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異世界マップ  作者: 碧衣 奈美
第四話 再会

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砂漠へ

 前回と前々回については、カロックから戻って三日もすれば次の呼び出しがあった。扉がふいに現れ、その扉から生えるようにジェイが現れ「また頼むよ」と声をかけてきたのだ。

 しかし、三日を過ぎてもその扉はまだ現れない。カロックで新月もしくは満月の時に呼び出されるようだが、こちらの世界とは時間の流れ方が違うため、呼び出しは不意打ち状態だ。きっと、カロックのことが頭から抜けている時を狙うようにして扉が現れるに違いない。

 少し遅くなるなら、それはそれでも構わなかった。時間があれば、その分練習ができるというもの。

 魔獣召喚も結界も、中級2で習うのよねぇ。今のあたしにはまだ無理だから、ラディに頼ってばっかり。かろうじて復元の魔法ができるくらいだけど、中級1の授業ではどっちかと言えば攻撃系の魔法に重点が置かれてるから、復元はかなりあいまい。今できることと言えば、魔物が襲って来た時にせめて足手まといにならないこと、よね。

 火や水など、基本の魔法ならそれなりにこなせるようにはなってきている。だが、氷のように複合魔法となるとあっさりと技のレベルが下がってしまうから問題だ。

 レリーナは自分の弱点を自分なりに分析し、今は複合魔法が強くなるように練習を重ねている。カロックで使うだけでなく、進級テストでもその技術は必要になってくるからちょうどいい。

 土曜日の今日は、半日だけの授業だ。午後は帰るなり、残って自習するなり、時間の使い方は個々の予定とやる気次第。レリーナはこれまで気分によって自主練習をしたり、帰ってのんびりしたりと色々だったが、今はのんびりする時間がもったいない。

 あたしの魔力なんて、まだまだ弱い。強くするには練習しかないんだわ。ラディにまかせてばかりじゃいられない。ジェイにレリーナの魔力も強くなってきたって言わせなきゃ。

 昼食を食堂でとった後、レリーナは早々に魔法の練習場であるフィールドへ向かった。

「あら?」

 廊下を歩いていたレリーナは、ふと違和感を覚えて立ち止まった。今通り過ぎた廊下の壁の一部が違う色だったように思う。振り返ると、やはりそうだ。年季の入ったベージュ色の壁の中に、黒っぽい茶色で四角く区切られている部分がある。まるでそこに扉があるような。実際、扉らしく回すタイプのノブがついていた。

 これまでに二度、同じような扉を見ているレリーナはそちらへ近付いて軽くノックしてみる。

「よっ、レリーナ」

 まるで扉から生えるようにして、扉と同じような色をした大竜のジェイが姿を現した。

「こんにちは、ジェイ」

 初めてこの扉を見た時は驚いたが、もう三度目ともなると全然驚かない。

「今回は遅かったのね。……って言っても、前やその前より一日遅いだけなんだけど」

「そう? まぁ、あんまり立て続けにやっても、レリーナやラディの疲れがたまるだろ。少し間をあけた方がいいかなって」

「その方がありがたいわ。次に行くまでに、魔法の練習もできるもん」

 事情を知らない人が通りかかれば、あるはずのない場所に扉が現れ、しかもそこから竜が姿をのぞかせているとなれば、とんでもなく驚くに違いない。しかし、ジェイが現れる時はいつも周囲に人がいないのだ。その辺りはうまく細工されているのかも知れない。

「まったく、レリーナもラディも真面目だなー。根を詰めすぎるなよ」

「わかってるわ。でも、カロックに行ってから後悔したくないもん。ね、いつもみたいにあたしの部屋にこの扉を出してくれる? 今からすぐ家に帰るわ」

「おう。じゃ、後でな」

 ジェイの姿が扉の向こうに消え、直後に扉そのものも消える。レリーナはそれを見て、すぐに自宅へと向かった。

 カロックへ行って大竜の試練であるかけら探しをし、またこちらの世界へ戻って来てもわずか数分しか経っていない。カロックでの滞在時間はほとんど無視できるようだ。扉を開いてくぐり、再び扉を通り抜けて戻る。端から見れば、それだけのこと。

