表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第四話 再会
19/105

飛ばされたレリーナ

 ひやりとした空気を感じ、レリーナは目を覚ました。いつの間に眠った……いや、意識を失ったのだろう。

「ええっ?」

 目を開けたレリーナは、自分のおかれた環境に思わず小さな悲鳴を上げた。横向きに倒れていたようだが、驚いてバネ仕掛けのおもちゃのように飛び起きる。

 黒にも近い焦げ茶の土。その上にうっそうと生えている、背が低く濃い緑の植物。レリーナ一人ではとても抱えきれないような太い幹の木々。それらの木の根は太く、土から大きく盛り上がって。生い茂る枝葉に遮られ、光は少ししか差し込まない。

「ここって森? ど、どうして?」

 徐々に思い出してくる。さっきまで砂漠にいたはずだ。あれは夢だったのだろうか。それともこれが夢なのか。

 しかし、ひやりとしたこの空気は夢と言いにくい。砂漠で直射日光に暖められ、今は日陰の中に放り出されたせいで余計に気温差を感じる。

「ラディ! ジェイ、どこ? ミューネ!」

 名前を呼んでも、誰の返事も聞こえない。どれだけ見回しても、それらしい影はどこにもなかった。

 どうしてこんなことになったのだろう。砂漠で砂トカゲと呼ばれる魔物と対峙し、ボスらしき大きなトカゲが現れて砂嵐を起こした。それから……レリーナの記憶はそこまでだ。

 あの時、ジェイが伏せろと怒鳴って伏せたつもりだったのだが、本当にちゃんと伏せたのだろうか。風にあおられてほとんど倒れるような状態だったような気がする。その後のことがわからない。気が付けば、この森の中に倒れていた。それが盛り上がった太い木の根の上だったおかげで、衣服はほとんど汚れていない。

 初めてカロックに来た時も、最初は森へ向かった。違いが明確ではないので断定はできないが、あの時の森とは別のような気がする。ここの木々は幹こそ太いが、そんなに高くないようなので違う場所だろう。この森がどこであれ、砂漠からいきなり森というのはおかしい。何かの力が作用して、レリーナだけがよそへ飛ばされたと考えるのが一番ありえそうな話だろう。

 森へ来てしまった事情はともかく、問題はこれからどうするかだ。まず、自分の現在位置が不明なので、どちらへ向かえばいいかもわからない。ラディ達がどうなっているのかも心配だ。同じように飛ばされたのだろうか。もし近くに飛ばされたのなら、少し探し回れば会えるかも知れない。しかし、飛ばされたのがレリーナだけだとしたら、その希望はいきなりあっさりと打ち砕かれてしまう。そもそも、ここはカロックなのだろうか。

 ラディ達と会うことも帰ることもできなくなったら……どうしよう。

 そう考えただけで、背筋が寒くなる。これは森の中の気温が低いせいじゃない。

 がさっと音がして、レリーナは端で見てもはっきりわかるくらい、大きく肩を振るわせた。

「やだ……」

 ネズミのような姿をした獣が現れた。気配からして、魔物だ。暗い灰色の身体はサイズこそネズミだが、レリーナがその場に立ち尽くしている間に数が一気に増え、あっという間に取り囲まれる。さっきはトカゲに囲まれたが、今度はネズミ。見る限り、軽く百を超えている。今はそれを相手にするのはレリーナ一人きり。

 ラディの結界がかろうじて残っているのが気配でわかるが、レリーナはそれを強化する呪文をまだ習っていない。トカゲのボスが現れた時にラディが強化してくれたはずだが、この森へ飛ばされたために効果が消えつつあるのだろう。

 攻撃は最大の防御とは言うが、ネズミは三重、四重にもレリーナを取り囲んでいるので、どこか一方を攻撃している間に別方向から攻撃されてしまう。これでは防御もへったくれもない。

 最前列のネズミが、飛びかかる体勢になる。いくら小さくても相手は魔物だし、数でかかってこられてはレリーナも打つ手がない。こんな状況におかれてどうにかできるだけの魔法を、レリーナはまだ習っていないのだ。

