ちょっと早すぎる。
「知能があまり高くない奴らは、ちょっと身体が大きければボスになっちまうことが多いみたいしだ」
「そんなものなの? ボス候補がいくらでもいるってことね」
「ボスの新旧はどうでもいいけど、またさっきみたいな空間の裂け目みたいなのを作られたらマズいんじゃないのか?」
「いつもできる訳じゃないんだ。でも、あの砂嵐を起こされると、その危険は高くなるな。風で囲まれる前に何とかしないと」
また砂の中からトカゲが顔を出した。さっきと同じ魔物だ。
「俺達の顔を見て、マズい、とか思わないのかな」
ボスをやっつけた連中だ、と思えば、自分達ではかなわないとわかりそうなものなのに。
「そこまで頭がよくないんだ。学習能力がもう少し高ければ、オレ達も苦労せずに済むんだけどなぁ」
学習能力のない砂トカゲ達は、次々に顔を現す。完全にさっきと同じ状況だ。ラディはすぐにレリーナと自分に結界を張った。また飛ばされたりしないよう、重力強化もかけたいところだが、それをすると今度はレリーナが逃げようとした時に動けなくなってしまうからできない。
「こいつらを吹っ飛ばせばいいんだろう」
シュマが一歩前に出る。
「レリーナ、ラディ。お前達まで飛ばされないよう、ミューネに掴まっていろ」
「あれ? オレはいいのか?」
「大竜がこの程度で飛ばされるなら、試練なんてあきらめろ」
「わ、きっついなー」
シュマが何をするつもりか知らないが、言われた通りにラディとレリーナはミューネに掴まる。
「シュマは何するつもりなのかしら」
「まかせておけって背中に書いてあるわ。お手並み拝見ね。ふふ、楽しみ」
ミューネは本当に楽しそうだ。
砂トカゲ達は獲物となるラディ達を囲んでいるが、その輪はまだ小さくない。その輪の一部を見据え、シュマはたたんでいた翼を広げると大きく吠えた。低く太い声。レリーナはさっき聞いた声だが、あの時以上に大音量だ。ラディ達はシュマの後ろに立っていたが、それでもその大音響で耳が痛い。真正面だとどうなっていただろう。お腹にも響き、空気が震えるのがわかった。
シュマの咆哮と同時に、シュマを中心にして外側に向けて強い風が吹いた。飛ばされる程ではないが、ミューネに掴まっていなければラディもレリーナも風にあおられて倒れそうだ。ジェイはさすがに大竜だけあってか、わずかに揺れるだけで宙に浮いていても飛ばされそうな様子はない。
しかし、砂トカゲ達はそんな訳にはいかなかった。砂の中へ潜る余裕もなく、人間より軽い身体は簡単に飛ばされる。飛ばされると同時に、風の力を叩き付けられているらしい。砂へ叩き付けられる前に、その身体は煙のように次々と消えてしまった。
「すげぇ……一掃ってこういうことか」
ラディが呆然とつぶやく。風がやむと、砂トカゲの姿はどこにもなかった。ボスが出て来ることもない。あとには静かな砂漠が広がっているだけ。
「いいわねぇ。一気に片付けるあの波動、ステキ」
「え、あの……ミューネ?」
「私達の世界じゃ、強いことは第一条件だもの。彼、体格もいいし」
毛色が違うとは言え、同じ種族の異性同士だ。レリーナ達とは見る所が違うのだろう。
「そ、そう……。うん。人間のあたしが言うのも何だけど、シュマって本当にステキよ」
「でしょうね。初めて見た時からそう思ってたわ」
種族は違うが、女同士でちょっと盛り上がる。
「ラディ、さっさと続きを始めろ。また現れたら面倒だ」
自分の噂をされているのを知ってか知らずか、シュマがラディの方を向いた。
「あ、ああ。助かったよ、シュマ」
「協力者が多いと、楽だなー」
ラディが水の魔法を続け、たまにレリーナに交代しながらかけら探しが続く。やがて、ある地点に来ると、ジェイが地面に近付いた。ふーっ、と地面に息を吹きかけると砂が散り飛ばされた後に小さな石のかけらが現れる。
「あったぞ」
ジェイが拾い上げる。ジェイが持つと身体の半分近くもあって大きく見えるが、ジェイ以外の目には小さいかけらだ。
「あら、本当に小さい物なのね」
「言っただろう。あれだけばたばたして、見付かるのがあんな物だ」
「あんな物、ね。だけど、私はもっといいものを見付けたわ」
「もっといいもの?」
「ふふ。その話は、後でゆっくりね」
シュマがきょとんとした顔になり、ミューネは嬉しそうに笑った。
「ラディ、復元魔法、頼むぜ」
「わかった」