 だから、持っている教科書などの荷物は、この場に置いていてもたぶん支障はないだろう。盗られたり落とし物扱いされる前に戻れるはずだ。なので、修学部にいる時点でカロックへ向かってもいいのだが、レリーナは、それにラディも一旦家に戻る。

 理由はいたって単純。疲れるからだ。

 カロックへ行くと、かけら探しをしている間に魔物が現れる。今までがそうだったし、これからもそうだろう。もちろん、非友好的な相手ばかりだ。当然、魔法で攻撃することで自身を守らなければならない。時間はどうにかなっても、カロックで使った魔力や体力はなかったことにはならないため、疲れてしまう。

 ロネールからカロックへ行くと、疲れて戻って来る上にそこから家に帰らなければならない。それが大変なので、二人は自宅へ帰ってからカロックへ向かうのだ。幸い、カロックへの扉をどこへ出すかはジェイがコントロールできるようなので助かっている。

 レリーナは家に帰って自分の部屋に入ると、荷物を机に置く。それから引き出しを開け、小さな水晶玉を取り出した。レリーナの小さな手にもおさまるサイズ。カロックでもしも離ればなれになった時、お互いに連絡が取れるようにとラディが用意してくれたものだ。

 使わないに越したことはないのだが、これを持つようになって二度カロックへ行き、残念ながら二度使用した。しかし、この水晶玉があったおかげで離れてしまったラディのいる場所がわかったのだ。カロックへ行くのに荷物はいらないが、この水晶玉は絶対置いて行けない。

 ポケットへ入れると同時に、部屋の壁にいつもはない扉が現れているのに気付いた。

「本当にタイミングがいいわね」

 レリーナは現れた扉のノブを回し、ゆっくりと押し開いた。

☆☆☆

 扉を開けて出る場所は、異世界カロックにあるムーツの丘、といつも決まっている。

「お、レリーナも来たな」

 宙をふわふわ浮いてこちらを見ているのは、大竜のジェイ。扉と似たような黒っぽい茶色の身体は手の平サイズなのだが、これでも種族名は「大竜」である。

「やぁ、レリーナ。調子どう?」

「うん、悪くないわ。ラディはどう?」

 ラディの方にも同じく扉が現れ、どちらが早いかはその時によるが、ほとんど待つことなく相手が現れる。その辺りはうまくできてるものだと二人は感心していた。

「だいぶ上がってきてるぜ。カロックで実戦体験ができるから、他の見習いより有利だよな。実際は大変だけど、かなり力がついてきてる気がするんだ」

 それはレリーナも感じている。実際には怖いことも起きたりするが、貴重な体験には違いない。

「今回は満月らしいけど、カロックで月を見たことがないな。やっぱり夜にならないと月は見えないか」

 見上げる空は、澄んだ青。白く薄い雲がゆっくりと流れて行く。そういう点は世界が違っても同じらしい。夜になるまでカロックにいたことはないが、きっと美しい満月が浮かぶのだろう。街の中のように余計な明かりがないから、ラディ達が知るよりもずっと明るく美しいに違いない。