 何もいい方法が浮かばず、浮かぶの涙だけ。そんなレリーナに狙いを定めてネズミが飛びかかろうとした時。

 獣の咆哮が聞こえた。レリーナの肩がまた大きく揺れる。太く低い声。今のボリュームだと相当大きな獣だと思われる。今の声は後ろの方から聞こえた気がした。しかもすぐ近くだ。しかし、極度の緊張状態のレリーナは、確認したくても怖くて振り返れない。

 一方、危険を察知したのか、ネズミ達はもうレリーナには見向きもせず、一斉に逃げ出した。この数なら全部で飛びかかれば何とかなりそうなのに、そんな気はまるでなさげだ。それだけ相手が強いのか。もしくは、喰われる恐怖で一気に戦闘意欲を失ったかだ。

 あの時と……同じ?

 レリーナは初めてカロックに来た時のことを思い出した。その時も多くの魔物に囲まれたが、灰色狼のロアーグ達が現れたことで魔物達は一斉に逃げたのだ。今もその状況と同じことが起きている。どんな獣であれ、このネズミよりはずっと強い存在が近くにいるのだ。それが単体なのか、複数なのか。

 レリーナは逃げるネズミに便乗し、その場から走り出した。前後左右ががら空きな状態は怖すぎる。だが、ネズミの姿が消えるのは一瞬だ。片やレリーナは慣れない場所でそう速くは走れない。十数歩程度を移動して、近くの木にすがるのが精一杯だった。

 少ししか走っていないのに、息が激しくなる。木の影に隠れながら、さっき声が聞こえた気がする方を見るが、声の主の姿はない。さっきのはネズミを威嚇するために吠えたのではなく、たまたま近くで声を出しただけでそのままよそへ……行ってくれたのならどれだけいいか。

 しかし、レリーナの希望空しく、何かが動く気配が感じられた。がさっという音とともに、黒い影が木と木の間を移動する。はっとしてそちらを見たものの、速すぎてかろうじて影が飛ぶように見えた、という程度。レリーナはその影が何なのか全く予想もできない。それでも、大きい身体だということだけはわかった。

 せっかくネズミがいなくなったと思っても、たとえ一匹でも大きな魔物が現れたのならあまり喜べない。しかし、一対一ならわずかな抵抗くらいはできるだろうか。対象が一匹なら、それに集中できる。取り囲まれるよりはいい……はず。

 もっとも、大きい分強いのは十分ありえる話だ。魔力もスピードも、見習い魔法使いでしかないレリーナとは比べものにならないに違いない。だが、こちらの力が弱いとわかって隙を見せるということも考えられる。勝機があるとすれば、そこだ。と言うより、そこしかない。

 あら……どこへ行ったのかしら。

 レリーナが色々考えている間に、影の主がどこへ行ったかわからなくなってしまった。動きが素早いので、集中して見ていても目で追えていたかどうか怪しい。

 ネズミが一斉に逃げるくらいだから、気配は強いはずよ。それを感じ取れば。

 レリーナだって魔法使い志望であり、魔法を習い、気配を読むのは普通の人間よりできる。今はその力を駆使しなければ。

 そう考えた途端、背筋が凍る。気配は自分の真後ろから感じられたのだ。

 指先がどんどん冷たくなる。振り向いた途端、その爪か牙か魔法が襲ってくるかと思うと、もうレリーナは生きた心地がしない。気配を感じた途端、呼吸さえもままならなくなってしまった。