ラディは袖に同化させていたカロックの地図……の切れ端を取り出す。ジェイが見付けたかけらの隣にそれを置き、復元の呪文を唱えた。すると、厚みがあった石のかけらは次第に薄くなり、やがて紙に変化して他の切れ端に近付いて行く。継ぎ目が完全に消え、かけらは地図の切れ端の一部になった。
「継ぎ目がないと、一見しただけじゃ大きさがあんまり変わってないように思えるな」
今見付けた分だけ大きくなっているはずだが、あまりそんなふうに見えない。一方の辺が少し伸びたかな、という程度。もちろん、最初に比べればずっと大きいのだが……。
前回来た時、別の協力者に会ってほぼ完成の地図を見せてもらった。ラディが今持っている地図は右下の部分らしい。全体の大きさからすれば、四分の一にもならないだろう。
「ちゃーんと大きくなってるよ。心配するなって」
ジェイが請け負ってくれるなら、大丈夫だ。でも、自分の目で見て、確かに元に戻りつつあるな、と確信したい。
「今回はここまでだ。ありがとな。次は新月に頼むよ」
「俺達にすれば、カロックの満月や新月って関係ないけどな。ジェイ、もう少し間があけられないか? せめて五日くらい」
「んー、まかせろとは言いにくいけど、何とか調整するよ」
どこまでジェイに調整可能かがわからないので、ラディはそれ以上言うのはやめておく。
砂漠にラディとレリーナが帰るための扉が現れた。無事に帰れると思うと、レリーナはいつも以上にほっとする。
「シュマ、今日は本当にありがとう。約束は守るわ」
レリーナはシュマの頭を抱きしめる。どうして抱きつくんだ、というクレームがシュマから出ることはなかった。
「ああ。気長に待つことにする」
ラディもシュマとミューネに礼を言い、二人は扉を開けて自分の世界へと帰った。
「悪くない一日だったわ」
「そうだな」
「悪くないと言うより、私にとってはいい一日ね。もう少し続いてくれるといいんだけど」
レリーナが通った扉が消えた辺りを見ていたシュマは、不思議そうな顔でミューネを見る。
「何がよかったんだ? さっきもいいものを見付けたとかどうとか話していたが」
「話すから、もう少し付き合ってくれるかしら」
今までになくミューネがシュマに近付く。お互いの息が感じられる距離まで。
「……まぁ、構わないが」
へぇ、試練の中にも思わぬ展開があったりするんだな。
すでにジェイのことは目に入ってない魔獣達。
小さな大竜は邪魔をしないように、こっそりとその場を離れたのだった。
☆☆☆
レリーナが部屋に戻ってから間もなく、水晶に反応があった。ラディが連絡を入れてきたのだ。
「レリーナ、本当にどこもケガはしてなかったか?」
「うん。どういう状態で森の中に放り出されたのかわからないけど、全然ケガはしてないわ。気付いたのも木の根の上だったもん。おかげで服が汚れずに済んだしね」
レリーナの言葉に、ラディも改めて安心したようだった。
「あたしが飛ばされてから、ラディ達の方はどうだったの?」
砂漠へ向かう時はお互いが別の魔獣に乗っていたし、砂漠に着いてからはかけら探しがメインだったのでゆっくり話ができていない。合流できた時に少し話せたかな、という程度だ。
「俺、レリーナがいつ飛ばされたのか、よくわかってないんだけど。砂トカゲが出て来てから、いつくらいまで砂漠にいたんだ?」
「えーと、砂嵐が起きて少ししてから……かな。あたしもちょっとあいまいだけど」
ジェイに重力強化をかけるように言われる少し前、くらいだろうか。あるいは、まさにその時かも知れない。
ラディはレリーナがいないとミューネから告げられてからのことを、レリーナはディバンの森に飛ばされてシュマに会う前後のことを話した。
ラディがあたしを抱き締めたの、見付かって安心したから、よね。
合流できるまでを話し、ふと再会の瞬間を思い出した。強く抱き締められたあの瞬間を。
あの時のことを聞きたくて、でも言葉に出すのはためらわれた。妙に意識してしまう。
シュマは抱きつくくせが、なんて言ってたけど、本当にくせなのかも。ラディだって、灰色狼のナーノスに抱きついてたもんね。そう、感情が高ぶったらラディもあたしもつい誰かに抱きつくのよ。うん……それだけ。
「そうだ。帰る時、シュマに約束がどうのって言ってたよな」
「うん。ふふ、気になる?」
「そりゃあ、まぁ……」
「聞きたい?」
「レリーナがいいなら聞きたいけど」
今はこうして無事に戻れたことを喜んでおこう。他のことはまた後でゆっくりと考えればいいや。
「あのね」
レリーナはシュマとした森での会話を話し始めた。