「ここからだと、よく見えるでしょうね」

「うん、よく見えるぞ。ちょっとうるさいけど」

 ジェイの言葉に、二人は首を傾げる。満月がうるさいなんて、聞いたことがない。

「うるさいって、カロックの月はしゃべったり……しないよな?」

「あ、月は黙ってるぞ。うるさいのは、月を見て吠える奴。場所にもよるけど、月を見て興奮した奴らがやたら吠えまくるんだ」

「狼の遠吠えみたいなものかしら」

「狼だけじゃなく、色んな奴らが。オレが棲んでる周辺にはあまりいないけど、この辺りだと四方から吠える声が聞こえてくるぞ」

 カロックに人間はいない。つまり、存在するのは全て野生の獣達だ。夜行性もたくさんいるだろうし、満月でなくてもにぎやかすぎる声が聞こえるだろうとは想像できた。

 それから、改めてこの世界で移動することは危険と隣り合わせなのだと認識する。ヴィグランから聞かされた冒険の話を実体験できる、と喜んでいたが、冒険に危険はつきもの。軽い気持ちでいれば、大けがをする。実際、ラディは二度目にカロックへ来た時に死にかけたのだ。

 ジェイは深く考えずに口にした言葉のようだったが、二人はそれぞれ気持ちを引き締めたのだった。

「今回の目的地はどういった所なんだ?」

「リィマ砂漠。あっちに着いてから歩きになった時、ラディやレリーナはちょっとつらいかもな。暑いし歩きにくいだろうし」

「あたし、寒いよりはいいわ」

「そう? ちょっと曇ってくれてればいいんだけどなー。じゃ、ラディ。召喚、頼むぞ」

「わかった」

 ラディは召喚の呪文を唱える。この世界の空気と相性がいいのか、それなりに力があるのか、今のところラディが召喚を失敗したことはない。今も確かな手応えがあった。

 自分の世界に戻ってもうまくできれば、召喚については自信を持っていいと思うけど、まだ確かめられないしなぁ。

 ラディのレベルでは、まだ一人で召喚術を使うことを禁じられている。カロックでうまくいっても、自分の住む世界でできなければ意味がないのだが、それを確認することはできない。

 こういうもどかしい思いをしないためにも、早く進級したいと思うラディである。

 目の前で小さな竜巻が起き、気付くとそこには白い体毛に緑の瞳をした猫がいた。猫と言っても、もちろん普通の大きさではない。牛くらいのサイズはあるし、さらにその背中には大きな翼。身体の線は猫らしくなめらかだが、そのサイズに見合った四肢は太い。

「変わった力を感じてつい来ちゃったけど……人間? この世界に人間がいたの?」

 色は違う。だが、その姿は以前にも呼び出したことのある「翼のある猫」だ。前の時はオスのシュマだったが、この白猫は声のトーンや口調からしてメスらしい。彼女は珍しいものを見るように、自分を呼び出したラディに近付いてまじまじと眺める。

「ああ、俺は人間だ。俺はラディで、彼女がレリーナ。大竜の試練に協力していて」

「あ、聞いたことある。へぇ、本当にやってたの」

 ラディが呼び出すのは、それなりにレベルが高い魔獣。一定以上のレベルであれば、話として大竜の試練について聞いているようだ。白猫も話だけは知っているらしく、そばにいたジェイの方を見て納得している。

「おう。結構、あちこちでやってたりするぞ。まぁ、カロックは広いから、こうして協力してもらうのはごく一部の魔獣だけどな」

「きれいなねこ……」

 ラディからこちらに視線を向けた白猫を見て、レリーナは思わずそうつぶやく。緑の瞳が巨大なエメラルドのように輝き、その白い体毛も光を受けてきらきらして見えるのだ。美人、もとい美猫である。

「ふぅん……ほめてその気にさせようってことかしら」

「え? ううん、違うわ。本当にきれいだなって思って。名前、教えてもらえる?」

「ミューネよ」

「あなたは『翼のある猫』でいいのよね?」

「あら、そんな呼び方してくれるの? 時々、ハネコなんて失礼な呼び方をする奴がいるけど」

 それを聞いてレリーナは、それにラディも、シュマと一緒だ、と思った。羽のある猫とも呼ばれ、さらに略してハネコと呼ばれることもあるという彼らは、その呼び方を嫌っている、と話していたのだ。どうやらシュマの意見ではなく、本当に種族全体がそう思っているようだ。