 ラディ、ジェイ、助けて……。

「ここで何をしている?」

 声をかけられたが身体が完全に硬直してしまい、さっきまでのように肩が震えることすらない。ただ目だけが大きく見開かれる。

 今の声は……。

 レリーナはぎこちなくもゆっくりと後ろを向いた。

「今日は一人か? 他の奴らはどうした」

 すぐそこに、黒い毛並みの魔獣がいる。牛のように大きな身体に、そのサイズに見合った立派な翼。青い瞳が美しい、猫の姿をした魔獣だ。

「……シュマ? シュマなの?」

 声に聞き覚えがある。姿に見覚えがある。前々回、ラディが呼び出して助けてくれた翼のある猫によく似ていた。

「レリーナは目が悪くなったのか? それとも、他の奴と区別ができないくらい、同族の奴を大勢呼び出したのか? あれからそんなに長い時間は経っていないはずだが」

 レリーナを見て、はっきりその名前を口にした。そうだ、と答えなくても、カロックでレリーナの名前を知る魔獣はわずか。間違いなかった。

「シュマ!」

 レリーナはたまらずシュマに抱きついた。

「……抱きつくくせは、相変わらずか」

 あきれたように言われても構わない。この見知らぬ土地で見知った顔に出会えたことは、砂漠で乾き死にそうな旅人がオアシスを見付けたようなものだ。嬉しくて涙が出る。

「シュマ……来てくれてよかった。あなたが来てくれなかったら、あたしはネズミに食べられてたわ」

「ラディやジェイはどうした。一緒じゃないのか」

「うん……」

 彼らの名前を聞いて、また涙が出て来た。レリーナはシュマを抱き締めたままだったが、その手に力が入る。

 少女が落ち着くまで、シュマは黙ってしばらくそのままでいてくれた。

☆☆☆

 シュマの温かさでレリーナもようやく落ち着き、これまでのことを話した。

「リィマ砂漠? ずいぶん移動したものだな」

「それって、とても遠いってこと? ここはどこなの?」

「ここはディバンの森だ。レリーナがそれまでいたリィマ砂漠とはかなり離れた場所にある。森と山を二つに湖と……とにかく、色々隔てた場所に位置している」

 シュマの話を聞いて、レリーナは言葉を失う。飛ばされたかも、というのは予測していたものの、そんなに離れているとは考えなかった。この森を出たとしても、自力で砂漠まで戻るのは難しい。

「どうしてこんな離れた場所まで……」

「その砂トカゲが起こした砂嵐で、空間に亀裂でもできたんだろう。何かのはずみでレリーナが入り込み、出た場所がここだった。そんなところだと思うぞ。よくあることだ」

「よくある……の?」

 レリーナは初めて聞いた。自分達の世界でも、実はそういうことがあるのだろうか。習っていないだけで、上級になれば授業で習うのか。まだ中級とは言え、いかに習っていないことが多いかを思い知った。

「あ、そういえば、おじいちゃんの話の中でそんなことがあったような。いきなり離れた場所に飛ばされたとか何とか」

 ヴィグランの話の中にも、今のレリーナのように飛ばされてしまった、というのがあった気がする。パートナーである大竜と離ればなれになり、懸命にお互いを探して。でも、ここまで遠くなかった気もする。

「ラディやジェイが同じようによそへ飛ばされたのか、その場にとどまっているのかまではオレにも何とも言えんな。だが、同じ亀裂の中に入ったなら近くにいるはずだ」

 しかし、シュマにはどちらの気配も感じられないと言う。ラディはともかく、ジェイは大竜で気配も強い。まして、こんな状況であれば本来のものに近い力を出してレリーナとすぐに合流しようとするだろう。

 それに、一度一緒に行動したことでシュマにはジェイの気配が読みやすくなっている。近くにいればわかるはずだ。しかし、その気配はまるでない。

「少なくとも、あたしの近くにはいないのね」

「呼べばいいだろう。ラディが流された時、水晶でレリーナが呼びかけていた方法で」

「そっか、水晶で」

 ラディと離ればなれになった時、レリーナはラディがくれた水晶玉で呼び出した。一度目はラディの意識がなかったためにつながらなかったが、二度目の時はちゃんと通じたので無事を確認できたのだ。

 ラディがジェイと一緒にいるかはともかく、彼らの方でもレリーナがいなくなったことで心配しているはず。何かあった時のために、とカロックへ来る時に水晶をポケットへ入れた。すぐにそのことを思い出さなかったのは、やはりそれだけ混乱していたのだ。

「あ、あれ?」

 水晶を入れているポケットに手を入れた。だが、何も手応えがない。入れたと思ったポケットを間違えたかと思い、他のポケットを探ってみる。やはり何もない。

「うそ、やだ……」

 服についているポケットというポケットを確認してみたが、入っていたのはハンカチが一枚だけ。他は細いヘアゴム一つすらもなく、水晶玉のように立体的な物はどこにも入っていなかった。

「ないのか?」

「落とした……」

 どこで落としたのだろう。どのポケットにも穴はないから、そこから落ちたのではない。やはりあの砂嵐の中か。

 レリーナにちゃんとした記憶はないが、砂嵐にもまれるなどして身体が回転し、そのために落ちたのかも知れない。もしくは、リィマ砂漠からディバンの森に飛ばされるまでの空間の途中。

 どこで落ちたにしろ、あの水晶がなければラディに連絡を取ることはできない。通信魔法は基本的に魔法道具ありきの術だ。レリーナの力だけではどうしようもなかった。

「ラディの時は、レリーナの持つ水晶から出る力の波動をジェイが追っていたんだったな。だが、水晶がなければその方法は使えないか」

「どうしよう……」

 レリーナは真っ青になる。こんな時のための水晶玉だったのに、肝心のそれを失ってしまえばラディに無事を知らせることは不可能だ。魔力が強ければテレパシーで直接会話ができると聞いたことがあるが、ジェイはできるのだろうか。ジェイにできてもレリーナにその力がなければ……。

 どちらにしろ、今は確認ができないのでこの方法は却下だ。

 全てが行き詰まったように感じたが、ふいにレリーナは一つの方法を思いつく。

「シュマ、あたしはまだ召喚術ができないの」

「前にもそんなことを言っていたな。それが今、何の関係がある?」

「あたしはラディみたいに魔獣を召喚して、リィマ砂漠まで戻れない。だから……だから、シュマに助けて欲しいの」

「オレが?」

 シュマの目が丸くなる。

「オレは呼ばれた訳じゃない。たまたま通りすがりでここにいるだけだぞ」

「わかってるわ、この前とは状況が違うってことは。だけど、あたしはシュマ以外に誰も頼れないの」

 きっと「通りすがりの魔獣に直接頼む」なんてことをした魔法使いは、ロネールの過去現在をひっくるめても存在しないだろう。魔獣に力を借りる時は、召喚が大前提だ。呼ばれた時の力で、魔獣は魔法使いの力量を推し量っている。その結果で協力するか否かを決めるのだ。

「魔力の少ない見習いに頼られてもな」

「それは……そうだけど」

 そこを突かれると痛い。どうがんばっても、今のレリーナは見習いだ。しかも中級レベル。召喚術を習うことさえしていない。シュマはレリーナの力量を知っているし、今更推し量るうんぬんをする必要はないから、結果はすぐに出る。協力してもいいと思えるレベルの魔法使いかどうか。

 ダメなのかしら。やっぱり、魔獣の力を借りるには召喚術ありきでないと、彼らが協力してくれることはないのかしら。

 そうなれば、レリーナはラディ達と合流することも自分の世界へ帰ることもかなわない。このままシュマがどこかへ行ってしまえば、さっきのような魔物が再び現れるだろう。喰われるのが少し先に延びただけだ。

「条件がある」

「え?」

 うつむきかけていたレリーナは、シュマの言葉に顔を上げた。

「条件って……あたしにできること?」

「レリーナが召喚術をできるようになった時、一番にオレを呼べ」

「……」

「今は前借りさせてやる」

 近い将来、レリーナが魔獣を召喚できるようになり、シュマを呼んだとして。その時に借りる力を今使う。

「未来のあたしが、シュマをここに呼んだ形にってこと?」

「まぁ……そんな感じだな」

 青い瞳がわずかにレリーナからそれる。遠回しだが、シュマは力を貸すと言ってくれているのだ。

「ありがとうっ、シュマ!」

「だから、どうして抱きつくんだ、レリーナは」

 戸惑ったような口調だが、いやがる様子はない。

 シュマに触れながら、レリーナは魔獣について教えてくれたターシャの言葉を思い出していた。

 あたし、うぬぼれじゃなかったら魔獣と……シュマと「相性」がいいのかも知れない。ううん、きっといいのよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