「以前、略すなって怒る奴がいたんだ。翼のある猫ならツネコかって聞いたら、ますます怒られてさ」

「そりゃ、怒るわよ。私だって気分が悪いわ」

 ジェイの言葉に、ミューネの目が冷たくなる。

「あ、あのさ。協力してもらえるかな。俺達、リィマ砂漠へ向かいたいんだ」

 ラディが急いで話題を元に戻した。種族名の呼び方をこれ以上話していたら、彼女の機嫌を損ねかねない。

「砂漠、ね。あんまり気分が盛り上がる場所でもないけど……」

 砂漠へ行こう、と言って「やった」となる人はあまりいないだろう。魔獣だって似たようなもの。楽しいことが起きそうにはあまり思えない。行き先を聞いて少し渋ったように見えたミューネだが、承諾してくれた。彼らの種族名をちゃんと言ったのがよかったらしい。

 余計なことを言って気が変わってしまわないうち、ラディとレリーナはミューネの背に乗った。ジェイは頭にちょこんと座る。

「ところで、大竜の試練って何やってるの?」

「協力者と一緒に地図のかけらを探すんだ。形は何だっていいんだけどさ、わかりやすくて協力者が持っていてもあまり邪魔にならないものってことで地図になったらしいな」

「へぇ、そうだったんだ」

 ミューネが尋ね、ジェイの答えにラディとレリーナが感心している。なぜ「地図」なのかなんて、考えたこともなかった。確かに、かけらが見付かる度に地図は大きくなるものの、薄い紙だからそんなに邪魔とは思わない。地図の大きさにもよるだろうが、前回出会った別の協力者のダイルに見せてもらった地図は、教科書の一ページくらいだった。あのサイズならどうということはない。

 ラディが持つ地図はまだ紙の切れ端レベルのもので、なくさないように制服の袖と同化させている。この先どんどん大きくなっても、厚紙ではない地図なら同じようにしていられるから困ることはないだろう。

「巣立ちの儀式も大変ねぇ」

「ミューネ達にはそういうの、ないの?」

「ないわ。そこまで他の種族に影響を与えるような力、持ってないから」

 ミューネの言い方だと、それだけジェイは影響力のある種族ということになる。ヴィグランの話にも出ていたし、ジェイ自身からも多少は聞いていたが、やはり大竜という種族はすごい力を持っているのだ。

 そんな話をしながら、ミューネは飛び続ける。ラディもレリーナも時計は持っていないが、体感では一時間以上飛んだだろうか。今日は少し遠出となるようだ。

 ベージュ色の大地が広がるのが見えて来た。心なしか、風が熱く思える。ムーツの丘ではさわやかな青空が広がっていたのに、同じ晴天でもこの界隈では夏を思わせる空だ。入道雲などは見当たらないが、日差しが強い。

「ねぇ、砂漠に着いたわよ。どの辺りに行けばいいの?」

「んー、もう少し真っ直ぐ……いや、ちょっと右寄りに行ってくれ」

 ミューネはジェイに言われる方向へ進み、やがて降りるように言われて砂漠に降り立った。この頃には上からも下からも熱気が包み込んでくるように思える。

「あっつーい」

「それに、思っていたより歩きにくいんだな」

 ラディもレリーナも、砂漠を歩くのは初めてだ。本でどんなものかは知っていたものの、実際にはとんでもなく歩きにくいことを実感する。

「早く済ませよう。ずっとここにいたら、この日差しにやられそうだ。ジェイ、今日使う魔法は何だ?」

 かけらのある場所がわかるのは、ジェイだけ。しかし、かけらに近付くにつれて気配が薄くなってしまう。そこで協力者が魔法を使い、再び強くなったかけらの気配をジェイがたどるのだ。その魔法も探す度に特定されるので、ラディやレリーナが適当にやる、という訳にはいかないのだ。

「今日は……水だな。頼むよ」

「わかった。あ、その前に」

 ラディはレリーナの方に向き直る。

「何か出て来る前にやっておかないとな」

「うん。お願い」

 ラディが呪文を唱えると、レリーナの周囲を透明の膜が包み込む。ラディの出した結界だ。いきなり魔物が現れて襲って来ても、大きなダメージにしないためである。前回も先に施しておいたおかげで、レリーナは魔物の攻撃を許してしまったものの、けがをせずに済んだ。ラディの友人でもある先輩魔法使いのブラッシュにアドバイスをもらってやったことだが、実際に攻撃を阻めたことから結界の重要性を二人はひしひしと感じている。

 レリーナはまだ結界を習っていないので、ラディにかけてもらうしかない。同じ中級であっても1と2ではできることがずいぶん違ってくるのだ。

「ふぅん、用意がいいのね」

「悔しいけど、こんなことしなくても平気だって言えるだけのレベルじゃないから。何が出て来ても、少しは持ち堪えられるようにしておかないとな」

 結界は目ではなく、気配でわかる。透明だから影ができるはずはないのだが、レリーナはわずかに暑さがましになった気がした。結界の力が熱をほんの少しでも遮断してくれたのかも知れない。

 ラディも自分に結界を張り、ジェイの求める水の魔法を使った。攻撃対象がないので、雨を降らせるような形で水を周囲に散らす。角度によって、うっすらと虹が見えた。

「こっちだな」

 薄れていたかけらの気配を再び感じ取り、ジェイがある方向へ進み出す。周囲は似たような光景で、ラディやレリーナには東西南北はさっぱりだ。太陽の傾きなどでおおよその時間を知ることはできるのだろうが、そもそもカロックと自分達の世界では、星の動きが同じなのかどうか。さっきの話では、夜になれば月は出るようだ。でも、それは何時間後になるのだろう。

「歩きにくーい」

 足を踏み出そうとすると、砂の中にめり込んでしまう。いつもの半分とまではいかなくても、歩くスピードはかなり落ちる。

「歩き続けていたら、明日は筋肉痛になりそう」

「レリーナ、運動不足か?」

「そうじゃないつもりだけど……。あ、ジェイ、ズルーい。歩いてないもん」

「ん? あ、そっか。けどなぁ、オレは元々歩いたり走ったりするのに適した身体じゃないしさ」

 ジェイの手足はかなり短い。地面に降りて歩いたら、砂に足を取られて四苦八苦しているレリーナよりも遅いだろう。確かに歩くのは苦手そうだ。

「私が大竜を見たことがあるのは数回だけど、走ってる大竜なんて見たことがないわね」

 ミューネが笑う。本当の大竜はもっと大きいのだろうが、形は今のジェイと変わらないはず。その大竜が走るなんて、確かに想像しにくい。

「この辺り、緩やかだけど坂になってるな。だから、余計に進むのが遅くなるんだ」

 ラディが周辺を見回す。延々と続く砂漠は平らではなく、緩やかな起伏が続いている。今歩いているのはちょうど上り坂。疲れるはずだ。しかし、下り坂であっても足下がこれでは大して楽にはならないだろう。

「ねぇ、視線を感じるんだけど」

「え?」

 ミューネの言葉に、ラディとレリーナはどきりとなる。その視線の主が誰であれ、ここカロックでそれが人間ではありえない。魔物か魔獣か。これまでの経験から言って、友好的な場合は少ない。と言うか、ありえない。

「やっぱりすんなりとはいかないのか。ジェイも感じてる?」

「ああ。砂の中から見てるな。前回程ではないけど、少数じゃない」

「ジェイ、はっきり多いって言っていいぞ」

 遠回しに言われても、いるものはいるのだ。前回はキツネのような姿の小さな魔物が百前後もいた。その時よりは少ないということだが、それでも五十は下らないだろうと予想する。

 そんな話をしているうちに、行く手の砂からラディのこぶしより小さい頭が出て来た。

「砂トカゲね。そうだと思ったわ」

「ものすごく安直なネーミングだな。わかりやすくていいけどさ」

 ミューネが口にした名前に、ラディは苦笑する。砂の中から現れたのは、確かにトカゲの姿をしていた。大きさは生まれて間もない子犬くらいだろうか。しかし、これがただのトカゲならジェイが気にすることはないと告げるはず。つまり、トカゲの魔物だ。

 身体の色は砂よりやや濃いベージュで、目は塗りつぶしたような黒丸。これといって危険そうな雰囲気はないのだが、魔物であれば油断はできない。

 ジェイが「少なくない」と言った通り、気が付けば周囲に同じ顔がいくつも現れていた。ぐるりと一行を取り囲み、じわじわとその輪を縮めようとしている。

「友達になりたくて近付いてる……じゃないよな、やっぱり」

「こいつら、こう見えて肉食だからなー」

「こんな砂漠で肉があるのか?」

「砂漠にいるのは、こいつらだけじゃないから。あの顔で割と食欲旺盛なんだ」

「やだ、もう……嬉しくない情報ね」

 魔物が襲ってくるとなれば、縄張に踏み込んだ者に制裁を与えるためか、食料確保のため。たぶん、今まで現れた魔物もそうだし、この砂トカゲ達が現れた理由も後者だ。

「ジェイ、あっちの弱点は?」

「火だ。できれば顔に当てろ。しっぽにはあまり当てるなよ」

「切れたしっぽが攻撃でもしてくるのか?」

「似たようなもんか。切れたしっぽは新たな砂トカゲになるんだ」

「それって、数が増えるってことじゃない」

「うん。だから、あまり当てるなよってこと」

 普通のトカゲは切れたしっぽに気を取られている間に敵の手から逃げるが、このトカゲは逃げるどころか仲間を増やす。厄介な力だ。

「分身みたいなもんだし、力は本体より少し弱くなるけどさ」

「本体が強ければ、それってあんまり慰めにならない情報だな」

 とにかく、しっぽ以外の場所に火を向けるしかない。

「ミューネも頼むよ」

「私も? あんまり火は得意じゃないんだけど。直接爪でやっちゃう方が楽だわ」

「えーと……ジェイ、その攻撃はあり?」

「いいんじゃない? 爪でも、しっぽはマズいぞ」

「はいはい」

 こう話している間にも、トカゲ達は近付きつつある。

「いくぞ」

 ラディが火の弾を放った。それらが数匹のトカゲに当たる。シャーッという蛇の威嚇にも似た声が聞こえた。同じようにジェイとレリーナがトカゲ達に火を向け、ミューネは軽く飛び上がるとその爪で相手を引っ掻く。致命傷を受けたトカゲ達は次々に消えたが、すぐに次が近付いて来るので息をつく暇もない。

「きゃっ」

 いきなり一匹のトカゲが舌を伸ばし、ムチのようにしならせた。かろうじてレリーナは逃げたが、その身体に見合わず太く長い舌に寒気がする。ラディが張ってくれた結界があっても、あんな舌に触れられたくない。一般的な女の子同様、レリーナも両生類やは虫類が好きではないので、直接触れられるなんてぞっとする。やけに明るいピンクの舌が、さらに不気味さを際立たせていた。

「あの舌、先端に毒があるから気を付けろよ」

「ジェイ、そういうことは先に言ってくれ」

 要は毒で相手の動きを止め、そこへ群がって食事にする、というパターンのようだ。

「自分の身体の十倍は伸びるからな、あれ」

「それって、今以上に近付かれたらかなりヤバいってことだろ」

 相手の情報がもらえるのはありがたいが、中身はありがたくないものばかりだ。

「あら。それじゃ、気を付けないとね」

 ミューネは猫らしい身軽さで、砂トカゲ達を翻弄するように飛び跳ねながら攻撃している。ジェイの情報はあまり気にしてない様子だ。知ったところで自分がこの程度の魔物に負けることはない、というところだろう。

 ラディとレリーナは、そんなミューネがうらやましい。ジェイから新しい情報を聞く度に、多少なりとも動揺してしまう。何も知らないよりは警戒ができてずっといいはずなのに、知らない方がよかったような気がするのだ。知ることで逆に萎縮してしまうのかも知れない。

「くそっ、どれだけいるんだ」

 前より少ないとは聞いても、やはり目の前にいる魔物達の数は多い。こちらの攻撃が致命傷になって姿が消えても、すぐに次が現れている気がする。

「だいぶ減ってきたぞ」

 ジェイにそう言われても、そうかな、と思ってしまう。見た感じ、全然減っていないと感じるのだ。

 ふいに魔物達が後退しだした。逃げるのかと思ったが、そういう様子ではない。

「ええっ、何あれ」

 思わずレリーナが叫び、ラディも目を丸くした。巨大な砂トカゲが現れたのだ。ミューネよりは小さいと言っても、その半分近くはある。周囲にいるトカゲが小さいから、なおさら大きく見えるのだろう。あの身体は、間違いなくラディよりも重い。他のトカゲ達は一斉に巨大トカゲの後ろに控えた。

「うわぁ、ボスって奴か……」

「そうだな。子分達がふがいないから、自分が出て来たってところだろ。ラディ、もう少し結界を強くしておけ」

 ジェイに言われ、ラディは急いでレリーナと自分に張った結界を強化する。

 その直後、ボスのトカゲが低い声で吠えた。途端に砂嵐が起こる。ジェイに「伏せろ」と言われるまでもなく、身体を低くした。

「ラディ、重力強化はできたっけ」

 強い風の音が邪魔する中、ジェイにそう尋ねられた。ジェイがどこにいるのか、巻き上がる砂で見えない。ジェイだけでなく、敵である魔物達の姿さえ見えなかった。その場で伏せているから、方向は変わっていないはずだが、視界を遮った時点で魔物達は移動している可能性もある。

「ああ」

 あまり大きく口を開けると、結界があっても砂が口に入ってしまう。ラディは口を覆いながらもできるだけ声を大きく出した。

「一気に砂を落とせ。視界が開けて奴らが驚いた隙に、火を打つんだ」

 ジェイに言われるまま、ラディは重力強化の呪文を唱えた。自分達の周囲の重力がそれまでの倍になり、巻き上がっていた砂がその力に逆らえずに落ちる。風さえも重力に引っ張られ、砂埃もたたない。お互いの姿がいきなりクリアになった。

 ジェイの言う通り、トカゲは明らかに動転した様子だ。これまでずっと、この方法で獲物をしとめてきたのだろう。ラディはそれを見逃さず、これまでより大きな火をボスのトカゲに向ける。驚いて逃げることも忘れたトカゲは、まともにラディの火を顔に受けてのけぞった。砂の上に転がり、その大きな身体の下敷きになったトカゲもいる。真っ正面から弱点の火を食らったことで、大きかったトカゲはその攻撃で事切れたようだ。煙になり、その姿が消える。

 ボスである大トカゲが消えるのを見て、自分達だけでは勝ち目がないと悟ったらしい残りのトカゲ達は、一斉に砂の中へと逃げて行った。

「ふぅ、何とか追い払えたか。ラディ、土の魔法の力、いい感じだな」

「そうか? 竜にそう言ってもらえると嬉しいな」

 ジェイがおせじを言うことはないだろうから、その言葉は素直にとっていいだろう。

「ねぇ」

 ミューネが声をかける。その次に聞いた言葉に、ラディは蒼白になった。

「レリーナがいないんだけど」

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